第17話 鈴の音
夜の酔竜亭。ヴォルフィーネが皆の前で何やら話しており、それを聞いていたアヤカが目を輝かせて尋ねた。
「それでそれで、どうなったの!?」
「薬はもってる。安心しろ、とうこう、したら助けてやる…ってユルグがカッコよく言ったの」
彼の真似だろうか。いつもより低い声で少女が言い、アヤカははしゃぐ。そんな二人を見ながら、当のユルグは苦い顔をした。
養成所の時といい、今回といい。どうして彼女に無様なところを見られてしまうのかと、彼は片手で額を押さえた。
「ヴォルフィーネを倒す相手か…くそ、オレが間に合ってりゃなあ」
「アカツキと一緒なら、何とかなったかも」
「だよな」
二人はそう言うが、おそらく厳しかっただろうと彼は思う。下手をすれば、二人とも命を落とすことになったかもしれない。そこまで考え、彼は気が重くなった。
「それで、明日は神殿へ行くのかい?」
「ああ。何か、オレとヴォルフィーネに話があるんだって」
リュウイチの問いに、少し嬉しそうな様子でアカツキが答えている。そんなやり取りもユルグの耳には入ってこない。
(そもそも、冒険者は危険と隣り合わせの仕事だ。それなのに、俺は森で周囲への警戒を怠った。敵の接近に気づけなかった。…あの時、フィーは殺されていたかもしれないんだ)
―――――この、役立たずが!―――――
かつての仲間の声が頭の中にひびく。
彼は思う。もしかしたら、フィーに見捨てられる日が来るかもしれない。軽蔑の目を、向けられる日が来るかもしれない、と。
ユルグは知らず知らず、自分の口元を押さえた。そして一呼吸して、頭を左右に振る。
(考えすぎだ…しかし今後のためにも、信頼出来て腕の立つ者をフィーたちに紹介するべきだろうか…)
と、そんなことを彼は悩むのだった。
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翌朝、いつもは早起きなヴォルフィーネにしては珍しく、朝食の時間になっても部屋から出てこない。
傷の具合が良くないのだろうか、とユルグは様子を見に行く。彼女の部屋のドアをノックすると、眠そうな声で返事があった。そして、ぼんやりした顔の彼女が出てくる。
「フィー、体の調子はどうだ?」
彼は訪ねてみたが、「んー…」と少女はしばし沈黙する。
やはり、昨日の今日ではまだ回復しきれないのだろう。と、彼がそう考えていると、
「何か、悪い夢を見た気がする…」
少女は力なく言って、彼に体を寄せる。ユルグがそっと頭をなでると、彼女は安心したように目を細めた。
「ごはんは食べられそうか?」
少ししてからそう尋ねた彼に、少女はこくり、とうなずいたのだった。
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古都フォレスティアナの中心には、小さな森がある。小川に囲まれており、朱塗りの橋がかかっている。森の中は緑、黄、赤など、さまざまな色の植物や木々が生えている。
しん、と静かな道を行くと、やがて大きな門が見えてきた。
「街の中に、こんなところがあったんだね」
キョロキョロと周りを見ながら歩くヴォルフィーネ。彼女と対照的に、アカツキは迷いのない足取りで進んでいく。
「アカツキは、ここに来たことあるの?」
「お?おお、まあな。それより、神殿長様を待たせちゃ悪いし、早く行こうぜ」
どこかソワソワした様子の彼女。少女は隣にいるユルグと顔を見合わせると、アカツキの後に続いた。
森の中に建つ太陽神教の神殿。厳かな雰囲気の建物だが、周囲には人が多く、談笑したり、和やかな空気が漂っている。
「やあやあ、よく来たね」
「ゼーウ様!?わざわざ出迎えなんて…!」
アカツキたち三人の前へとやって来たエルフの女性。彼女の元へ駆け寄ると、アカツキは何やら親し気に話を始める。いつの間に知り合っていたのか、とユルグとヴォルフィーネは不思議そうな顔をする。それに気づいたゼーウは、
「アカツキは、よくここに顔を出してくれるんだよ。薄情な姪っ子と違ってね。それはともかく、上がっておくれよ。お茶くらい出すからさ」
そう言って、いたずらっぽく笑った。
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神殿内の応接間。落ち着いた色合いの調度品で整えられた部屋には、先客がいた。
「ゴルドー、来ていたのか」
「おう、ユルグにアカツキ。フィーネは、体大丈夫か?」
うなずいた少女に「そいつは何より」と笑う大男。そんな彼らを席に着くよう促してお茶を用意すると、神殿長は口を開いた。
