073. 大会議室にて
厳粛な空気に包まれた大会議室。内政を専門とする文官だけでなく、筆頭宮廷魔法使いのジャミーラ公爵や騎士団長クシャルトダリヤ公爵などを始めとした武官などもこの場に参加している。更に、冒険者ギルド総本部総司令官までもがこの場に駆り出されていた。
「聖歴七二六年、水無月。飛竜の上位種である赤竜が王都上空よりロイヤルパレスへと侵入。宮殿の結界を突破し、中央広場へと降下いたしました」
四大公爵家・歴史と記録を司るハインリッヒ公爵家当主、クリオナ・アイラ・フォン・ハインリッヒが、厳粛な雰囲気を纏いながら報告する。
長い緑がかったグレーの髪をなびかせながら周囲を見渡し、眼鏡をくい、と上げると、一呼吸おいて報告書の続きを読み上げる。
「交戦に参加した白鷺騎士団、宮廷魔法使い、及び王都の民に死傷者なし。これは、我が国の歴史において前例のない事実でございます。その中心にいたAランク冒険者、シノン…」
大会議の参加者全員の視線が、彼女に注がれている。何せ今回の主役は、王国の手の及ばない領域にいるレラン王国所属のAランク冒険者、シノンなのだから。
「なお、彼は王国軍の正式な指揮系統に属さぬ者。そして、我が国の冒険者ギルド総本部の直接的な指揮下には属しておりません。そのような人物が単独で、赤竜への決定的な攻撃を行いました」
大会議室に各大臣たちの唸り声が小さく聞こえる。中には、ため息を吐いている者もいるようだ。ハインリッヒ公爵は自身の最初の役目を終えると、報告書を全王に渡し、自身の席へと戻って行った。
「彼は、王都を救いました。ですが、彼は冒険者です。彼の自由を奪うことを、わたくしは望んでいません。よって、彼に与えることのできる褒賞の一部として、領地と屋敷を持たず、世襲制のない一代限りの名誉男爵位を与えたいと考えています」
全王は、王国側からシノンに対し与えられる、感謝の意を示すものとして相応しいのは、世襲されない一代限りの名誉男爵位であるといった結論を出した。
大会議室が、貴族たちのざわめきで埋め尽くされる。庶民でしかない一人の冒険者に対して貴族籍を与えるという前例自体、過去にはほとんど存在していないからだ。
「――赤竜は、通常の飛竜とは比較にならぬ存在。宮廷魔法使い八名による拘束魔法や攻撃魔法、防御魔法もほとんど役には立たず、返り討ちに遭う有様でございました」
筆頭宮廷魔法使いであり、シノンという冒険者と赤竜の戦いを直接目撃したジャミーラ公爵が、ハインリッヒ公爵の報告に続いて証言を行う。
「それを討ったのが、あの少年です。私は彼を危険視しますが、それ以上に、彼を敵に回してしまうことを危険視しております」
「私も、現場を直接見たわけではありませんが、赤竜と同等の危険度を持つ蒼竜との戦いの経験でしたらございます。シノンという冒険者が本当に赤竜を一人で討ったというのなら、私はジャミーラ筆頭宮廷魔法使いの意見を支持いたします」
赤竜との戦闘状況の報告を筆頭宮廷魔法使いジャミーラ公爵から受け、騎士団長であるクシャルトダリヤ公爵からもその意見を支持する旨が伝えられる。
他にも数人の参加者たちから同様の賛同を得ることができたが、まだ納得の様子を見せることができない者も多くいるようだ。
「…あの場で、彼が動かなければ、宮殿も街もとっくに焼け野原でした。犠牲者も多く出ていたことでしょう。そして、彼は冒険者です。我々は彼に感謝の言葉を贈るべきであり、彼を軍法の枠に押し込めるべきではありません。よって、騎士団は彼に栄誉騎士の称号を与えたいと考えております」
「な…!!」
「名誉男爵位に加えて栄誉騎士なんて…」
「ふむ…」
内政を統括するサイモン――ダグリス公爵は、顎に手を当て考え込む。庶民であるシノンに対し男爵位を与えることのリスクなども考慮し、あまり多くを与えすぎないよう止めるべきか、あるいは女王の言葉に従うか。
「陛下。彼の功績を否定するつもりはありませんが、王都の防衛を一個人の判断に委ねた…という事例を、我々はどう扱うべきとお考えですか?」
ダグリス公爵は冷静に、そして静かに尋ねた。全王はダグリス公爵を一瞥するが、特に言葉を発することはしない。何かを考え込んでいるように見えたダグリス公爵は、下手に全王を急かすこともなく、自身の意見を述べて行った。
「名誉ではなく、王都直属の特別顧問職を与えるべきと考えます。報酬と屋敷を与え、必要な時には王命に従ってもらうよう求めるべきです」
「…サイモン、わたくしは始めにお伝えしました。彼の自由を縛りたくはないと」
「承知しています。ですが、国家の体裁を守ることも重要です」
