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水の聖者  作者: 森川 悠梨
第四章 全王王国リリーズ
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060. 友愛の剣

 シノンが学園に滞在して一週間と少し時が経った頃、ルミナ達が迷子だったドロテアを両親と再会させた翌日のこと。ルミナ達は、冒険者の仕事を受注するため、冒険者ギルドを訪れていた。

 リリーズ王国王都に存在する冒険者ギルド総本部は、レラン王国の冒険者ギルドと負けないくらいの人混みで、慣れない者が不用心に迷い込めば間違いなく人の波に流されてしまうことだろう。


「ふう、今日も人が多いね」

「ルミナさん、大丈夫ですか? 外で待っていてもいいですよ」

「ううん、大丈夫、ありがとう。みんなと一緒にいるほうが落ち着くの」


 人混み…特に男性が苦手なルミナの体調を気遣い、ユウキが声をかける。しかしルミナは首を横に振り、仲間と一緒にいることを伝える。


「無理はするなよ。さて、今日はどんな依頼があるかな、と…」


 アルファがルミナにそう声をかけながら、依頼板へと視線を向ける。リリーズ王国に張り出されている依頼のほとんどは、護衛依頼や素材採集の依頼である。この国に多く暮らす学者が、野外実習や素材の採集を自身で行うために冒険者を護衛として雇うパターンや、錬金術や研究のための素材採集を冒険者に依頼するパターンが大半だ。

 王国は精鋭揃いの騎士団を多く抱えており、定期的に街の周辺の魔物を駆逐している影響で、冒険者に回ってくる魔物討伐の依頼はほとんどない。

 あるとすれば、ダンジョンや迷宮に潜む魔物の素材を求めるものくらいだ。しかしそれらとて高額報酬の依頼がほとんどで、リリーズ王国の冒険者はあまり金に困ることがないと言われている。とはいえ、油断禁物であることには、変わりないのだが。


「おい、今日もいるぜ、純白の剣士が」

「ほんとだ。やっぱ目の保養だよなあ…」

「……」


 背後で噂をする冒険者の声が聞こえたルミナは、眉間にしわを寄せながら黙っていた。アリュスフィアが不愉快さを隠すことなくその冒険者たちを睨みつけると、ビクッと肩を揺らして、彼らは目を逸らした。


「若くしてCランク冒険者になり、レイヴァという特異な存在だからこそ、今後の冒険者としての活躍の期待もあるって話だ」

「噂だと、あのAランクパーティ「グリズリー団」の勧誘も断ったって話だ」

「マジか!? 珍しいレイヴァなら、Aランクパーティでも重宝されるだろうに」


 ルミナは、このラヴェンナで初めて冒険者として活動し始めたその日から、冒険者の間で噂の人物になっていた。ただでさえ珍しいレイヴァ、豊富な魔力を持つ証である空色の瞳、将来有望な前衛…そして、誰もが目を惹く美しい容姿。

 そんなルミナをぜひ仲間にしたいと、いくつものパーティがルミナにアプローチをしていた。だが、ルミナは毅然とした態度で、全てに対し丁寧に断りを入れていた。


「どーも、あんたがルミナさんかい?」


 仲間たちと共に依頼板を眺めていたルミナに、一人の青年が声をかけて来た。振り向くとそこにいたのは、一本の剣を携え、高価な鎧に身を包んだ若い男。彼はかなり顔立ちが整っているように見え、ルミナに対しかなり人の好い笑みを浮かべながら立っていた。


「…はい、そうですけど」

「そうだよね、目立つもんね。その銀糸のような美しい髪に、まるでキラキラと輝くアクアマリンのような瞳、他にはない」

「はあ…そうですか」


 ルミナと視線を合わせながら話す青年。彼はサラサラとした金色の髪に鮮やかな赤に近いピンク色の瞳を持っており、その潤んだ瞳はまっすぐにルミナの方を見つめている。


「もしこの後お時間があれば、共にお茶でも…」

「結構です。この後パーティの仲間と仕事に行くので、またの機会に」

「…それは失礼。それでは明日、お昼ごろであればどうだろう?」

「ねえ、見てわからないの? ルミナもあたしたちも、忙しいんだけど」


 ルミナがはっきりと拒否する言葉を発したにも関わらず、鈍いのかわざとなのかすぐに立ち去らなかった青年に対し、アリュスフィアがすかさず言葉で牽制する。アルファも青年とルミナの間に割り込むように立ちふさがり、無言で睨みつけた。


「おっと、どうやら邪魔をしてしまったらしい。また声かけるよ、じゃあね」


 青年は両手を顔の高さにまで持ってきて、害意がないことをアピールしながら慌ててそう言う。そして、ひらひらと手を振りながら立ち去って行った。


「はあ。ルミナ、大丈夫?」

「大丈夫だよ、みんなありがとう」

「次また来たら、風の刃で脅しましょうか?」

「待ってユウキ、急に物騒よ。ここは屋内だし、やめなさい」

「ぷっ、あはは」


 ルミナの服をきゅうっと握っていたユウキが、真顔且つ真面目な声で物騒なことを言うので、アリュスフィアが思わず突っ込みを入れる。それを聞いていたルミナは思わず吹き出し、声を上げて笑うのだった。


