064. 慣れない環境
アルファが決闘に敗北し、ルミナはパーティ所属を正式に移すことになった。
アルファは一度決めたことは、死んでも成し遂げようとする性格である。あれ以上決闘を続けていたなら、間違いなく本当に死んでいたであろうことは、ルミナには容易に予想できた。
「ルミナは、魔法は使えるのかい?」
「…はい、前衛サポートくらいは教わりました」
「そう堅くなるな、君は解放されたんだ。もっと素を出してくれていいんだよ?」
「……」
ルミナはルフスのその言葉に、特に反応は示さなかった。
簡易決闘とはいえ、自分は決闘の勝敗によって正式に取り決められた「景品」であるため、ルミナの都合でパーティを抜けることはできない。だから、ルフスに対して冷たい態度を取ることで徹底的に嫌われようと努めているからだ。…とはいえ、ルミナの性格では、それを最後まで成し遂げられるかどうか、微妙なところだろうが。
友愛の剣は、前衛が非常に多いパーティだった。人数が多いため、普段はダンジョンに潜って魔物を狩り、稀少なダンジョン産素材があれば採集しギルドに売る、といったスタイルで活動していた。
ルミナは後衛として前衛のサポートをするよう配属され、回復魔法や防御魔法を展開していた。
「助かったよルミナ…! さすが俺の見込んだ女だな! ハハハ!」
陣形もなく連携も滅茶苦茶な戦闘で、傷を負ってしまったルフスの傷を治したルミナ。それに対して嬉しそうに声を上げたルフスは、再び魔物の方へ向かって行ってしまった。
シノンに教わっていた魔法の発動はパーティでも大いに役に立っており、ルフスによく褒められ、ルフス以外全員が女性である奇妙なパーティで、彼女は孤立していた。
ルフスにはセクハラまがいの発言をよくされ、他のパーティメンバーには無視され、連携も満足に取れない。宿も強制的に移され、宿代は個人持ちで、毎晩部屋に誘われるのを断る日々が続いていた。
「はあ…疲れた…」
宿の部屋に戻り、荷物を放り投げてベッドにうつ伏せになるルミナ。
アルファが決闘に負けてしまった以上、ルミナはどうにかしてパーティを追放されるように動けないか考えていた。しかしルミナの後衛としての常識は、ルフスにとって優秀な人材の動きであったらしく、あからさまにサボればバレてしまい、彼の機嫌を取る必要があった。
ルフスはルミナに対して積極的に声をかけ、ルミナの身体に振れる回数も増えて行った。それが理由なのか、他のパーティメンバーはルミナが声をかけても無視するか、睨みつけて嫌味を言うかの二択だった。
パーティ籍を移して五日になるが、ルミナはルフスとロゼッタ、そしてルームメイトの名前以外は未だ把握できていない。
ルミナが他の女性たちに干されている理由は、ルミナがルフスのお気に入りであること以外にもいくつかあった。まず、女性たちは自分たちから志願し、厳選されてようやくルフスのパーティに入ったことが挙げられる。
ルミナの場合は、ルフスが決闘で勝ち取った女であるという点が、他のメンバーと違っていたことで、嫉妬の対象になってしまったのである。
次点で、ルミナの優れた能力と容姿にあった。女性メンバーたちは自分の容姿に自信を持っていたが、ルミナという存在を敵としてみなすようになってしまったのだ。
ルフスは優れた容姿とスペック、将来性に加えてカリスマ性を持っており、女性を虜にすることは容易い。だからこそここまで女性のみのパーティを作り上げることができており、皆が競うようにその美しさと技術を磨いているのだ。
それでもルミナには、ルフスが魅力に感じられなかった。それを周囲の皆が察しているからこそ、余計にルミナが邪魔に思えてくる。
「…ルミナ、顔でも拭く?」
「…ん、ロザリンドさん、ありがとう…」
ルームメイトであるロザリンドが、ルミナに温水で湿ったタオルを渡す。
たった五日でここまで疲弊するのかといった具合の顔立ちであるルミナ。それもこれも、ルフスのパーティがあまりに滅茶苦茶で、行き当たりばったりなパーティであることが原因だ。
ルミナにとっての常識はここではあまり通じず、当たり前のことを発言しただけで優秀だなんだと騒がれる始末。冷たく接しようとしても、命が危なくなればつい助けてしまうのがルミナで、どうしても見捨てることなどできない。
