番外編 ゴルドー
鬼族。他の種族よりも強靭な体躯と、額に二本の角をもつ種。人口に占める割合は少なく、また出会う機会があまりないためか、偏見にさらされることもあった。だから、彼は最初他人を信じていなかった。
冒険者となり、単独で迷宮を探索していたある日、魔物に襲われ深手を負う。森の中、身動き一つできず死を覚悟した時に、その男に助けられる。周囲から期待される冒険者パーティの斥候だった。その男は言葉少なに必要な手当てをし、彼の帰還に手を貸してくれた。
それ以来、その男とは街で、迷宮で。幾度も顔を合わせ、時に助けてもらうことになる。
彼が自分で気づかなかった、自分の良い点を教えてくれた。
周囲との橋渡しをしてくれた。
ギルド職員への誘いを受け、迷っていた自分の背中を押してくれたのも、その男だった。
彼は、その男に恩を感じていた。いつか、必ず恩に報いようと思っていた。
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時が過ぎ、久しぶりにその男と再会して、愕然とした。穏やかで優しかったその面影は変わり果てており、やつれ、目に光はなく、まるで死人のようになってしまっていた。
事情を調べると、どうやら同じパーティの奴らが原因らしいと分かり怒りを覚える。しかし、依頼に失敗して全滅したようだった。ざまあない。そんなことよりも、先輩のことだ。と彼は考える。
何とか説得して、ギルド職員の仕事を手伝ってもらえることになった。自分の師である鬼人に、ギルド職員としての教育係を頼んだ。大雑把なところはあるが、人柄は信頼がおける。気落ちしている先輩には、むしろ良いはずだ。
そういえば、先輩と呼ぶと、少し反応が返ってくることに気付いた。何かにつけ、使っていこう。彼はそう思うのだった。
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「俺ぁ、駄目なやつです…」
ある日の夜、酔竜亭のカウンターには4人の男女が集まっていた。その一人、ゴルドーがため息をつきながらこぼす。
「ゴルドー、ひとまずこれを飲みなさい」
「何かあったの?ゴルドーちゃん」
店の主人リュウイチはグラスに水を注いで彼に差し出す。そして、リュウイチの妻のアヤカは、落ち込んだ様子の彼にそっと聞いた。
「先輩…ユルグに、フィーネの、指導役を、たのんだんです…。…で、普段の仕事を、他のやつらと、回してるんすけど…」
そこで彼は言葉を切る。ユルグが抜けた穴、それを埋めるのに数人がかりでも足りぬほどであった。もちろん仕事は何とか回る。ユルグがいなくとも、何とかなる。しかし、そうではないのだ。
「俺ぁ、知らない間に、先輩に甘えてたんだ…。あんなにギルドを支えてくれてたことに、気付かなかった…。ギルドマスター失格だ…これじゃ、あいつらと、同じじゃねえか…」
酒がまわってきたのか、彼はぽつりぽつりと独り言のようにつぶやく。話を聞いていた最後の一人、神殿長のゼーウが、軽い調子でこう言った。
「ユルグが君のことをどう思っているか、知りたいかい?」
「…知ってるんですか?」
ゴルドーは顔をあげ、彼女の方を見る。
「聞いてみた事があるからね。で、どうする?」
「…。…教えて、ください」
迷った末、彼は真剣な顔つきで言った。それに一つうなずくと、ゼーウは口を開く。
「あいつは、最高のギルドマスターだ。冒険者や職員、新入りに至るまで顔と名前を覚え、皆に声をかけ、気を配っている。必要な仕事をこなし、周りに仕事を割り振って、各員が働きやすい状況を作っている。外部との交渉事においては尚頼もしい。共に働けていることを、幸運に思う」
淡々と、まるで本人のような口調で彼女は話した。ゴルドーはそれを聞き終え、一呼吸する。
「…俺に気ぃつかって、ウソ、言ってません…?」
「ハハ、まさか。神に誓って、本当だとも」
彼は手で顔を覆ってつぶやく。
「何だよ…そんな風に、思ってんなら、言ってくれりゃ、いいのに…」
つぶやきながら、彼は涙を流した。長い、長い時を生きてきた三人は、彼を静かに見守るのだった。




