番外編 御者
ある日の話。ユルグが酔龍亭のカウンター奥で厨房の掃除をしている。店のテーブル席から店主の妻アヤカが、上機嫌な様子で彼に声をかけた。
「ユルグちゃんユルグちゃん、見てみて~♪」
「どうしたんです?」
「じゃじゃ~ん♪」
そう言って手を広げてみせるアヤカの隣には、ダークエルフの少女ヴォルフィーネがいつもと違う髪型と服装で立っていた。白いワンピースを着て、髪の毛を左右三つ編みの輪にしてまとめた姿の彼女は、おずおずと口を開く。
「…どう、かな」
「…よく似合っていると思う。とても、可愛らしい」
男の言葉に、ヴォルフィーネは花がほころぶように微笑み、その場でくるりと回ってみせた。窓から入る光の加減のためか、ユルグには少女が輝いて見えた。
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今日も彼の仕事を見たいというヴォルフィーネを連れて、ユルグは御者の手伝いに向かう。古都から地方の村、または迷宮への移動には馬車が使われることが多い。御者の数は、普段は問題ないが、時には人手が足りなくなることもあった。
馬屋では年輩の男が忙しそうに馬車の準備をしている。そこへ近づいてきたユルグたちに気付き、
「ユルグさん!今日は北の村へのルートをやってくださるとのことで、すみませんがお願いします」
「ああ、任せてくれ」
「そちらの方は?」
「見習い、だな。仕事の見学をさせようと思うのだが、よいか?」
「ええ、もちろん。まだ小さいのに偉いねえ!」
そう言うと御者の男は別の馬車で出発していった。小さいの呼ばわりされたヴォルフィーネは、
「私は成長が遅いだけ…」
と不満そうだ。ユルグは彼女をなだめるように、背中を軽くたたくのだった。
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「街や村の間を馬車で移動し物資を運ぶ役割は、基本冒険者ギルドが担っている。そしてその際には、馬以外に彼らに手伝ってもらうこともある」
「彼らって…ホクボル?魔物なんじゃ…?」
「よく知っているな」
柵の向こうには、一目で馬とは違うと分かる生き物たちがいる。馬のような体躯だが、体の大きさはその倍以上もある。毛は黒く、たてがみが長くもさもさしている。
少しユルグに似てるかも、そう考えて少女は小さく笑う。そのユルグは「よろしく頼む」と言って手を差し出すと、馬に似た魔物ホクボルは、彼の手に鼻先をちょん、とつけた。
「…今のは、あいさつ?」
「まあそんなものだ。フィーもやってみるか?」
模擬戦闘で戦ったことはあったが、実物を見たのは初めてである。ヴォルフィーネはおっかなびっくり手を出す。ホクボルはその手にそっと鼻先をあてた。
「鼻、ちょっと冷たかった。…大人しいね?」
「ホクボルは魔物の中でも特に気性が穏やかで賢い。ただ、怒らせると手ごわい相手ではあるから、注意が必要だ。…おどかすような言い方をしてすまん。丁寧に、人に接するようにしていれば、まず怒ることはないよ」
その言葉に、少女は改めて背すじを正し、「今日はよろしくお願いします」と言うと、ホクボルにお辞儀をする。ホクボルもそれに応えるようにいなないた。
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北の村への出発前、2人組の若い男女の冒険者たちが同乗した。彼らはユルグの知り合いであるらしく、彼に話しかけている。
「ユルグさん、最近森で見かけないっすね。どうしたんすか?」
「ああ、新人の…彼女の指導をしていてな」
「へー!ユルグさんに指導してもらえるとかいいなー!俺も受けたいっすよ!」
「アタシもアタシも!」
気さくな調子で言う彼らに、ため息交じりにユルグは、
「あのな…オーウェン、ウルスラ。お前たちはもう立派にやっているだろう」
「いやいや、分からないことだらけっすよ!」
「そうか。まあ程ほどにやっていけ」
落ち着いた声で彼にそう言われ、若い冒険者二人は顔を見合わせる。
「しっかりしろー!とか、もっとがんばれ!とか言わないんすか?」
「そうそう」
「向き不向き、というものがあるからな。それに…」
「それに?」
ユルグはしばし間を置いて続ける。
「先も言ったが、お前たちは立派にやっている。向上心もある。大したものだ」
「え?へっへ、そうっすかね?」
「あんま自信なかったけど、ユルグさんにそう言ってもらえると、ちょっと自信つくかも!」
彼らの様子を見て、少し考えた後でユルグは口を開き、
「万一、自分たちでは分からないことが起きたら、その時は冒険者の先輩やギルドに相談してくれ。俺でも、他の者でも、助けに入るからな」
「はーい」
「分っかりました~」
ゆるい雰囲気、だけど彼らがユルグの事を信頼しているのは、その表情を見れば分かる。ヴォルフィーネは大人しく、そのやり取りを聞いているのだった。
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「でもさ、ユルグさん」
「ん?」
馬車に揺られることしばし。何やら考え込んでいた後、男の冒険者オーウェンがユルグに尋ねる。
「先輩に相談しても、聞いてくれない人もいるぜ」
「そーそー!そんな事も分からないのか?って嫌味な言い方をしてきたり!」
「自分で考えろって言ってどこかへ行っちまったりな」
「それで自分で考えてやったら、何でそんなことをした!勝手なことをするな!って怒鳴ったりね!」
「あー…」
ユルグは馬車を止め、二人に向き直る。そして、「二人とも、すまなかった」と言って頭を下げた。
