第12話 自己紹介
アカツキが養成所へ来てから10日ほどが経った。
彼女たち訓練生は今日も養成所の周りを走っていた。開始してから結構な時間が経つが、初日のようにバテているものは一人もいない。
「エナシェラ、大丈夫かー?」
「まだ、大丈夫ですー!」
声をかけあい、時に休みを入れつつ、彼らは訓練を続ける。と、「そこまで!」と声がかかり、アカツキたちは教官の元へと集まった。
息は少しあがっているが、まだ余裕はありそうな4人。そんな彼らを見てうなずきながら、教官のユルグは口を開く。
「では、昼までの残り時間にパーティでの模擬戦を行う」
そう言う彼は、もはや見慣れた着ぐるみの格好だ。しかし今日はいつもと違う。彼の後ろで白いモフモフが、片足立ちでぴょんぴょん跳ねていた。訓練生たちは怪訝な顔になり、アカツキが代表するように言う。
「なあ。あれは、もしかしてヴォルフィーネか?」
「そうだな」
「あれは…何してんだ?」
「制限の確認だろう」
意味が分からず、彼女は繰り返し問う。
「制限?」
「こっちの話だ、気にするな」
そうして咳ばらいを一つ、教官は全員を見回してこう言った。
「今日はフィ…ヴォルフィーネも参加する。俺の攻撃を避け、あるいは俺を倒しながら、彼女に攻撃を当てられたら終了だ」
訓練生たちは、前にユルグと仕合をした時の彼女のことを思い出す。そして全員が暗い顔になった。エナシェラは、
「あの、ヴォルフィーネさんに、私たちが攻撃を当てられるとは、思えないのですけれど…」
おずおずと、そう言った。教官は一つうなずくと、全員へ語りかけるようにはっきりとした声で言う。
「まず一つ。これは連携をとるための訓練だ。先のようにお互い声をかけあい、そうして戦う練習だ。位置取り、仕掛けるタイミング、その他自分が必要だと思ったことを、積極的にやってみてくれ」
一呼吸置き、教官は続ける。
「もう一つ。もし彼女に攻撃を当てられたら、次の夕食に君たちが食べたいものを何でも用意しよう」
それを聞いて、アカツキは半眼になる。
「おい、もしかしてそれ、俺たちが出来ないと思ってるから言ってないか?」
「そんなことはない」
「ふーん…ま、いいや。皆、一丁やってやろうぜ!」
アカツキの言葉に、他の三人は応える。
「オイラ肉が食べたいな~」
「俺も肉がいい」
「わ、私はデザートがついたら、うれしいな…」
「刺身ってこっちにあんのかね…ま、用意してもらおうじゃねーの」
かくして、望みの夕食をかけた戦いが幕を開ける。しかし結局、あと一歩のところで手は届かず、彼らは大いに悔しがることになるのだった。
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昼食を終え、座学用の教室へと移動した一行。そこで、珍しくヴォルフィーネが前へ出て口を開いた。
「今日は、皆さんに伝えたいことがあります」
そう言って、彼女はフードを外した。
長い銀色の髪、浅黒い肌、空色の瞳。そして、細く長い耳が露になる。
「ダーク、エルフ…?」誰かが呟き、息をのんだ。緊張した面持ちの訓練生たち。少女は彼らにゆっくりとお辞儀をし、
「改めて自己紹介を。私はダークエルフのヴォルフィーネ。冒険者になるため、この街に来ました。今はユルグの下で学んでいるところです」
普段と違う、朗々とした声で言った。その様子を見て、ユルグは内心驚いていた。そんな彼の心を知ってか知らずか。彼女は落ち着いた笑みを浮かべ、
「今後とも、よろしくお願いします」
と、もう一度丁寧にお辞儀をする。ひと時の沈黙の後、彼女の姿や声、所作に見惚れたように、エナシェラはため息をついてつぶやく。
「ダークエルフって、こんなに小さくて可愛いんですね…」
「エナシェラ」
「はい?」
つぶやいた彼女へ、ヴォルフィーネはにこりと微笑む。そして、
「二度と私に、小さいと言わないように。良いですね?」
そう釘を刺した。笑みの中に何やら圧を感じたのか、体を震わせてうなずくエナシェラ。
「あなた達も、よろしくね?」
笑顔を向けられ、ブーレとバンも必死にコクコクと首を縦に振った。静かに息を吸って吐くと、ヴォルフィーネは再び口を開く。
「もし、私から教わるのが嫌であれば、言ってください。その時は、以後関わらないようにしますので」
彼女の言葉に、アカツキを除く3人はきょとんとする。彼らは顔を見合わせると、
「びっくりは、しましたけど…」
「嫌なんてことは、全然ないよね~」
「…教え方が上手い、と思う。あと強い」
と口々に言う。誰も彼女を拒むものはいないようだ。その様子に、ヴォルフィーネは肩の力を抜き、「よかった…」と安堵の息をこぼす。そして見守っていた友人の方を向くと、
「アカツキ、黙っててくれてありがと」
「何てこたねえよ」
そう言って笑い合う。エナシェラはそれを見て口をとがらせた。
「アカツキ、知っていたなら教えてくれてもいいのに…」
「本人が黙ってることを、勝手にしゃべるもんでもないだろ?」
「それはまあ、そうですけれど…」
そんな彼女に教官は声をかけた。
「事情があってのことだ。理解してもらえるとありがたい。さて、では午後の訓練を始める」
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その日の帰り道、少女はユルグに尋ねた。
「今日の私、どうだった?」
「ふむ…模擬戦での動きは良いものだった。いや、急に制限をつけられて即座に対応出来たのは見事と言う他なかった。午後、皆の前で話すときは…」
正直、彼女が自分のことを皆に話すと言われた時は、大丈夫だろうかと心配した。しかしそれは杞憂だった。いや、それどころか、
「堂々としていて、立派だった…と思う。何と言うか、雰囲気がいつもと違ったな」
「えへへ、母様や姉様の話し方を真似してみたの」
少女はふわっと笑うと、彼に体を寄せて上目づかいに見上げる。ユルグは彼女の頭を優しくなで、ヴォルフィーネは満足そうに目を細めた。ふと、
「私、ユルグのお手伝い、ちゃんと出来てる?」
そんな問いが、少女の口をついて出た。ユルグは目を瞬かせると、真面目な声で答える。
「十二分に出来ているよ。頼りにしている。これからもよろしくな、フィー」
その答えに彼女は目を見開く。次いで花咲くような笑顔でユルグにぎゅっと抱きついだ。彼はしばし戸惑うようにした後、再び少女の頭をそっとなでるのだった。




