第13話 初めての迷宮
うっそうとした森の中を、ローブをまとった男が一人歩いている。そこへ、周囲からけたたましい鳴き声が響く。黒い鳥の魔物たちが、自分たちの生息域へ入るなと威嚇しているのだ。
しかし男はさして気にするでもなく、しばしそこにたたずむ。しびれを切らした魔物たちが、男へ襲いかかろうと身構える。その目前に青白い魔法陣が現れた。そして男が何やらつぶやくと、魔物たちがぴたり、と騒ぐのをやめた。
男は一つうなずき、次に魔物たちの内の一匹を指さし、また何かをつぶやいた。次の瞬間、一斉に周囲の魔物たちがそこへ群がる。森の中に悲鳴があがり、すぐに静かになった。
男はまたうなずき、別の方向を指さし、つぶやく。鳥の魔物たちは皆、そちらを目指して飛び去った。樹上から何かが落ちてくる。変わり果てた魔物の残骸だった。男はそれをちらとも見る事無く、魔物たちの向かった先へと歩き出すのだった。
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時は少しさかのぼり、朝の冒険者ギルド。多くの冒険者でにぎわうその場に、アカツキたち訓練生はいた。教官のユルグとヴォルフィーネも傍に控えている。彼らの前には大男、ゴルドーが立っていた。彼はニヤリと笑うと、
「よく来た若いの!いよいよ今日から卒業試験か、がんばれよ!」
と大声で言った。アカツキ以外の3人は背筋を伸ばして「はい!」と答えるが、アカツキは浮かない顔だ。それを見たゴルドーは彼女に問う。
「どうした、具合でも悪いのか?」
「別に、そういうわけじゃ…」
彼女の様子に、ゴルドーは一つ息をはくと、言い聞かせるように穏やかに告げる。
「いいか?お前さんたちはひと月でここまで来た。優秀な証だ、胸を張って良い」
その言葉にアカツキは顔をあげる。ゴルドーは訓練生たちを一人一人見ながら続ける。
「普通は三月、長けりゃ半年はかかるもんだ。よくがんばったな。しかし!こっからが本番、初めての迷宮だ。気を抜かず、しっかり取り組むように!」
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「ゴルドーさんって、怖そうに見えましたけど、話してみたら気さくな方なんですね」
迷宮へ向かう馬車の中、エナシェラが言う。ゴルドーは入ってくる新人の顔と名を覚え、卒業試験の時に受付をするのだ。ユルグは、心の中で(そう、あいつは気さくで良いギルドマスターだ)とうなずいていた。と、何かを思い出したように、ブーレは首をかしげる。
「ねえねえ。さっき、アカツキはゴルドーさんを見て変な顔してたけど、何で?」
「変な顔はしてねえだろ。してたか?…いや、ここに来たばっかの時に、あのおっさんと言い合いになった事があってよ…」
頬をかきながら、アカツキは続ける。
「養成所なんて必要ねえから、すぐに試験を受けさせろ、とか言っちまったから…」
「あ~、気まずかったんだ。大口たたいちゃったから」
そうだよ、悪いか。と彼女はブーレをにらむ。「ひゃあこわい!」と彼はバンの後ろへかくれた。アカツキはフンッ、と鼻息を一つ。
「まあ…養成所に行って良かったよ。自分に足りてねえもんが色々分かったし。…それに、お前らとも知り合えたからな」
外に目を向けながら、彼女はそう言った。その言葉に、他の皆は微笑む。照れた様子で、アカツキは話を変えようとした。
「んなことより、試験の確認でもしようぜ!今回は、何か草を取ってくりゃいいんだっけ?」
「解熱の薬草ですね。でもこの依頼書すごいですね。薬草の絵で色や形、取り方が分かりやすいですし、それに…」
横からバンがそれを見て、続きを言う。
「出てくる魔物のことも、描いてあるな」
「地図もあるし~、これは簡単なんじゃない?」
気楽そうに言うブーレの頭を、教官がぽんと叩く。
「紙で見たものと実物は違う。その差を体で感じ、今まで学んだことを実践できるよう、試験は複数回行われる。迷宮の進み方をきちんと覚えるように」
そう言われ、訓練生たちはそれぞれ了承の返事をした。
その後、ヴォルフィーネがユルグに近づいて声をかけた。
「あの絵、ユルグが描いたでしょ」
「どうして分かった?」
「やっぱり、ふふ♪」
ニコニコする彼女を、彼は不思議そうに見つめる。少女はいたずらっぽく微笑み、
