第2話 街へ
朝の森、鳥のさえずりがどこからともなく響いてくる。
木漏れ日が祠を静かに照らしている。その近くで、毛布にくるまったヴォルフィーネが横になって眠っている。
パチパチと、焚火がはぜる音。火にかけた鍋からは湯気が立ち、美味しそうな匂いが辺りに漂う。その匂いにつられたのか、少女は目を覚まして体を起こした。
何だか、父様の夢を見た気がする、とぼんやりした表情できょろきょろと周りを見回している彼女に、鍋をかき混ぜていたユルグが声をかける。
「起きたか。えっと、ヴォルフィーネ。体調は大丈夫そうか?」
「うん、もう平気。…それと」
少女は、やや間を置いてから言う。
「ヴォルフィーネは長い、から。だから、フィーって、呼んで」
「…ああ、分かった。それじゃあ、フィー。朝ごはんにしよう」
「…!うん♪」
理由は良く分からないが、少女は自分を助けてくれたこの男にフィーと呼んでほしくなった。そしてそう呼んでもらえたことが、少女にはとても嬉しかった。
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朝食を食べて支度を整えてから、ユルグとヴォルフィーネは街へと向かうべく、森を走っていた。最初は彼女の体調を心配して、おぶっていくことをユルグは提案した。しかし当の本人に大丈夫と言われたので、ひとまずは様子を見ようと思ったのだが…
(息も切らさずついてくる、か…。心配無用だったな、一端の冒険者以上に体力がありそうだ。ダークエルフというのは皆こうなのか?この分なら夕方には街に着けそうだが…っと)
森の中で男は立ち止った。程なく少女も追いつき、不思議そうな顔で声をかける。
「どうしたの?」
「一休みしよう。この辺りにでも座ってくれ」
ユルグはそう言うとリュックから敷物を出し、それを手ごろな大きさの岩の上へ敷く。その上にちょこんと腰かけた少女に、ユルグは水筒を差し出す。お礼を言って彼女は受け取り、それに口をつけた。
「お水、冷たい…」
「出発前に祠の近くで汲んだからな。ゆっくり飲んでくれ」
それにうなずくと、少女は水筒の水を味わうように飲む。風がそよそよと吹き、静かな時間が流れる。と、ユルグが口を開いた。
「少し、聞いてもいいか?」
「なあに?」
「フィーが倒れていた近くの大グモ、あれは君が倒したのか?」
問われて、彼女は目を伏せる。
「追い払うつもりだったけど、加減が出来ずに殺してしまったの…いけなかった?」
ベテランの冒険者数人がかりでも手こずる大蜘蛛相手に、手加減で追い払う考えが出てくるところが末恐ろしいな…。目の前の少女に戦慄を覚えつつ、ユルグは思いとは別の事を口にする。
「あの大グモはギルドから討伐依頼が出ていた。いずれ誰かに倒されただろう。気にすることはない」
「そうなんだ…」
少女はそう言うと、ややほっとしたように息をはいた。
「もう一つ、これは嫌でなければ教えてほしいんだが」
「?」
小首をかしげる彼女にユルグは問う。
「どうやって、あの大グモを倒したんだ?」
「どうやって…」
ヴォルフィーネはしばし考えた後、腰に手をやり、両の手にナイフを持つ。
(あれは…駆け出しの冒険者が使うような普通の物のようだが…)
男がそう考えた次の瞬間、少女の周囲に青白い光が集い、そして魔法陣が現れる。
「魔法刃」
彼女がそうつぶやいたと同時、青白い光がナイフから伸び、長剣ほどの長さで光る金属のようになった。それを見たユルグは口をわななかせ、呻くように言う。
「魔法の、刃…」
それは、冒険者でも扱えるものが限られる奇跡の技の一つであった。
「どう言ったらいいか分からなくて、見てもらった方がいいかなって」
困ったように言う少女に、彼はハッとして、「すごいものを見せてもらった。教えてくれてありがとう」と、ややぎこちなくも感心を表す。ヴォルフィーネははにかみながら光る剣を消し、ナイフをしまった。
「フィー、大丈夫か?」
「?何が?」
「何がって…」
魔法を使えばそれなりに消耗するものだと思ったからだが、少女はケロッとしている。
(つくづく規格外だな。…あいつとは違う…―――――ッ)
ある男とかつての仲間たちを思い出し、ユルグは咄嗟に口元を押さえる。
「ユルグ?」
「…すまん、何でもないんだ。…そろそろ、出発しようか」
取り繕うようにそう言って準備を始めた男の背中を、少女は心配そうに見つめていた。
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何度か休けいをしつつ、ユルグとヴォルフィーネは森を駆け抜ける。そして日もそろそろ沈み始めるころ、二人は森を抜けたのだった。
「わぁ、大きな街…!」
眼下に広がるのは、豊かな自然と調和した広大な街並み。木造建築の建物が石畳に沿って並んでおり、あちこちには背の高い木々が生えている。広場には夕市が立っており、人でにぎわっていた。
古都フォレスティアナ。世界で初めて作られた都市と言われており、冒険者を目指す者たちが数多く訪れる場所でもある。深緑の迷宮が目の前にあり、新米冒険者たちは次の迷宮に挑戦する力をつけるべく、この街にしばらく滞在することになる。
「ギルドまであと少しだ。行こうか」
そう言って進むユルグの後を、ヴォルフィーネはフードをかぶり直しついて行く。夕日に照らされた街並みを、少女は興味深そうにキョロキョロしながら歩いていく。通りは露店の店主や買い物客の声でにぎやかだ。ふと、道行く子供がユルグを指さして、
「あー!リュックお化けだ!」
と声をあげる。直後に後ろにいた子供の母親に頭を軽く叩かれる。
「こーら、そんな事言うもんじゃないよ」
子供は気まずそうに「ごめんなさい」と言い、ユルグは「気にしていない」と応えた。女性は子供の頭をぽんぽんとなでてから、すまなそうに口を開く。
「ごめんねユルグ。今帰りかい?」
「気にしてないよ、リンダさん。これからギルドに行くところだ」
「あらま、お疲れさん。おや、そっちのお子さんは?」
「お子さん…」
何やらヴォルフィーネが呟いたが、ひとまずユルグはリンダに応える。
「冒険者志望の人だよ」
「あらー!小っちゃいのに大したもんだねえ!」
「小っちゃい…」
また何やら呟いたと思ったら、彼女はリンダの前に歩み寄り、一つ深呼吸をすると口を開く。
「私は、ヴォルフィーネ。20歳で、子供では、ないです…!」
「あらあら、気を悪くさせてごめんなさい!ヴォルフィーネさん、悪気はなかったのよ、許してくれるかしら?」
すぐに謝られ、少女はうなずきつつ、
「私は、成長期が遅いだけなんです…これから大きくなるんです…」
自信なさげに言う。そんな彼女に、リンダは温かい目を向けた。
「そうね、きっと素敵な女性になれるわよ!」
そう言われ、ヴォルフィーネはゆっくりうなずく。その隣でユルグは、(子供ではなかったのか…)と密かに驚くのだった。




