063. 決闘の儀式
! 注意喚起 !
少々荒々しく、苦痛を伴う可能性のある描写・記述があります。
苦手な方はご注意ください。
エレニアに休暇を提案されたシノンは、元々そこまで多くない荷物を軽くまとめて街へ出る。通行証は次回学園に戻ってくる際に必要なので、それも失くさぬよう荷物に入れた。
アドベンチャータウン地区にある宿への道は頭に入っていたため特に迷うこともなく、無事に宿に着いたシノン。しかし、ルデアに教わり常時魔力を感知することができるようになったシノンは、宿の中に感じる魔力に違和感を覚える。
とはいえ、魔力感知の技を覚えてから間もないシノンは、どれが誰の魔力であるか判別することはできない。少しの違和感を抱えながらも宿に入り、アルファの名で部屋を取っていることを女将に伝え、通してもらう。
部屋の中には感知できる魔力があったのでそれを確認すると、シノンは扉を叩く。静まり返っていた部屋の中では複数の足音が聞こえ、部屋の扉が開かれた先にいたのは、何やら慌てた表情をしていたアリュスフィアだった。
「あ…え、シノン? 帰ってきたの…?」
「うん。事情があって、一日だけ休暇を。明日には戻るけど…何かあったのか?」
「え、えっと、その…とにかく入って、ここじゃなんでしょ」
シノンはなんとなく嫌な予感がしていた。宿に入る前の妙な違和感の正体がわからず不気味だが、アリュスフィアの様子から、何もなかったなどということはないだろう。
シノンが部屋に入って真っ先に視界に飛び込んできたのは、全身を包帯だの絆創膏だので覆われたアルファの姿と、傷の治療を行っているユウキだった。三人の表情は非常に重く、彼らの気まずくてどうしようもないといった感情がシノンには伝わって来た。
「…ただいま」
「お、おかえり、シノン…休暇なんだってな」
「うん。どうした、依頼中にドジでもしたの?」
「……」
心配そうに声をかけるシノンに、アルファは愛想笑いも返すことができない。唇をぎゅっと結び、シノンになんと言ったら良いか、言葉が出て来なかった。それは、ユウキやアリュスフィアも同じだ。
「……」
三人のそんな様子に戸惑うシノン。そういえば、ルミナの姿だけない。買い物か、何かしら用事があって外出しているのだろうか? とも考えた。しかし、そんな考えはすぐに捨てた。
重苦しく気まずい空気、ベテラン冒険者のアルファが大怪我をしている、そして唯一姿の見えないルミナ…シノンの中で、嫌な予感が急激に膨らんでいく。
「…まさか、ルミナは依頼中に…命を…?」
「えっ待て、違う違う!!」
シノンが口にしようとした言葉を遮って否定する。ユウキとアリュスフィアも、シノンにまさかそんな風に思わせてしまうとは考えておらず、慌てて訂正した。
「ルミナさんは死んだりなんてしてません!!」
「ちょっとトラブルはあったんだけど、たぶん怪我とかもしてないと思うわ!!」
「…??」
三人のあまりの必死さに放心するシノン。ショックで顔が歪んでいたが、今度は普段見ないような間の抜けた表情になっていた。
「コホン…えっと、その…俺から、経緯を話すよ…」
「お兄ちゃんは安静にしてて。あたしから話すから」
アリュスフィアはまだ傷が治りきっていない兄を制止し、四日ほど前に起こった出来事を話し始めた。
冒険者ギルドに通い始めたからというものの、ルミナの容姿に惹かれた者たちが彼女を勧誘し、皓月千里から引き抜こうとしていたこと、ルフスという男との決闘の件など、詳細に説明した。シノンは黙って、ただアリュスフィアの説明を聞いていた。
*
冒険者ギルドには、冒険者たちが自由に自主訓練や模擬戦などが行えるよう設置された訓練場が存在している。
冒険者ギルドの総本部であるリリーズ王国の王都にある訓練場は、非常に広く頑丈な塀が建設されており、ある程度の破壊能力を持つ冒険者でも簡単には壊すことのできない構造となっている。
Bランク冒険者ルフスとCランク冒険者アルファが、一人の女を懸けて決闘を行うという話を聞きつけた見物人がゾロゾロと集まった。立会人として名乗り出たのは、ルフスのパーティメンバーであり友愛の剣サブリーダーである赤髪の剣士の女だった。