「絵のことを皆が話してた時、ユルグほおをかいたり照れてるみたいだったから」
「むぅ…」
そうした二人のやり取りを、訓練生たちは(いつものか)とある者は温かい目で、ある者はあきれたようにそれぞれ見守るのだった。
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深緑の迷宮。古都フォレスティアナから馬車を一時間ほど走らせると入口にたどり着く。エルトナ島の三分の二を占める広大なこの地の木々は、その名の通り青みがかった緑色をしている。そして何より、
「でけえ…」
そうつぶやいたアカツキの前には、とてつもなく太い幹に見上げても先端が見えぬ高さの巨木。それが数え切れない位立ち並ぶ異様な森。中からは、魔物だろうか、得体の知れない鳴き声が遠く響いている。
「これから、ここに入るんですね…」
緊張した面持ちで、エナシェラはごくりとつばを飲み込んだ。他の三人も表情はかたい。教官は一呼吸すると、
「この場所には、まず魔物は出ない。ひとまず体をほぐすとしよう」
と、訓練生たちに準備運動を命じた。自らも手足を伸ばしながら、
「先も言ったが、試験は複数回行われる。迷宮で、今まで学んだことを活かして進む方法を覚えてもらうためだ」
肩の力を抜くと、彼は努めて気楽な口調で、
「卒業するまで、俺は共にいる。分からんことは聞いて、上手く使え」
そう話を締めくくった。それにアカツキは苦笑する。
「もしかして、緊張をほぐそうとしてくれてんのか?」
「そのつもりだ」
「はぁ…ま、体動かしてたら、気は紛れたかもな。しかしアンタ、今更だけどすげえ荷物だな?」
彼が背負った大きなリュックを見ながら、彼女は言う。他の面々もうなずくが、ヴォルフィーネには見慣れた姿だ。
「必要になるかもしれんからな。そのための備えだ」
教官は何でもない風に言うのだった。
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そうして、アカツキたちは初めての迷宮に挑む。森の中を探索し、魔物と戦う。彼らは順調に進んでいった。
しばらく経った後、教官が立ち止まり、訓練生たちに問う。
「迷宮内では、こういう場所を見逃さないようにしてほしい。さて、どういう意味か、分かるか?」
彼らは顔を見合わせ、考える。バンが何かに気付いたようにつぶやく。
「魔物が、いない?」
「…ああ、確かにそんな感じするな」
アカツキは周囲を見て、彼に同意した。そんな二人に教官はうなずく。
「正解だ。魔物には生息域があり、そこに入ると襲ってくる。そして、迷宮内にはそのすき間が存在する。休憩にはうってつけだ」
言いながら、教官は敷布を広げている。アカツキはあきれたような顔をした。
「ピクニックかよ」
「休けいは大事だ。ここなら、少し腰を下ろしても問題ないだろう。まあ、一息つこう」
そんな彼女に返事をし、全員に座るよう教官は言った。
「次からは、自分で気づけるようやってみてくれ」
「オイラは全然分かんなかったな~…」
「わ、私も…」
少ししょんぼりするブーレとエナシェラ。教官は一つうなずくと、
「向き不向きはある。ブーレは目の前やとっさの出来事への対応が早い。機転がきく、それを活かすことだ」
「わ、私は…?」
「エナシェラは視野が広い。また、落ち着いて行動しようとする冷静さもある。冒険者に必要な資質だ、自信を持っていい」
そう褒めた。二人は照れたように笑う。教官は全員に向かって言う。
「それぞれ、得手不得手を補い合って進んでいってほしい」
その言葉に、訓練生たちはそれぞれ肯定の返事をした。ふと、エナシェラが口を開く。
「そういえば、聞いた話なんですけど…。昔は、同じパーティの人に嫌がらせをする、何てこともあったとか…」
ただの雑談といった様子の彼女に、教官はしばし沈黙する。やがて、
「…そう、だな。…冒険の際、仲間の荷物を一人で持たされる、ということは、あったな…」
どこか遠くを見るような、ぼうっとした様子で答えた。そんな彼のことを、ヴォルフィーネは心配そうに見ている。
「何だそりゃ?んな子供みてえなことする奴がいたのかよ」
アカツキがまゆをひそめた。教官は「他には、そうだな…」と、ぽつぽつと出来事を語っていく。最初はおどろいたり、苦笑したりして聞いていた訓練生たち。やがて彼らは察する。これは、この人の話なのだと。
