第14話 心の声
酔竜亭の調理場で、ユルグが朝食の支度をしている。そこへヴォルフィーネが顔を出した。
「フィー、アカツキは一緒じゃないのか?」
「先に行っててって言われたんだけど…」
困った様子の少女とともに、彼は店の裏手へと向かう。そこには地に倒れ、息も絶え絶えのアカツキの姿があった。
「大丈夫か」
「何、でも、ねえ…。ほっとけ…」
「何でもなくはないだろう。何があった?」
荒い呼吸のまま顔を背ける彼女。ユルグは少女の方を見た。
「私と同じことをやるって、聞かなくて…」
「なるほど…」
少女の毎日の鍛錬、あれについていこうとしてこうなったかと彼は合点がいく。
「少し、待て」
そう言って彼は調理場へ行くと、コップと水差し、そしてタオルを2枚持って戻ってきた。1枚は少女に渡し、もう1枚を差し出され、アカツキはちょっと迷った後、それを受け取る。
「…悪いな」
「気にするな」
ユルグがアカツキを介抱するのを、ヴォルフィーネは少し羨ましそうに見ているのだった。
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深緑の迷宮で黒い鳥の魔物が襲ってきた後は特に問題もなく、アカツキたちは無事卒業試験を終え、冒険者となった。エナシェラたち3人はパーティを組み、輸送隊に入るべくがんばっているそうだ。
アカツキも誘われたが、先約がある、と断った。そして彼女は酔竜亭で世話になることを決める。
(ヴォルフィーネからも、それにアイツからも、学べることはまだあるはずだ。なら、同じ場所に寝泊まりした方がいいだろ)
と考えてのことだった。養成所での日々のたまものか、酔竜亭のリュウイチとアヤカにはすぐ受け入れられた。むしろ、「アカツキちゃんは気が利くわね~」と、アヤカに気に入られる程であった。
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「さて。パーティを組むならば、ギルドに申請する必要がある」
朝食後、一息ついてからユルグは言った。
「あ?誰と組んだって勝手だろ」
「誰と組んでも良い。その上で、その事をギルドに伝えてほしい、ということだ」
「はあ。そういうもんか」
そんなやり取りを経て、アカツキたちは冒険者ギルドへやって来た。受付で、エルフのフレイラがにこやかに声をかけてくる。
「いらっしゃい。今日はどんなご用かしら?」
「ああ、えっと。パーティの申請をしてえんだけど」
「分かりました。では必要なものを用意しますので、少し座って待っていてください」
そう言って受付手前の椅子を勧めると、フレイラは席を立った。アカツキとヴォルフィーネは椅子に座り、その後ろにユルグは控える。それほど経たぬ内にフレイラは戻ってきた。
「お待たせしました。ではこちらにご記入をお願いします。代筆も出来ますけれど、どうしますか?」
「ああ、字は書けっから大丈夫だ」
と、アカツキはスラスラと用紙に書き込んでいく。きれいな字だった。と、その手が止まる。
「…アンタは、オレらとパーティは組む、のか?」
どうやら自分に聞いているらしい、そう気づいたユルグは首を振った。
「俺は今だけの手伝いだ。パーティには入らない」
「そうか」
特に気にした風もなく、アカツキはそのまま書くのを再開する。ヴォルフィーネは彼の方を心配しながら見たが、以前のような苦しそうな様子はない。そのことに、少女はひとまず安どの息をつくのだった。
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二人のパーティは着実に依頼をこなしていった。特にアカツキの成長が早く、早朝の鍛錬にも気づけばついていけるようになっていた。
(話し方はやや乱暴だが裏表がなく、快活な性格の彼女は、依頼人とも上手くやり取りをする。ヴォルフィーネも慣れてきただろう。そろそろ指導役も終わりか)
ユルグは彼女たちを見ながら、そんな風に思っていた。彼は冒険者ギルドで、そのことをゴルドーに相談する。相談を受けたゴルドーはあっさりとこう言った。
「ああ、そいつぁユルグとフィーネで決めたらいいさ」
「そうか。ではフィーに確認しよう。…しかし、今更だが大丈夫か?俺は平時の仕事をほとんど手伝えていないが…」
「おいおい先輩。指導役も、それに教官役もこっちが頼んだんだ。それに専念するのは当然だろ」
彼は肩をすくめて続ける。
「それに、俺達を見くびり過ぎだぜ。ちゃんと仕事が回るようにやってるさ」
「要らん心配だったな。あと、先輩はやめてくれ」
と、二人は笑い合うのだった。
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「やだ」
夜、酔竜亭のユルグの部屋。指導役を終えるかどうか。その話を聞いたヴォルフィーネは開口一番にそう言った。余程不満なのか、頬が膨れている。こんな顔もするのか、と意外に思いながら、彼は落ち着いて語りかける。
「しかし、フィー。いつまでも一緒、という訳にはいかないだろう。俺がいなくとも、もう十分やっていけるはずだ」
「…すぐ、やめなきゃいけないの?」
不安そうに自分を見つめる少女に、彼は目をそらす。
「そういうわけでは、ないが…」
「じゃあ、まだ一緒にいてほしい」
彼女は何か願うようにそう言うと、彼の腕に抱きついた。驚いたように目を瞬かせた後、ユルグは少女の頭を優しくなでた。
「あの時も、こうやっていたな」
「…。…卒業試験の時?」
「ああ。変な話かもしれんが、フィーが怒ってくれたこと、怒ってもいいと言ってくれたこと。嬉しかった、とても」
彼は、あの時確かに、何か救われたような気がしたのだ。たとえそれが、ただの幻想だったとしても。
彼の言葉にヴォルフィーネは顔をあげる。そしてユルグの膝の上に乗ると両手を広げた。
「じゃあ、ぎゅーってして」
「…。…えっと?」
何が、じゃあ、なのか。彼には何も分からなかった。彼が動かないでいると、少女は不満げに、彼の両腕をぺしぺしと叩き始めた。
「あの時、がんばった、ごほうび!」
「…ああ、そういう事なら…」
迷宮で、彼が離れた後。ヴォルフィーネは試験に挑む訓練生たちをきちんと見守り、そして無事に帰って来た。それを労ってほしいと思うのは自然のことだろう、と彼は納得する。そして、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「よくがんばってくれた。ありがとう、フィー」
少女はこくりとうなずくと、彼の胸に顔をうずめ、しばらくの間彼に抱きついていたのだった。
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深夜、彼は一人、心の内からにじみ出てくる暗い声を聞く。
――――嬉しかったか?
フィーが自分のために怒ってくれたと
そう感じて嬉しかったか?
自惚れるな
勘違いをするな
お前に生きる意味はない
お前に生きる価値はない
生きる意志すら、最早ない
ただの人の成りそこない
そんなもののために怒る者など、存在しない
自惚れるな
お前に救いなど、ありはしない――――
彼は目を開けると、深く深く息をはき、諦めのこもった声でつぶやいた。
「そうだな、その通りだ…」
その言葉も、思いも。誰に届くことなく、闇に消えた。