「これより、友愛の剣代表・ルフス・クラウディウス・プルケル様と、皓月千里代表アルファによる決闘を開始する! 立会人はわたし、ロゼッタが務めるわ。お互い使用武器は実剣のみ、どちらかが降参および戦闘不能、あるいは命を落とすまでの勝負となる! それで、よろしいですね?」
「問題はないよ」
「はい」
ルールは至って単純で、わかりやすかった。魔法や盾等の使用の禁止、反則行為をした場合、即刻負けとなる。勝敗はどちらかが降参または戦闘不能、あるいは死亡によるものだ。リリーズ王国で行われる一本勝負ではよくあるルールであり、複雑なことを考えなくても良いため人気のルールでもある。
「それでは…簡易決闘、開始!」
「先手は譲ってやる。来い」
「そうか。それなら行かせてもらう」
膝を曲げ、ルフスに向かって飛び出していくアルファ。アルファが剣を振り上げると、両者の剣の打ち合いが始まる。
観客は大いに盛り上がりを見せ、訓練場は歓声に包まれた。その歓声に引き寄せられてやってくる冒険者や一般人も見られるようになり、人だかりは増えていった。
アルファとて未だCランクに収まってはいるものの、Cランク冒険者の中では上の下程度には食い込むほどの実力はある。故に、Bランク冒険者になったばかりのルフスともある程度打ち合うことができていた。
始め、両者の打ち合いは互角に見えた。しかし、段々とアルファの方が押され始めていることにルミナ達は気が付く。
「お兄ちゃん…!」
「アルファさん…」
ルミナはただ黙って祈っていた。どうかアルファが怪我をしないように、命だけは落とさないように。
「くっ…!」
「あ…!」
アルファの剣がルフスによって大きく弾かれ、誰かの声が訓練場に響く。手に握った剣こそ放さなかったものの、アルファの胸元には大きな隙ができてしまった。
ルフスはにやりと口元に笑みを浮かべると、振り上げた剣をそのまま振り下ろし、アルファが装備している金属製の胸当てごと上半身を切りつけた。
「お兄ちゃん!!」
「そんな…!」
「っ…!! ちょっと待って!!」
ルフスの扱っている剣を見ていたルミナは、違和感を覚えていた。アルファを切りつける直前、確かにルフスの剣が発光していた。あれは間違いなく魔力を使用した痕跡であり、アルファの胸当てが簡単に切られたことにも納得ができる。だが、あまりに一瞬の出来事で、その事実に気が付いた者はいないらしい。
「今のは反則では? 今確かに、剣に魔力が宿っていたわ!」
「いいえ? そんなものは見えませんでしたけれど。胸当てが切れたのだって、装備者が点検を怠っていたか、あるいはルフス様の剣の腕が立ちすぎて、容易く切れたのでしょう」
「っ…! 反則行為を見逃すの!?」
「あなた以外に指摘する人はいないようだけれど?」
「く…」
簡易決闘では、立会人を誰が務めようと関係ない。立会人として早い者勝ちで名乗り出た者がルールであり、その人物が是と言えば是、否と言えば否なのだ。ルミナの指摘が本当だったとしても、立会人であるロゼッタが見ていないと言えば、それは何もなかったことと同義なのだ。
「卑怯じゃない!!」
「心外だわ~。自分たちの代表が実力不足で負けそうだから、悪あがきでもしているのかしら?」
ロゼッタはニヤニヤといった笑みを浮かべたまま、そう言い放った。しかし、そんなやり取りをしている傍らアルファは、剣を支えにして立ち上がった。無言でルフスを睨みつけ、再び剣を振るう。
「う…ぐっ!」
「ほーら、そんなものかい?」
上半身を深く切り付けられたアルファの動きはすでに鈍く、まともに動くことなどできない。振り下ろした剣は軽々と躱されてしまい、剣の石突で背中を強く打たれてしまう。そして、抵抗する隙を与えることなく全身に切り傷を作り、地面に倒れ込んだアルファをヒールで踏みつけ、手の骨を砕いた。
「うああぁッ!!」
「お兄ちゃん!」
アルファの悲痛な叫びが訓練場に響く。ルミナもユウキも、両手で口を塞ぎ、青ざめた表情で見ていることしかできなかった。アリュスフィアも半分泣きそうになりながら、拳を握りしめ、ただ耐えることしかできない。
