072. 最後の時間
赤竜の騒動があってからたった数日で、竜に破壊された宮殿内の建物の修復はほとんど終わってしまっていた。赤竜の死体の片付けも完了し、貴重な素材として処理されることとなる。
竜の死体は、捨てるところが存在しない。特に赤竜ともなると、爪や牙、毛皮は天然の火属性を纏った武器や防具に加え、魔道具や服、装飾品にも生まれ変わる。内臓や血、骨などは錬金術や魔法陣などに使われ、肉は最上級の食材として腕の良い料理人の手にかけられる。
赤竜を倒した功績が最も大きいのはAランク冒険者シノンであるため、本来赤竜をどう扱うかを決める権利があるのはシノンなのだが、ルデアを通してシノンに尋ねられたところ、全ての権限を宮殿に渡すと回答があった。よって、宮殿内で防衛に携わる各部署に素材が行き渡ることとなった。もちろん、巨大な身体を持つ赤竜の肉は全王をはじめ宮殿で働く者たちへ平等に振舞われた。
宮殿はシノンに謝礼金を渡し、それとはまた別に褒賞を与えることを約束した。リュケイオン学園長・ミネルヴァの依頼完了後、宮殿内謁見の間にて授与式が行われる。
「はあ…」
「どした? 最近ため息が多いな。いや、いつもか?」
ミネルヴァの依頼があと一度の面会で終わる頃。学園でルデアと共に共同研究ができるのも、残り三日となった。二週間ほど前に赤竜を討伐し、授与式が行われる旨が宮殿からの使者によって伝えられてから、シノンはずっとこの調子である。
ルデアはシノンがどうしてここまで公衆の前に立つのが嫌なのかわからなかったが、彼にとって好ましくない状況であることは間違いない。父親や全王に対して掛け合って、人を少なくしできる限りプライベートな空間にできないかと努力はしたが、大臣たちが納得しないようで、難しいとの返答があった。
「元気出せよ。オレも一緒に行ってやるからさ」
「うん…ありがとう」
「にしても、たった一ヶ月で魔法の基礎から応用まで学べたなぁ。やっぱ学者に転身する気はないのか?」
「ないよ。冒険者の方が、気が楽でいい」
「あはは、そっか。ま、オレは諦めるつもりはねえけどな。あんたが首を縦に振りたくなるまで粘ってやる」
「おい…」
ルデアはシノンの肩に腕を回し、歯を見せながら笑う。実際ルデアの言う通り、シノンは魔法や魔術に関して異常なほど吸収力が高い。まるでそうすることが当たり前であるかのように、新たな知識を取り入れては応用まで上手く利かせることができる天才であった。
魔法の知識と古い文献にある魔術の知識を取り入れて、シノンは以前よりも多くの魔術を習得することができた。戦闘においても日常生活においても役に立つものであり、これから冒険者として活動するうえで使いこなしていきたいと、そう願っていた。
「そだ、シノン、これやるよ。あと三日で帰っちまうんだろ? もしまたこの国に来ることがあれば、オレん家来いよ。泊めてやる」
そう言いながら、ルデアは首に下げていたペンダントをシノンに渡す。そのペンダントは鮮やかな青色の宝石があしらわれた純銀製のものであり、ジャミーラ公爵家の紋章が刻まれていた。
「…そんな高価なものは受け取れないよ」
「気にすんな! この程度の物ならいくらでも作れるし、あんたなら盗難の心配だってないだろ」
シノンは数秒の間沈黙したが、やがて軽くため息を吐きながらもそのペンダントを受け取る。それこそが、今ルデアがシノンに与えられる友好の証であり、何か困ったことがあれば助けたいといった意味を含んだプレゼントであることを知っているからだ。
盗難の心配がない、というのは、シノンが収納魔法…いや、収納術を扱うことができることを知っての発言だ。それであれば、シノンの不注意によってペンダントが盗まれる可能性はほぼないことも含めて、ルデアはわかっていた。
ペンダントを受け取ってもらえたルデアは嬉しそうに満面の笑みを浮かべると、魔術書を手に取る。
「さて、共同研究も大詰めかー…にしても、魔術はいったい誰が作り、定義づけたのかについてはわからなかったな。あんたがどこでそれを習得し、誰に教わったのかわからない限りは…」
「…俺は幼少期の記憶がないんだ。気が付いたら使えるようになってた。つい一ヶ月前までは、魔術を魔法だと思ってたくらいだ」
「はあ? 聞いてねえよ、おい!」
「言ってないからな」
シノンの唐突な暴露に驚愕するルデア。同時に、シノンが「気が付いた時には使えていた」といった発言をしていた理由にも納得した。シノン自身が、自身の出自をわかっていないのだから、魔術が何故使えるのかについてわかるはずもない。
「あー、ん-…なるほど。納得したよ」
「それと、もし気になるのなら、夢見の里について調べるといいかも。関連性はわからないけれど、ある信頼できる占い師に、俺の出自と夢見の里には何かしら繋がりがあるって言われたことがあるんだ」
「わかった、次会う時までに調べておくから任せろ。なんかわかったら共有するからよ」
「いや、俺は別にいいよ。興味ないし」
ルデアは軽く目を見開きながら、二度ほどまばたきをする。数秒の沈黙の後、シノンの背をバシバシと叩きながら笑う。
「おいおい冗談だろ。自分の出自に興味ないとか言う奴、いるわけねえじゃん」
「痛い」
シノンは至って真面目に言っていたつもりだが、ルデアはそれをわかっていながら笑い飛ばした。幼少期に記憶を失くし人生の半分以上を今の環境で生きているとはいえ、故郷は自身のルーツであり、自身の生まれ育った場所を知ることは、自身の振る舞いを決めるきっかけとなる。
