第9話 仕合
これは鬼人の女性アカツキ、その過去の話。
彼女は鬼人の長の娘に生まれ、厳しく育てられた。
十になる頃には文武両道、大人と試合をしても負けなし、神童とまで呼ばれるようになった。
そのせいか、自分にはほとんど敵はなく、世の中は退屈なものだと思うようになっていった。そして次第に周囲を見下し始める。
そんな彼女が道を踏み外さなかったのは、祖父の存在が大きかった。どこか緩いところがあり、言葉遣いも荒っぽい人ではあったが、人の道を説き、太陽神への敬意を教え、稽古では常に彼女を上回る。アカツキも祖父の事は師として敬っていた。
アカツキが十二になったある日のこと、彼女の祖父を訪ねてダークエルフの母娘がやって来た。ダークエルフの母親とアカツキの祖父が話をしている時、その娘は何をするでもなく、庭をぽやーっと眺めている。
ダークエルフを初めて見たアカツキは、そんな彼女に興味を覚えて仕合をふっかける。そして見事なまでに完敗した。
それまで祖父以外、年上の男衆にも負けた事がないアカツキだったが、目の前の少女には手も足も出なかった。幾度となく打ちのめされ、土の上に転がされ、ついには立ち上がる力も尽きた時、アカツキは声をあげて笑った。
(世の中は広い。俺以外にも強い者は大勢いる。井の中の蛙になるんじゃねえぞ…か。じい様の言ってた通りだったな…)
「大丈夫?」
ダークエルフの少女が心配そうにやって来て、アカツキへ手を差し出した。アカツキは「ありがとよ」と言ってその手を取り起き上がる。依然楽しそうな様子のアカツキを、少女は不思議そうに見つめる。その視線に気づいたアカツキは言う。
「大丈夫。へへっ、わりぃわりぃ。世の中は広えなあって思ったら、おかしくなっちまってよ」
その言葉に、少女は目を見開くと、ふっと笑みを浮かべた。
「その気持ち、わかる気がする」
「なぁ、お前名前は?ああ、オレはアカツキってんだ。よろしくな」
「私はヴォルフィーネ。こちらこそ、よろしく」
「なあ、ヴォルフィーネはどうしてそんな強くなったんだ?」
仕合前とは打って変わって気さくに話しかけてくるアカツキ。それにとまどいつつも、悪い気はせず少女は答える。
「えっと、冒険者になりたいから」
「へー!冒険者になって何するんだ?」
「…色んな世界を見てみたいの。知らない土地、見た事のない景色。そういうものに出会いたい」
「そっかぁ…いいな、それ!」
少女の静かな、しかし熱の感じられる未来の話は、アカツキの興味を引いた。そしてその言葉は自然と出た。
「なぁ、もし冒険者になったら、オレとパーティを組んでくれねえか?」
少女はしばし、何を言われたか分からなかったようにぽかんとする。
「…え?」
「だから、パーティだよ!冒険者ってのはパーティを組むもんなんだろ?そんで協力して、苦難を乗り越えていくんだって、じい様に聞いたことあるぜ」
「パーティ…」
それは、ヴォルフィーネにとって思ってもみない言葉だった。自分が誰かと、アカツキと一緒に冒険をする。そのことを考えてみると、次第に胸がわくわくしてくることに少女は気づく。そうしてしばし黙ってしまった少女に、アカツキは不安そうに尋ねた。
「…イヤか?」
そんなアカツキに、少女は首を振って答える。
「違うの、アカツキと一緒に冒険すること考えたら、ワクワクしちゃって」
「それじゃあ…」
「うん。冒険者になったら、パーティ、組もう」
「おっしゃ、約束だぜ!その日までに、もっと強くなっておくからよ!」
そうして二人は、固く握手を交わすのだった。
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時は今に戻る。
ギルドマスターの部屋、ソファに寝かされていた赤毛の女性が目を覚ました。
「ここは?…っ、いってて…」
女性は自分のみぞおちのあたりをさする。と、
「アカツキ、大丈夫?」
心配そうに声をかける、ダークエルフの少女の姿。数年前と全く変わらぬその姿を見て、アカツキは混乱する。
「…オレはまだ夢見てんのか…?」
「夢じゃないよ。アカツキは、おっきくなったね」
「お、おう…お前は変わらねえな」
そう言われ、少女はわずかに頬をふくらませる。しかし相手を失神させてしまった手前何も言い返せず、小さく「成長期が遅いだけだもん…」とぼやいた。その様子を見ていたゴルドーが口を開く。
「目を覚ましたか、若いの。気分はどうだい?」
「お前…!ここはどこだ、何でヴォルフィーネがここにいる!?」
「ここはギルドマスターの部屋。フィーネはここの冒険者で当事者だからな。ちと話をしていた」
