068. 飛竜、襲来
「ん…あれ…?」
青い月光が窓から差し込む宿の部屋内で目を覚ましたユウキ。両隣のベッドでは、ルミナとアリュスフィアが静かに寝息を立てながら眠っていた。変に目が冴えてしまったユウキはそっと起き上がり、窓の外を見つめる。
「…?」
妙な胸騒ぎがする。何か行動を起こさなくてはならないかのような、しかし今すぐ自分にできることなどないことはわかりきっている。
そういえば、夢の中で何者かの咆哮を聞いたような気がする。それは人間のものではなく、獣とも違う。もっと大きく、強い、何か…。
「…なんだろう」
胸騒ぎがだんだんと不安へ変わってゆく。漠然とした不安に対処する方法などユウキには存在せず、ただ月が沈んでいくのを見つめ、気が付いたら再び眠りに就いていた。
*
「公爵様、エレニアでございます。招集に応じ、参上いたしました」
「ご苦労」
豪奢なローブを身に纏った、濃い青の髪を持つ男性は、エレニアを振り返り頷く。ルデアと同程度の魔力量を持つ証である空色の瞳の輝きは鋭く、睨みつけられれば一般人は委縮してしまうであろう。
圧倒的な存在感と威圧感を放つその男は、エレニアに「公爵様」と呼ばれていたこと、ルデアの面影を持つ髪と瞳、顔立ちから、シノンは彼こそがジャミーラ公爵家当主であり、ルデアの父親なのではないかと予想…否、ほぼ確信していた。
「ジャルミス宮廷魔法使い、彼は?」
「Aランク冒険者、シノンです。本日は偶然、彼に公務の助っ人を依頼しておりました」
「Aランク冒険者か。なるほど、竜の出現にAランク冒険者ほどの助太刀があれば、さぞ心強かろう」
「…?」
シノンは、ジャミーラ公爵の言動に若干の違和感を覚える。だが、今はそのような細かいことを気にしている場合ではないらしい。
「ちーっす、招集に応じ参上いたしましたー」
「おい! 筆頭宮廷魔法使い様に対し失礼であろう!」
「もう、せっかくサボ…コホン、休暇を過ごしていたというのに、竜のせいで台無しじゃない」
「静粛に」
次々と集まってくる宮廷魔法使いと思われる人物たち。崩れた言葉遣いと服装の若い男や、生真面目そうなメガネをかけた男、眠たそうな目をしている妖艶な女性…個性のある面子だが、非常に優秀な魔力を持つ者たちばかりだった。
竜が襲来しているという火急の事態であるにもかかわらず気の緩むような空間だったが、ジャミーラ公爵の一言で、場は一瞬で静まり返る。
八名ほどの魔法使いたちが集い、各自あてがわれた席に着いた。用意されている席うちのいくつかは、空きがあるらしい。
「今は一刻を争う事態だ。白鷺騎士団と連携し、即刻竜を打ち落とせ…と、陛下からのお達しだ。ただし、竜は決して城下町に落としてはならぬ。必ず、宮廷内の人がいない場所へ、決して一般人から犠牲者を出すなとの厳命だ」
「ハッ、飛竜ごとき俺らの敵じゃねえ。さっさと行こうぜ!」
「はあ…序列持ちの僕たちが出るほどじゃないと思うんだけど…」
「何を言うの、飛竜が王都に、それも陛下のいらっしゃる宮殿に現れたのよ? 私たちが確実に仕留めなければ、被害が増えるばかりだわ」
ここは人口が集中する全王王国リリーズの中心、王都ラヴェンナである。貴族に一般人、商人、観光客、旅人…様々な人間がこの場所に集中している。
もし、この場所で飛竜による被害を出してしまえば、間違いなく多くの死傷者が出ることだろう。
「その通りだ。皆、出撃だ! 己の全てを以って、この王都ラヴェンナを守り抜くと誓え!!」
『我々の生命と魂は、リリーズと共に在り!』
一斉に立ち上がり、合言葉を発する宮廷魔法使いたち。俊敏な動きで集会所を出て行き、エレニアに声をかけられたシノンも彼女と共に出て行った。飛竜は既に宮殿内で暴れているようで、時々地鳴りや飛竜の咆哮と思われる音や声が聞こえて来ていた。
騎士団との交戦をする飛竜。上空を飛んでいた頃はその大きさを測ることは難しかったが、現場に辿り着いたシノンはその真っ赤な体表を持つ竜の姿を見て驚きの表情を見せる。騎士団が足止めをしていた「それ」は、通常の飛竜よりも体が大きく、鮮やかな赤色をしている。
「…っ! あれは…」
「全員、攻撃魔法準備!」
待機していた宮廷魔法使いの部下たちを引き連れて現場へ駆けつけたエレニア達。他の宮廷魔法使いたちも、部下と共に、己の得意とする魔法を用いて飛竜へと攻撃を仕掛けて行った。
多くの魔法使いによる攻撃魔法が一斉に放たれ、空中を漂う竜へとたどり着く瞬間、シノンや魔法使いたちは、強大な魔力が竜から溢れ出てくるのを感じた。腹の辺りから暖色の光を放ち、それは飛竜の喉へ、喉から口元へたどり着き…激しい炎が吐き出された。
「なっ!?」
「うわあ!!」
水系統の魔法さえ、そのあまりに高温な炎に包まれ蒸発してしまい、雷系統の魔法と接触し激しい光と熱を帯びた爆発を引き起こした。
