075. 授与式
近衛騎士団長、クシャルトダリヤ公爵が剣を鞘から抜く音が響く。彼の正面には、膝を着き頭を垂れるシノンの姿。
百名以上の貴族たちが静かに見守る中、剣を正面に掲げながら、クシャルトダリヤ公爵の声が響いた。
「女王直属・桜の近衛騎士団団長、ユリウス・マニュスエクィテス・ポステリタース・クシャルトダリヤがそなたの功績を認め、そなたに栄誉騎士の称号を授ける」
そう宣誓すると、クシャルトダリヤ公爵は手に持つ剣の平でシノンの左右の肩を軽く叩く。そして、クシャルトダリヤ公爵によって栄誉騎士のブローチが授けられた。それを受け取りながら、シノンは静かに、事前に伝えられたとおりの言葉を放つ。
「謹んでお受けいたします」
「続いて、冒険者ギルド総本部総司令官、アウルス。前へ」
「はい」
栄誉騎士の称号を授けたクシャルトダリヤ公爵は全王に一礼し、元の位置へ戻って行った。全王が指名した冒険者ギルド総本部総司令官、アウルスは前へ出ると、シノンに立つよう指示する。
小さなケースを手に持ち、微笑を浮かべながらシノンの前に立つ。
「初めまして。冒険者ギルド総本部を統括しております、アウルスと申します。以後、お見知りおきを」
「こんにちは」
アウルスは、白金色の長い髪を持つ男性だった。外見は若く、非常に端正な顔立ちをしている。目の色は森のような深緑で、長いまつげを持つ切れ長の瞳は、男女関係なく他者を魅了する美しさを持っていた。
アウルスの持つ最も大きな特徴は、森や草原のような緑色の毛先と、長く尖った耳だろう。それは別名を森の民と称される、エルフ族の特徴だ。エルフは非常に長寿で、数千年もの年月を生きるとされている。アウルスは見た目こそ若いが、見た目通りの年齢ではないだろう。
「あなたは黒竜の討伐実績を持つ冒険者ですから、赤竜の討伐など、容易だったことでしょう。私から、赤竜討伐者の称号をあなたに授けます。今後も、冒険者としての活躍を期待します」
「ありがとうございます」
胸に手を当てる動作をし、淡々と礼を述べるシノン。皆の拍手に包まれ、アウルスは手に持っていたケースからブローチを取り出し、シノンの右胸に着けた。
赤い魔石…正確には、赤竜の心臓から採取された魔石を研磨し作られたブローチだ。それこそが、シノンが赤竜を討伐したという証拠であり、証明書にもなる。
「それでは最後に、わたくしから」
アウルスが全王に一礼してから元の位置へ戻って行くと、騎士団長から儀式用の剣を受け取った全王が、シノンへと歩み寄る。
シノンは再び膝を着き、頭を垂れる。
「王国を救いし者、赤竜を討ちし者、民の命を守りし者。ここに、名誉男爵シノンの名を記します。そして、感謝と英雄の証として、月桂勲章を授けます」
「謹んでお受けいたします」
全王が剣の平でシノンの肩を叩きながらそう告げる全王。その後クシャルトダリヤ公爵に剣を渡すと、ダグリス公爵が持っていた純金製の月桂冠を手に取る。
「これは、あなたを縛る冠ではありません。あなたが、いつでも自分の道へ戻れるようにするための、記憶の冠です」
全王の手によってシノンの頭に冠を被せ…られようとしたのだが、全王の手はピタリと止まる。
「…あなたのそのローブは、何か意味がおありですか?」
「自分を守るための盾です」
「そのようですね。失礼いたしました」
フードの上から月桂冠が載せられ、皆の拍手が響く。全王は振り向いて玉座に戻り、シノンも元の位置に戻って行った。
「…ふふ、ローブの上から冠被ってても似合わないね」
「…言うな…」
ルミナが耐えきれず笑いながらそう言うと、シノンは少しだけ恥ずかしそうに顔を逸らした。
式典は無事終わり、その後は大広間にて立食式のパーティーが催された。シノンの周囲には貴族が…正確には、シノンが顔を知っている貴族たちが数人集まっていた。
「式典中ずっと笑いを堪えるのに必死だったんだからな! なんだよその格好!」
「仕方ないだろ…」
