第18話 手助け
酔竜亭、リュウイチとアヤカの部屋。
ヴォルフィーネをなだめながら、ゆっくりと話を聞く二人。
話を聞き終え、少し落ち着いた少女にリュウイチは言う。
「それは、予知夢かもしれないね」
「よち、む?」
「未来の、これから起こる出来事を夢に見るというものだよ」
「これから…じゃあ、ユルグは、し、死んじゃうの…?」
途端に泣き出しそうな顔になる少女。アヤカは「リュウイチさん!」と咎めるように声をあげた後、少女の背を優しくさすった。
「大丈夫よ、フィーネちゃん。そんなこと、起こらないように出来るんだから!」
「…本当?」
もちろん!と胸を張って、アヤカはリュウイチの方を見る。彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
「その通りだよ、アヤカ。不安にさせてごめんね、フィーネちゃん」
「…どうしたら、いいですか?」
真剣な瞳で問いかける少女に、リュウイチは一つ息をはく。
「ふむ…。フィーネちゃんは、ユルグが信頼している人物は誰か、と言われたら誰を思い浮かべるかな?」
「え?えっと…リュウイチとアヤカ?」
まあ嬉しい!と喜ぶ妻に苦笑すると、「じゃあ仕事の時で言ったら、誰かな?」と、彼は再び尋ねた。
「…ゴルドーさん?」
その答えに、リュウイチはうなずく。
「そうだね。私もそう思う。彼の協力は、なくてはならないだろう。それじゃあアヤカ。私たちは先に行くから、ユルグとアカツキちゃんに伝えておいてくれるかい?」
「分かったわ。…ユルグちゃんのこと、お願いね」
彼は妻にウインクを返すと、ヴォルフィーネの手を取る。戸惑う少女にアヤカは、「大丈夫だから」と笑顔で言う。程なくして青白い光が浮かび上がり、魔法陣が現れる。そして、
「転送」
リュウイチがそう口にすると、二人の姿はフッと消えた。
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目の前の景色が急に変わった。少女にはそう感じられた。
周りを見ると、以前に来た神殿の応接間のようだった。と、後ろから慌てた様子の誰かの声。
「何だ、誰だ!?どっから出てきた?!」
「ゴルドーさん?」
「おお?!何だフィーネか、おどろかせんなよ…」
相手が知り合いと分かりほっとしている大男に、リュウイチが話しかける。
「やあ、突然すまない。君に大事な用があってね」
「あなたでしたか…心臓に悪いや…ごほん。そんで、用ってのは?」
「ユルグを助けてほしいの!」
少女の剣幕に、ゴルドーは後ろへのけぞった。
「すまんフィーネ、さっぱり分からんのだが…」
「フィーネちゃん、今は私が話をしよう。ゴルドー、順を追って説明するとだね…」
そうしてリュウイチから話を聞き終えたゴルドーは、眉間にしわを寄せた。
「予知夢、なんてのは聞いたことがない。太陽神様のお告げでもあるまいし…正直、あなたからの話じゃなけりゃ、流石に取り合わなかったかもしれませんな。しかし…」
後ろ頭をかきながら、ゴルドーは少女の方を見た。
「これから神殿長様が話す依頼内容。それをフィーネが知っているってのは…信じるしかねえですね。けど、俺にどうしろと?」
「ユルグを、助けて!」
少女に懇願されるも、彼は困ったように再び頭をかいた。
「…リュウイチさん、あなたじゃ駄目なんですかい?」
その言葉に、しかし彼は寂しそうに首を振る。
「人より長く生き過ぎたせいか、どうにも人に寄り添って考えるのが難しくてね。残念ながら、私では助けになれない」
「んなこたぁないでしょう。ユルグはあなたを信頼している」
戸惑うゴルドーを、リュウイチはまっすぐ見つめて言う。
「あの子の背中を押してやれるのは、私ではなく君なんだ」
「それは、どういう…」
「ずっとユルグのことを、気にかけてくれていただろう?」
そう言われ、ゴルドーは息を呑む。一呼吸置くと、リュウイチは再び口を開いた。
「あの子が一歩を踏み出せるよう、手助けをしてあげてほしい」
「……はぁ。ったく、世話の焼ける先輩だぜ」
「一人で頑張り過ぎてしまう子だからね」
「全くですな」
そんなやり取りをして、二人は笑い合う。ヴォルフィーネは男たちの顔を交互に見た。戸惑っている様子の少女に、「まあ、やるだけやってみる」と、ゴルドーは笑顔を向けた。
丁度そこへ、ユルグとアカツキを連れたゼーウがやって来る。
「やあフィーネ。それに…リュウイチ?ここへ来るなんて珍しいね。…もしかして、アレが起こったのかい?」
「まあ、そんなところかな」
「へえ!詳しく聞かせておくれよ!」
「後でね。今は別の話をする時間だろう?お茶は私が用意するから、座っていなさい」
ぶぅぶぅと文句を言う彼女に構わず、リュウイチは席を離れた。彼を手伝いにユルグもついてゆく。ふくれ面をしているエルフに、ゴルドーが声をかけた。
「神殿長様。話は俺からさせてもらえますか?」
「おや、さっきはあんな渋っていたのに、どういう風の吹き回しかな?…なんて、聞くのも野暮か。願ってもないことだ、頼むよ」
