夢見の里
第二話の戦闘シーンにて、シノンが使用していた武器の描写を一律で長剣に変更しました。
シノンがメインで使う武器を「長剣」に変更しました。
刺すような炎天下、あまりの暑さにゆらゆらと揺れる空気、代わり映えのない砂に覆われた大地を歩く父子。
砂漠の脅威となる物事を常に警戒し続けなければ死ぬこの場所で、二人は目的地への道を淡々と進む。旅慣れた二人でさえ過酷な砂漠では、会話でさえも余計な体力の消耗であるからだ。
砂漠には様々な脅威が潜んでいる。
まず一つ目に、ただでさえ不安定で足場を奪われやすい砂の中にはワーム系の魔物が多く潜んでおり、常に地中からの奇襲に備えなければならない。
二つ目に、砂漠の国では常に情勢が不安定であり、盗賊団やテロリスト、縄張りを持つ裏社会の人間からの襲撃、そして彼らの縄張りへの侵入を避けるルートを通ることを心掛けなければならない。
三つ目に、日射病による体調の悪化、それにより見える幻覚に警戒しなければならない。
四つ目は、砂漠に巣食うその他の魔物の存在を警戒しなければならない。砂漠に生息する代表的な魔物は主にワーム系の魔物だが、空を翔け地上の獲物を見定めるグリフォン、幻覚を見せ旅人を喰らう植物系の魔物、夜の闇に紛れて寝込みを襲うヴュステ・ハイエナなどが潜んでいる。
これらの脅威だけでなく、砂漠を越えるには十分な量の水と食料を携帯していなければならず、またそれら物資を運ぶためのラクダ、あるいは暑さに強く水を大して必要としない人間に従順な魔物など、食料などを人間に奪われないようにするための戦力、砂漠の魔物に対抗する戦力の両方も用意しなければならない。
ロウとシノンはというと、シノンが空間魔法を扱えているため運搬の問題をクリアしており、二人とも冒険者としてかなりの経験を積んでいることから戦力も十分であったため、全く問題なく砂漠を歩いていた。
「ロウは以前にも砂漠に来たことがあるの?」
「ああ。以前仕事の都合で、ここで何年も過ごしたことがあったんだ。だが、相変わらずこの国の情勢は不安定なようだな」
砂漠には、さまざまなものがある。
広大で地平線の向こう側まで砂しか存在していないように見えるが、常に不安定な情勢、常に縄張りと化しているオアシス、人間の少ない大地で蔓延る巨大化した魔物、そして…争いの末に敗れた人間の死体。
「…ここは境界線のようだ。少し迂回しよう」
「わかった」
炎天下の中放置された死後間もないであろう複数の死体は既に強烈な刺激臭を放っており、鋭い刃物で喉元を容赦なく切り裂かれた死体は、それが人間の手によるものであることを示していた。
傷口はすべて喉元の致命傷一つであることから、手慣れた人間による、自分たちの縄張りに入ろうとしてきた侵入者への罰であり、見せしめやマーキングとして殺されていることを物語っている。
生物の存在を許さないとでも言うかのような気温の中にも、人は存在している。人が存在している場所には、街もある。
巨大な砂漠のど真ん中にあるオアシスを中心に建てられた砂漠の街は、この国最大の商業の中心であり、旅人の街でもある。広大な砂漠の中継地点であり、比較的治安が落ち着いていることから、人々の活気あふれる街として旅人に人気がある。砂漠を渡る旅人は皆、この場所で物資を調達するのだ。
ロウとシノンは宿場街で休息を取るべく宿を取り、食事を摂っていた。
「夢見の里は、この砂漠を横断した先にある」
「…遠いね」
「ああ、遠いさ。俺は以前この国に滞在していた時、一度だけ遠くに、夢見の里と思われる場所を見たことがあるんだ。砂漠の隣の国とは思えないほど穏やかな気候に見えた。そして遠くからでもわかる、龍の姿も」
「龍?」
「ああ。俺たちが普段見ている飛竜や地竜、海で暴れまわる海竜とは違う、本物の龍だ」
「…ふうん」
シノンは興味なさそうにはしているが、ロウは構わず続ける。
