第15話 人さらい
その男は、帝都辺境の守備隊隊長だった。日夜襲い来る魔物をしりぞけ、皆を守り続けた。彼の戦い方はシンプルだが異様であり、周囲から畏敬を込めてこう呼ばれていた。
首斬りのヘラルド
彼は長い間辺境の守りの要であったが、ある事件を機に、部下共々姿を消した。
● ● ● ● ● ● ● ● ●
「課選択?」
朝の酔竜亭。食事が済んで片付けも終わり、一息ついている中、鬼人の女性アカツキが聞き返した。
「ああ。先日の依頼達成でランクが上がったはずだ。Dランクからは、自分がやりたい依頼内容に沿った課に入ることが出来るようになる」
ギルド職員のユルグにそう言われ、アカツキは胸元からギルド登録証を取り出す。
「本当だ、前はEだったのがDになってら」
「…肌身離さず持ち歩くよう言ったが、巾着などに入れて身につけていても大丈夫だからな?」
彼はそう言ったが、アカツキは何でもない風に、
「もうこれで慣れたよ。依頼とか受付とか、買い物とかでも割と使うから、これだと便利なんだよな」
「そうか。ならば、いい」
「…私は、どこにしまったっけ…」
彼の隣にいるダークエルフの少女ヴォルフィーネが、思案顔で小首をかしげた。ユルグはちょっとの間をおいて、それに答える。
「…フィーのリュック。その外ポケットにあるはずだ」
「そうだった。ありがとう」
「…なあ。アンタ探し物をすぐ見つけてっけどよ、どうやってんだ?」
二人のやり取りを見ていたアカツキが、不思議そうに尋ねた。
「…探査で少し、な」
「探査?ああ、アンタ元は斥候だったっけ。あのさ、探査って使うとこう、人の見てるもんが無理やり見える、みたいな気持ち悪さがねーか?」
「…まあ、慣れるものだ」
「ふーん、そういうもんか」
彼の返事に納得した彼女は、それ以上追及することなく別の話を口にする。
「しかしよ、課に入る必要ってあんのか?面倒じゃねえの?」
「ブーレのようなことを言うな」
と、ユルグは苦笑する。
「そうだな。例えば、エナシェラたちが目指していた輸送隊。あれは開拓課の組織で、運輸…荷や人を目的地まで届けることを生業としている」
そこで一呼吸置き、彼は二人を見る。アカツキも、そしてヴォルフィーネも話を聞く態勢になっている。彼は話を続ける。
「冒険者ギルドは、大きく3つの課に分けられる。一つは狩人課。迷宮内で魔物の討伐、及びその素材を得ることを主とする」
彼は指を一本たて、更に話す。
「もう一つは観察人課。同じく迷宮内で活動するが、探索や素材採集…植物や鉱物などを探したり、地形や魔物の動静を確認し、異常がないか調べることが主となる」
残りは、先に言った開拓課だな、と彼は3本目の指を立てた。
「先の二つと異なり、街や村と迷宮をつなぐ役割をする。迷宮近くや街道の整備、中継地の停泊所運営。人や物資の輸送、迷宮外での木の伐採や加工をしたりもするが…」
そこまで話し、彼はもう一度二人を見る。アカツキは眉間にしわが寄っており、ヴォルフィーネはどこかぼんやりとしていた。彼は一つ咳ばらいをする。
「…目的を考えるに、二人には観察人課を勧める。課に入ると、専門の職に就けるようになる。そこでしか学べない知識や技術を教わることが出来るのが、利点の一つで」
「狩人課じゃダメなのか?」
話の途中でアカツキが質問する。ユルグは一つうなずくと、
「そちらは魔物との戦闘が主となる。もちろんそちらでも構わない。そして、観察人課の利点二つ目。未探索地域の調査依頼が受けられること。君たちに勧める一番の理由だ」
「なんだ、そんなのがあるんだな。先に言ってくれよ」
気楽そうに言うアカツキに、彼は真剣な表情で、
「ただし、その依頼が受けられるのはBランク以上になってからだ。また、相応の戦闘技能と探索能力が求められる。たやすい道ではないと覚えておいてくれ」
そう釘をさすのだった。
● ● ● ● ● ● ● ● ●
課選択のため、冒険者ギルドへやって来たユルグたち。彼らは受付にいたゴルドーに呼び止められる。
「おうユルグ、いいところに来たな!話があるんだ、ちょっと顔貸してくれ」
「分かった。彼女たちは外した方がいいか?」
「いや、一緒でかまわん」
そうして、ギルドマスターの部屋で話を聞く一行。
「実はな、不審な集団がやって来たって連絡があってな」
「不審な集団?」
「ああ。マントにフードを深くかぶった連中が、今朝の船で帝都から来やがってな。そんで、神殿長様から、動向に注意してくれってお達しだ」
