第7話 休日
酔竜亭の店内。
迷子になったヴォルフィーネをユルグが見つけて戻った後。夕食を食べ終わり、皆が一息ついていた。
ヴォルフィーネは向かいに座っている彼を、じっと見つめている。
まだ出会ったばかり、けれど命を助けられた。
一緒に過ごしていると、心が落ち着いたり沸きたったり、時に放っておけないように感じたりする。
多分、これは!と思う相手とは、こういう人のことなのだろうと少女は思う。
彼女は立ち上がり、意を決したように口を開いた。
「ユルグ。…私のだんな様に、なってほしい」
しばしの静寂。次の瞬間、近くで聞いていたアヤカが喜色を湛えて、
「あらあらまあまあ!ユルグちゃん、おめでとう!お祝い、お祝いをしなきゃむぐっ!?」
「アヤカ、ステイ、ステイ」
テンションの上がり過ぎた妻の口をリュウイチがふさぐ。突然のプロポーズを受けた当のユルグは困惑顔だ。心を落ち着かせるように一度深く息を吸い、吐く。そして、少女の目を見て告げる。
「フィー。気持ちは嬉しいが、それに応えることは出来ない」
「…どうして?」
ヴォルフィーネはひどく悲しげだ。彼女の悲しそうな顔を見るのはつらいが、しかし自分も正直に言う必要がある、とユルグは再度深呼吸をする。
「俺は、何と言うか…誰かと結ばれたいとか、そういう気持ちになれないんだ。ずっとそうだったから、俺は多分、人と一緒に生きられない人間なんだと思う。だから…上手く説明できなくて、すまないが…」
そこまで言うと、彼は落ち込んでいる少女から目をそらすように「食事の後片付けをしてくる」とその場を離れた。
うつむく少女に、アヤカと店主が寄り添う。
「ごめんね、フィーネちゃん」
「許してやっておくれ。あいつは今、心の傷を治している最中なんだ」
「こころの、きず…」
ヴォルフィーネは、姉たちの連れてきた男たちの中に、そういう人がいた事を思い出す。
その人は表情が暗くしんどそうで、話しかけてもこちらが聞き取れない声でぼそぼそとつぶやくばかり。けれど何年かすると、彼は次第に朗らかになっていった。
もしかしてユルグも、しんどい時なのだろうか。ヴォルフィーネは店主を見上げる。その瞳に理解の色を感じながら、リュウイチは何かを願うような切実な声で言う。
「フィーネちゃんも、あいつのことを見守ってくれると嬉しい」
それを聞いて、少女は静かにうなずいた。
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カウンターの向こう、調理場で片付けをしているユルグに、少女はそっと近づいて声をかける。
「あの、さっきはいきなり、ごめんなさい」
ユルグは手を止めてヴォルフィーネの方へ向き直ると、
「俺の方こそ、ごめん。変な事を言った」
と謝った。少女はふるふると首を振り、少し間を置いた後、「手伝えること、ある?」と聞いた。ユルグは少しだけ考えると、「その皿を、棚の空いてる所に置いてくれるか?」と返す。ややぎこちなくも、そんなやり取りが続き片付けも終わる頃、彼はためらいがちに口を開いた。
「フィーは、その…俺の事が嫌になったりしないか?」
少女は目を瞬かせると、ゆっくりと首を振って、
「一緒にいて、おちつく。好き」
率直な好意の言葉に、ユルグはうつむいた。それまでのことを考えれば非常に珍しいことではあるが、彼は照れていた。顔が赤くなっているユルグに気付くと、ヴォルフィーネは目を細めていたずらっぽく笑うと、彼の腕に頭を寄せた。
「これからも、ユルグの近くに居ていい?」
それを聞いてまた照れたのか、しばしの間を置いて彼は答える。
「…もちろん、かまわない」
そんな二人を、店主とアヤカはにこやかな様子で見守っていたのだった。
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次の日、ヴォルフィーネはユルグと一緒に朝食の片づけを終えた後尋ねる。
「今日もお仕事に行く?」
「俺は今日休みだが、フィーのやりたい事に付き合う」
「ん~…ユルグはお休みの日、何してるの?」
問われて彼は、「そうだな…」と言いつつ考える。大抵の場合、休みは動く気力が湧かない時が多く、ベッドの上でぼーっとしたまま一日が終わっていた。かといって、それをそのまま言う訳にもいかず、彼がひねり出した答えが、
「絵を描いている、かな」
というものだった。最近は月に一度あるかないか、という頻度ではあるが…ということは心のうちに仕舞って少女を見ると、彼女は期待に目を輝かせていた。
「絵を描いてるとこ、見たい」
「… …見ていて面白いものでは、ないと思うが…あー、それでも良ければ、行くか?」
話している途中でヴォルフィーネが悲しそうな顔になったため、最終的に彼はそう口にした。彼女は嬉しそうにうなずいたのだった。
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街を出て、森の中をしばらく走った先の小高い丘の上。そこから見下ろすと、フォレスティアの街の全景が、さらに向こうには海も見える。天気も良く、暖かな日差しが降り注ぐ中、ユルグは荷物を降ろした。
「このあたりは魔物の生息域の丁度隙間で、景色も良いから休むにはいいんだ。と言っても、周囲にめぼしい採取場所もなければ主要なルートでもないから、人は滅多に来ないけどな」
彼はその場に敷物をしくと、ヴォルフィーネに座るよう勧める。そして彼女に水筒と毛布を渡すと、
「暇になったら、寝てていいから」
言いつつ自分も座り、絵を描く準備をする。荷物の中から画板を取り出し、そこに羊皮紙を載せると小さい金具で留める。数本の細い木炭、使い古しのタオルと羽箒を足元に置くと、木炭を一本手に取り風景を描き始めた。少女は興味深そうに、けれど静かにそれを見つめていた。
しばしの時が過ぎた後。羊皮紙に残った木炭の粉を羽箒でそっと払うと、ユルグは絵を描く手を止めた。
「こんなところか。…ずっと黙って見ていたが、退屈じゃなかったか?」
「全然。見ててとっても楽しかった。…素敵な絵」
彼女にキラキラした目でそう言われ、
「そんな大層なもんじゃないけどな…でも、そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう、フィー」
照れているのか頬をかくユルグと、それを見てほほ笑むヴォルフィーネ。と、少女のお腹がぐぅーと鳴った。それを聞いて彼はハッとしたように、
「すまん、時間を忘れてた。弁当は持ってきてたんだ、昼ご飯にしよう」
そう言って荷物から包みを取り出す。中身はサンドイッチだ。それを受け取りほおばると、美味しいと言って笑顔になる彼女。ニコニコしている彼女を見てふと、ユルグは自分の心がとても穏やかな事に気付く。
今日はいい天気だからかな。そんなことを考える彼の頬を、そよ風が優しくなでていった。




