第8話 赤毛の訪問者
よく晴れた空の下、海は日光を照り返しキラキラと輝いている。波を立てながら、多くの船が行き交う。軽い挨拶か、世間話か。水夫たちの声がそこかしこから聞こえてくる。
近海で漁をするための小さな漁船から、帝都のある大陸へと向かう大型船まで、大小さまざまな船が出入りする港町ハルバ。古都フォレスティアナのあるエルトナ島と他の大陸とをつなぐこの港町に、一人の女性がやって来た。
炎のような赤い髪、頭に二本の角が生えている。周りの水夫たちとほぼ変わらない体躯、キモノと呼ばれる独特の服装に金棒を担いだ女性は、勝気そうな顔に獰猛な笑みを浮かべてつぶやく。
「もうすぐ会える…待っていろ、ヴォルフィーネ」
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日が昇り、鳥のさえずりが酔竜亭の裏庭に響いている。
井戸の側で、朝の修練を終えたヴォルフィーネが顔を洗っていた。
「…ふぅ」
持ってきたタオルで顔を拭き、一息つく。
「今日はどんなお仕事をするのかな?」
彼女が冒険者になってから2週間ほどが過ぎていた。その間少女は、冒険者ギルド職員ユルグの仕事見習いをしてきた。街中での探し物の依頼、迷宮内での探し物、迷宮内の見回り。街から村への輸送の仕事などもあった。
身近な場所にも素敵な光景はある。そう気づいてからは、彼と共に行く先々で見る景色や人々が、以前より一層興味深く思えた。このまま彼の下で仕事を一緒にやっていってもいいかもしれない。そんな風にも思っていた。
(そんなこと言ったら、もっとよく考えて決めた方が良い、ってユルグに言われそうだけど)
きっと困り顔になるだろう彼を想像して、少女はクスクスと笑う。
(それに、あの子との約束もあるし)
笑みをおさめ、ヴォルフィーネは冒険者となったもう一つの理由を思い出す。異国の地、ダークエルフと交流のあるその都市で出会った、赤毛の鬼の少女。
(アカツキは、そろそろこの街に着いたかな?)
彼女の考えは、宿の中から聞こえてきた物音によって中断された。何だろう…?不思議に思いながら、ヴォルフィーネは店内へと戻る。そこには、
「ユルグ~、会いたかったよ~♪」
「やめてくれ!外ではしっかりしてるのに、どうしてここではそうなんだ!?」
流れるような豊かな金の髪、陶器のようになめらかな肌、美しい顔に蠱惑の笑みを浮かべたエルフの女性がおり、ユルグに腕を絡めて体を寄せていた。
「君に甘えたかったからだよ、言わせないでほしいな…」
「ふざけないでくれ…!」
エルフの女性にすり寄られているユルグは、しかし心底嫌そうにしている。その反応を楽しむように、彼女はますます腕に力を込めて密着しようとする。と、
「ユルグ?そのひと、だあれ?」
その声を聞き、彼の全身が総毛立った。どんな魔物を前にした時よりも恐ろしい圧迫感を覚える。何かとんでもない失敗をした気がして、ユルグは固まった。
「おや、フィーネじゃないか。久しぶりだねぇ」
「…ゼーウおば様?」
どうやら二人は顔見知りだったようだ。先の重い空気はウソのように消えており、ユルグはほっとする。そこへヴォルフィーネがととと、っと寄ってきて彼と女性の間に割って入る。
「それで、どうしてここに?ゼーウおば様」
若干、威嚇するような調子の姪っ子を見て、ゼーウは目を瞬かせる。そして、「ふぅ~ん…?」と意味ありげにニヤニヤした。
「いや、しばらく帝都へ行っていてね。先日ようやく戻ってきたんだよ。それでリュウイチのご飯とユルグが恋しくなってね」
「あなたは誰にでも見境なしじゃない。ユルグちゃんにまでちょっかいを出さないでちょうだい」
料理を運んでいたアヤカが口をはさむ。彼女にしては珍しく、ずい分トゲのある言い方だ。それに対し、ゼーウは芝居がかった口調で応える。
「誰にでも分け隔てなく愛を与えるのも、ボクらの務めなんだよ。それに君だって、旦那様と溺れるほどしているんだろう?」
料理をテーブルに並べていたアヤカが、皿と皿をぶつけてしまい大きな音を立てる。彼女は真っ赤になって唇を震わせた。
「な、なっ… …どうして、知って…?!」
「いや当てずっぽうなんだけどね。…しかし君ぃ、人には散々言っておいて、自分だってずい分と激しいコトをしているみたいだねぇ?」
「うっ …う、うぅぅぅぅぅ!」
顔を手で覆うと、アヤカはカウンターの奥に引っ込んでしまった。入れ違いでやって来たリュウイチが肩をすくめて言う。
「あまり私の妻をいじめないでくれるかな?」
「これもボクなりの愛情表現なのさ。数少ない同郷の出だからね」
「私とあなたをそう言っていいかは疑問だがね。…さて、岩戸にこもった女神を呼んでくるかな。二人とも、後の準備は頼んだよ」
そう言ってアヤカのところへ行く店主。ユルグとヴォルフィーネは顔を見合わせると、朝食の準備の続きをするのだった。
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戻ってきたアヤカへゼーウは謝罪をした。アヤカも言い過ぎたと謝り、一応の仲直り。
朝食の時間、ゼーウはとても美味しそうに料理を食べている。「この味は、魂の故郷だよねぇ…」と、しみじみとよく分からないことをつぶやいている。そんな彼女に、ヴォルフィーネが話しかける。
「おば様は、どうしてこの街にいるんですか?」