「今、帝都ではある事件が起きようとしている。第一皇妃に謀反の濡れ衣を着せて、捕らえようとする動きがあるんだ」
「急に何の話だ?」
訝しむユルグに、「まあ聞いてくれ」と彼女は話を続ける。
「アカツキ、そしてヴォルフィーネ。君たちには帝都へ赴き、皇妃を助ける手伝いをしてほしいんだ」
「光栄です、お任せください!」
勢い込んで答えるアカツキ。しかしユルグは首を振った。
「ありえない。それは、Bランク以上の者が受ける依頼だろう。彼女たちはDに上がったばかりだ。ゴルドー、そうだろう?」
「俺も、そう言ったんだがな…」
男たちの視線を受けるも、ゼーウは余裕の表情で言葉を返す。
「昨日の一件。Aランクの者でも厳しいであろう相手に、フィーネは実力を示したそうじゃないか。アカツキにしても、何度か腕前を見せてもらっている。彼女も、武芸ではBランクの者にも引けを取るまい」
それを聞いても、ユルグは首を縦に振らない。むしろ、苛立つように息をはいた。
「フィーは、死にかけたんだ。帝都でどんな相手がいるかは知らないが、碌な奴ではないだろう。腕が立つだけでは、足元をすくわれて命を落としかねん」
彼の言葉に、アカツキは不満そうな顔をした。けれど神殿長の前だからか、口を開くことなく黙っていた。当の神殿長は、待っていました、とばかりにニッと笑う。
「そこで、君だ」
「…何だと?」
「ユルグ。君には二人のサポートを頼みたい。罠、待ち伏せ、毒の有無…何があっても、君なら見抜ける。そうだろう?」
それに答えようとして、彼は開けた口を一度閉じた。そして、少しうつむく。
「…俺では、力不足だ。それに、帝都は…」
かつての仲間の声が頭の中によみがえり、彼は口元を押さえた。そんなユルグの様子を見ていたゴルドーが助け舟を出す。
「神殿長様。やはり、ユルグに任せるのはよした方がいいかと」
「なるほど。では、彼以上に適任の者はいると思うかい?」
「それは…しかし、ですな…」
言いよどむゴルドーに、ゼーウはため息一つ。
「時間がないのも、また事実なんだ。急ですまないが、出発は三日後とする。なあに、君たちなら大丈夫さ。詳しい話は帝都にいる者からさせる。頼んだよ」
「はい!お任せください!」
アカツキは元気よく返事をするが、ユルグは浮かない顔のまま。それをヴォルフィーネとゴルドーは心配そうに見ているのだった。
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とにかく出立までに備えられることをしよう、とユルグはアカツキたちを武具店や道具屋へと連れていく。「こんなに必要なのか?」とあきれるアカツキに、「これでも足りん」と彼は準備を進めていく。
また、診療所へ行き、ヴォルフィーネを診てもらう。彼女の怪我はほぼ治っていた。
(フィーの回復力か。いや、エラリアの魔法のおかげか。…フィーが怪我をしたままだったなら、あるいは…)
と、彼は埒もないことを考え、ため息をついた。
あわただしく準備の時間は過ぎ、夕食の場。食欲がないからと、ユルグは先に自室へ戻った。後で、アヤカと少女が彼の部屋の前へ行きドアをノックしたが、返事はなかった。
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真っ暗闇の中、少女と鬼の女性が倒れている。
駆け寄ろうとして、水音。
足元を見れば、真っ赤な血だまりが出来ている。
「アンタの、せいで…」
「ユルグ、どうして…」
かすかな声に目を向ければ、全身赤く染まったヴォルフィーネとアカツキが、恨みのこもった眼差しで、じっとこちらを見据えている。
自分のせいで、二人が死ぬのか。
そう思い、こみ上げてくる焦りと吐き気に口を押えた。
と、二人の姿がにじんで消え、代わりに一人の女性が闇の中から現れる。
その姿を見て、震える声でつぶやく。
「かあ、さん…」
女性は次第に骸骨へと変じてゆく。そして、地の底から響いてくるような、おどろおどろしい声で、こう言った。
「ユルグ。どうして、私を、助けてくれなかったの?」
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深夜、ベッドの上で彼は飛び起きた。そのまま体をくの字に曲げ、何かをこらえるように、かすかに呻く。そして自身の腕を掴む。爪を立て、掻きむしる。肉が破れ、血が流れた。それで終わらず、自分の首を、顔を傷つける。彼の服は赤いまだらに染まっていった。
(このままでは、フィーたちは帝都で死んでしまう…どうにか、しなければ…)
