番外編 御者2
深緑の迷宮入り口でオーウェンとウルスラを降ろした後、ユルグとヴォルフィーネは一路、北の村へと向かう。道の脇には牧草地が広がっており、牛がそこかしこで草を食んでいた。少女はその様子を目を輝かせて見ている。
「牛、初めて見た」
「ダークエルフの里には牛はいないのか?」
ユルグの問いにこくり、とうなずく少女。周りの牛を楽しそうに見ている彼女を微笑ましく思いながら彼は言う。
「羊は見たことあるか?」
「ない。羊もいるの?」
「ああ」
「わあ、楽しみ!」
そんなやり取りをしている間に、白いモコモコした羊の群れが見えてくる。ヴォルフィーネは夢中で羊たちを眺めるのだった。
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夕暮れの牧草地の中に大きな建物が建っている。周りには馬車が数台とまっている。
西の停泊所。古都から北の村への中継地として、旅人たちが利用する場所。
「今日はここで休む。フィー、体は平気か?」
「うん」
「退屈ではなかったか?」
「全然。景色も、牛や羊も見れて楽しかった」
「それは、良かった」
普通、長く馬車に揺られれば体が痛くなったり、退屈だと不満も出そうなものだが、少女は楽しそうにしている。そのことに安堵しつつ、ユルグは馬車をとめ、管理人にホクボルを任せた。
建物の扉を開けると、騒がしい声が耳に飛び込んでくる。酒に酔った数人が何やら管をまいていた。受付嬢のエルフから話を聞くに、どうも帝都からの冒険者らしかった。
(節度を持つよう、ギルドから言われているはずだが…帝都では違うのか?)
眉をひそめつつ、ユルグは泊まる手続きをして部屋へと向かう。ヴォルフィーネは酔漢たちをちらと見た後、何も言わず彼の後について行った。
自分たちの部屋に入り、荷物を置くユルグ。少女はベッドに腰をかけた。
「うるさい人たちがいたね」
「まあ、な。周囲のことを考えてほしいところだが」
言いつつ、ドアを開け再び外へ行こうとする彼に少女は声をかける。
「どこか行くの?」
「食事を用意してくる。少し待っていてくれ」
「一緒に行きたい」
「…いや、今はここにいてくれ」
先の酔漢のこともある。ヴォルフィーネは人目につかぬようにした方がいいかもしれない。そう考えたユルグの指示にうなずき、少女はベッドの上にちょこんと座り直した。
しばしの後、彼が小鍋とおわん二つを持って戻ってきた。その匂いをかいで少女は笑顔を見せる。
「ユルグのスープ!」
「よく分かったな。厨房を借りて作ってきた。…待たせて悪かったな。食べようか」
ありもので作る、別に手の込んだものでもない自分の料理。しかしそれを美味しいと嬉しそうに食べてくれる。彼はそれをありがたいと感じながら、自身も食べ始めるのだった。
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一夜明けて。朝の準備を済ませ、ユルグたちが受付へ行くと、男二人が顔を見合わせため息をついている。
「何かあったのか?」
ユルグの問いかけに、男の片方が答える。
「いや、それがね。厩の入り口が壊れちまってね…」
「絶対、帝都から来たやつらの仕業ですって!」
「証拠がないからなあ…」
男たちの話を聞いていたユルグは少し考え、
「入口脇の木材を使わせてもらえれば修理できそうだが、どうだ?」
と提案する。男たちは驚いたような顔をした。
「そいつぁ、ありがたいが…」
「結構ひどく壊されてますよ」
「問題ない。使ったらまずいものだけ教えてくれるか?」
戸惑う彼らに、ユルグは何でもないように言うのだった。
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「宿の人たち、すごく感謝してたね」
「そこまで大したことではないんだがな…」
修理が終わり、西の停泊所を出発したユルグとヴォルフィーネ。少女は後ろに置いてある彼の荷物を見つめる。
「このリュックの中、大工道具も入ってるんだね」
「必要になりそうな時は、入れてるな」
「他に何が入ってるの?」
「色々だ」
「見て良い?」
彼女の言葉に少しだけ考えると、彼はうなずいた。
「あまり中身を出して広げないようにな」
「はーい」
そう答えると、彼女は少し心をはずませてリュックの中身を物色し始めるのだった。
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少女からリュックの中身について質問されては答える。それを繰り返すことしばし。ヴォルフィーネは鼻をひくつかせ、少し顔をしかめた。
「何か、変なにおいがする」
「温泉の臭いだな。もうすぐ目的地につくぞ」
その言葉に、少女は前方へと目を凝らす。林の切れ間に集落が見えてくる。