正装をしたルデアが、シノンの何とも言えないおかしな姿に笑いを堪えられず、涙を流しながら腹を抱えている。貴族の姿をしていながら口の悪いルデアとてなんとも言えない違和感を感じるのだが、顔を隠した冒険者が純金製の月桂冠を被っている姿は、誰が見ても違和感しか感じないことだろう。
「ルデア、笑い過ぎよ。シノン、本当にお疲れ様。以前から思っていたけれど、貴族の集まる式典には随分と慣れているのね」
「養父に連れ回されていたからかな」
「へえ、なるほどね」
魔法使いの姿ではなく、明るく柔らかいクリーム色を基調としたドレスに身を包んだエレニアが、シノンへそう話しかける。
「ねえ、パーティのお仲間を紹介してほしいわ」
「ああ、うん。リーダーのアルファ、斥候のアリュスフィア、後衛兼回復役のユウキ、剣士のルミナだ」
「は、初めまして」
「どうか堅くならないで。堅苦しいのはあまり好きじゃないの、シノンのようにいつも通りの話し方でいいわ」
微笑みながらのエレニアの言葉を聞いた四人は、肩の力が抜けたようだった。ルデアとエレニア、アルファ達が楽しそうに談笑する横にいるシノンへ、ルデアの父であるマルクが話しかける。
「ご苦労であった。まるで緊張を感じさせない、堂々とした姿であった」
「ジャミーラ公爵閣下…」
「マルクで構わん。そなたに、紹介したい者がいる。今、時間を頂戴しても?」
「構いません」
アルファ達はルデアとエレニアに任せ、マルクに身体ごと向き直るシノン。マルクの背後には、細身だがしっかりとした筋肉を持つ男が立っていた。彼の顔には見覚えがあった。シノンに栄誉騎士の称号を授けた張本人であり、桜の近衛騎士団の騎士団長であるクシャルトダリヤ公爵だ。
「やあ、式典ではどうも。私はユリウス・マニュスエクィテス・ポステリタース・クシャルトダリヤ。皆にはダリヤ公爵と呼ばれているが、ユリウスで良い」
「シノンです」
「存じ上げているよ。君は既に、宮殿では有名人だからね。マルク殿からは、卓越した剣術の使い手だと聞いていてね、ぜひお話をさせて頂きたいと思っていたのだ」
ユリウスは桜色のかかった金色の長髪と、アメジストのような紫の瞳を持つ麗人だった。近寄りがたい雰囲気を纏っていながらも気さくで、身分差を気にしないといった振る舞いをしていた。
「確かに、マルク殿の言う通り、小さいながら隙のない立ち振る舞いだ」
左手にワイングラスを持ち、右手を顎に当てながら、シノンの足先から頭の頂点の隅々まで観察するユリウス。
シノンは全身を覆うほどのローブを着ているため身体のラインは見えにくいものの、線が細くそれほど筋肉量があるようには見えない。しかし、体格は小さく体が軽いのが特徴だ。
体格が小さい剣士というのは、戦闘において非常に有利な状況を持ち続けることができる利点がある。大抵の前衛というのは力を重視する傾向にあるため、身体を大きく、力を強く鍛え上げる。しかしシノンという人間は、小さな身体を活かし速度で相手を圧倒する戦法を取ることができる人間だ。
対格差のある相手であればあるほど、懐に潜り込めば一瞬で勝負がつく。それに、彼に至っては技術も相当なものと思われる。
身体が小さく速いだけでは、巨大な竜の尾や首を斬れるほどの力は出せない。だが、彼は実際に竜の首を討ち取った実力者である。相当な実力、技術がなければ成し得ないことだ。
「シノン殿、うちの桜の騎士団――通称を黄金の桜というのだけれど、陛下を護衛する近衛騎士団なのだ。その騎士団に入る気はないかい?」
「ありません」
「おっと、振られてしまった」
半分以上は予想通りだったのか、即答で断られてしまっても大して気にした様子のないユリウス。友好的な笑みを浮かべながら、シノンに対して手を差し出しながら、続ける。
「だが、その姿勢、とても気に入った。君は栄誉騎士だ。君の席はいつでも用意しているし、騎士団に所属せずとも、私は君をいつでも歓迎しよう」
「…ありがとうございます」
シノンはユリウスの手をそっと握り、二人は握手を交わすのだった。