「…とにかく、早く決めて行こう。これなんてどうだ? そこまで深いところまで潜らず、比較的安全に素材を採って日帰りで帰って来れる」

「いいわね。あたし、受付に行ってくるわ」


 依頼板に貼られていた依頼書を剥がし、アリュスフィアが代表して受付嬢に提出する。そして皓月千里は危なげもなく、順調に依頼仕事を達成していくのだった。


 *


「…クソ、あの男…俺の行く手を阻みやがって…」


 高価な鎧に身を包んだ一人の青年が、小さく呟きながら歩いていた。

 彼の名はルフス。一ヶ月ほど前に若くしてBランク冒険者になった剣士で、リリーズ王国で生まれ育った美青年である。ルフスは冒険者パーティ「友愛の剣(つるぎ)」のパーティリーダーであり、王都の冒険者の間で少々有名な面喰い男である。

 ルフスがパーティリーダーを務めるパーティ友愛では、ルフス以外のメンバーは全て、王都の冒険者の間でもよく話題に上がるほどの美少女揃いなのだ。ルフスは、新人もベテランも関係なく、顔立ちの整った女性冒険者がいれば片っ端から声をかけている男だ。

 今回、突如現れたBランクパーティ皓月千里という無名のパーティに所属するルミナという少女に目を付け声をかけた。しかし彼女は、誰もが魅了されるはずの自身の顔に一切の反応を示さず、尚且つパーティの仲間にまで警戒されてしまうといった結果になった。


「あの男も、俺ほどじゃないがそこらの人間よりは整った顔立ちだった。あの立ち振る舞いといい、あいつらは恋人なのか…?」


 ルフスは立ち止まり、考え込んだ。思えば、パーティメンバーはルミナがあれ以上言葉を発するのを嫌がっていたかのようにも見えた。ルミナは貴重なレイヴァであり、パーティの主戦力なのかもしれない。

 彼女を他人に取られてしまえば、皓月千里の戦力は一気に落ちてしまうから、それを嫌がっていたのでは? ルミナは自分の意思で、あのパーティにいるのか?

 そんな考えに思い至ったルフスは、その思考から抜け出せなくなった。


「ああ、可哀想なルミナ…もう一度、会って話を聞くべきだろう」


 空を見上げ、ルミナを憐れむルフス。しかし、同時に心に決めた。ルミナの力を搾取し食い荒らすクズどもから、必ず彼女を救い出して見せると。

 ルフスは高級宿や中流階級の住宅などが多く並ぶミドルハイツ地区へと踏み込む。ここは彼の拠点のある場所であり、パーティの仲間たちが待っている場所でもある。


「皆ただいま。実は、新しくパーティに招待したい子がいるんだ」

「ルフス様! もーう、帰ってきて早々、第一声がそれですかぁ~?」

「ねえ~、誰なのその子?」

「ソロ冒険者のフェリキア? 花の舞のグラティア? それとも、元騎士のユスタ?」


 高級宿の自室に戻るなりルフスを迎えたのは、十数人の美女たち。肌の露出が多く妖艶な雰囲気を纏う赤髪の剣士の女性や、清楚な僧侶の女性、身軽で中性的な顔立ちの弓術師の女性、そして気が弱そうで華奢な体格の魔法使いの女性…あらゆる役職の、様々なタイプの美しき女性たちが、ここに集まっていた。

 皆ルフスに夢中な姿勢を見せ、競うようにルフスの隣を陣取っていた。


「いや、そのどれとも違うんだ。最近、王都に現れたBランクパーティ、皓月千里とかいうパーティを知っているかい?」

「なにそれ? 知らないわよ、その辺の有象無象なんて」


 赤髪の剣士の女性は、柔らかいソファに腰かけたルフスの首に纏わりつくようにしながら、艶のある声を耳元で囁く。


「はは、そりゃあそうだろうね。何せ、皓月千里なんて無名のパーティなんか、誰も気にかけない」

「それで、そのパーティがどうかしたのですか?」


 魔法使いの女性が、控えめに問いかける。ユスタは笑みを崩さないまま、自身を急かす少女たちを宥め、答える。


「そのパーティには、ルミナという女の子がいるんだ。とても麗しい、レイヴァの女性でね。どうやら彼女は、皓月千里とかいう冒険者のパーティに搾取されているみたいなんだ。なんとかして、助けてやらないといけないと思ってね」

「まあまあ、ルフス様は相変わらず慈悲深いお方ですのね」

「はは、そうだろうそうだろう。俺は、困っている女性を放っておけないのさ。君たちも、仲良くしてやってくれよ?」

「もちろんですぅ~」


 たくさんの女性に囲まれながら楽しそうに話を続けるルフス。メイド服を着た給仕係の女性が持って来た酒をあおり、その日の太陽は地に沈んで行った。

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