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水の聖者  作者: 森川 悠梨
第四章 全王王国リリーズ
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065. 奪還

 ギルドに許可を取り訓練場に集合する当事者たちと、二人のやり取りを見ていた野次馬たち。野次馬は決闘者たちからしっかりと距離を取り、娯楽感覚でその決闘を見届けようとしていた。

 ルフスは街でも少々有名なBランク冒険者であり、対して相手は明らかに剣など握り慣れていない小柄な少年。まして、たった数日前にルミナという美しい女性を懸けた決闘がこの場で行われたばかりでありで、話題性も十分。

 ルフスの方が勝つだろうことを皆が確信しながら、自信満々だった少年が負けた後にどんな反応をするのかを皆が楽しみにしていた。


「それじゃあ、立会人はわたしが…」

「必要ない。既にギルド職員に依頼してある」

「なっ…」


 アルファの時同様ロゼッタが立会人を申し出たが、シノンは即座にそれを切り捨てた。ルミナがルフスによる不正を訴えていた話も聞いていたため、公正に立ち回ってくれる冒険者ギルド職員へすでに依頼していたのだ。


「コホン、立会人を務めます、一等戦闘試験監督のセウェルスです。これより、皓月千里代表シノンと、友愛の剣代表ルフスによる決闘を開始します」

「一等試験監督ですって…!? あいつ、本気であの堅物を連れてきたわけ…!?」


 冒険者ギルド総本部所属、元Aランク冒険者のセウェルス。厳格で峻厳な男としてギルドでも有名であり、揺るがぬ規律を持ち誰に対しても厳しい指導者だ。騎士団を目指していたなどと噂れる人物でもあり、冒険者を引退した現在でも目は衰えておらず、冒険者ギルドで度々行われる戦闘試験などの監督をしている。

 そんな人物が立会人として出て来たからには、両者共に一切の不正は許されない。しかし、あれほどの人物を呼べる冒険者は、そう多くない。


「ルールは一般的な一本勝負、武器の使用は真剣のみ、魔法及び盾、暗器、その他武器の使用の一切は禁止となります。どちらかが戦闘不能あるいは降参した場合、もしくは命を落とした場合にのみ勝敗が決まるものとします。伝統的で神聖な決闘において、不正及びルール違反はご法度です。それでは決闘…開始!」

『うおおおお!!!』

「先手は譲ろう。さあ、来るといい」

「じゃあ遠慮なく」


 シノンは、ルフスに遠慮などするつもりはなかった。ルフスが先手を譲らなくとも、容赦なく切り込むつもりでいた。

 シノンは小柄な体格に見合わない速度と力を見せつけ、ルフスはシノンの卓越した技術に圧倒され序盤から防戦一方になる。

 シノンはアルファが負わされていた傷の場所をすべて覚え、全く同じ場所に、全く同じ傷をルフスに負わせていった。


「くぅっ…!?」

「おお? あの少年、随分やるなあ」

「小さいからって弱いとは限らない。あの少年が実は、妖巨人(トロール)だったってことじゃないか?」


 観客の一人である冒険者たちが、少年の意外な実力に驚きの反応を見せる。しかし、この世界において見た目はそこまで重要ではない。確かに実力のある冒険者ほど外見が伴っている場合は多いが、小柄な体格が必ずしも実力を持たない人間とは限らないと知っている冒険者も一定数いる。

 そして妖巨人《トロール》とは、姿を自由自在に変えることのできる巨人型の魔物だ。妖巨人《トロール》に関する知識を持たない新人冒険者が、ゴブリンだと勘違いして不用意に近づき、急激に巨大化した妖巨人《トロール》に対処できず怪我を負ったり、命を落としたりすることはよくあることだ。

