078. ロザリンド
「知り合い?」
はっきりとした声で話す青髪の少女が、ルミナの顔を覗き込みながらそう尋ねる。ルミナは柔らかい笑みを浮かべたまま頷いた。
「ロザリンドだよ。友愛の剣に引き抜かれていた時、良くしてくれた人なの」
「ふうん。こんにちは、ロザリンド。あたしはアリュスフィア、ルミナのパーティメンバーよ。ルミナがお世話になったわ」
「ユウキです。ルミナさんのこと、ありがとうございます」
ルミナの両隣にいた二人の少女に礼を言われたが、ロザリンドは表情一つ変えなかった。
別に、特別何かをしたわけでもないし、ルフスや姉に怒られることを恐れて、リーダーからのセクハラまがいの言動も、他のメンバーからルミナが何かされるのも、ただ傍観することしかできなかったから。
「何かお礼を言われるようなことはしていないわ。それよりも、わたしとあなたはもう二度と顔を合わせない方が良いと、以前にも言ったはずよ」
ロザリンドはルミナ達に対し、冷たく言い放つ。ルミナは、あの忌々しい人たちと関わりのあった自分自身とは関係を絶ってしまった方が良いと、そう考えているからだ。
「そんなことない。また会えて、良かった」
ロザリンドはルミナの顔を振り向く。普段は柔らかい口調を崩さない、丁寧な態度を取っている彼女が、いつになく強い言葉を使っていたからだ。表情を見ても、いつもの柔らかい笑みは消えて真剣な顔つきになっている。
「良かったら、一緒にお茶しない? もしくは、一緒に仕事を受けようよ」
「生憎だけれど、わたしは今お金に余裕がないの。悪いけど、お茶には行けない。あなたたちに迷惑をかけるつもりはないから、依頼も一人で行くわ」
「いいから! おいで」
「えっ、ちょっと!」
ロザリンドは断るも、ルミナに手を引かれる。ユウキは優しい笑みをロザリンドに向けており、アリュスフィアも小さくため息を吐きつつ、仕方がないなといった笑みを浮かべている。
手を引かれるままギルドの入り口付近へとやって来た四人。そこには、ローブを纏いフードを深く被ったシノンというあの剣士と、皓月千里のリーダーであるアルファが何かを話し合いながら立っていた。
「シノン、アルファ、紹介したい人がいるの」
「ん? え、ルミナ、その人は…」
「……」
ロザリンドは視線を逸らす。自身の姉が呪い…禁忌の闇属性魔法を使った相手がアルファであると察したからである。
自分がしたことではないとはいえ、姉の罪は重い。それだけではない、自分が元々属していたパーティのリーダーは、彼らに多大な迷惑をかけた。そんな相手を紹介されても、彼にとって気持ちの良いものではないだろう。
それなのに、最も被害を被った一人であるはずのアルファは、人の好い笑みを浮かべながら話しかけて来た。
「こんにちは。俺はアルファ。君は、友愛の剣にいた人?」
「…ええ。でも、わたしはもうあのパーティとは無関係なの。文句を言われても受け付けることはできないわ」
ロザリンドは視線を逸らしたまま素っ気なく返した。相手の顔を見る勇気は、今の彼女にはない。
アルファから続けられる言葉は、数秒待ってもなかった。ちらり、と見てみると、迷惑をかけた友愛の剣の関係者である自分のことも恨んでいても仕方がないと思っていたアルファは、ずっと友好的な笑みを浮かべたまま、自分に対して手を差し出していた。
「え…」
「ロザリー、大丈夫だよ。知っているかも知れないけれど、アルファは私たちのリーダーなの。アルファ、彼女はロザリンド。友愛の剣に所属している…いや、もう抜けた…? 人だけど、あのパーティではとても良くしてくれた人なの」
「ちょっと、わたしは別に特別なことは何もしていないってば」
「それでも、ルミナがそう言うのならきっと、君は良い人なんだろう。よろしく頼むよ」
アルファは屈託のない笑みを浮かべたままそう答える。アルファは差し出している手をそのままに引っ込める気配がなく、ロザリンドは躊躇いながらもその握手に応じる。
「アルファ、もしよかったら…彼女も一緒に、今日の仕事に連れて行ってもいい?」
「もちろん。シノンもいいかい?」
「任せるよ」
アルファの問いかけに応じ、一歩前に出て来たシノン。ルミナはシノンのことも紹介しようとするが、ロザリンドは彼のことをよく知っていた。
「ロザリー、彼は…」
「シノンさん、でしょう? よく知っているわ」
「そうだったね。シノンは、このパーティで一番強い人だよ!」
ルミナの笑顔は眩しく、これが本来の彼女の明るさなのだと感じたロザリンド。目を細め、フッと笑みをこぼす。
「もしよかったら、また一緒に冒険、してくれない?」
「…仕方ないわね。一回だけよ?」
ルミナは歯を見せて笑った。それは心の底からの笑みであり、歓迎の証だった。
*
ロゼッタとロザリンド姉妹は、北側諸国にある貧しい村の生まれである。彼女らには優しい両親と親しい友人がおり、姉妹はとても仲が良く、共に両親の家事と仕事の手伝いをしながら生活していた。
姉妹は顔立ちが非常に整っていたため、年頃になるとたくさんの男性からアプローチを受けるようになった。