「遠くから少し見たことがあるだけだから、どんな龍がいるのか、詳しくはわからなかった。だが、遠くからでも見える巨躯を持つ龍がいたんだ。それは砂漠の魔物すべてが怯えて身体が動けなくなる咆哮を放っていたが、野性味はなく、優雅で美しかった。でも、里へ向かうことは許されなかった。夢見の里は、外部の者を極端に嫌っていると言われていて、砂漠の人間もあの場所には近づかないんだとさ」
「…へえ。それじゃあ、無駄足になる可能性もある?」
「うーむ、そうかもしれないな。それでもお前が直接あの場所へ赴くことにこそ意味があると、俺は思うぞ」
「そもそも行ける? 砂漠って、いつもあんなに死体が転がってるもの?」
「…あー、はは。気づいたか」
ロウとシノンが宿場街に来るまでの道の中で見た死体の数は、ざっくり三桁は存在していた。
皆同じような死因で、縄張りの境界線を示すように点在していた。それだけでなく、勢力同士の争いの末できたようにも見える死体の山までいくつか存在しており、砂漠の情勢は現在、この上なく荒れていることを示していた。
本来なら旅人や商人が通るための街道が整備されていて、一般人はその街道を通ることで比較的安全に街へ向かうことができていた。しかし今は縄張りの境界線が曖昧で、死体が転がっている先へはむやみに進まないことを推奨されている。
街道に沿って歩くことだけが、安全な旅ではなくなってきているのだ。
「いくら情勢が不安定だからと言って、あそこまで死体の山ができるのはもはや戦争じゃないか」
「あまり下手なことは言うなよ。お前がそう感じる気持ちもわかるが」
まず二人が何よりも必要としているものは情報である。
砂漠の情勢が常に不安定な理由は、信仰の解釈の違いや、過激派組織による抗議・抗争によるもの、そして裏社会の存在だ。
この砂漠の国で最も権力を握り財産を有するのは政府ではなく、裏社会のトップ層であることは有名な話だが、この地の勢力図は常に変化を続ける。数年、十数年前の勢力図など一切当てにならないことから、金を支払ってでも常に情報を持っていることが、この砂漠で生き残るための手段の一つともいえる。
食事を終えるとロウはシノンを連れて、ある情報屋を訪ねる。
その情報屋は以前ロウが砂漠にいた頃知り合った情報屋の息子だったが、その息子はロウを覚えていた。
「こんにちは。お久しぶりですね」
「ああ、以前は世話になった」
挨拶もそこそこに、二人は手短に言葉を交わすと、ロウはすぐに本題に入る。
「手短に話そう。最近の砂漠の情勢についての情報が欲しい。それと、現在通れる夢見の里までのルートをくれ」
「金貨五枚が支払えるのであれば、本日お昼頃に更新された勢力図をお渡しできます。それ以前のものは銀貨で結構です。夢見の里ですか…今はルートを作れる状況ではないので、お渡しできるものはありません」
「なぜ?」
「追加料金ですよ。砂漠の奥の方は、情報を仕入れるのが難しいので」
「構わない。これでどうだ?」
「…良いでしょう。現在、砂漠の奥にある縄張りの多くは境界線を失いました。常に抗争と復讐の連鎖が巻き起こっています。それと、魔物の活発化の影響で国から討伐軍が派遣されています。討伐軍でさえ組織に殺されてしまう事件も起こっていますし、旅人は近づきもしません。夢見の里へ渡るのは、おすすめできませんね」
ロウは深く考え込む。
過酷な砂漠の旅では極力体力の消耗は避けなければならず、境界線を失った組織の縄張りを常に警戒しながら進むのは命を捨てに行くことと同義である。さらに活発になった魔物の脅威もあるため、かなりの危険地帯となっているようだ。
シノンの過去を探るためにどうしても夢見の里へシノンを連れて行きたいが、いくら経験が豊富とはいえこちらは二人だけだし、シノンはまだ幼く、砂漠での経験はかなり浅い。