 小柄で力などなさそうに見えたシノンが、実は自分よりも二、三倍の体格を持つ妖巨人《トロール》であったことを、ルフスにも、周囲で観戦している冒険者にも見せつけた。


「あの人が、あなたの騎士《ナイト》なの?」


 決闘の行く末を見守っていたルミナに対して話しかけてきたのは、ルームメイトであり、友愛の剣で唯一良くしてくれたロザリンドだった。


「えっ、な、騎士《ナイト》…?」

「随分とリラックスした顔で見ていたから。ルフス様はあの、アルファって人に、あなたが惚れていると思っていたのよ。けれど、どうやら違ったみたいね」

「惚れ…!? ち、違うよ、シノンもアルファも、大切な友人でパーティの仲間だよ」


 ルミナは頬を赤らめながら、あたふたと落ち着かない様子で身振り手振りをした。それを見ていたロザリンドは、思わず吹き出してしまう。


「ぷっ…それがあなたの「素」なのね。…少し、おかしいと思っていたのよ。ルフス様の魅力に落ちない女が、この世にいるのかって。だけど考えてみれば、既に好きな人がいる女にとって、ルフス様が魅力的な男性に映るはずはないもの」

「え…」


 ルミナは思わず、小さく声を上げる。シノンと戦っているルフスを見るロザリンドの目は、彼を慕っているというよりも…もう熱い感情はないといった、諦めのような視線だったからだ。


「…ロザリーは、あの人のことが好きじゃないの?」

「あはは、お姉ちゃんを見てみなさいよ。あの醜い顔、自分までああなってたと考えたら、冷めちゃった」


 ルミナは、親指の爪を噛みながら歯ぎしりをしているロゼッタの表情をちらりと見る。その形相は憎悪に満ちていて、悔しさも疎ましさも隠す気がないようだ。その顔はあまりに醜く、一瞬だけ見たルミナでさえ全身に悪寒が走ったほどだ。


「…顔が綺麗な人って、怒ると怖いよね」

「貴方が言うの? 間違いなく、友愛の剣の中でダントツトップだったわよ。ま、もう抜けるんでしょう? 改めて、お姉ちゃんとうちのパーティリーダーが、迷惑をかけたわ」


 ロザリンドは頭こそ下げはしなかったものの、気持ちのこもった謝罪がルミナに放たれた。それは、本来ロザリンドが謝る必要のないこと。それでも二人に代わって謝罪を述べてくれたことを、ルミナは嬉しく思った。


「フン、本来なら頭を下げるべきところなのでしょうけれど、わたしはルミナに良くしてあげたんだし、あの二人のためだけに頭を下げるなんてごめんだわ。代わりに謝罪してあげたんだから、感謝しなさい」

「あはは、ありがとう」


 いつもの調子に戻ったロザリンドの言葉に思わず笑みを浮かべてしまうルミナ。ロザリンドは若干の寂しさを滲ませながらも、何でもないことのようにルミナを送り出す言葉を贈った。


「元気でね。もう、出会うこともないでしょう。その方がお互いのためだわ。ほら、あなたの騎士《ナイト》が勝つわ」

「あ…」


 ルミナは立ち去って行くロザリンドに礼を告げようとしたが、シノン達の方を指さされ、思わずそちらに視線をやってしまう。気が付いたころには、ロザリンドの姿は観客の中に消えてしまっていた。

