14.私はヒロインじゃない
ナンシー・コーツは、日本人だった頃も、引っ込み思案な性格だった。学校にも馴染めなくて、高校に入って間もなく登校拒否になった。周りの視線が痛くて、怖い。
そんな彼女がのめり込んだのは、乙女ゲームだった。
ゲーム内では、攻略対象達と楽しく会話できるし、サイトでも色々な人とコミュニケーションが取れた。
ヒロインは可愛くて、健気で、大好きだったが、悪役令嬢は、怖くて嫌いだった。元が平民だと言うだけで、軽蔑し、嫌がらせをするなんて、最低だと思う。
そういう人は、虐められる人間の痛みが分からないんだ。
この世界に生まれ変わっても、彼女の性格は変わらなかった。自分があのゲームのヒロインと分かってもあのヒロインのようには振る舞えなかった。
そうこうするうちに、いつの間にか学園に入学する歳になり、入学した先で、悪役令嬢と出会ってしまった。
攻略対象に近づかなければ、大丈夫と思っていたのに、入学初日に会うなんて。あの性格ならば、隣に座っているだけでも嫌がらせを受けるかもしれない。
そう思うと、怖くて怖くて、つい悲鳴をあげて逃げてしまった。
翌日からは、クラスメイトが守ってくれた。それでも近寄られると隠れてしまいたいほどの恐怖に襲われた。
そんなある日、図書館で出会った男子学生が自分のせいで悪役令嬢が批判を受けていると言う。それなら、彼女は、悪役令嬢ではないのだろうか?
宰相子息のラッセルに、ナンシーは驚きの目を向けた。
もしかして、自分は大きな思い違いをしているのだろうか?
「もしかして、ドルイド令嬢は、悪役令嬢ではないのでしょうか?」
「悪役令嬢?聞いた事のない言葉ですが、少なくともドルイド令嬢は、あなたに悪役とあしざまに言われるような方ではありません。」
─あ、ああ、そうよ。悪役なんて失礼よね。
「弱いものを虐めたり、身分の低いものを虐げたり、高慢に振る舞ったりする方ではないのですか?」
「私から見れば、あなたの方が、大層失礼かと。あの方は身分差なく接する方ですし、決して高慢な方ではありません。
どなたにそのような嘘を教えられたのか、お聞きしたい所ですが。」
「……誰にも、何も。」
「それでは、あなたの勝手な思い込みですか?」
「思い、込み……。」
「一度落ち着いて話をしてご覧なさい。」
「話を?」
「そうです。自分の目で、耳で、きちんと相手を知ってから判断なさい。知ろうとしなければ、相手もあなたを知る事ができませんよ。」
「私……。」
マーガレットは、彼女の姿を見て、自分が出しゃばる必要は無いと判断した。
翌日、ナンシーは、ミレーニアの隣の席に座った。
本当は、怖くて体が震える。震えながら考えた。
あの日、ミレーニアは、自分に挨拶をして、名前を名乗ってくれた。それに対して、自分は何をした?
怖いと叫んで泣いた?どうして?彼女は何もしなかったし、挨拶してくれた声は優しかった。
「お久しぶりね。おはよう。」
そして、今も、自分の態度を責めることなく、声をかけてくれる。
「お、おはようございます。」
ミレーニアは、驚いたように目を見開き、それから、花が咲くような笑顔をみせた。
「初めて挨拶が頂けたわね。良かった。」
「ごめんなさい。」
涙が勝手に溢れてくる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
ミレーニアはそっとナンシーの肩を抱いて、頭を撫でた。
「大丈夫。怒ってないから。今度一緒にカフェにお茶を飲みに行きましょう。来週新作ケーキが売り出されるそうよ。」
「はい。行きます。行かせて下さい。」
「ショートケーキって言うんですって。」
「ショートケーキ?苺の?」
「そう。行きましょうね。」
「はい。」
ミレーニア様の手はなんだかとても温かかった。
ラッセル様の言う通りだった。私は、何も見ていなかったんだ。ゲーム世界とはいえ、ここは現実。
全部が同じになる筈は無かった。
だって私がヒロインなんだから。
ううん。私がヒロインのはずが無い。私はヒロインなんかじゃない。私は、一人の学生で、ただのナンシー・コーツ。悪役令嬢なんて、どこにもいなかった。
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ナンシーがやっと会話をしてくれた。
私を批判していた人達は、みんな目を丸くして私たちの様子を見ている。
彼女とは、今後もっと話をしよう。
今回は、私にとっても、いい勉強になった。面倒臭いと放っておくと、もっと面倒な事になる事を身をもって知った。
─やっぱり女の子は難しい。でも可愛い。
ラッセルから聞いた話では、ナンシーは、私の事を悪役令嬢と呼んでいたそうだ。
つまり、彼女もユーステアと同じ場所から生まれ変わって来たに違いない。
もしかして、顔見知りだったりしてね。
今度、お茶に誘っているから、2人で前世の話をさせてあげよう。気が合うといいわね。




