番外編 ユルグと絵
真っ白の、何も描かれていない紙。
そこに線を走らせる。
何もなかったそこに、人が、景色が、何かが宿る、ような。
出来上がったものを見て、少し、何かが満たされるような気がする。
だから、ユルグは絵を描くのが好きだった。
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彼が小さかったころ、誰に言われるともなく、絵を描くことを覚えた。目の前にあるもの、それのみに集中する。その時だけ、極彩色の砂嵐は気にならぬほど薄れる。彼はそれを心地よいと感じた。
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ある日、彼が絵を描いている時、母から「遊んでないで手伝って」と言われる。その時の母は忙しかったのか、あるいは疲れていたのかもしれない。
ともかく、彼はその時から、絵を描くのは悪いことだと考え、それから出来るだけ絵を描かないよう気をつけるようになった。
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月日は流れ、彼がギルド職員となり。
深緑の迷宮を巡回中、ふと目に留まった景色を描く。
長く忘れていた、あの心地よい感覚を思い出す。
それから彼は、仕事の合間に色々なものを描くようになった。
人、風景、植物、魔物…。
ある日報告書を手渡すときにゴルドーから声をかけられる。
「なあユルグ、そっちのは何だ?」
「これは…私物だ」
「ふーん、見せてもらっても良いか?」
「構わんが…別に見せるようなものじゃないぞ?」
普段落ち着いているこの男にしては、珍しく歯切れが悪い。
「見せたくないなら、無理にとは言わんが」
「そういうわけでは、ないんだが…」
ユルグは絵が描いてある羊皮紙をゴルドーに渡した。手にしたそれをじっと見つめることしばし。彼は唸るように言う。
「おい、何だよこりゃあ…」
「それは…」
仕事中に絵を描いていたことは、やはり不味かっただろうか。手抜かりはないよう気をつけていたのだが…。ユルグがそう思っていた所、思わぬことを言われる。
「すっげぇじゃねえか先輩!」
「む?」
「こんなすげえもん描けたのかよ!今まで黙ってたなんて水くさいぜ!」
興奮した様子のゴルドーにユルグは困惑する。
「いや、絵など普通にあるだろう。本や看板…街のいたるところに使われているのだから」
その言葉に、衝撃を受けたように驚いた顔をするゴルドー。
「それだよ、何で今まで気づかなかったんだ…さすが先輩だぜ…」
「何の話だ…?」
「冒険者ギルドでも絵を取り入れるってことだろ。依頼書、注意書き、他にも…養成所でひよっこ共に教える時は尚更使えそうだぜ…」
思案顔でぶつぶつとつぶやく彼を見て、どうやら不味いことではなかったようだとユルグは一安心する。
「そう、か?役に立つなら、良かったが…」
「ああ、世界が変わるぜ!ありがとな、先輩!」
「先輩はやめてくれ」
その後、絵の入った依頼書や注意書きは分かりやすいと評判になり、依頼でのミスなども大幅に減ったという。その話を聞きユルグは、
(ゴルドーは、やはり良いギルドマスターだな)
と嬉しく思うのだった。
以来彼は、ゴルドーの役に少しでも立つのならと、仕事では毎日のように魔物や植物、迷宮の地形などを絵に描くようになった。そのことが酔竜亭のアヤカに知れて、彼女の書く小説の挿絵を頼まれることになるのだが、それはまた、別の話。