故郷とは人の地盤でもある。故郷を知らない現在のシノンは、地に足を着かず彷徨う迷子だ。興味がないのだとしても、ルデアはそんなシノンの故郷を探す手伝いくらいはしたいと願った。もちろん夢見の里に関して調べるのは、自身の興味関心のため、見聞のためというのもあるが。
「とにかく、寂しくはなるが、また会いに来てくれよな。今度はちゃんと模擬戦もするぞ」
「わかったよ」
拳をぶつけ合い、再会の約束を交わす二人。そして、シノンは少し躊躇いながら、ずっと被りっぱなしだったフードに手をかける。
「…この部屋って、誰も入って来ないんだっけ」
「ん、念のため鍵かけようか?」
「お願いしても?」
「任せな」
にっと笑ってみせたルデアは、研究室に唯一存在している出入り口の扉へ向けて杖を振るう。魔力の流れが扉の方へ向かって行き、ルデアの杖の先には念属性の魔法陣が浮かぶ。すると、カチャリ、と鍵が閉まる音が研究室に響いた。
「これでよし。どうしたんだ?」
「ちゃんと顔くらいは見せないと…と思ったんだ」
「…なんだ、思ったより可愛い顔してんだな」
「うるさい」
フードを外し、自身の素顔をルデアに見せたシノン。ルデアは最初こそ軽く目を見開き驚いた様子を見せていたものの、すぐにいつもの表情に戻り、至って普通の感想を述べた。しかし、シノンはルデアのその反応を受け、少しだけホッとした様子を見せた。
「こんなんじゃ、確かに普通に街を歩くことすらできねえな。それにしても、ここまで濃い青色の瞳は初めて見た。あんたほどの魔力を持ってると、本当にここまで青いんだな」
「俺も自分より青い目の人間を見たことがない」
「そりゃそうだろ。戦争の国であるラトス帝国でもここまでのは滅多といないと聞くし、魔法の国リンク王国やジガム王国でさえ、俺より濃くてあんたより薄いくらいの青い瞳の人間が二人か三人いるかどうかだ」
本来、魔力との親和性が高くはない人間がここまでの魔力を持つことはほとんどない。魔力と密接な関係にある妖精族やエルフ族の中には、濃い青色の瞳を持つ者も現れることがあるらしいが、やはり珍しいことには変わりはないらしい。
ルデアの家系であるジャミーラ公爵家とて、昔エルフ族が嫁入りしてきたことでその後の子孫が持つ魔力との親和性が高くなったわけであって、人族の血だけではここまで高い魔力を持つ人間は現れない。
とはいえ、シノンの見た目はどう見ても人族ではない。むしろ、魔力を多く持たない獣人族に近い。
「不思議なもんだな。レイヴァってだけで、獣人族でも魔力を有するもんなのか、それともあんたは獣人族ではなく才を持つ子なのか…」
「それは養父も疑ってた。だけど、俺の肉体が成長する速度は通常の獣人族と変わりないと言われた」
「なるほどな。とはいえ、才を持つ子は個人によって成長速度に差が出るといわれてる。可能性は捨てきれない」
「まあ、確かに」
そういえばこの全王王国リリーズの統治者は才を持つ子だったな、と思い出すシノン。ルデアは幼い頃から身近にその存在を感じて来たからこそ、多少は才を持つ子について知っているのかもしれないと、シノンは感じていた。
「あんたの親父さんってのは、才を持つ子を知ってんのか?」
「知識も経験も豊富な人だったから、もしかしたら会ったことがあるのかも」
「…幼少期の記憶がないってんなら、親父さんに聞けばいいじゃねーか」
「血の繋がりはないんだ、記憶が飛んだ俺を拾って育ててくれた人だから」
「ま、そうだよな…」
だいたい察していた、といった様子のルデア。顎に手を当てて考え込んだルデアは、思い出したように顔を上げると、人差し指を立て、何かぶつぶつと小さく呟きながら本棚の方へと歩いて行った。
「あ、あったわ」
「何が?」
ごちゃごちゃとした本棚を漁り、ようやく見つけて来た一冊の本を手に、ルデアはシノンの隣へと戻って来た。
「なあシノン。あんたは「シエロとステラの冒険譚」って本は読んだことあるか?」
「あるよ」
「なら話は早い。この物語に登場するシエロとステラって双子…特に弟のステラの容姿に関する言及が、この本にあった気がしたんだ。…大変珍しい戦闘民族の証である白銀の髪と、狼の耳と尾を持つ美少年であったと」
「…!」
シノンは目を見開いた。白銀の髪はレイヴァの持つ大きな特徴であり、狼の耳と尻尾はシノンとも大きな共通点がある。
「こいつは歴史に名を残した「魔法使い」の記録だから、剣士だったシエロに関する言及はない。だが、ステラと双子の兄弟であったシエロも、彼と似た容姿だった可能性は十分にある」
「……」
シノンは何かを考え込むように黙り込み、何も言わなかった。
シエロとステラの冒険譚は、行方不明になった両親を探す旅の記録である。あの本の内容には、双子の容姿に関する言及はなかった。理由は定かではないが、もし彼らがレイヴァであり、シノンと同じように狼の耳と尾を持っていたのなら、それを明かすことで自分たちに寄ってくるかもしれない危険因子を避けるためだったのかもしれない。
シエロとステラの名は母親が付けたとされているため、自分たちの年齢と名前、双子であることを語るだけで、本物の両親であれば気がつくから。
「…まあ、あまり参考にはならないかも知れないがな。ステラが扱っていたのは魔法だし、もう遥か昔の人間だ。生きている可能性も低い」
「…うん、そうだな」
とはいうものの、気になる内容であることに変わりはない。シノンはルデアに礼を告げ、その後は再び共同研究の話へと路線を戻すのであった。




