074. 謁見の間
荘厳な雰囲気に包まれた謁見の間。本日全王から叙勲を受けるのは、赤竜討伐に大きく貢献したAランク冒険者シノン。パーティメンバーであるアルファ達も招待されており、彼らは冒険者としていつも通りの服装で参加することを許された。
「にしても、俺たちの知らないところで赤竜を討伐していたなんて…」
「ごめん、変なことに巻き込んで…」
褒賞欲しさに動いたわけでもないのにこのようなことになってしまったと嘆くシノン。ただでさえ最近は仲間たちと一緒に過ごせていなかったのに、宮殿などという冒険者にとってほとんど縁のない場所にまで連れてきてしまったからだ。
「全然いいわよ! むしろ、あたしはシノンのために何もできなかったわ」
「フィア、王都の人たちを避難させるのも、大事な仕事だ。シノンのために何かできなくても、それだけで一般人に貢献できているんだ。俺たちはそれを誇りに思っていいんだよ」
アリュスフィアも、シノンが一人で戦っている時に傍にいて手伝えなかったことを嘆いていたのだが、アルファがそれを宥める。
「アルファの言う通りだ。皆、避難誘導に協力してくれてありがとう」
「被害がなくて、本当に良かったね」
シノンもアルファに続くと、ルミナが安堵したように笑みを浮かべながらそう呟いた。
「シノン、私はまだ弱くて、シノンに直接何かできるわけじゃない。足手まといになることだってたくさんあるかもしれない。だけど、忘れないでほしい。私たちはシノンのことを誇りに思っているんだよ」
「…うん」
シノンの手を取り、ルミナは苦笑いを浮かべながら続けた。
「シノンが頑張っている分、私ももっともっと強くなるよ。いつかシノンに、背中を預けてもらえるように」
「シノンはシノンのやりたいようになればいいさ。君が冷たい人間じゃないことは、皆知ってる」
「ボクもシノンさんのことを信じています。シノンさんは、正しいことをなさったのだと」
「あたしも別に迷惑だなんて考えてないから、謝るのはやめなさい」
「…ありがとう、みんな」
シノンのその言葉には、どこか力が抜けたような、ホッとした様子が含まれていた。それがわかった四人は、シノンに向けて優しい笑みを向けていた。
「…そろそろ、時間か」
「Aランク冒険者シノン様、及び皓月千里の皆さま、入場のご準備をお願いいたします」
侍従の若い男が、シノン達のいた待機室へと入ってきてそう告げる。シノンはフードを被ったまま、侍従の案内に従って廊下を歩く。赤い絨毯の敷かれた廊下の先には、豪華な彫刻の施された重厚な扉が存在していた。この先には、百人前後の貴族たちがシノン達を待ち構えている。
深呼吸をし、扉の前に立つ。両脇で見張りをしていた大きな体格を持つ騎士二人によって重厚な扉が開かれ、案内役の侍従による声が響いた。
「此度の赤竜の討伐に貢献されたAランク冒険者シノン様、及びそのパーティメンバーの皓月千里の皆さまのご入場です!」
「あれが…」
「あの小さいのが冒険者だと…? 剣士と聞いていたのだが…?」
「まるで魔法使いのようだな」
「それにしても、この神聖な謁見の間で顔を隠すなど、無礼ではないか?」
入場して早々、貴族たちの囁き声が聞こえる。シノンは全く気にしている様子を見せないが、彼の背後を歩く仲間たちは不満そうな表情をしていた。
玉座からほど近い位置に立っているよう案内役の侍従から指示を受けた五人は、堂々とした立ち振る舞いで待機する。
特にシノンは、庶民でありながらも貴族と遜色のない立ち姿であった。シノンは特に注目されているが、中には貴族である自分よりも洗練された立ち振る舞いに狼狽する者もいた。
「よ、シノン。そっちの奴らがお仲間か。初めまして」
「…え、と、初めまして…?」
ヒソヒソとシノン達の影口や噂話をしている貴族が多くいる中、シノンの隣に立つ黒に近い青みがかった髪を持つ青年が、皓月千里に向かって友好的に話しかけて来た。
友好的な笑みを浮かべながら皓月千里に対して手を振って来た青年に対し、シノンが慣れ親しんだ相手に対する言葉遣いで対応する。
「ルデア、私語は厳禁だろ」
「陛下はまだ来てないんだし、大丈夫だろ」
ルデアだった。彼は公爵家の次男であり、今回の授与式に参列する義務と権利を持つ人間だ。この場にいても、何らおかしくはない。特に、彼は筆頭宮廷魔法使いの息子である上に、本人も王立学園リュケイオンの魔法科筆頭教授兼研究者だ。玉座により近い場所に立っていても、違和感などはなかった。
「シノン、この人は…?」
「ルデア。ここ最近、俺と共同研究をしていた人」
「なるほど。シノンがお世話になったよ。俺はアルファ、皓月千里のリーダーをしているんだ」
「おう、よろしくな。ゆっくり話をしたいところだが、まずはこれが終わってからにしよう」
ルデアが親指で指し示す方へ目をやると、謁見の間の重厚な扉が開かれ、侍従による声が再び響く。