「それじゃあ、その…一番辛かったのは、何でしたか…?」
「おい、んなこと聞くなよ…」
おずおずと尋ねるエナシェラと、それを止めるアカツキ。しかし教官は、やはりぼうっとした様子のまま、かつて迷宮の奥地であったことを話した。
「…戦ってる最中に何やってんだ、そいつら…?オレだったらぶん殴ってるぞ」
話を聞き終え、憤った顔をするアカツキ。と、ヴォルフィーネが静かに立ち上がり、ユルグに聞いた。
「その人たちの居場所、教えて」
「知ってどうする?」
少女の方を向き、彼は問うた。
「ユルグにひどいことした。許せないもの。後悔させてあげるの」
彼女は、怒っていた。今までにないほど、強く。
ユルグは不意を突かれたように目を瞬かせた。そして、ゆっくり一呼吸すると、
「彼らは、もう死んでいる。冒険で全滅したそうだ。だから、フィーはそんなことをしなくていい」
落ち着いた声で言った。少女はたまらず、彼の腕に抱きつく。
「ユルグは、もっと怒っていいと思う…」
何かをこらえるような彼女。その頭を優しくなでて、彼は「すまない…ありがとう」と、不器用な感謝の言葉を口にした。
「おあついですね~」
「しっ、ブーレ!今いいところなんですから…!」
その声に教官はハッと我に返る。
「…今は、パーティ内での問題などにギルドも気をつけている。皆は何かあった時は、他の仲間やギルドの者に相談するようにしてほしい」
冷静を装った教官の言葉に、訓練生たちはそれぞれ、生暖かい表情で肯定の返事をするのだった。
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休憩を終え、探索を再開した一行。もうすぐ目的の場所に着く。そんな時、教官が急に立ち止った。それに気づいたアカツキは彼に声をかける。
「何かあったのか?」
それには答えず、彼は近くの木の洞を指して、
「全員、あの中へ入れ。駆け足だ」
有無を言わせぬ口調でそう言った。何か異常が起きたらしい。訓練生たちはすぐに指示された方へと走りだした。教官はヴォルフィーネに何事かを伝えた後、彼らから離れるように移動した。
「急に、どうしたんでしょう?」
洞の中、少し息を切らせてエナシェラが言った。
「分かんねえけど、何かあんだろ。…あれ、アイツは?」
「ユルグなら、あそこ」
周囲を確認していたアカツキの問いに、ヴォルフィーネは外を指さす。その先には、洞からやや遠い場所で、おたまをかかげている教官の姿があった。
「…いや、何やってんだ、あれ…?」
脱力した様に言うアカツキ、「何か、来る」とバンが緊張してつぶやく。
次の瞬間、黒い何かが教官へと群がり、その姿を覆った。突然のことに息をのむ訓練生たち。
「…た、助けねえと!」
「う、うん…!」
ややあって、はっと気がついたようにアカツキとブーレが外へ駆け出そうとする。それをヴォルフィーネは止めた。
「ここで、待機」
「どうしてだ!?アイツが…」
「大丈夫」
もう一度、彼らは外を見る。黒い鳥のような魔物が何体も倒れている。そして、何事もなかったように教官が平然と立っていた。
彼は魔物たちに向かい手を合わせると、どこかへと走っていく。そう経たぬうちに、彼は布らしきものに包まった何かを担いで、洞の方へとやって来た。一連の出来事に理解が追い付かない、とアカツキは呆然としながら教官に問う。
「えっと、その。…すげえな、アンタ」
「?…ああ、大したことじゃない。あの魔物は操られていた。本来であれば、俺など太刀打ちできん」
「はあ。…えっと、それは、何だ?」
「今回の容疑者だ」
彼は何でもないように言った。やはり、良く分からない。訓練生たちは頭の上に疑問符を浮かべる。教官は彼らの疑問に答えることなく、代わりに、
「俺はこいつを引き渡しに、ギルドへ先に戻る。皆は試験を続けるように。力を合わせてがんばれ。フィ…ヴォルフィーネ、後を頼む」
それだけ言うと、何かを担いだまま樹上へと駆け上がり、そのまますごい速さで去っていった。
「…もしかして教官って、実はとんでもない人なんじゃ…?」
あっけにとられたようなエナシェラの言葉に、他の者も無言で同意する。ヴォルフィーネは、彼のすごさが皆にも分かったことを満足したように、フードの奥でクスッと笑う。そして、訓練生たちを促して洞の外へと出ていくのだった。