 最後にルフスが持つ剣を弾き飛ばし、シノンがルフスの首筋に剣を当てた状態で決闘は終わる。

 立会人となったセウェルスの合図が響き、野次馬に集まっていた冒険者たちの歓声が響いた。誰も予想だにしなかった勝者に、全員が沸いた。

 ルミナはアルファたちと無事合流し、ルミナに怪我等がないことを全員が心の底から安堵していた。そして勝者となったシノンに駆け寄り、思わず涙を流しながら抱き締めた。


「シノン…!! ありがとう、本当にありがとう…」

「遅くなってごめん。ただいま、おかえり」

「おかえり、ただいま! ううん、いいの。本当は自分でどうにかしようと思ったんだけど、また…シノンに助けられちゃったね」


 アルファ、アリュスフィア、ユウキの三人も、シノンとルミナに駆け寄る。皆が安堵の表情を浮かべており、全員がシノンへ感謝の意を伝えていた。


「アルファもフィアもユウキも、皆迷惑かけちゃってごめんなさい」

「いいのよルミナ、あんたは何も悪くないし、あんたが戻って来れて…本当に良かったわ」

「そうですね。お疲れの様子ですし、戻ってゆっくり休みましょう」

「…うん、ありがとう」


 そうして全員がシノンとルミナを労っていると、歓声に包まれる訓練場に、一人の男の声が響く。


「ふ、不正だッ!!」


 ルフスだった。怪我を負いながらも立ち上がり、あまつさえ大声を上げられるほどの体力が残っているのは、腐ってもBランク冒険者であるということなのだろう。


「不正を使ったに違いない、この試合は無効だ!! Bランク冒険者であるこの俺が負けるはずはないッ!! それにだ、ルミナはこの俺に惚れているはずだ、彼女が俺を好きでいる限り、この試合の結果は認められない!!」

「いいえ。不正は一切見られませんでした。強いて言うならば、あなたの方こそ、剣に魔力を通したように、わたしには見えました。シノン殿がそれに気が付いて事前に防いでいため、合図は出しませんでしたが」


 ルフスは往生際悪く、そんなことを騒いでいた。立会人であるセウェルスが首を横に振り、この決闘に一切の不正はなかったと、観戦者の前で堂々と断言していた。

 セウェルスに対する冒険者たちの信頼は非常に厚く、またそんな立会人セウェルスの言葉を聞いた冒険者たちのルフスに対する視線は冷ややかなものへと変わっていく。


「…な、なんだお前たち、俺はBランク冒険者、友愛の剣のリーダールフスだぞ…! 貴族の後ろ盾もある俺に逆らったら、どんな目に遭うか…!!」


 ルフスは全身血塗れになりながらも、まだ口がよく回っていた。しかし、ルミナがそんなルフスに無言で歩み寄る。


「ルミナ…?」


 アリュスフィアが小さく声を上げるが、シノンが心配いらないといった風に視線を向ける。

 ルフスは、君も俺から離れたくはないだろうと聞くと、ルミナは満面の笑みを浮かべる。ルフスは一瞬にやりと口角を上げるが、ルミナは一言、冷たく言い放った。


「貴方のパーティは最悪でした。宿代も返して頂かなくて結構です。さようなら」


 ルミナは振り向き、そこからルフスを振り返ることなど一切なく、集まってくる野次馬を無視して仲間たちと共にその場を去って行った。

 ギルド受付にて正式にルミナを皓月千里の籍に戻して、宿も元の場所に移した。

 目立つことを極端に嫌うシノンに、多くの人間に注目されるようなことをさせてしまったことに罪悪感を覚えるルミナだったが、同時にシノンに対して、感謝もしていた。


 *


「…一つ、勘違いなさっているようなので訂正いたします。あなたの決闘相手だったシノン殿は、三か月ほど前にAランク冒険者として昇格した、非常に優秀な冒険者です。レラン王国、冒険者ギルド・ソルマーニの所属冒険者です。これに懲りて今後は、このようなトラブルは控えて頂きたい」

「え…Aランク冒険者だって!?」

「あの坊主、そんなにすごい冒険者だったのか!」

「チッ、もっと媚売っときゃよかったぜ…!」

「お前が媚売ったところでなんにもならねえだろうが」

「う、うるせえ!」


 ルフスは茫然とすることしかできなかった。

 それも当然だろう。ルフスはこれまで、自分のスペックに自信を持っていた。容姿端麗、将来有望の若手冒険者であり、今ではBランクパーティを率いるリーダー。それが、あんな成人して間もないような少年に惨敗し、尚且つ自分よりも歳下のその相手は、自身よりも上のAランク冒険者。

 年中雪に覆われるほど標高の高い山よりも高いプライドは、ポッキリとへし折られてしまった。


「Aランク冒険者…若い、歳下の、男…」


 多くの観客が解散していく中、目を見開きながら小さく一人で呟く、赤髪の女。友愛の剣のメンバーである多くの女たちがルフスに駆け寄る中、その女はただその場に立ち尽くしていた。

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