アカツキはそれを聞いて、やや不審そうに首をかしげる。
「当事者って何だよ?…いや、それよりここの冒険者って…」
「私、少し前に冒険者になったんだよ」
そう答えた少女にアカツキは笑顔になる。
「マジかよ、先越されちまったなあ!待ってろ、すぐにオレも追いつくからよ!」
そんな彼女に水を差すように、ゴルドーは冷静に言う。
「お前さん、覚えてないのか?冒険者になるには養成所に通って、そこで課される試験を合格する必要があるからな」
「おっさんこそ覚えてねえのかよ?オレは十分修練を積んできた。そんな無駄なところ通ってられねえよ!」
にらみ合う二人に、それまで黙っていた黒ずくめの男が低く落ち着いた声で、
「冒険者に無駄な経験などない。ひとまず、見学だけでもしてみたらどうだ?」
そう言った。アカツキがいぶかしげに、「何だい、アンタ?」と尋ね、それに少女が答える。
「私の、うーん、お師匠様のユルグ、だよ」
それを聞いて、アカツキは信じられないと目を見開き、その後すぐにユルグの事を疑わしそうにジロジロとにらんだ。
(こんなぼーっとしてる奴が!?怪しい…まさか、ヴォルフィーネを騙そうとしてる悪い奴なんじゃ…)
そう考えるやアカツキは立ち上がり、黒ずくめの男に指を突きつけて荒々しく言う。
「アンタ、オレと仕合をしろ!」
「む?」
「オレが勝ったら、ヴォルフィーネの師匠を辞めてもらう!」
ゴルドーはそれを聞きニヤリと笑う。そして、
「ほう、面白そうだ!ならユルグが勝ったら、こちらのいう事を聞いてもらうぞ!」
「おい、勝手に…」
「いいぜ、そん時ゃ煮るなり焼くなり好きにしやがれ!」
「決まりだ!そんじゃあ場所を変えようか!」
そう言うや、ゴルドーはアカツキとともに部屋を出て行ってしまった。残されたユルグは、どうしたものかと頭をかく。そこへ、フードをかぶりなおした少女に、
「行こっか」
とうながされ、彼は深いため息をついたのだった。
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試験の間。冒険者の昇級試験や、年に2度の武術大会の会場となるそこは、冒険者ギルド内で最も大きく、頑丈に出来ている広間である。中央には石造りの正方形の舞台、周囲には観客席が設けられている。天井は高く、三方の壁には採光窓がいくつも。そして今、広間には多くの見物人がやって来ていた。
「おい」
「何だ?先輩」
「先輩はやめろ。…何故、見物人を入れた?」
やや不機嫌そうなユルグに、ゴルドーは笑って答える。
「ユルグ達が来る前、あの若いのがえらい大口をたたいていたんでな。他の奴らもあいつがどんなもんか、知りたいだろうと思ってな」
「…ならば、あいつに花を持たせた方がいいか?」
「うんにゃ。少し長めに様子を見たら、やっちまっていい」
「…了解だ」
二人の話が終わるころ、アカツキが声をかけてくる。
「内緒話はもういいか?」
「ああ、待たせちまったか?」
「ふん、首が伸びちまうところだったぜ」
「そいつは悪かった。それじゃそろそろ、始めるとしようか!」
声高に言うゴルドーに、ユルグは渋い顔でつぶやく。
「俺は戦うのは苦手なんだがな…」
「まあそう言うなって。それに、若いのに胸貸してやるのも職員の務めだぜ」
「初耳だ…」
そうして素手のまま進み出るユルグを、アカツキは不服そうに見ている。
「アンタ、得物は持たねえのかよ?」
「普段武器は使わんからな。このままだ」
「そうかよ。負けた時の言い訳にすんじゃねえぞ」
「無論だ」
ゴルドーの脇に控えたヴォルフィーネは、その様子をじっと見ている。久しぶりに会ったアイツに無様は晒せねえ、とアカツキは気合を入れる。
「っしゃ!やろうぜ!」
「うし、双方準備はいいな?…始め!」
ゴルドーの合図とほぼ同時、アカツキは数歩前へ踏み込むや、手にした金棒を横なぎに振るう。風切り音とともに振りぬかれた金棒は、しかしユルグをとらえる事無く、空を切る。
「良い攻撃だ」
冷静に告げる対戦相手に、アカツキはカチンと来る。そして今度は連続で攻め立てる。一撃一撃に速度と重さの乗った攻撃は、いずれも紙一重で届かない。彼女は一旦距離をあけると、再び踏み込み、そして跳躍した。
「くっらえ…!兜割り!」
彼女が叫ぶや、その体から青白い光があふれ出た。それを楽しそうに見ているゴルドー。
「おお、冒険者でもねえのに戦技が使えるたあ、やるもんだ」