そのようなやり取りが行われる横で、王室記録官であり歴史の記録・管理を行うハインリッヒ公爵は、傾聴し、素早く会議の内容を記録していった。
Aランク冒険者であるシノンを監視下に置くことで、危険因子から王国を守ろうとするダグリス公爵の意見にも納得は行くが、ハインリッヒ公爵としては、全王の言う通り、冒険者であるシノンから自由を奪う行為は納得がいかない模様。
「公爵閣下。シノンという者が王命に背いたという記録はございません。むしろ、当時陛下より発せられていた王命は、何人たりとも死なせることなく赤竜を討伐せよと言ったものでした」
記録を取りながらのハインリッヒ公爵の発言に、多くの貴族が反応を示した。確かに、赤竜の討伐は、特に一般市民を守ることを最優先に、必ず宮殿内に抑え込み討伐せよといった命令だった。
シノンという冒険者がいなければ、竜討伐隊が留守だった当時では成し得なかった奇跡である。
「――シノンは王国軍の兵士ではありません。彼は冒険者です。依頼を受け、現場で判断し、人々を救う人間です。彼に王家の鎖を贈るくらいならば、なにも贈らない方がまだマシでしょう」
冒険者ギルド総本部総司令官であるアウルスは、シノンという冒険者の記録を読み上げ、宮殿に情報を提供した。その上で自身の意見も交えて発言し、貴重なAランク冒険者を政治利用しようとしているように感じられるダグリス公爵を牽制した。
「…なるほど、あの槍の王のご子息でしたか。どうりで、優秀なはずですね」
アウルスからの情報提供を受け、女王は目を閉じたままそう呟く。表情は至って穏やかであり、一切の変化はない。
長い会議の末、様々な意見がぶつかり合ったが、最終的な結論は全王に委ねられている。全王が初めに出した結論に納得する様子を見せる貴族は増え、大会議の最終結論を全王が宣言する。
「王国は、Aランク冒険者シノンを名誉男爵に叙することを決定いたします。ただしこれは領地、家臣、徴税権、軍務、政務への拘束を伴わないものとします」
大会議室で拍手が響いた。全王がこの場で宣言したその決定には誰も逆らう者はいない。この場にいる皆が彼女を厚く信頼し、支持し、追従する者たちであるからだ。
「そして、授与式では騎士団より栄誉騎士の称号を、冒険者ギルド総本部からは赤竜討伐者の称号を。王国からは、名誉男爵のほかに月桂赤竜章を与えることといたします」
静かに、しかしこの広い大会議室でもはっきりと響き渡る声でそう宣誓する全王。皆の拍手がより大きく響き、大会議は終了となった。
*
「そうですか…王宮での騒ぎは、赤竜の襲撃でございましたか」
「はい。明日、また王宮へ行く予定です」
「ええ、そのようですね。我がヴィストン家にもそのようなお話が参りました」
ミネルヴァからの依頼も、この日で最終日。水の神に関する話もほとんど話し終えてしまったため、残りは雑談のような時間となっていた。
「まさか、ロウのご子息であるあなたが、彼と同じ道を辿るなんて」
「…ああ、そんなこともありましたね」
ミネルヴァのその発言に、シノンも思い出したように呟く。
数年前、ロウと共に初めてリリーズを訪れた時、飛竜が王都へ襲撃してきた。当時、事前に飛竜の目撃はなく、その個体は集落から一直線に王都へ飛来したため準備もまともに出来ていなかった宮殿では、飛竜に対抗する部隊をすぐには編成できなかった。
その折、たまたまリリーズで休暇を取っていたロウの手によって、一般市民の犠牲を出すことなく、その飛竜を打ち倒すことができたのだった。
時間帯が昼間であり多くの冒険者が依頼等で出払っていたこと、当時流行していたダンジョンでの探索により多くの高ランク冒険者が王都を留守にしていたといったタイミングであったため、ロウは大変大きな功績を残したことになる。ミネルヴァの言う同じ道とは、この時のことを言っているのだろう。
「リリーズは竜との距離が密接な国です。当時の出来事があってから、竜討伐部隊は常駐する制度が設けられました。わたくしも彼に命を救われた一人ですから、感謝しています」
「…そう、ですか」
フードの下で小さく笑みを浮かべるシノン。自身の養父が誰かに感謝されているのを聞いて、嬉しくならない子がいるだろうか。
「たまには、こちらにも遊びにきてくださいね。お茶菓子をご用意いたしますので」
「はい。お世話になりました」
楽しかったミネルヴァの研究の手伝いも、ルデアとの共同研究ももう終わる。後は授与式だけ乗り越えれば、また冒険者としての日常が帰ってくる。
もうひと踏ん張りだと意気込み、シノンはルデアの研究室へと足を踏み入れた。




