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19.ゲシュパル



この毛玉に噛まれた船員は、素早く逃げたが、かなりの深手だったと言う。

それならば、見えないが、牙でもあるのだろう。


私には、思いつく生き物が、一つだけあった。

想像上の生き物とも言われるゲシュパル。


この海の何処かにある無人島に彼らの巣があると言う。

以前、王城の図書館にある、王家専用の書庫で見かけた本。


海岸線で釣りをしていた男が、ある日突然、竜巻に襲われ、風に巻き上げられて、島に落ちた。

男は島を回るが、そこに居たのは、白い見事な毛皮の生き物。それがゲシュパルだった。


ゲシュパルは、彼の言葉を理解し、彼を掴むとその立派な羽を広げて飛び立ち、彼を人の住む海岸まで運んでくれたそうだ。


その際、場所が分からないようにと、目隠しをするように言われ、飛んでいる間は、耳のそばで、ビュンビュンと言う音が聞こえたそうだ。


最後に二度と島には着けないだろうと告げて、ゲシュパルは、立ち去った。


本には、その男が描いたと言われるゲシュパルの絵があった。狼のようでもあるが、羽があり、空も飛べる。


その本を見た時、レイモンドがこの生き物は神の美しい創造物だねと、言った事を覚えている。

この時は、一緒の本を見る為に、彼が珍しく、隣に座っていたのだった。


彼との距離感は、今では1メートルと、半分に縮まった。日々の経過を感じる。



「お嬢様には、こいつの事が分かるんですか?」

「どうかしらね。でも、もしかすると……。」


毛玉は、私の言葉を待っているようだった。それならば、会話をしよう。ゲシュパルとの会話は、思念で行うと本にはあった。


(あなたは、ゲシュパルなの?)

(……。ゲシュパルを知っているのか?)

(名前だけ。やはりゲシュパルだったのね。この大きさと言うことは、まだ子どもなの?)

(……子どもだが、本来はもっと大きい。今は、体を庇うために小型化しているんだ。実は、飛行訓練中に嵐に巻き込まれた。あの船は嵐の中でも普通にしていて、不思議だった。少し休ませてもらおうと思ったのだが、見つかってしまい、僕も困っている。)

(人が多くて、姿を見せたくないの?)

(それもあるな。だが、正直な所、羽を痛めてしまい、飛べそうにないんだ。)

(治してあげましょうか?)

(治せるのか?)

(怪我なら、多分大丈夫だけれど、もしかして、片羽を無くすほどの大怪我?)

(そうだ。多分、1年ぐらいかければ、羽も再生するんだが……。)

(私にあてがあるから、一緒に来る?食べ物も用意するわよ。)

(……あなたは、いい人みたいだな。信じるよ。僕をあなたの家に連れて行って。)


檻から毛玉がゆっくりと出てくる。差し出した私の手のひらに躊躇いがちに毛玉が乗った。


(私はミレーニア。あなたの名前は?)

(ギュルハ。)


ギュルハがゆっくり顔をあげた。吸い込まれるような青紫色の目に、金の粉が散っているような不思議な目。

こんなに綺麗なものを見るのは初めてだ。


「綺麗。ギュルハは、とても綺麗なのね。」


私は、ギュルハを両手で抱え、船長に挨拶して、馬車に戻った。

今は、少しでも早く、この子に水と食事をあげたい。


(ギュルハは、何が食べられるの?)

(あなたは、声を出して話しても良いよ。)

(ミレーニア。)

(ふふっ。ミレーニア。僕は、人の言葉を話せないけど、言葉は聞き取れるから、こうして声を出さずに話しても声を出して話しても、どちらでも構わないよ。)


「分かったわ。それで、何なら食べれるのかしら?」

(ムザルという穀物を知っている?僕の島には、自生しているんだけど、人の世界にあるだろうか?)

「ムザル、ムザルね……聞いた事が。」

「ミレーニア様、ムザルがどうかしましたか?」

「ユーステア、ムザルを知ってるの?」

「はい。お屋敷にもございますよ。」

「そうなの?屋敷に戻ったら、部屋に持ってこさせて。」

「はい。」



屋敷に戻ると、私は、ギュルハの為に水を用意した。

体を伸ばしたギュルハは、見た目は子犬のようで、凄く可愛い。

確かに右羽が根元から折れているようだ。何も言わないが、さぞ痛む事だろう。


私は、枕元にある、ガラス製の人形に向けて話をする。

会話と共に、この部屋の映像は、レイモンドに届いているはず。


「レイモンド、すぐに来てくれる?お願いがあるの。」


言い終わるかどうかで、彼が部屋に現れた。


「ミレーニア、もしかして、ゲシュパルか?」

「そう。彼の羽根を治してあげて。」

「分かった。」


ギュルハは、警戒しながらも、私の呼んだ人間と言うことで、噛みつかずに我慢している。


相変わらず、レイモンドの魔法は奇跡のようだ。


細かい光が傷を覆うと、視界が少し霧の中のように乳白色に染まり、光が引くと、羽根が元通りになっていた。


「ありがとう。助かったわ。」

「いや。私もゲシュパルに会えて嬉しい。この大きさなのか?」

「違うらしいわ。ギュルハ、羽根の具合は、どう?」

(ありがとう。こんなに完璧に治してもらえるとは思っていなかった。その男は何者だ?)

(婚約者。)

(えーっと、それを聞いたのではないのだけれど……。)

「この国の王太子よ。魔法の天才なの。所で、元の大きさに戻れる?」

(ああ。ここは広いから問題ない。)

「彼が本来の姿を見たいと言うの。見せてくれないかしら?」

(良いだろう。)


ギュルハの体が膨らんで、大きくなる。普通の狼の2倍以上はありそうだ。


「美しい。」


ギュルハに見惚れるレイモンドと、ユーステアが運んでくれたムザルをギュルハに食べさせながら、暫くたわいのない話をした。


ムザルは、馬の餌で、一般的にはユジールと呼ばれるもの。ユーステアの祖母の住む田舎では、ムザルと呼ぶそうだ。


突然、ギュルハを見て、腰を抜かしたユーステアが元気になってから、そう教えてくれた。



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