魔物の活発化と人間の抗争が落ち着きを見せるまでは、足止めを喰らう他ないだろう。
「…わかった。ありがとう。勢力図に関して、今夜の更新はあるのか?」
「そうですね。すぐに更新されるかと」
「なら、金貨を追加で三枚支払うから、一番最新のものをくれ」
「いいですよ。それでは、情報が入り次第連絡いたしますので、それまでは個室でお待ちください」
*
「それで、その時は一年ほど砂漠で過ごしたけれど、砂漠の情勢は落ち着くどころか悪化の一途を辿ってた。だから俺たちは砂漠を離れて、しばらくは北側諸国や東側諸国を旅してた」
「そっか…それで夢見の里にはまだ行ってなかったんだね」
「ユウキはちょうどその時に、奴隷商人に見つかって、奴隷にされてしまったんじゃないかと思う」
三年前、砂漠の情勢は悪化の一途を辿っていた。
勢力図は常に変化を続け、秒単位で死人が出ようともそれが日常と化していた。
誰かがいなくなればそれは奴隷商による誘拐や、勢力争いに巻き込まれた人質、あるいは臓器や人肉販売のための調達などによるもの。
人の死体が転がっていれば、それは抗争に巻き込まれた一般人か、抗争の末に敗れた裏社会の人間のもの。
国の軍隊でさえ下手に手を出せば自分の命が危うくなる環境で、人々の他者に対する関心は日に日に薄れて行った。
ユウキは目鼻立ちが整っているため高く売れると判断した奴隷商人は、彼女を生かしたまま他国に売り飛ばしたのだろう。
「…ユウキ、あなたはこれからどうしたい?」
「えっと、その…」
「行く宛ては…ある?」
「…ありません…」
ユウキは俯きながら、震える声でそう答える。
ルミナはシノンの方をちらりと見てから、再びユウキに尋ねた。
「ユウキは、故郷に帰りたい?」
「…! 帰り、たいです。お父さんとお母さんに、会いたい…」
ユウキは浅葱色の瞳から大粒の涙を流しながら、震える声で訴えた。ルミナはそんなユウキを抱きしめ、彼女が泣き止むまで背中をさすり続けた。
「ねえ、シノン。私ね、ユウキを故郷に帰してあげたい」
「…無理だ」
「え、どうして?」
「砂漠は旅慣れてる人間でも過酷な場所だ。それに、現在の状況も不明だし…」
「それでも、なんとかして連れて行ってあげなきゃ! 私も行く、もう自分の身を守ることくらいできるよ!」
「バカか、お前は。普通の環境での護身ならともかく、砂漠の魔物や人間は、外の魔物や人間とは対処の仕方が違う。それに、砂漠には常に人の死体が転がってるって話をしたばかりだろ」
「うぅ…でも、このままじゃユウキが可哀想だよ」
シノンとルミナは互いに意見を主張するが、ここでシノンは自分の言葉が足りておらず、互いの言葉に食い違いが存在していることに気が付く。
「…ふう、ユウキをこのまま帰さないとは言ってない。ロウが帰ってきたら、相談するつもりだった」
「ほんと?」
「…ああ」
その言葉を聞いた途端、ルミナの表情は明るいものになる。
「それじゃあ、ロウさんが帰ってきたら、ユウキを故郷に送り届けてくれるの?」
「元々そのつもりだった」
表情一つ変えることなく、シノンは淡々とルミナの質問に答えていた。そんなシノンの様子を見て、ユウキは少しシノンをこわい人だなと思いつつも、良かったね! と自分のことのように喜んでくれているルミナを見て、安堵と感謝の気持ちを抑えることはできなかった。
「…ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします…」
「頭を上げて、ユウキ。シノンはぶっきらぼうだけど、とても優しくて強い人だよ」
「…は、はい…」
ユウキには、幼い顔立ちに華奢で、なおかつ無愛想な態度と声色から、シノンが優しくて強い人には見えなかった。しかし、ルミナが屈託のない笑みを浮かべながらそういうのだから、きっとそうなのだろうと無理矢理自分を納得させた。




