061. 暴走
「やあ、ルミナさん、こんにちは」
「…えっと、こんにちは」
二日後の午前中、一日に六回、三時間ごとに鳴る鐘のうち二回目の鐘が鳴った後の時間帯。冒険者ギルドを訪れたルミナ達に対して、一番に話しかけたのはルフスだった。彼の周囲には、複数の美女が並んでいる。
「今夜、仕事が終わってからでいいので、共に夕食を食べないか?」
「結構です。いつも宿で食事を摂っているので」
「おや、宿はどこだい?」
「教える義理はないと思うんですけど」
ルミナは、少しでも目立つことを避けるため、フードを被っていた。しかしルフスはアルファ達の顔も覚えており、彼らと共に行動しているルミナを見つけることは容易かった。ルフスはにこにこと優しい笑みを浮かべていて、しかしルミナ以外の人間は眼中にないようだった。
「はは、なかなか容易いものではないな。自己紹介をさせて欲しい、俺はBランクパーティ「友愛の剣」のパーティリーダー、ルフス・クラウディウス・プルケル。Bランク冒険者だ。君を俺のパーティに招待したい」
「は?」
あまりに唐突な勧誘に、ルミナは思考停止してしまう。初めは単純に自身と何かしら関係を持ちたいといった思惑があるのかと思っていたし、パーティの仲間がいる目の前で、こうも堂々と引き抜きの話をしてくるとは思っていなかったからだ。
「お断りします。今のパーティから籍を変えるつもりはありません」
ルミナは意思を曲げるつもりは毛頭なかった。毅然とした態度で、はっきりと断るのだった。
「どうしてもかい?」
「どうしてもです。もういいですか?」
「ちょっと待ってくれ、もう少し話を…」
「そこまでにしてほしい。本人がはっきりと断っている以上、無理強いは良くないんじゃないか?」
アルファが再び、ルミナとルフスの間に割って入った。その表情は昨日より険しい表情で牽制しており、これ以上自分たちの領域に踏み込むことは許さないといった気配を含んでいた。
「ちょっとあなた~? ルフス様が直々に勧誘してくださっているっていうのに、断るっていうの?」
「どんなに名誉なことかわからない子ブタちゃんね」
「まあ待て。ルミナ、そこの男に脅されて、首を縦に振れないんだろう?」
「…え?」
「俺は君を助けたい。必ず俺が守ってみせるから、正直な気持ちをここで吐き出してもいいんだよ?」
ルミナは、全身に悪寒が走り、全身の毛が逆立つのを感じた。許した覚えもない呼び捨てでいきなり名を呼ばれたこともそうだし、相手が何を言っているのか、心底理解ができなかった。
アルファやアリュスフィア、ユウキもルミナと同じ表情をしており、全員がドン引きしている様子だった。
「意味が分かりません。彼らは大切な友人で、パーティの仲間です。彼らを侮辱することは許しません」
「そんなつもりはなかったんだ、ごめんね。それならば、君は騙されているのかも知れないね」
「何を言っているんですか?」
肩を竦めながら語るルフス。ルミナが困惑している様子を隠せないまま言葉を返すと、ルフスは自信満々な様子で続ける。
「君は、皓月千里の主戦力なんだろう? 君たちのことを、少し調べさせてもらったのさ。皓月千里のパーティランクはBでありながら、アルファとかいう男はCランク、他の二人もDランクだそうじゃないか。ということは、パーティランクの平均値をとるのであれば、君の冒険者ランクは最低でもAランクのはずだ。君のランクがCランクであるというのは、あくまで噂でしかない。実力を隠して、パーティに搾取されているんじゃないのかい?」
「勝手に決めつけないでください。私は本当にCランクです。なんなら、冒険者カードを今すぐお見せしましょうか?」
困惑はまだ解けないが、ルミナは堂々とルフスの言葉を否定する。終始友人を侮辱する発言に良い気はしなかったし、間違った解釈は正さなければならないと感じていた。普段の明るく心優しいルミナからは想像ができないほど、今の彼女はルフスを睨みつけていた。
「ここまで徹底的に隠しているんだ、きっとその冒険者カードも偽装なのだろう」
ルフスはルミナのその申し出を静かに断ると、腰に帯剣していた剣を鞘ごと抜き取り、鞘から剣を抜いたかと思えば、その鞘をアルファの足下に投げつけた。
「…?」
「友愛の剣パーティリーダー、ルフス・クラウディウス・プルケルは、皓月千里パーティリーダー、アルファに決闘を申し込む!」
「え!?」