「全王王国リリーズの太陽、全王エリザベス・コルネリア・フォン・リリーズ女王陛下のご入場です!」
謁見の間に立っていた貴族全員が、一斉に膝を着く。シノン達もそれに合わせて膝を着き、全王が玉座に着くのを待つ。手に携える杖が床を叩く音、装飾品が小さく揺れる音、ヒールでゆっくりと歩く音…静かに、しかし圧倒的な存在感を放つ全王は、目を伏せていても確実にその存在を近くに感じさせていた。
全王はまるで子供のように小さく、華奢な体格をしている。手に携える金色の杖は魔法使いの杖であり、シャラシャラと音を立てている。
「皆、面を上げてください」
玉座に着いた全王が静かにそう告げると、皆が立ち上がる。
上座にいた貴族の一人、王室記録官でありハインリッヒ公爵家の当主であるハインリッヒ公爵が、全王に一礼し、書状を読み上げる。
「これより、Aランク冒険者シノン殿への授与式を執り行います」
授与式は数時間にも及んだ。ハインリッヒ公爵によって赤竜を討伐した事実を読み上げられ、ジャミーラ公爵によって現場の報告が成され、赤竜の危険さとその存在を一人で倒すことがどれほど困難であるか、騎士団長のクシャルトダリヤ公爵によって解説が行われる。
冒険者である皓月千里は、長時間立ち続けること自体は苦ではない。だが、ただ何もせず貴族たちの長話を聞いているというのは非常に退屈なことだ。思わず周囲を見回したり、手や足を動かしたりなどしてしまう。
(…シノン、よくじっとしていられるな。この二時間、微動だにしない…)
ただじっと待っていることができない人間の一人であるアルファは、微動だにしないシノンに感心する。場数を踏んでいないと出来ないであろう、非常に慣れた佇まいだった。
ルミナは耐えているようだが、アルファ以外にもアリュスフィアやユウキも落ち着かない様子を見せている。
「シノン、あなたに、わたくしからは名誉男爵の爵位と月桂勲章、騎士団からは栄誉騎士の称号、そして冒険者ギルド総本部からは赤竜討伐者の称号を与えたいと考えています」
「…爵位、ですか?」
公爵やその他の貴族たちが書状の読み上げや報告を済ませた後、全王が静かに放った言葉に対して、シノンが答える。普段彼と話している人たちにしかわからない、若干の不愉快さが混じった、低い声だった。
「はい。ただし、これは領地、屋敷、家臣などを伴わない名誉のみの爵位です。あなたの自由を奪うことはありません」
謁見の間は沈黙に包まれた。貴族たちはただ黙って、シノンという冒険者に注目している。アルファ達も驚いて固まっているが、ここは謁見の間。全王の許しなしに、言葉を発することは許されない。
「王家からの命令には、従わないといけませんか?」
数秒の間を置いて発せられたシノンのその言葉に、謁見の間の空気が一変した。全王はこの国、ひいては全世界の支配者に等しい存在。たかがAランク冒険者が逆らって良い存在ではない。
シノンが発したその一言は、全員が緊張するに値する発言だった。
「爵位を受ける以上、一定の忠誠は当然だ」
そんな張り詰めた空気が流れる中、狐耳の男――ダグリス公爵がそう発する。威圧的で、高圧的な声で、お前に拒否権などないのだと、そう告げるかのように。
「忠誠を拒むつもりはありません。敵対して良いことなどありませんので」
「…!」
ダグリス公爵は、軽く目を見開いていた。シノンの隣に立つルデアやジャミーラ公爵も、驚いたような表情でシノンを見ていた。なにせ、あのダグリス公爵からの威圧に平然としていられる人間など、全王以外にいないからだ。
「ただ、俺の行く先、受ける依頼まで決められてしまうのは困ります」
「全王陛下に対しなんと無礼な…」
「フン、所詮は冒険者か…」
シノンのその言葉を受けて貴族たちがざわめく中、ダグリス公爵は、ただ黙ってシノンを見つめていた。
全王が杖で軽く床を叩く。その音を聞いて、貴族たちは一斉に静まり返った。
「では、条件をつけましょう」
「条件ですか?」
「あなたの忠誠は王家にではなく、この国に。あなたの剣をどこへ向けるのかは、あなた自身が決めるものといたしましょう」
全王は一切表情を変えることはなく、シノンに対して穏やかに言い放つ。貴族たちも、全王がそう言うのならと、大人しく聞いている。ルデアは、彼女のその言葉に少し安堵したように、笑みを浮かべた。
「ただし、わたくしが助言を求めた際には、話を聞いて頂けますか?」
「…話を聞くだけで、良いのでしたら」
「それで十分です」
全王は、シノンの返事を聞いて初めて表情が緩んだ。目は閉じたままだが、わずかに、穏やかな笑みを浮かべているように感じる。
「それでは、叙勲を始めましょう。騎士団長クシャルトダリヤ公爵、そしてAランク冒険者シノン、前へ」
全王が静かに発した言葉が、広い謁見の間にこだました。




