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冒険者ギルドのお手伝いさん  作者: にわそーじ
第三章 帝都への旅立ち
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第17話 鈴の音

 夜の酔竜亭。ヴォルフィーネが皆の前で何やら話しており、それを聞いていたアヤカが目を輝かせて尋ねた。


「それでそれで、どうなったの!?」

「薬はもってる。安心しろ、とうこう、したら助けてやる…ってユルグがカッコよく言ったの」


 彼の真似だろうか。いつもより低い声で少女が言い、アヤカははしゃぐ。そんな二人を見ながら、当のユルグは苦い顔をした。

 養成所の時といい、今回といい。どうして彼女に無様なところを見られてしまうのかと、彼は片手で額を押さえた。


「ヴォルフィーネを倒す相手か…くそ、オレが間に合ってりゃなあ」

「アカツキと一緒なら、何とかなったかも」

「だよな」


 二人はそう言うが、おそらく厳しかっただろうと彼は思う。下手をすれば、二人とも命を落とすことになったかもしれない。そこまで考え、彼は気が重くなった。


「それで、明日は神殿へ行くのかい?」

「ああ。何か、オレとヴォルフィーネに話があるんだって」


 リュウイチの問いに、少し嬉しそうな様子でアカツキが答えている。そんなやり取りもユルグの耳には入ってこない。


(そもそも、冒険者は危険と隣り合わせの仕事だ。それなのに、俺は森で周囲への警戒を怠った。敵の接近に気づけなかった。…あの時、フィーは殺されていたかもしれないんだ)


―――――この、役立たずが!―――――


 かつての仲間の声が頭の中にひびく。

 彼は思う。もしかしたら、フィーに見捨てられる日が来るかもしれない。軽蔑の目を、向けられる日が来るかもしれない、と。

 ユルグは知らず知らず、自分の口元を押さえた。そして一呼吸して、頭を左右に振る。


(考えすぎだ…しかし今後のためにも、信頼出来て腕の立つ者をフィーたちに紹介するべきだろうか…)


 と、そんなことを彼は悩むのだった。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 翌朝、いつもは早起きなヴォルフィーネにしては珍しく、朝食の時間になっても部屋から出てこない。

 傷の具合が良くないのだろうか、とユルグは様子を見に行く。彼女の部屋のドアをノックすると、眠そうな声で返事があった。そして、ぼんやりした顔の彼女が出てくる。


「フィー、体の調子はどうだ?」


 彼は訪ねてみたが、「んー…」と少女はしばし沈黙する。

 やはり、昨日の今日ではまだ回復しきれないのだろう。と、彼がそう考えていると、


「何か、悪い夢を見た気がする…」


 少女は力なく言って、彼に体を寄せる。ユルグがそっと頭をなでると、彼女は安心したように目を細めた。


「ごはんは食べられそうか?」


 少ししてからそう尋ねた彼に、少女はこくり、とうなずいたのだった。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 古都フォレスティアナの中心には、小さな森がある。小川に囲まれており、朱塗りの橋がかかっている。森の中は緑、黄、赤など、さまざまな色の植物や木々が生えている。

 しん、と静かな道を行くと、やがて大きな門が見えてきた。


「街の中に、こんなところがあったんだね」


 キョロキョロと周りを見ながら歩くヴォルフィーネ。彼女と対照的に、アカツキは迷いのない足取りで進んでいく。


「アカツキは、ここに来たことあるの?」

「お?おお、まあな。それより、神殿長様を待たせちゃ悪いし、早く行こうぜ」


 どこかソワソワした様子の彼女。少女は隣にいるユルグと顔を見合わせると、アカツキの後に続いた。


 森の中に建つ太陽神教の神殿。おごそかな雰囲気の建物だが、周囲には人が多く、談笑したり、和やかな空気が漂っている。


「やあやあ、よく来たね」

「ゼーウ様!?わざわざ出迎えなんて…!」


 アカツキたち三人の前へとやって来たエルフの女性。彼女の元へ駆け寄ると、アカツキは何やら親し気に話を始める。いつの間に知り合っていたのか、とユルグとヴォルフィーネは不思議そうな顔をする。それに気づいたゼーウは、


「アカツキは、よくここに顔を出してくれるんだよ。薄情な姪っ子と違ってね。それはともかく、上がっておくれよ。お茶くらい出すからさ」


 そう言って、いたずらっぽく笑った。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 神殿内の応接間。落ち着いた色合いの調度品で整えられた部屋には、先客がいた。