彼の頭は恐怖と混乱の中、それだけを考える。けれど、どうしたらいいのか。彼には何も分からなかった。
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次の日、朝食の時間になっても、ユルグは部屋から出てこなかった。心配したリュウイチが声をかけに来たが、「大丈夫だから」と返事をすることしか、彼には出来なかった。
本当はリュウイチに、あるいはゴルドーに相談した方が良い。それは彼にも分かっていた。
しかし、同時に思うのだ。
(フィーたちと共に帝都へ向かうのは、自分よりもふさわしい者がいる。自分では、この先彼女たちと一緒にいることで迷惑がかかるだろう。これ以上、彼女と関わらない方が良い。……それを、リュウさんに肯定されることが、怖い。フィーと共にいられなくなる。それが、耐えがたい。…ただの我がまま。ああ、なんて、無様)
―――――今まで目をそらしていただけだ。
お前は、生き恥をさらすだけの、無様な男だ―――――
心の内から、声が響いた。
「…そうだな。その、通りだ」
そう言って、彼は自分を嗤った。
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真っ暗闇の中、かつての仲間たちが、彼を蔑んだ目で見ている。
「この、役立たずが!」
「何してんのよ、愚図!」
「別にどうでもいいよ、アイツのことは」
「あなたのことを軽蔑します。もう私に話しかけないで」
彼らの姿は、やがて形を変えてゆく。
アカツキ、エラリア。
リュウイチ、アヤカ。
ゼーウ、ゴルドー、そして、ヴォルフィーネ。
彼らもまた、ユルグに心無い言葉をぶつけた。
体の内に石を埋められていくようで、心が重く、痛い。
そんな彼の前に、暗闇の中からじわり、と一人の女性が浮かび上がってくる。
「かあさん…」
彼女は微笑みながら、彼に手を伸ばしてささやいた。
「あなたが死ねばいいのよ、ユルグ。あなたが死ねば、全て上手くいく」
彼女の姿が、次第に骸骨へと変わってゆく。その手が、彼の頬にふれる。ぞくり、とするほど冷たい。彼女の、皆の嗤い声が、ユルグの頭の中に響く。
目の前が赤く、赤く染まってゆく。
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夜明け前、暗い部屋の中、彼は目を覚まして体を起こした。まだ頭の中に嗤い声が残っている。彼は自身の腕を強くつかんだ。そのままぶつぶつと、誰にも聞き取れぬほど小さな声で何事かをつぶやく。
どれ位、そうしていただろうか。
彼は腕の力を抜き、窓の外を見た。
昇りゆく朝日が、彼の顔を照らす。
一つうなずくと、彼は枕元に置いたナイフを手に取り、鞘から抜いた。
そこへノックの音。ややあってドアが開き、ヴォルフィーネが顔を出した。
「ユルグ、大丈夫?今日はご飯、食べられそう?」
そう言って彼女は部屋の中を見、彼が手にしているものに気づき、首をかしげた。
「ユルグ…?」
そんな彼女に、彼は微笑む。
自分が彼女の傍にいられたのは、何かの間違いだったのだ。
自分が死ねば、きっとこれから上手くいくだろう。
最期に、彼女の顔が見れて、よかった。
彼は口を開く。
「フィー、今まで、ありがとう」
そうして少女が答える前に、彼はナイフを静かに、ためらいなく自身の胸に突き刺し、強くねじる。
「ユルグ?!」
おどろいたヴォルフィーネは、倒れゆく彼に駆け寄り、その体を支えた。しかし、もう彼は息をしていなかった。少女は必死に、彼の名を何度も叫ぶ。
彼は目を開かない。少女の声は、届かない。
少女の視界がにじんで、ぼやけてゆく。
ふと、どこかから鈴のような音が聞こえた。
その音と共に、少女は自分の意識が遠のいてゆくのを感じる。
目の前が、まっくらになった。
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ベッドの上、少女が飛び起きた。息は乱れ、ひどく汗をかいている。周囲をきょろきょろと見回すと、
「夢…」
ぽつりと、そうつぶやいた。
本当に、夢だったのだろうか?と、不安が生まれる。いてもたってもいられず、彼女は部屋の外へと出た。すると、すぐ目の前に、彼の姿があった。
「フィー、起きたのか。体の調子はどうだ?……フィー、どうした?」
心配そうに、彼は尋ねる。
ヴォルフィーネは、ぽろぽろと涙を流していた。
彼女は無言で彼にしがみつき、やがて静かに泣き出した。
「…怖い夢でも見たか?……大丈夫、大丈夫……」
ユルグは努めて落ち着いた声であやすように、少女の背中を優しくなでるのだった。