周囲の観衆も、アカツキの動きがなかなかだとはやし立てる。アカツキの放った鋭い一撃は、またも彼には当たらず。代わりにユルグの手が彼女の首にそえられていた。力は込められていない。が、少しでも動けば喉をつぶされる気がする。彼女は肌が焼けるような殺気を感じていた。
「どうする、続けるか?」
静かな、しかし有無を言わせぬ圧を込めてユルグは言った。アカツキは悔しさで歯噛みする。けれど、どうあがいても今はコイツには勝てない。そう悟った彼女は、唸るように負けを認めたのだった。
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ゴルドーとユルグを前に、アカツキはふてくされたように口を開く。
「負けは負けだ。どうとでも、好きにしやがれ」
男二人は顔を見合わせると、ゴルドーがニヤニヤしながら、
「そうか。じゃあ命令だ。養成所へ行ってこい」
そう言った。アカツキは一瞬ぽかんとした後、慌てて言う。
「それだけかよ!?」
「それ以上何があるんだ。お前さん、何を言われると思ってたんだ?」
「いや、その。もう二度と面見せるな、とか…最悪、奴隷にされるかと…」
男二人はまたも顔を見合わせると、深々とため息をついた。
「あのな。このエルトナ自治区に奴隷制は無え。鬼人の国にはあんのか?そういや、帝都にはあるんだっけか」
「最近復活させたらしい。何のつもりか知らんが」
「まあともかく。仕合を見た限り、お前さんは将来有望そうだ。そいつを出禁にしたり、まして奴隷にするとか、ありえん」
呆気にとられたように彼を見上げている彼女に指を突きつけ、
「きちんと学び、立派な冒険者になってこい。そんだけだ」
ゴルドーはそう言った。アカツキは複雑そうな顔でうなずいた。と、それまで黙っていたヴォルフィーネが口を開く。
「ユルグ。私とも仕合をしてほしい」
「…断る」
「どうして?」
「…理由がない。それに、俺では君に敵わんだろう」
そこへゴルドーが口をはさむ。
「いや、先輩。やってくれ」
「先輩はやめてくれ。…しかし本気か?理由は?」
「そうだなぁ。ユルグ、ここしばらくで討伐依頼、いくつ受けた?」
「0だな」
その答えに、ゴルドーはあきれたように半眼になる。
「…気持ちは、まあ分かる。討伐依頼は人気がある、わざわざ自分たちがやることもない、とか。フィーネにここらの魔物じゃ相手にならんと思った、とかだろう?」
その通りだったので、ユルグは素直にうなずいた。ゴルドーは苦笑する。
「まあだから、フィーネがどれ位戦えるか、情報がほぼないんでな。ここらで実際見ておきたいってところかな。分かってんのは大蜘蛛をソロで討伐できること位だ。まさか竜を倒せる、なんてことぁないだろうが」
ユルグはそう言われ黙考する。彼女の日々の鍛錬を思い出す限り、そして魔法刃を使えることを踏まえて、竜討伐は出来る気もするが…ともかく。考えるのをやめると、彼はうなずき了承した。
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一定の距離を取って、ユルグとヴォルフィーネが対峙する。ゴルドーが開始の合図をするとともに、少女が駆け出す。矢のような早さで周囲を駆け回る彼女に対して、ユルグは特に構える事無く立っている。
「おお、早い早い!とんでもねえな、フィーネは!」
驚きつつも、どこか気楽な調子のゴルドーとは対照的に、アカツキや周囲の見物人は驚きの表情。
(早い?そんな言葉で済まないだろ、目で、追えねえ…!)
一方、少女は目の前の対戦相手を静かに観察していた。
(不思議…隙だらけに見えるのに、どこから攻めても絡めとられそう…考えてても仕方ない、攻めるなら…今)
刹那。ユルグの背後をヴォルフィーネが襲う。次の瞬間、少女は床に倒され、身動きの取れぬよう抑え込まれていた。
「参りました」
彼女が降参し、仕合は終わった。が、アカツキも観衆も何が起こったか分からず、呆然としている。対してゴルドーは嬉しそうだ。
「へへっ、流石先輩だぜ」
「今、何が…?」
「励めよ若いの。お前さんも、いつか追いつける日が来るさ」
彼は困惑しているアカツキに答えを返すことなく、それだけ言って笑った。そして舞台の上では、
「ユルグ、すごいね!今のは何?」
息を弾ませて尋ねる少女に、ユルグは落ち着いて、
「ただの我流体術…かな。フィーが朝鍛錬しているのを、いつも見ていたからな。今回はその分、俺に有利だっただけだ」
と答える。少女は目を瞬かせた後、
「いつも見てたの?」
「ああ、大したものだと思っていた」
「そっか。いつも…ふふっ」
なぜか嬉しそうな様子を見せた。その理由が分からず、ユルグは少し首をかしげるのだった。




