エピローグ 一緒に
朝の冒険者ギルド。多くの人でにぎわう受付前には、緊張した様子の若者たち。そして彼らの前には、鬼族のゴルドーが立っていた。彼はニヤリと笑い、
「よく来た若いの!いよいよ今日から卒業試験だ。三月の訓練よく頑張った!そして、こっからが本番だ。初めての迷宮、気をつけて挑むように!」
と大声で言った。若者たちは背筋を伸ばして返事をする。一つうなずいて、大男は試験の説明を始めた。
そうして説明を聞き終え、意気揚々と外へ向かう若者たち。彼らと入れ違うように、旅装の鬼人がギルドに入って来る。その人物に気づいたゴルドーは片手をあげた。
「おう、アカツキ!立派になったなぁ…って、どうした?」
彼女が何やら不満げな顔をしているのを見て、彼は尋ねた。アカツキは口をとがらせて答える。
「…ゼーウ様に会いに行ったら、ヴォルフィーネと二人で話があるから席を外してくれって言われた…」
それを聞いてあきれ顔になる大男。
「はあ。見違えたかと思ったらそれか。神殿長様大好きっ子は相変わらずか」
「うっせえな。おっさんこそ変わんねーじゃねえか」
「この年で変わらんようにするのは、逆に大変なんだぜ。ところで、ユルグは?」
問われて、アカツキは答える。
「アイツなら、酔竜亭に寄ってからこっちに顔出すってよ」
「そうか。しっかしまあお前さんたち、大活躍だったみたいだな」
ゴルドーからそう言われ、彼女は少し得意気に胸を張った。
「まあ、多少はな」
「何が多少は、だよ。帝都での活躍、そして黄灰の迷宮と千草の迷宮の踏破。これだけでも十分すげえってのによ」
「オレの故郷にも迷宮があるってのは、知らなかったんだよなあ。里帰りついでに寄れて良かったぜ」
余裕ぶってそう言うアカツキに、彼はジト目を向けた。
「ついで、で迷宮を攻略するんじゃねえよ」
「へへっ、じい様にも言われた。まあ、自信もあったけどな」
そんな彼女に、ゴルドーは別の言葉をかける。
「新しい迷宮も発見したんだって?」
「ああ。一つは燃える水みてえな、変なもんが流れてるアッツい所でよ。あそこはきつかったな…アイツがいなかったら全滅してたかもしれねえ…」
余程大変な目にあったのか、げんなりとした顔をするアカツキ。無事で何よりだ、とゴルドーは労う。
「竜に遭遇したんだろ?撤退したと聞いたが、まあ正解だよ」
「あの場所じゃなきゃ勝てたんだ!くそっ、オレらが手を出せねえのを分かって、気持ちよさそうに水浴びしやがって、いつか見てろよ…!」
歯ぎしりをして悔しがる彼女をなだめる大男。
息を一つはくと、アカツキは続きを話し始めた。
「あとは、氷の迷宮だな。今度は逆にすっげえ寒かった。そんで燃える水みてえなとこもそうだけど、魔物の強さが他と比べてやべえ。ランク制限はつけた方がいいだろうってアイツが言ってた。オレも同意見だ」
「ふむ。なあ、アカツキよ」
声をかけられ、彼女は首をかしげた。
「何だよ?」
「これのどこが多少なんだ?」
「へへっ」
「へへっ、じゃねえってんだ全く。史上初だぜ、こんな偉業はよぉ」
ゴルドーの賞賛に、しかし彼女は納得のいかない様子を見せる。
「燃える水と氷の迷宮。どっちも踏破出来なかったのは残念だけどな」
「他の奴らにも夢は残しとけよ、ったく」
そこでアカツキはガラッと表情を変えた。
「…神殿長様、褒めてくれっかな?」
「そりゃもちろん…まあ、本人から聞きな」
そんなやり取りをしていると、ギルドへ入って来た男が一人。それに気づいて、ゴルドーは声をかけた。
「おう、ユルグ。おかえり」
「ただいま、ゴルドー」
彼は数年前と変わらぬ黒ずくめの格好。そして大きめのリュックを背負っている。しかしその雰囲気は、出立前とは様変わりしていた。
(あーあー、おだやかな顔つきになっちまってまあ…)
ゴルドーは苦笑しつつ、彼を迎える。
「元気そうで何よりだ」
「ああ。すまん、遅くなったか?」
首をかしげるユルグに、ゴルドーは手を振った。
「気にすんなって。アカツキから色々話を聞いてたところだ」
「むさいおっさんと話しすぎて疲れた。オレぁ神殿の方へ行くぜ」
「へいへい、行ってこい。神殿長大好きっ子」
軽口を言い合って、アカツキは立ち去った。彼女を見送ってからユルグは口を開く。
「ところでゴルドー、話があるんだが…部屋を貸してもらえないか?」
「…分かった。行こうか」
そうして二人はギルドマスターの部屋へと向かう。大男の顔つきは、少し寂しそうであった。
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一方その頃。
太陽神教の神殿、その応接間。椅子に座っているヴォルフィーネが呆然とつぶやいた。
「嘘…」
「ウソなもんか。いいかい、ダークエルフの里に入った人間は二度とこちらへ戻って来られない。ヴィーナ、母親から聞いていないのかい?」
肩をすくめてゼーウは言う。少女はふるふると力なく首を振った。ため息を一つつくと、
「娘可愛さに伝え忘れたのか?全く…」
やれやれ、とばかりに彼女はこぼした。少女の口から思わず、といった風に言葉が漏れる。
「私と一緒に来ると、ユルグはもう、皆と会えなくなる…?」
「まあ、そういうことだね」
「ユルグは、嫌だと思うかな…?」