「ボクはこの街で太陽神教の神殿長をやっているからね。言ってなかったっけ?」
「聞いていなかったと思います」
「そうだったかな…。まあ、神殿に来ることがあったら、顔を見せておくれよ。お茶くらい出すからさ」
その言葉にうなずき、ふと少女は首をかしげた。
「ところで、太陽神と神殿って何ですか?」
それを聞き、ゼーウは信じられないという表情をする。
「…里でも、神殿や太陽神の事は教えていたと思うのだけどね?」
「あんまり覚えてない、です」
そんな姪っ子に、彼女は仕方がないなと息をはく。
「そうかい。まあざっくり言えば、人々を導く太陽神というものがいてね。その使いであるボクらエルフや、ボクらを手助けしてくれる人々が働いている場所。それが神殿さ」
ゼーウの説明を聞き、ユルグはあきれたように言う。
「流石にざっくりすぎないか?というか、神殿の長として、太陽神の使いとしてその態度はどうなんだ?」
「太陽神アポロ=ネイア様は、些細なことを咎めたりしないのさ」
「それは些細なことなのか…?」
「まあ、ともかく。どうかな、フィーネ。分かったかい?」
そう聞かれ、少女は小首をかしげつつ答える。
「良い神様に仕える、良い人たちの集まり。その人たちの一番偉い人がおば様?」
「その通り!まあ、かしこまった所じゃあない。何か困った事、例えばケガや病気で困ったりしたら、この紋章が掲げてある建物へ行くと助けてもらえる。それだけ覚えてくれればいいさ」
ゼーウはそう言うと、太陽の紋章がついた自身のローブをつまみ、ひらひらと振ってみせた。ユルグは未だにあきれ顔だ。
「それでいいのか…?」
「もちろん。細かいことはいいのさ。他のことは縁があったら知っていけばいい」
そうして一息ついた頃、リュウイチが訪ねる。
「帝都はどうだったんだい?」
その言葉に、ゼーウは少し渋い顔になった。
「なーんかキナ臭い感じなんだよねえ。面倒なことにならなきゃいいんだけど。まあ、なるようになれってところかな」
「そんな適当な…」
「いいかいユルグ。盆栽ゲーを長く楽しむコツは、多くを求め過ぎず、程々に楽しむことなんだよ」
彼女の言葉に、ユルグは少し長いため息をついた。
「ボンサイゲー、とやらが何かは分からんが、どうでもいい事を言っているだろ?」
「そんな事はないさ。大切なことだよ?」
「どうだか」
そう言ってユルグは、やれやれと首を振る。そんな二人のやり取りを、少女は口をとがらせて見ているのだった。
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ゼーウという嵐が去り。準備を終えると、今日も冒険者ギルドへ向かうユルグとヴォルフィーネ。その道すがら、少女が口を開く。
「ゼーウおば様と仲いいの?」
「そんな風に見えたのか…?あの人が一方的に絡んでくるだけだぞ」
げんなりとして彼は言うが、普段見せない彼の表情を引き出している叔母がうらやましいと少女は思う。
「私も同じようにしたら、ユルグともっと仲良くなれる?」
「お願いだから、あの人を真似するのはやめてくれ。本当に苦手なんだ」
「…分かった。ユルグが嫌なことは、しない」
そう言って、ヴォルフィーネは彼の方へ体を寄せる。「助かる」と彼は言い、フードの上から彼女の頭をぽんぽんとなでた。
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冒険者ギルドに着き、扉を開けると何やら人だかりが出来ている。その中心では、ギルドマスターのゴルドーと赤毛の女性が問答をしていた。
「だから、出来ないと言っているだろう。分からん奴だな」
「オレはこの日のために修練を積んできたんだ!いいからさっさと冒険者の試験を受けさせろ!」
怒鳴る女性、その剣幕に流されることなく大男は落ち着いた様子で答える。
「勇気と無謀は違えんだよ、若いの。まずは養成所へ行ってこい。早けりゃひと月ほどで受けられる」
「そんな無駄なことやってられるか!」
勢い衰えることなく吠える女性。ツンツンとくせのある燃えるような赤毛に、勝気そうなオレンジ色のツリ目。キモノと呼ばれる、こちらではあまり見かけない衣服を身につけ、身の丈ほどもある金棒に荷物を括りつけている。
頭には鬼族とは異なる形の角が生えており、それを目にしたユルグは、
「鬼人か、珍しいな」
とつぶやいた。
はるか東の島国に居を構える鬼人達は、勇猛だが滅多に島の外へ出てこないことで知られている。ユルグ自身、冒険者時代から今までの二十数年の間、鬼人に会ったのは一度きり。
と、ヴォルフィーネが進み出て、赤毛の女性の顔を覗き込む。
「…もしかして、アカツキ?」
「あん?なんだチビ」
苛立った様子で女性がそう言った次の瞬間、少女の拳が赤毛の女性のみぞおちへと打ち込まれ、彼女はうめき声とともに失神した。止める間もなく起こった事態に、ユルグは唖然とした。
「…フィー」
「ごめんなさい」
赤毛の女性は泡をふいて白目をむいている。しばらくは目を覚ましそうになかった。ゴルドーはその様子を見て、首を振った。
「こりゃ、手当してやらんといかんな…エルネさん、手を貸してくれるか?」
彼に呼ばれ、エルフの女性がやって来る。
「フィーネ、それからユルグ。話を聞きたいから、ちょっと一緒に来てくれ」
赤毛の女性を背負ったゴルドーに声をかけられ、二人もその後をついて行くのであった。