「おや、剣を握っているにしては随分と柔らかい手だ」
「なんででしょうね」
本来なら手にいくつもの剣だこが出来ていてもおかしくはないのだが、シノンの手はまるで戦いなど微塵も知らない女性のような手だ。それなのに声もしっかりと声変わりしているし、口調も男性的なのだから、会話をしている人間がそんなシノンに違和感を感じるのは仕方のないことだろう。
「まあいい、私が与えたブローチを出せばいつでも通せる。騎士団本部にも、いつか遊びにきてくれたまえ。それでは、私はこれで。いつか、剣術で語り合おう」
パーティーを楽しむ邪魔をしてはならないと、ひらひらと手を振りながら去って行くユリウス。それを見送ったマルクは、静かな視線をシノンへ向けた。
「顔を知っておいて損のない者だ。心強い後ろ盾となってくれるだろう」
「お気遣い頂き、ありがとうございます」
シノンは軽く頭を下げた。マルクはシノンの頭を上げさせ、周囲を見渡す。
「そなたとどうしても繋がりを持とうとする貴族は多い。今後は、彼らの接触に警戒をした方が良いだろう」
「…わかっています」
マルクの忠告を素直に受け取ったシノン。仲間を守るためにも、一層気をつけなければならないと気を引き締めるのだった。
夜は更け、パーティーも終盤に差し掛かり、全王の言葉を以って終了した…。
「フン、領地も持たぬ男爵など、貴族とは呼べまい」
「赤竜を討てるほどの実力を持つ者が、誰の命令も受けないなど…」
「それを自由と呼ぶのか、はたまた脅威と呼ぶのか」
パーティーが終了した後、シノンを睨みつけながら呟く貴族たちを残して。
*
「陛下。あの少年を監視すべきです」
「何故でしょう?」
全王の執務室にて、内政の統括であり宰相のダグリス公爵はそう進言する。しかし、全王は冷静に、静かに返す。
「あの者は、赤竜を討つほどの力を持つ人間です。そのような危険因子を、首輪も着けず解き放つなど…」
「サイモン。彼はわたくしたちの犬ではありません。自由に空を飛ぶ鳥なのです」
「いいえ。あの者がいつ陛下に刃を向けるかわかりません。宮殿の人間でないあの少年が出しゃばって来たのも、初めから男爵位が目的だった可能性も捨てきれませぬ」
全王は目を閉じたまま、表情一つ変えずサイモンを見上げる。
執務室に沈黙が広がった。サイモンと全王が静かに見合いながら、ただ時計の針が動く音のみが聞こえていた。
「監視ではなく、見守ることはできませんか?」
その沈黙を破ったのは全王だった。相変わらず、表情は柔らかいものの、変化を感じさせない。サイモンは数秒の沈黙の後、全王へ問うた。
「…同じことでは?」
「いいえ。見守る者は、彼が歩む道を奪うことができません」
「……」
全王は椅子から立ち上がり、杖をシャラシャラと鳴らしながら歩き、窓の前へ立つ。
「サイモン、彼は冒険者ですよ」
「承知しております。冒険者だからこそです」
サイモンが言いたいのは、自由を重んじる冒険者だからこそ王家の監視を付け、徹底的な管理が必要だということ。彼は名誉男爵位、そして栄誉騎士の称号を得た。これは自由権を得られる代わりに政治や軍事的な権力を伴わないものだが、発言力は増した証である。冒険者が持って良い権利を超越しているとも捉えられる。
全王は、サイモンのその意見も深く理解している。だが、彼女がシノンに約束をした以上、監視などという鎖を科すつもりは毛頭なかった。
「大丈夫です。万が一のための、あなたたちの存在があるのですから」
「…それは」
振り向きながら穏やかに告げられた全王のその言葉は、サイモンへの信頼の証でもあるが、静かな命令でもある。これ以上は踏み込むな、と。
サイモンは、全王からの信頼の言葉を受けて黙り込んだ。ため息を吐き、敬礼し、頭を下げた。
「わかりました。全ては、全王陛下の御心のままに」
「理解をしてくれてありがとう、サイモン」
全王は再び窓の外の星空を見つめ、城下の明かりが消えて行くのを眺めた。
「…月が、もうすぐ満ちる」