「くっ…―――!!」
エレニアは宮廷魔法使いたちが控える背後を守るため、刻印魔法による巨大な防御魔法を展開した。その爆発を受けたシールドは光の粒となって消えたものの、魔法使いたちが怪我を負うことはなかった。しかし、大半の魔法使いたちは激しい光を直視してしまっており、目が眩んで視界が塞がれてしまっている。
「な、なんで飛竜が火のブレスを…?」
エレニアは困惑の声を上げる。だが、戦闘中の飛竜は、考える暇を与えてなどくれない。防御態勢が間に合わなかった騎士団たちの中には、爆発に巻き込まれて重傷者が出ているようだった。
「…! 治癒魔法使い! 騎士団の怪我人の手当てを…!!」
エレニアが魔法使いたちに指示を出すも、彼らも目が眩んでまともに動けない。
「まったく、仕方ないわね」
「ハハッ! 面白いことになってきたじゃねーか」
箒のような形をした杖に座り宙を漂う魔法使いの女性は、ため息を吐きながらそう呟いた。自身の身長よりも大きな杖を携えた若い宮廷魔法使いは、笑みを浮かべながら大きな声で言う。
二人が詠唱し、この場の者全員に軽い治癒魔法をかけると、魔法使いたちの目の眩みはたちまちに治った。さすが、世界一の魔法使い集団といったところだろう。本来一人か二人にしか施せない治癒魔法を、一度に百人ほど治療して見せたのだから。
エレニアの指示を受けた治癒魔法使いたちは騎士団の方へ駆け寄る。そのような人間の動きを竜が見逃すはずもなく、再び口から炎を吐き出そうとしていた。
「くッ…! させな…えっ」
「グルルル…」
竜は、火のブレスを吐き出す手前でそれを辞めたらしい。何故なら、重傷者のいる騎士団や、それを治療しに駆け寄ってきた魔法使いたちとの間に、一人静かに佇む人間がいたからだ。
「シノン…!?」
「ん? あの者は…?」
エレニアが驚いている横で、眼鏡をかけた宮廷魔法使いが小さく呟く。見慣れない人物がいつの間にか宮廷に潜り込んでいたのかと、シノンを注意深く見つめていた。しかし、エレニアが知っている人物のようなので、不法侵入者ではないとその疑心を捨てたのだった。
「…? 竜が、攻撃してこない…?」
「ッ…! 今だ、早く治療するぞ…!!」
「おう…!」
治癒魔法使いたちは詠唱しながら、怪我人に対し治癒魔法をかけて行く。それを尻目に、シノンは竜の目をじっと見つめていた。微動だにせず、拮抗した状態が続いた。
「皆、隊列を組み直せ」
「…! 筆頭宮廷魔法使い様…?」
「あの竜は、ただの飛竜ではない。王国の騎士団でも、現在この場に残っている騎士たちでは太刀打ちできないだろう。それこそ、遠征軍ほどの実力者がいなければな」
「…どういうことです?」
背後から静かに現れ、低い声で指示をしたのは、筆頭宮廷魔法使いであるジャミーラ公爵。いつになく真剣で深刻な表情をしているジャミーラ公爵に対し、エレニアが冷静に尋ねる。
「通常の飛竜であれば、精々熱風程度のブレスしか吐き出すことはできない。だが、あの竜は「火」のブレスを放った。そして、飛竜よりも鮮やかな赤の体表…アレは飛竜ではない。上位種の赤竜だ」
「赤竜!?」
「そんな、上位種がどうして…!」
ジャミーラ公爵が静かに言い放ったかの竜の名を聞いた宮廷魔法使いたちは、驚愕の感情を隠せなかった。何故なら、上位竜が人里に降りてくることなど、数百年に一度あるかどうか…といったところだからだ。
竜の上位種を見たことのある人間の方が、実際は圧倒的に少ない。だからこそ、飛竜と赤竜の違いを見分けられる者はほとんどいなかったし、魔法が通用しなかったことで動揺する者も多くいたのだろう。
「あの者は…殺気を放っている。あの赤竜に向けて、赤竜のみがその殺気を感じ取れるよう範囲を限定している…恐ろしい制御能力だ。急げ! あの者が赤竜を足止めしている今のうちに、隊列を組み直せ!」
『御意!!』
ジャミーラ公爵の指示に従い、宮廷魔法使いたちは対上位種戦用の陣形へと素早く移行する。序列を持つ十二人の宮廷魔法使いもすべて筆頭宮廷魔法使いであるジャミーラ公爵の指揮下へ入り、より上位種の魔物に対する攻撃力を高めた陣形だ。
赤竜を囲い込み、ジャミーラ公爵の号令に合わせて中級攻撃魔法の詠唱を始める。赤竜は火属性の耐性が非常に高く、火属性しか扱えない魔法使いは、火属性を含ませた防御シールドの準備を行った。
「グルルルゥ……」
赤竜は低く唸り声をあげる。周囲にまとわりつく小さな生き物たちをどうにかしたいが、正面には自身と同等…いや、それ以上の力を持つ人間が立っている。まして、その人間が放ってくる殺気を随分長いこともろに受けている気さえしているのだ。
「撃ェッ!!」
ジャミーラ公爵の号令を受け、詠唱を完成させる最後の言葉を放つ宮廷魔法使いたち。あらゆる属性を持つ中級魔法が、一度に赤竜へ炸裂した。