それを不満そうに見ていたアカツキは、思わずといったように口を開いた。
「ゼーウ様からお話を聞けると思ったのに…おっさんが話すのかよ」
「はは、むさいおっさんの話ですまんな」
などとやり取りをしている間にお茶の用意も終わり、全員が席に着いた。
ゴルドーは茶を一口すする。皆もお茶を飲んだ。ゼーウは「うん、美味しいね。同じものなのに、君が淹れると全然違うんだよなぁ」と、不思議そうにしている。
一呼吸おいて、ゴルドーは話し始めた。
「さて。今回お前さんたちに聞いてもらいたいのは、帝都での特殊な依頼のことだ。本来はDランクになったばかりの者に任せる仕事じゃない。だが、最近のお前さんたちの力量から考えて、また依頼人の希望もあって、条件付きで任せても良いということになった」
「帝都の、特殊依頼…」
ユルグがぽつりとつぶやいた。彼に一つうなずくと、ゴルドーは話を続ける。
「まず依頼内容だ。近々、帝国の第一皇妃に謀反の濡れ衣を着せて処罰しようとする動きがある。皇妃を助けるため力を貸してほしい。というものだ」
そこで一旦言葉を区切ると、彼はアカツキの方を見た。
「依頼人は神殿長様だ。アカツキ、そしてフィーネ。お前さんたちの実力なら、必ず出来る。そう信じておられる。…とはいえ、気が進まねーってんなら断ってもいいが…」
「んなことするわけねえだろ!任せてください、ゼーウ様!」
彼女は胸をドンとたたいて答えた。ユルグは渋い顔をしながら口を挟む。
「条件、というのは何だ?」
「それはユルグ、お前の同行だ」
「俺の?…いや、俺では力不足だろう…」
うつむいた彼に、ゴルドーは落ち着いた声で語りかける。
「なあ先輩。ギルドマスターとしての俺を、どう思うよ?」
「どうした急に?そう、だな…」
突然の質問に、ユルグは少し考えた後で答える。
「最高のギルドマスターだ。冒険者や職員、新入りに至るまで顔と名前を覚え、皆に声をかけ気を配っている。必要な仕事をこなし、各員に仕事を割り振って、働きやすい環境を作っている。外部との交渉ごとにおいても頼もしい。また、現状を良くしていこうという信念を持っていて、あらゆる改善をしている。帝都に比べ、ここの冒険者が怪我を負ったり命を落とすことはほとんどない。奇跡的と言ってもいい。これは、お前がギルドマスターであったおかげだろう。共に働けていることを、誇りに思う」
彼の話にヴォルフィーネとアカツキは目を瞬かせ、ゼーウはニヤニヤとしている。リュウイチは微笑ましそうに見守っていた。当のゴルドーは明後日の方を向き、頭をかいた。心なしか頬が赤い。
「いや、ちょっとほめ過ぎっつーかなんつーか…くそ、事前に聞いててもやべーなこれ…。まあいい。そんな頼りになる俺からユルグへ仕事を任せる。アカツキたちに同行し、手助けをしてやってくれ」
「しかし、俺では」
首を振るユルグの言をさえぎるように、ゴルドーは努めて気楽な調子でこう言った。
「おいおい、肩の力抜いてくれや先輩。前に立つのはあいつらに任せていい。何たって、あいつらの冒険なんだからな。先輩は、その背中を守ってやればいいんだ」
「……」
「俺たちは出来ること、やるべきことを一つ一つ積み重ねていく。そうやって明日を守るのが仕事だ。そうだろ?」
軽い態度とは裏腹に、ユルグへの信頼が感じられる。そんな声でゴルドーは話す。
「あいつらの手助け、頼めるか?」
「……。…ああ、分かった。やってみよう」
その答えに、彼は破顔した。
「そうか!へへっ、そうこなくっちゃだぜ!っつーかよお、帝都の依頼の方が役不足ってんだよ、なあ先輩!」
「そんなことは、ないだろう。それと、先輩は、やめてくれ」
背中をバシバシと叩いてくるゴルドーを、ユルグは若干迷惑そうに見た。
一息つくと、ゴルドーはしみじみと言う。
「大体、先輩はほっとくと無理するし、気付くと思い詰めてんだよなあ。向こうでも気をつけろよ?」
「そうそう。きちんと水分をとって、体を休めることも忘れずにね」
何やらお小言を始めた彼にリュウイチも続いた。
「メシはちゃんと食え。あと、悩んだらちゃんと相談してくれ」
「つらい時に話してもらえないというのも、案外寂しいものだからね」
「あんたら、ソイツの母親かよ…心配しすぎじゃね?」
「自分でもそれ位は、出来ると思うんだが…」
色々言ってくる男二人に、アカツキはあきれ顔。ユルグも、この二人にそこまで心配をかけていたのか?と困惑する。しかしゴルドーは怒ったように言う。
「そうじゃねえから心配なんだ。いいかフィーネ。ユルグのこと、頼んだぜ!」
「分かった。任せて」
「参ったな…」
握りこぶしをつくって意気込む少女と、困ったように頬をかくユルグ。そんな彼らを見て、皆笑うのだった。
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そして、ユルグたちが帝都へと旅立ってから数年の月日が流れた。