「ふむ…」
ユルグはあごに手を当て、しばし目をつぶる。そして、「数は10人か?」と問う。ゴルドーは驚いた顔をした。
「ああそうだ。…毎度思うが、すげえよなあ、先輩のソレ」
「先輩はやめてくれ」
そのやり取りを、ヴォルフィーネは目を輝かせて、アカツキはきょとんとした顔で見ている。だが、
「どうも、追われている者が二人いるようだ。もしかしたら連中、人さらいかもしれん」
彼の言葉で部屋に緊張が走る。ゴルドーは険しい表情で聞く。
「場所は?」
「西の停泊所の先、北の村への途中…森の方へ入った」
「結構離れてるな…頼めるか?」
「無論だ」
そう言ってユルグは立ち上がった。少女も続く。
「私も行く」
「ああ、頼りにしている」
それを見て、慌ててアカツキも席を立つ。
「お、おい、オレも行くぞ!」
「お前さんは俺と一緒に来い」
「何でだよ、オレも…」
ゴルドーに声をかけられ、アカツキの返す言葉も終わらぬ間に、ユルグとヴォルフィーネは部屋の窓から外へと飛び出した。そして屋根から屋根へと飛び移り、すぐに見えなくなった。
「アカツキ。お前さん、アレを真似出来るか?」
「…いや、無理だな…」
呆然とつぶやいた彼女に苦笑し、「俺も出来んよ。さ、後を追うぞ」と言うと、ゴルドーも立ち上がるのだった。
● ● ● ● ● ● ● ● ●
街道をあし毛の馬が駆けてゆく。背には二人を乗せていた。
それを追いかけて、黒毛の馬が4頭。それぞれ男を一人乗せている。
追われている馬は森の方へと進んでゆく。そして森へ入って間もなく、周囲から矢が飛んできた。
「待ち伏せ!?あっ」
馬に矢が当たる。馬は倒れ、乗っていた二人は地に投げ出された。そこへ網が投げかけられる。二人は男たちに囲まれ、捕らわれてしまった。
一人は年端もいかぬ猫の獣人。もう一人は美しい狐の獣人だった。
男たちの一人が、下卑た笑みを浮かべる。
「こいつは上玉じゃねえですか。引き渡す前に俺らで楽しみましょうよ」
「駄目だ」
問われた男、この集団の頭目はにべもなく言った。一度笑いを引っ込めた男は、再びへらへらと薄ら笑いをする。
「そんなこと言わずに、ヤっちゃいましょうよ。ねえ、だんなっ…」
男はそれ以上言うことが出来なかった。頭目が、いつの間にか手にしていた剣でその首をはねてしまったからだ。
血しぶきをあげ、その体がどっと倒れる。頭は草むらへと転がった。それを冷めた目で見ながら、頭目は口を開いた。
「俺は、駄目だ、と言ったんだ。聞こえなかったか?…ああ、もう聞こえんか」
吐き捨てるように言うと、剣についた血をおとし、鞘に納めた。そんな彼に、部下の一人が声をかける。
「いいんですか?コイツ、依頼人の目でしょうに」
「知ったことか」
その答えに声をかけた者も、そして周囲の男たちも、仕方ないとばかりに少しだけ肩をすくめた。頭目は捕らえた二人に歩み寄り、感情の欠けた声で告げる。
「これからお前たちを帝都へ送る。おかしな真似をすれば首を落とす。忘れるな。大人しくしていれば、これ以上危害は加えん」
「あら、お優しいこと」
狐の獣人は、幼子を抱きしめ気丈に言い返した。頭目は特に気にした風もなく、
「帝都でどうなるかまでは、保証せんがな」
と、平坦な声で言った。これは、ひとまず従う他なさそうだ、と狐の獣人は内心でため息をつくのだった。
● ● ● ● ● ● ● ● ●
街道を、荷を乗せた馬車が進んでゆく。その周囲には馬に乗った男たち。彼らの行き先に、黒ずくめの男と、マントにフードを目深にかぶった小柄な人物の二人組が立ちはだかる。
男の方が、白い小板をかかげて口を開いた。
「冒険者ギルドの職員、ユルグと言う。時間を取らせてすまないが、少々積み荷を検めさせてほしい」
馬車に乗っていた男たち、その内一人が笑顔で応じる。
「何かあったんですかい?大変ですね、どうぞどうぞ」
と、積んであった箱に手をかけた。ギルド職員の男は、それに待ったをかける。
「検めさせてほしいのは、そこにある箱ではない。御者台の下だ」
「…どうして、そんな所を?」
「積んでいるだろう。獣人を、二人」
ユルグが言うや、男たちから笑顔が消え、代わりに剣呑な空気が漂う。
「何も見なかったことにして引き下がれ。命までは取らねえ」
「そうはいかん」
その答えに、男たちは一斉に武器を構えた。動きに無駄はなく、相当に訓練されていることが伺えた。並の者では、いや、熟練の冒険者でも抗うのは難しいだろう。しかし、