ロザリンドに渡されたタオルで顔を拭うと、複雑そうな表情をしてルミナを見つめるロザリンドの顔が目に入ってくる。
「どうしたの、ロザリンドさん?」
「コホン…お姉ちゃんが、悪かったわ。あの人はルフス様に夢中なの。ルフス様の一番になりたいのに、あなたを恋敵と思って、敵視しているのだわ」
「ロゼッタさんのこと? いいよ、私は元々このパーティでやって行く気はないし…」
ロザリンドは、ロゼッタと同じ鮮やかな赤い髪に深緑の瞳を持つ少女だ。来年で成人すると言っていたから、ユウキやアリュスフィアと同年代くらいだ。
ロゼッタもかなり容姿の整った美女だったが、彼女に似たロザリンドもまた、かなりの美少女に見える。釣り目で一見きつそうな印象はあるが、その性格は姉とは全く異なっているようだ。
口調こそ気が強そうではあるものの、ルームメイトのルミナにかなり良くしてくれ、ルミナに対する姉の冷たい態度に関しても、いつも代わりに謝罪していた。
「…ルミナは、ルフス様に勧誘されたのだったかしら?」
「うん。断ったんだけどね。でも、仲間が命を落とすかも知れなかったから、仕方なく…」
ルミナは、あの時大怪我をしていたアルファのことを思い出す。ユウキがいるからきっと無事だろうが、大丈夫だろうかと、つい考えてしまう。自分がもっと強ければ、力があれば、皆に迷惑をかけず彼らを守ることができたのだろうか。
「…ルミナ、わたしのことは、ロザリーって呼んでちょうだい。あ、でも外ではやめてよね。お姉ちゃんは、わたしとあなたが気を許す関係は絶対に好まないだろうから…勘違いしないでよね、ルームメイトなのに「さん」付けで呼ばれるのが、わたしは気にくわないだけよ」
「ふふ…わかった、ロザリー」
「な、何笑ってるのよ…!」
なんだか久しぶりに笑った気がしたルミナ。深呼吸をすると、ロザリンドが持ってきてくれたタオルを片付ける。
「なんだか妹を思い出したの。あなたにそっくりな、とても可愛い妹のことを」
「…そう」
ふい、と顔を逸らすロザリンド。可愛いと言われて嬉しくないはずもなく、その表情は少しだけ照れているようだった。
ルミナはそんな彼女の様子を見つつ、湯浴みをするため浴室へと足を踏み入れた。
*
そんな慣れない環境に対し、早々にうんざりしていた頃。いつものようにギルドで依頼を探していたルフスのパーティだったが、そこに嵐が舞い込んだ。
剣の鞘を相手の足元に投げつける、リリーズ王国における伝統的な決闘の申し込み。その精巧な彫刻の施された鞘を見たルミナの顔には、驚きと喜びの色が浮かんでいた。
鞘が飛んできた方角に見えたのは、見慣れたローブを着ているフードを被った少年——シノンが立っていた。
「ん? これは…?」
ルフスはいきなり自分の足元に鞘が飛んできたことに驚いていたが、彼も冒険者。古い決闘の作法に関する知識はあったため、これが正式な決闘の申し出であることを察する。
数日前に圧勝した相手であるアルファが自分にリベンジを求めてやって来たのかと思ったが、目の前にいるのは魔法使いのようなローブを羽織った、小柄な人間。男なのかも女なのかもわからない体格だったが、聞こえてきたのは、声変わりしている少年の声だった。
「俺が決闘に勝ったら、ルミナを返してもらう」
「はあ?」
ルフスはシノンを頭の先から足先まで眺めた後、鼻で笑ってその決闘の申し出を断る。剣を握ってはいるが、どうせ駆け出しの冒険者で、剣など握り慣れていない魔法使いにしか見えなかったからだ。
ルフスは前衛職だが少年は後衛職では不平等で、それは男として、彼の信念としても許せるものではなく、彼は少年を気遣うつもりで断った。
「決闘を受けないこと、是即ち負けを認めるものであり、よって彼女は既に俺のパーティに所属するものとする…そう言っていたのは、誰だ?」
「なっ…!」
衆目の前で恥をかかされたと感じたルフスは、少年からの煽りを受け即答で決闘を受けることを宣言した。せっかく気遣ってやったが、こうまで言われては手加減するのは男ではないと、手加減は一切しないことも宣言した。