「ゴルドー、来ていたのか」

「おう、ユルグにアカツキ。フィーネは、体大丈夫か?」


 うなずいた少女に「そいつは何より」と笑う大男。そんな彼らを席に着くよう促してお茶を用意すると、神殿長は口を開いた。


「今、帝都ではある事件が起きようとしている。第一皇妃に謀反むほんの濡れ衣を着せて、捕らえようとする動きがあるんだ」

「急に何の話だ?」


 いぶかしむユルグに、「まあ聞いてくれ」と彼女は話を続ける。


「アカツキ、そしてヴォルフィーネ。君たちには帝都へ赴き、皇妃を助ける手伝いをしてほしいんだ」

「光栄です、お任せください!」


 勢い込んで答えるアカツキ。しかしユルグは首を振った。


「ありえない。それは、Bランク以上の者が受ける依頼だろう。彼女たちはDに上がったばかりだ。ゴルドー、そうだろう?」

「俺も、そう言ったんだがな…」


 男たちの視線を受けるも、ゼーウは余裕の表情で言葉を返す。


「昨日の一件。Aランクの者でも厳しいであろう相手に、フィーネは実力を示したそうじゃないか。アカツキにしても、何度か腕前を見せてもらっている。彼女も、武芸ではBランクの者にも引けを取るまい」


 それを聞いても、ユルグは首を縦に振らない。むしろ、苛立つように息をはいた。


「フィーは、死にかけたんだ。帝都でどんな相手がいるかは知らないが、ろくな奴ではないだろう。腕が立つだけでは、足元をすくわれて命を落としかねん」


 彼の言葉に、アカツキは不満そうな顔をした。けれど神殿長の前だからか、口を開くことなく黙っていた。当の神殿長は、待っていました、とばかりにニッと笑う。


「そこで、君だ」

「…何だと?」

「ユルグ。君には二人のサポートを頼みたい。罠、待ち伏せ、毒の有無…何があっても、君なら見抜ける。そうだろう?」


 それに答えようとして、彼は開けた口を一度閉じた。そして、少しうつむく。


「…俺では、力不足だ。それに、帝都は…」


 かつての仲間の声が頭の中によみがえり、彼は口元を押さえた。そんなユルグの様子を見ていたゴルドーが助け舟を出す。


「神殿長様。やはり、ユルグに任せるのはよした方がいいかと」

「なるほど。では、彼以上に適任の者はいると思うかい?」

「それは…しかし、ですな…」


 言いよどむゴルドーに、ゼーウはため息一つ。


「時間がないのも、また事実なんだ。急ですまないが、出発は三日後とする。なあに、君たちなら大丈夫さ。詳しい話は帝都にいる者からさせる。頼んだよ」

「はい!お任せください!」


 アカツキは元気よく返事をするが、ユルグは浮かない顔のまま。それをヴォルフィーネとゴルドーは心配そうに見ているのだった。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 とにかく出立までに備えられることをしよう、とユルグはアカツキたちを武具店や道具屋へと連れていく。「こんなに必要なのか?」とあきれるアカツキに、「これでも足りん」と彼は準備を進めていく。

 また、診療所へ行き、ヴォルフィーネを診てもらう。彼女の怪我はほぼ治っていた。


(フィーの回復力か。いや、エラリアの魔法のおかげか。…フィーが怪我をしたままだったなら、あるいは…)


 と、彼はらちもないことを考え、ため息をついた。


 あわただしく準備の時間は過ぎ、夕食の場。食欲がないからと、ユルグは先に自室へ戻った。後で、アヤカと少女が彼の部屋の前へ行きドアをノックしたが、返事はなかった。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 真っ暗闇の中、少女と鬼の女性が倒れている。

 駆け寄ろうとして、水音。

 足元を見れば、真っ赤な血だまりが出来ている。


「アンタの、せいで…」

「ユルグ、どうして…」


 かすかな声に目を向ければ、全身赤く染まったヴォルフィーネとアカツキが、恨みのこもった眼差しで、じっとこちらを見据えている。


 自分のせいで、二人が死ぬのか。


 そう思い、こみ上げてくる焦りと吐き気に口を押えた。

 と、二人の姿がにじんで消え、代わりに一人の女性が闇の中から現れる。

 その姿を見て、震える声でつぶやく。


「かあ、さん…」


 女性は次第に骸骨がいこつへと変じてゆく。そして、地の底から響いてくるような、おどろおどろしい声で、こう言った。


「ユルグ。どうして、私を、助けてくれなかったの?」


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 深夜、ベッドの上で彼は飛び起きた。そのまま体をくの字に曲げ、何かをこらえるように、かすかに呻く。そして自身の腕を掴む。爪を立て、掻きむしる。肉が破れ、血が流れた。それで終わらず、自分の首を、顔を傷つける。彼の服は赤いまだらに染まっていった。


(このままでは、フィーたちは帝都で死んでしまう…どうにか、しなければ…)