「うおっ?!」
「ぎゃっ」
短い悲鳴が立て続けにあがる。ユルグは、目の前の男が視線をそらした隙に首元を打って気絶させた。
数秒の間に、男たちは全員倒れ伏している。皆気を失っており、その中心に立つ少女は息一つ乱れていない。
(いやはや、とんでもないな…)
会った頃に比べて、ヴォルフィーネの動きが進化していた。今までの型をなぞるものから、柔軟なものへと変わっている。末恐ろしい…、と苦笑しながら、ユルグは男たちを拘束していく。そこへ不意に声がかかった。
「全く、とんだ化け物がいたもんだ」
いつの間にか馬車の近くに、剣を担いだ頭目と、ローブをまとった人物がいた。
接近に気付かなかった。自分の迂闊さを内心で責めながら、現れた二人を警戒する彼は、少女を制止するのが遅れた。
「フィー、待て…!」
突然の、閃光。目くらましの魔法かと彼が気づく頃には、事態は更に悪化する。
目がくらんだ少女は、それでも立て直そうとした。しかしそれより早く、頭目が剣を振るう。少女は後ろへ大きく倒れ、そのまま地面に転がった。
「フィー!」
慌てて彼女の元へ向かおうとするユルグの背に、頭目は剣を一閃する。それを身をかがめて避け、振り向きもせず後ろ手に飛針を2本投げうつと、ユルグは倒れている少女へと駆け寄った。
(気絶している…それに)
骨が折れている。ひどい怪我だ。だが、致命傷ではない。それを確認して、彼は一つ息をはいた。一方、腕にくらった飛針を引き抜き、頭目はあきれたような声を出した。
「貴様、後ろに目でもついているのか?そっちの小僧も真っ二つにしたと思ったが、受け流したのか…化け物どもめ。…む?」
頭目は自分の視界が唐突にぐわん、と揺れるのを感じた。膝から力が抜け、そのままくずおれる。こみ上げてきた吐き気に、たまらずおう吐する。
「ごふっ、かは…な、なんだ…!?」
隣を見れば、ローブ姿の人物も倒れている。まさか、先の飛針に毒が?頭目がそう考えた矢先、冷たい声がひびいた。
「マンチニーラ」
「…新人殺し?そんなもの、俺たちに効くはずが…」
「その毒を精製したもの。竜も戦闘不能にする」
続いた言葉に頭目は、そんなものを人に?ギルド職員のやることか?と絶句した。ユルグはそのまま、一切感情を感じさせない冷酷な様子で告げる。
「薬を持っている。安心しろ。投降すれば、助けてやる」
「なめるな…ッ」
頭目は震える手で剣をつかみ、反撃に出ようとする。けれど彼が動く前に、ユルグが彼の手を踏みにじった。にぶく、骨が砕ける音。
「ぐぅぅぅっ!」
「抵抗するか。なら、投降する気になるまで、切り刻む」
無感情に言うと、短剣を取り出すユルグ。毒々しい紫色の液体が、その刀身からしたたり落ちている。
(こいつは容赦なくやるだろう。ここで終いか…それも良かろう)
頭目は静かに目を閉じた。そこへ、
「ユル、グ…」
微かな呼び声。いつ気がついたのか、ヴォルフィーネがよろよろと、体を起こそうとしている。
「フィー!」
ユルグはそれまでの様子を一変させ、急いで彼女の傍へ行くと、腰のポーチから小瓶を出した。
「これを。少しは楽になるはずだ」
「ん…」
彼は少女に痛み止めの薬を飲ませた。気休めだが、今はそれが精一杯だった。苦しさが少し和らいだ表情で、少女が問う。
「ユルグ、怒ってた?」
「そう、だな…冷静では、なかったかもしれん」
ギルド職員としてふさわしくなかった。彼が自己嫌悪に陥るその前に、少女は次の言葉をかける。
「私の、ため?」
「む?…そう、かもしれん」
彼女が傷つけられた時、言いようのない怒りが湧きあがった。同時に、彼女が死んでしまうかもしれない、という思いで心臓を鷲づかみにされたような、そんな恐怖を感じた。彼がそんなことを考えていると、少女が弱弱しくも微笑んだ。
「…どうして、笑ってるんだ?」
「ユルグが、私のために、怒ってくれた。うれしい」
彼女の空色の瞳に見つめられ、彼は言葉をなくす。と、
「う、うおえぇぇぇ…」
背後から、うめき声。そちらを見れば、頭目が吐しゃ物の中に倒れている。
すっかり忘れていた。そんな内心は顔に出さず、ユルグはいつもの調子で問う。
「薬は持っている。投降すれば助けるが、どうする?」
「ああ…投降するさ…」
何だか急に馬鹿馬鹿しくなった、とでも言わんばかりに投げやりな様子で頭目は答えるのだった。