林業と温泉の地、北の村。その中心へと馬車を進めるユルグ。行き先には太陽と翼の紋章がかけられた大きな建物があった。建物脇の広場、そこへ馬車をとめて降りた二人に、長いたてがみを生やした獣人の男が声をかけた。
「いよう、ユルグ。良いところに来てくれた」
「ラド、久しぶりだ。良いところ、とは何だ?」
問われて、ラドと呼ばれた男は眉間にしわを寄せて、低い声で告げる。
「お前さんに引き渡す予定だった木材が、無くなっちまったんだわ」
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靴ひもを結ぶような姿勢で、ユルグが何やらつぶやいている。少しだけ間を置き、彼は立ち上がった。
「見つけた。行こう」
「さすが猟犬、頼りになるな」
「その呼び方はやめてくれ」
そのまま歩き始めるユルグに、ラドとヴォルフィーネも続く。少女は獣人を見上げて問う。
「猟犬って、ユルグのことですか?」
「お?おお。コイツ鼻が利いて、色んなもんをすぐ見つけるからよ。そんでこの辺りの奴らにはそう呼ばれて…」
「ラド。おしゃべりはそこまでだ」
そう言われ、ラドは肩をすくめた。一行が向かう先には、布で覆われた積み荷を載せた馬車があった。そこにいた男たちに、ユルグは白い小板を取り出しかかげて見せた。
「ギルドの者だ。荷を検めさせてもらいたい」
「何だぁキサマ?」
馬車の奥から大男が現れる。
「俺は帝都のAランク冒険者、スカベジ様だぞ。田舎者が何様だ!」
威圧的に怒鳴る男に、少女は見覚えがあった。西の停泊所でわめいていた酔漢たちの一人である。
「高ランクの冒険者ならば、ふさわしい振る舞いをしたほうが良い」
「何だとキサマ!」
「荷は木材だな」
相手の剣幕に揺らぐことなく、ユルグは冷静に問うた。少しの間、再びスカベジが口を開く。
「そうだ!俺が仕入れたものだ、何か文句でもあるのか!」
「そうかいそうかい」
楽し気な調子でラドが前に出た。
「ここの木材には、全て管理番号が入れてあってな。ちっとそいつを確認させてくれや。あと、仕入れ先も教えてくれ」
問われて苦々し気な顔をしたかと思いきや、大男は馬車に飛び乗り、
「お前ら、早く乗れ!」
と彼の取り巻きに怒鳴った。ユルグとラドが動き出そうとする、その前にヴォルフィーネが馬車へと飛び込む。そして瞬く間にスカベジに蹴りを当て気絶させてしまった。呆気にとられる一同に、少女はおずおずと、
「逃げようとしたみたいだったから…ダメだった?」
そう言った。それを聞いてラドが笑い出す。
「いやいや、良い仕事したぜお前さん!おっと他の奴ら、逃げんなよ。こいつみたいになりたくなけりゃあな!」
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巡回兵にスカベジたちを引き渡し、ラドはユルグたちに笑いかける。
「危うく逃げられるところだった。助かったぜ。お前さん、小さいのに大したもんだな」
小さい、と言われ少女はムッとする。ユルグはなだめるようにその背を軽く叩き、獣人に話しかける。
「ラド」
「何だい?」
「奴ら、西の停泊所で厩の扉を壊した疑いがある」
「本当か。分かった、それも取り調べとく」
「頼んだ」
その後、スカベジたちの荷が盗品であったことが確かとなり、手続きの後積み荷を自分たちの馬車に載せ終えたユルグ。彼はすまなそうに少女に言う。
「あわただしいが、これで古都へ戻る。フィー、疲れてないか?」
「平気だよ」
「そうか」
言いつつ、彼はリュックから水筒を出し、少女に渡す。彼女は礼を言って受け取り、水を飲んで一息つくのだった。
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北の村からの帰り道。ユルグの横顔を見ながらヴォルフィーネは口を開く。
「私、役に立てた?」
しばしの間。ユルグは、あの場で彼女の活躍を褒めることも労うことも忘れていた自分を恥じた。
「もちろんだ、フィーのおかげで何とかなった。ありがとう」
「…じゃあ、ごほうびが、ほしい」
少女に上目づかいにそう言われ、ユルグは目を瞬かせた。
「何だ?俺に出来ることなら、何でもしよう」
「… …頭、なでてほしい」
迷子の私を、見つけてくれた時みたいに。ぽつりと少女はつけ加えた。彼は少し悩んだ後、彼女の方へ手を伸ばし、その頭をそっとなでた。ヴォルフィーネは気持ちよさそうに目を細める。そして、
「これからも、こうしてほしい」
「頭をなでることか?…分かった。フィーが望む時は、そうしよう」
そうして、少女は彼に体を寄せ、彼は彼女の頭を優しくなでる。馬車を引くホクボルは、彼らの方をちらと見た後、静かに歩を進めていく。
柔らかな陽の光が差す中、彼らは帰路につくのだった。