「どうかな。彼も人の子だし、そう思うかもしれないね。何なら、黙って連れて行ってもいいんじゃない?きっと彼は怒らないよ」
ゼーウはさらっと言うが、少女は硬い表情で首を振った。
「それは、駄目」
「そうかい?まあ後は若い二人に任せて、って通じないか。ともあれ、君の好きにしたらいい。ボクからの話はこれで終わりだよ」
あっけらかんとそう言われ、ヴォルフィーネは神殿を後にする、そして不安げな足取りで歩いていった。
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ギルドマスターの部屋。久しぶりに訪れた場所。
これから話すことを思うと、ユルグは不思議な寂寥感を覚える。彼はゆっくり一呼吸すると、口を開いた。
「ゴルドー」
「おう」
「手紙でも少し書いたが…俺は、ギルドを辞めようと思う」
「おう。…フィーネと一緒に行くのか?」
問われて、ユルグは苦笑した。
「ああ。…お見通しか」
「まあ、多少はな」
そうして、しばしの沈黙が流れる。
「…世話になった。この恩は、生涯忘れない」
「…先輩、そりゃ、こっちのセリフだっての」
少し上を向いたゴルドーの声は震えていた。ユルグは多くを語らず、
「達者でな、ゴルドー。神のみもとで、また会おう」
それだけを口にし、大男の背をぽん、と軽くたたくと部屋を後にした。残された彼のほおには、涙が一筋流れていった。
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日が暮れてゆく。茜色に染まる古都フォレスティアナ。
久方ぶりの、懐かしさすら感じる風景を見ながら、少女は屋根の上でつぶやいた。
「道に迷っちゃった…」
ユルグに話をする。そうして拒絶されるのが怖くて、彼女の足は自然と酔竜亭から遠ざかった。その結果である。
少女はひざを抱え、沈みゆく夕日を眺めていた。そこへ後ろから足音がする。振り返らなくても、少女にはそれが誰か分かる。
「フィー」
耳にひびく、優しい声。しかし彼女はそちらを向かず、緊張した声で言う。
「大事な話が、あるの」
「どうした?」
彼は少女の隣に腰を下ろすと、落ち着いた声で問う。ヴォルフィーネは一度口を開き、話そうとして口を閉じた。一つ息を吸うと、とつとつと話し始めた。
「あのね。…ダークエルフの里は、人が一度入ったら、二度と出られない、んだって」
「…うん」
「だから、リュウイチやアヤカ、ゴルドーさんたちと、もう、会えなくなっちゃうの…」
少女はうつむき、深呼吸をする。そして、意を決して顔をあげると彼の方を向いた。
「それでも、私の旦那様になって、私と一緒に、来てくれます、か?」
空色の瞳が不安そうに揺れていた。ユルグはうなずくと、自然体で答える。
「ああ。俺は、フィーと一緒に行くよ。…願わくは、この命ある限り君の隣にいさせてほしい」
その言葉が終わるや、少女は彼に抱きついた。
「本当に、いいの?」
彼も少女を抱きしめ、応じる。
「もちろんだ」
そんな彼らを、暖かな夕焼けの光が照らしていた。
この日を境に、ユルグという男が人の世から姿を消した。
そして、大切な人と共に、残りの人生を歩んでいったという。
彼らのその後については、また別の話である。
おしまい
冒険者ギルドのお手伝いさん、これにて終了です!
見に来てくださった方々、ブックマークや評価してくださった方々、ありがとうございました!
ひとまず今後について。
ユルグたちが帝都へ旅立ってからのお話を、続・冒険者ギルドのお手伝いさん(仮)として書いております。エピローグでアカツキが語った彼女たちの冒険を描いていけたらなと思っています。
ユルグがヴォルフィーネをお姫様だっこしたり、ヴォルフィーネがユルグのベッドにもぐりこんで添い寝したり、ユルグがヴォルフィーネに叱られたりするお話になりそうです。
大体5,6章編成になる感じで、完成までには・・どれくらいになりますか、ちと分かりませんけれど。もし良かったらそちらも読みにきていただけたら嬉しいです!
また、挿絵をつけて冒険者ギルドのお手伝いさんを本にしたいとも考えております。出来たら文:挿絵が1:1になるくらいのおかしな本にしたい!やる気はあるのですけれど、時間・・よりも気力と体力が足りなくて・・歳はとりたくないものです・・
また彼らのその後については、ダークエルフの里のお手伝いさん(仮)というタイトルで書こうと思っています。ただ、夫婦の営みがメインの予定なので、投稿するにしてもどこかでひっそりやろうと思っています。
仕事で体調を崩して、この先の人生、もう何もないんだろうなと思って過ごしていた頃。
ふと浮かんだこのお話を、何とか書きたいなと、ちょっとずつメモ帳片手に、思いついたことを書きとめ書きとめ、ゆっくりと形にしてきました。
結局何になるわけでも、ないんだろうなと思っていたんですけれど、違いました。
投稿したお話を読んでいただけて、感想もいただけて。こんなことを書きたい!と書いたものに、伝わったらいいなと思っていたことが伝わって。これ以上ないほどに嬉しかったです。
一般の方に受け入れられるお話ではないかと思いますけれど。それでも、誰かに楽しんでいただけたならと祈りつつ。
ご縁がありましたら、またよろしくお願いいたします。
それでは、お元気で。