「ど、どうしてユルグさんが謝るんだ?」
「そうだよ、やめてよ!」
彼は頭を上げると、真剣な顔で口を開く。
「これは教える側の、つまり俺たちの問題だからな。後でギルドマスターとも話し合っておく。二人にも頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」
「な、なんだ?」
若い冒険者たちが聞く姿勢になったのを見て、ユルグは一つうなずくと、
「二人がまた嫌な事を言われた時は、別の人に相談…そうだな、受付のエルフさん達に伝えてほしい」
「…それだけ?」
「言われた方が我慢してしまうと、問題に気づくのに時間がかかったりするからな。大事なことだ」
「そう、なんだ…」
二人が思案顔になったのを、ユルグは何かを懐かしむように見た後、馬車を再び動かした。
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のどかな昼下がり、白い雲が空にぽつぽつ浮かんでいる。遠くからは鳥の声が聞こえてくる。
馬車に揺られながら、ユルグは二人に声をかけた。
「もし、また嫌な言い方をされた時。君たちが気をつける点がそれぞれあるんだが、何か分かるか?」
「え、俺たちが気をつける事?」
「う、うーん、何だろ…?」
二人は顔を見合わせしばし考えるが、答えは出ない。そんな二人に彼は言う。
「例えば一つ目。そんなことも分からないのか、と言われた時は、それが知っておかなければならない事だということ。だから、君たちは素直に、分からない、だから教えてほしい、と言ってくれ」
「それで、良いのか?」
「その後は教える側の問題だからな。もちろん、それで教えないようであれば、それ以上関わることもない。エルフさんに報告をあげてくれ」
そうなんだ、それなら出来るよね、と二人はうなずき合う。
「次に二つ目。自分で考えろ、と言われた場合。これは三つ目にもつながる事なんだが…」
そう言って、彼は少し間を置いて、
「二人とも、自分で考えろ、と言われた後、自分で考えてそのまま行動に移さなかったか?」
「え、そりゃ…」
「そうでしょ、自分で考えろって言われたんだし」
二人の答えを聞いて、ユルグは一つうなずくと、
「そう。君たち二人に気をつけてほしいのは、自分で考えた事を、行動に移す前に相談した相手に伝えて確認をとってほしい、ということだ」
「考えた事を?」
「ああ」
そう言われて、女の冒険者が心配そうな顔になる。
「そしたら、また嫌味言われちゃうんじゃ…」
「…教える側も人間だ。疲れていたり、忙しすぎて気が立っている時には、そんな対応になってしまうこともなくはないだろう。申し訳ない話だけどな。君たちが確認をとる際は、話を聞いても大丈夫ですかと、相手に一言添えてくれるとありがたい」
「そっか、あの人にも都合があったのかもしれないんだ…」
彼らがうなずいているのを見たユルグは、一呼吸おいて話を続ける。
「最後に、何でそんなことをした、勝手なことをするな、と言われた時だが。おそらく君たちの行動で、何か面倒な問題が起きている」
「そうなの?」
「俺らのせいで…?」
深刻な顔つきになる二人に、彼は穏やかに、冷静に続ける。
「君たちに気をつけてほしい事。それは、まず自分の非を認めて謝ること。そして、同じ行動を繰り返さないようにしてほしい、という事だ」
その言葉に、若い冒険者二人は神妙な顔でうなずいた。そんな彼らに、ユルグは出来るだけ軽い調子で言う。
「とはいえ、失敗をして人は学んでいくものだ。深刻に考えすぎず、次から気をつけていけばいい。一つ一つ、分からなければ確認しながら、な」
「「はい!」」
元気よく返事をした若者二人、ユルグは彼らを微笑ましく思いながら、自分のリュックの中から大き目の水筒とコップを4つ取り出す。
「話が長くなってしまったな、すまない。息抜きにこいつを皆で飲もう。オーウェン、分けてくれるか?」
「了解っす!」
ユルグに声をかけられた男の冒険者は、水筒とコップを受け取ると手早く分けていく。
「中身は何です?」
「レモン水だ」
「やった、好きなやつ!」
「ウルスラ、飲み過ぎるなよ」
「はーい♪」
くぎを刺された女の冒険者は、笑顔でオーウェンからコップを受け取る。冷たいレモン水を飲んで一息入れる一行。ユルグは馬車を目的地へと進める。その姿は一見冷静に見えたが、心の内で悩んでいた。
(色々言ってしまったが、これは余計なお世話だったろうな…あるいはもっと上手い言い方があっただろうに…やはり、教えるのは苦手だ…)
そんな彼の顔を、ヴォルフィーネがのぞき込んで尋ねる。
「ユルグ、落ち込んでる?」
彼は図星を刺されてドキリとした。動揺が漏れぬよう、一呼吸置く。
「…どうして、そう思う?」
「うーん…何となく?」
小首をかしげ、彼女は無邪気にそう言った。それに感化されたのか、ユルグは本音をこぼす。
「そうか…いや、二人に余計な口を出してしまったかと思ってな…」
少女はまた小首をかしげる。
「そんな事、ない。だって、見て」
彼女の向けた視線の先。若い冒険者二人が笑って話をしている。その表情は、とても晴れ晴れしているように見えた。
「二人とも、スッキリした顔してる。ユルグのおかげだよ」
気のせいだ。話している内容が楽しいものであるだけで、自分は関りあるまい。おそらく彼一人であったならば、そう思っていただろう。けれど今は、少女の言葉が素直に胸にしみ込んできた。
「そうか…そうだと、良いな」
穏やかな空の下、馬車は北の村へと進んでいく。たどり着いたその場所で、またひと騒動起きることになるのだが、それはまた、次の話。