アルファは、鞘を投げつける文化の意味が一瞬わからず凍り付いていると、ルフスは人通りの多い冒険者ギルド前で、高らかに宣言し始めた。そして、アルファに対して決闘を申し込む意味が分からず、困惑の声を上げたのはルミナ。
「…丁重にお断りする。ルミナ本人がパーティ籍の異動を拒否している以上、この決闘には意味がない。それでもなお強行するというのなら、それはルミナを人ではなく物として扱っているとしか思えないが」
「はっ、お前たちがルミナを脅しているから、彼女が本音を言えないのは仕方のないことだろう」
「あんた、矛盾してないかしら? ルミナはあんたから見てAランク冒険者なんでしょ? あたし達が敵う相手じゃないのに、脅しなんて効くと思ってるの?」
周囲で様子を見ていた冒険者たちは、最初アルファ達に多少疑いの目を向けていた。だが、アリュスフィアのその言葉に反応し、確かにと頷き始める。
元々ルフスは面食い冒険者などと陰で呼ばれているくらいだ。その話を知っている者たちからすれば、ルミナは彼に目をつけられた、可哀想な女性冒険者なのだ。
「脅す方法なんて色々あるだろう。例えば、彼女の尊厳を破壊する何かを、そこの男が持っていないとも限らない」
「なっ…!」
「何てこと言うんですか!!」
普段はあまり声を発さないユウキでさえ、怒りで大声を上げた。散々ルミナとアルファの尊厳を踏みにじっているのはルフスだと、彼女は感じていたからだ。彼女が杖を持つ手は、小さく震えていた。
「怖いのか? この俺に負け恥をかき、ルミナという主戦力をパーティから引き抜かれることが」
「違う。さっきも言った通り、彼女は君の勧誘を断固として拒否している。ルミナを人として扱う以上、本人の意思により、この決闘には意味がないんだ」
「彼女が本音を言えない状態にさせられていないとは限らないだろう。どうしてもというのなら、力で証明してみろ」
「理解ができない。何故そこまでルミナに固執するんだ?」
「固執ではない。俺は貴様らのような悪魔の手から、ルミナというか弱い子ウサギを救おうとしているだけだ。理解ができないのは、貴様のおつむが足りないからだ」
ルフスはどうしても、ルミナを引き抜くという意志を変えないらしい。アルファは深呼吸をし、話にならないを首を横に振る。
「バカバカしい。皆、彼の相手をすることはない。今日はもう、帰ろうか」
「決闘を受けないこと是即ち負けを認めるものであり、よって彼女は既に俺のパーティに所属しているものとする。それでもいいのかい?」
「はあ?」
「何よその滅茶苦茶な理論!!」
「ルミナさんの意思を無視するなんて…!」
振り向いたアルファの言葉に頷こうとした面々だったが、ルフスが高らかにそのような言葉を発していた。あまりに滅茶苦茶で理不尽な要求に、全員が驚いていた。
「決闘とは、申し込まれた時点で受けるか、受けないのであれば辞退という名の敗北しかない男の勝負。それが剣闘士の国、リリーズ王国での習わしだ。異論があるのならば、力で論破するのみ。できないのならば、彼女をこちらに引き渡してもらう」
リリーズ王国は学者の国ではあるが、決闘と闘いの国でもある。それは王都の中心に堂々と建設されたコロッセオが示しており、市民同士の決闘さえも市民の間では人気の娯楽だ。決闘を申し込まれた相手が拒否する場合、無条件で負けを認めることとなる。
「…わかった。受けるよ」
「…!! アルファ…」
ルミナは思わず、アルファの顔を見上げる。アルファはCランク冒険者というベテラン並みのランクではあるが、相手はBランク冒険者。高ランク冒険者相手に本気で決闘などしたら、下手をすればどちらかが命を落とすことになるからだ。
「大丈夫、ルミナ。…必ず勝つから」
ルミナたちは心配の尽きない表情で見つめているしかできなかった。アルファはルフスをにらみつけ、身体ごと向き直る。
「この国には来たばかりで、決闘の習わしについては詳しくないんだ。俺はどうすればいい?」
「鞘を拾うと良い。そして、決闘を受けることを宣言するんだ」
アルファは頷くと、鞘を拾い上げ、周りの観衆に向けて宣言する。
「皓月千里パーティリーダー、アルファは、友愛の剣パーティリーダー、ルフスからの決闘を受けることを宣言する!」
アルファのその宣言を合図に、観衆は大いに盛り上がる歓声を上げるのだった。
「リリーズ王国における決闘の儀式」 知名度 ー
白手袋の代わりに、冒険者の間では剣の鞘を足下に投げつける文化がある。
決闘とは神聖な儀式であり、力を以って自身の主張と所有物を守り、奪い取るのが常識。