「フン、その程度か。まあ、所詮Cランク冒険者、Bランク冒険者である俺に勝てるはずもないだろう。早く降参しないと。命までは取られたくないだろう?」
「ぐ…まだ、負けてない…!!」
ルフスは踏みつけているアルファの手にさらに体重をかけながら、アルファに対して言い放つ。しかし、アルファの目から光は一切失われておらず、戦う意志だけはまだまだあるようだった。
「…はあ、しぶといな。命まで奪うつもりはなかったのだけど、このままでは決着がつかない…」
決闘が始まってから、すでに三十分は経過していた。その間、ルフスがアルファを一方的にいたぶるといった単調な試合となっており、観客はすでにこの試合に飽き始めていたのだ。
「コールが始まってしまう前に、終わらせようか」
ルフスは剣を振り上げる。それは、確実にアルファの首を狙っており、観客たちは再び熱狂の渦に包まれた。
ルミナ達はさらに青ざめた表情になった。気が付いた時には、ルミナは無意識に飛び出していた。ルフスの剣とアルファの間に立ちはだかり、両腕を広げて立っていた。
「もうやめてください…! 私があなたのパーティに籍を移せばいいんですよね? それで解決するのなら、アルファの命だけは奪わないで…!!」
「ルミナさん…!」
「あのバカ、危ないじゃない…!」
「…ッ、ルミ、ナ…っ」
そんなルミナの姿を見たアルファは、全身の力が抜けて動かなくなってしまった。気を失ってしまったのだろう。
「ふむ、立会人、どうする?」
「勝負ありですわ。アルファは戦闘不能、よって勝者は友愛の剣代表、ルフス様ですわ!」
「フン、本来なら本人の降参が出ない限りは、死亡による敗北しか道はなかったが…命拾いしたようだ。さてルミナ、俺たちと共に受付へ行こうか」
「ルミナ…!」
「ルミナさん、待って…」
ルフスに肩を寄せられながらその場を立ち去ってしまうルミナ。擦れ違いざまにアリュスフィアとユウキに対して、「ごめんね」と小さく謝っていた。
アリュスフィアとユウキの二人はその場に取り残されてしまったが、大怪我を負ってしまったアルファを急いで治療するため、傍に駆け付けるのであった。
*
「…以上が、四日前に起こった事の顛末なの。ごめんなさい、ルミナを…あたしたちは守れなかった」
「ごめん」
「ごめんなさい」
三人は、シノンに対して頭を下げた。シノンがルミナのことを大切にしていることは皆わかっていたし、シノンがいない間、彼の代わりにルミナを守れなかった罪悪感で満ちていた。特に、アルファの顔色がかなり悪いように見える。
「…本当に、すまない。ルミナを守ることができなかった俺は…リーダー失格だ…」
「ストップ」
これまで黙って話を聞いていたシノンが、唐突に口を開いた。アルファ含め、三人ともが肩を大きく震わせる。シノンの表情を見ることはできなかったが、いつもよりもかなり声が低く、鋭いものになっていたからだ。
「三人とも、謝る必要はないよ。ルミナを守ろうとしてくれて、守ってくれて、本当にありがとう。…あとは、俺に任せてほしい」
「シノン…?」
アルファがシノンに対して深く頭を下げて謝罪しようとしたのを止めたシノン。
シノンは普段、何を考えているのか全く分からない。こんな時でさえ、三人ともがシノンの表情と感情を正確には読み取れずにいるくらいだ。ただ一つだけ明らかなのは、シノンが怒っていることのみ。
顔はフードを被っているせいでよく見えないし、声は平坦で落ち着いていて、感情による抑揚もほとんどない。ただ淡々と用事を伝えるだけで、感情的な考えもあまり口にはしない人間だった。
そんなシノンの声は今、いつもより低く、強めの口調である。
「四日かけても治らないほど、大怪我だったんだな。残りの傷は俺が治す。それと…これから冒険者ギルドに行く」
「え? い、今からか?」
「うん」
シノンは、アルファに回復魔術をかけながらそう語る。シノンはアルファに対して小さく笑みを浮かべた。
彼の笑みは非常に優しく、美しかった。しかしすぐにいつもの表情に戻ると、シノンは立ち上がり、いつものようにフードを被る。その頃には、全身に残っていたアルファの傷はきれいさっぱりなくなっていた。