 彼の頭は恐怖と混乱の中、それだけを考える。けれど、どうしたらいいのか。彼には何も分からなかった。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 次の日、朝食の時間になっても、ユルグは部屋から出てこなかった。心配したリュウイチが声をかけに来たが、「大丈夫だから」と返事をすることしか、彼には出来なかった。


 本当はリュウイチに、あるいはゴルドーに相談した方が良い。それは彼にも分かっていた。

 しかし、同時に思うのだ。


(フィーたちと共に帝都へ向かうのは、自分よりもふさわしい者がいる。自分では、この先彼女たちと一緒にいることで迷惑がかかるだろう。これ以上、彼女と関わらない方が良い。……それを、リュウさんに肯定されることが、怖い。フィーと共にいられなくなる。それが、耐えがたい。…ただの我がまま。ああ、なんて、無様)


―――――今まで目をそらしていただけだ。

 お前は、生き恥をさらすだけの、無様な男だ―――――


 心の内から、声が響いた。


「…そうだな。その、通りだ」


 そう言って、彼は自分を嗤った。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 真っ暗闇の中、かつての仲間たちが、彼を蔑んだ目で見ている。


「この、役立たずが!」

「何してんのよ、愚図!」

「別にどうでもいいよ、アイツのことは」

「あなたのことを軽蔑します。もう私に話しかけないで」


 彼らの姿は、やがて形を変えてゆく。


 アカツキ、エラリア。

 リュウイチ、アヤカ。

 ゼーウ、ゴルドー、そして、ヴォルフィーネ。


 彼らもまた、ユルグに心無い言葉をぶつけた。

 体の内に石を埋められていくようで、心が重く、痛い。

 そんな彼の前に、暗闇の中からじわり、と一人の女性が浮かび上がってくる。


「かあさん…」


 彼女は微笑みながら、彼に手を伸ばしてささやいた。


「あなたが死ねばいいのよ、ユルグ。あなたが死ねば、全て上手くいく」


 彼女の姿が、次第に骸骨へと変わってゆく。その手が、彼の頬にふれる。ぞくり、とするほど冷たい。彼女の、皆の嗤い声が、ユルグの頭の中に響く。

 目の前が赤く、赤く染まってゆく。


● ● ● ● ● ● ● ● ●


 夜明け前、暗い部屋の中、彼は目を覚まして体を起こした。まだ頭の中に嗤い声が残っている。彼は自身の腕を強くつかんだ。そのままぶつぶつと、誰にも聞き取れぬほど小さな声で何事かをつぶやく。


 どれ位、そうしていただろうか。


 彼は腕の力を抜き、窓の外を見た。

 昇りゆく朝日が、彼の顔を照らす。

 一つうなずくと、彼は枕元に置いたナイフを手に取り、鞘から抜いた。

 そこへノックの音。ややあってドアが開き、ヴォルフィーネが顔を出した。


「ユルグ、大丈夫?今日はご飯、食べられそう?」


 そう言って彼女は部屋の中を見、彼が手にしているものに気づき、首をかしげた。


「ユルグ…?」


 そんな彼女に、彼は微笑む。


 自分が彼女の傍にいられたのは、何かの間違いだったのだ。

 自分が死ねば、きっとこれから上手くいくだろう。

 最期に、彼女の顔が見れて、よかった。


 彼は口を開く。


「フィー、今まで、ありがとう」


 そうして少女が答える前に、彼はナイフを静かに、ためらいなく自身の胸に突き刺し、強くねじる。


「ユルグ?!」


 おどろいたヴォルフィーネは、倒れゆく彼に駆け寄り、その体を支えた。しかし、もう彼は息をしていなかった。少女は必死に、彼の名を何度も叫ぶ。

 彼は目を開かない。少女の声は、届かない。

 少女の視界がにじんで、ぼやけてゆく。


 ふと、どこかから鈴のような音が聞こえた。


 その音と共に、少女は自分の意識が遠のいてゆくのを感じる。

 目の前が、まっくらになった。


● ● ● ● ● ● ● ● ●

















● ● ● ● ● ● ● ● ●


 ベッドの上、少女が飛び起きた。息は乱れ、ひどく汗をかいている。周囲をきょろきょろと見回すと、


「夢…」


 ぽつりと、そうつぶやいた。

 本当に、夢だったのだろうか?と、不安が生まれる。いてもたってもいられず、彼女は部屋の外へと出た。すると、すぐ目の前に、彼の姿があった。


「フィー、起きたのか。体の調子はどうだ?……フィー、どうした?」


 心配そうに、彼は尋ねる。

 ヴォルフィーネは、ぽろぽろと涙を流していた。

 彼女は無言で彼にしがみつき、やがて静かに泣き出した。


「…怖い夢でも見たか?……大丈夫、大丈夫……」


 ユルグは努めて落ち着いた声であやすように、少女の背中を優しくなでるのだった。






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