姉のロゼッタには、幼い頃から付き合いのあった男性との婚約があったため、数々の告白を断り続けていた。そのため、恋人も婚約者もいない妹のロザリンドには、村中の男性が集まって来ていた。しかし、ロザリンド自身はそれらの告白を断り続けた。その理由は、この世界の一夫多妻制に対して多少の不満があったからだ。
貧しい村とはいえ、男性はより多くの女性と結婚することが、女性はより多くの女性と結婚している男性と結婚することこそが幸せであるとされている。
それだけ多くの異性に好かれる魅力的な男性と家族になるということは、安定た収入のもとで幸せな家庭を築けると、世間一般には信じられているからだ。しかし村は貧しく、基本的に庶民では、男性は女性を一人しか娶ることはできない。とは言うもののロザリンド自身は、自分一人を、外見ではなく中身を、心から愛して死ぬまで大事にしてくれるような、そんな人と結ばれたいという強い願望があった。
村にいる男性は皆、ロザリンドの美しい外見しか見ていない。一生大事にするとか、貴女一人だけを愛するとか、そういう薄っぺらい言葉は聞き飽きてしまった。どうせ年老いてしわくちゃになったら、飽きて放っておかれるか、新しい若い女に夢中になってしまうのではという不安が付き纏う。
この世界では、複数の女性と恋に落ちるのが普通だから。
ある日、姉のロゼッタが憔悴した様子で家に帰って来た。そして、物置部屋に無言で入って行った。
ああ、また叩かれるのね。ロザリンドはただ傍観しながら、心の中でそう呟き、物置部屋の扉を眺めていた。激しい姉の怒りの声、小さく呻く人の声、壁や物に何かが叩きつけられる鈍い音…数時間に渡ってひたすらそれを聞いていたが、ロザリンドは椅子から立ち上がる。
物置部屋の扉を開き、ボロ布のような服を着せられた、全身血塗れの少女の姿を確認する。
「…ロゼッタお姉ちゃん、さすがに死んでしまうわ」
「はあ? …ああ、ちょっとやりすぎたかしら」
ロザリンドに声をかけられたことで我に返ったロゼッタ。少女の髪を掴んでいた手を放し、汚いものを触ったと手を払いながら、物置部屋を去って行った。
ロザリンドは改めて、物置部屋の中にいる少女の姿を見る。血や泥などでわかりにくいが、彼女の髪は薄い桃色がかった白髪で、光のない目は鮮血のような赤色をしている。整った容姿に、雪のように白い肌を持つが、殴られたせいで顔のあちこちが腫れ上がっていて、顔の判別はほとんどできない。
「…ちょっと待っていてね」
ロザリンドは物置部屋の扉をそっと閉め、両親や姉にバレないようこっそり救急箱を持ち出す。音を立てないよう扉を開けて中へ入り、扉を閉めて中の灯りをつけた。
「今日は一段と激しかったわね。痛かったでしょう?」
「……」
膝を着き、少女を壁に寄りかからせ、傷の手当てを始めるロザリンド。消毒液を綿に染み込ませて傷口に当てるも、少女は一切の反応を見せなかった。本来なら痛みで顔を歪ませるか、身体のどこかが少なからず反応してもおかしくはないはずなのに。
「…お姉ちゃん、一緒に村を出る?」
「……」
ロザリンドがお姉ちゃんと呼んだ少女は、何も言葉を返さなかった。しかしロザリンドの言葉は理解しているようで、静かに視線だけを彼女へ向ける。
「わたしはあなたを助けることができない。理由は怖いから。パパもママも、ロゼッタお姉ちゃんも怖い。でも、あなたを連れてここから出るくらいなら、できるかもしれない」
「…どう、し、て…?」
少女が掠れた声で反応した。そのことに少し驚いたロザリンドは軽く目を見開き、一瞬だけ手を止める。しかしすぐにいつもの表情に戻って手当てを再開すると、静かに、答えた。
「見ていられないのだわ。わたしはあなたを、ママが全く別の男と作って来た子供だとか言うパパの妄想を信じていないの。だって、ママがどれだけパパのことを好きか、よく知っているもの」
ロゼッタとロザリンドは、鮮やかな赤い髪に緑色系の目を持っている。赤髪は父親譲りだし、緑系統の瞳は母親譲りだ。しかし、この白髪の少女には、父親にも、母親にも見られない薄桃色がかった髪と鮮やかな赤い瞳を持っている。美しい顔立ちではあるが、父親の面影はあまりないように思える。
だからこそ、姉妹の父親は真っ先に母親の貞操を疑った。この世界において、男性が複数の女性と関係を持つことはできるが、女性が複数の男性と関係を持つことは許されない。だからこそ父親は母親を問い詰めたが、母親は他の男との関係を一切認めなかった。
姉のロゼッタ曰く、当時の家庭内の空気は最悪だったと、ロザリンドは聞いている。妹であるはずの白髪の少女に対する態度が酷いものなのも、今でこそ改善されたとはいえ、離婚の危機にまで陥った当時のことを恨んでのことだろうと、ロザリンドには容易に想像ができた。
「それに、わたしには、あなたに対する恨みなんてないもの。わたしだっていずれ自立するでしょう? その時に、お姉ちゃんも連れて行ってあげる。パパはわたしのこと溺愛してるし、上手く言いくるめれば連れ出すことくらいはできるでしょ」
「……」
少女はじっとロザリンドを見つめていた。数時間に及ぶ暴行のためか、少女は疲れ切って眠ってしまった。手当を終えたロザリンドはそっと立ち上がり、姉を床にそっと寝かせて物置部屋を去って行った。




