059. 迷子の子ども
リリーズ王国の王都、ラヴェンナで迷子になってしまったドロテアを両親の元に無事送り届けるため、皓月千里は奔走していた。王都は広く、人と物で溢れかえっている。外国人の親子がはぐれてから、自力で再会するのは至難の業だろう。
リリーズ王国は治安が良いとはいえ、治安の悪い考えを持つ者が全くいないわけではない。子供、特に女児であれば、下手をすればそういった者たちに誘拐されてしまう可能性も、全くないとは言い切れないのである。
「ねえ、人を探しているのだけど」
アリュスフィアはまず、酒場を訪れた。酒場は古い情報から最新の情報までが行き交う場所。代価を支払えば情報を買うこともできるため、入り口付近で飲んでいた若者たちに声をかけていた。
「んー、北方諸国風の外国人夫婦かあ…」
「見てないな」
「そう。ありがとう」
他にも何人か尋ねてはみたものの、収穫はほとんどなかった。しかしアリュスフィアは一切落ち込んでいない。この広い王都で、たった二人の人間をすぐに探し出せる方が難しいと理解しているからだ。
アリュスフィアは酒場の営業の迷惑にならないよう短時間で聞き込みを済ませると、また別の酒場や市場などを走り回りながら、聞き込みを続けていた。
「こんにちは。聞きたいことがあるんだけど、少し時間を頂いても?」
「おや、どうかしましたか?」
コモンヴィレッジ地区を探し回っているアルファは、市場にいる人間に聞き込みを行っていた。闇雲に探し回るよりも、何か収穫があるかもしれない、付近の住民等に話を聞いて回る方がより効率的であることを理解しているからだ。
アルファは果物を売っている恰幅の良い女性に声をかける。女性はにこやかな笑みを浮かべたままアルファにそう返事していた。
「人を探しているんだ。北方諸国風の外国人夫婦で、迷子の女の子の両親なんだけど見ていないか?」
「うーん、外国人なんて珍しくないですからねぇ。だけど、今どき北方諸国の人間がこの国に来ているのは珍しいですね」
「え? それはどういうことなんだ?」
女性が呟いたその言葉に、アルファは首を傾げる。女性は手招きをし、アルファの耳元に大きくない声で言葉を発する。
「北方諸国は今荒れてるって話、聞いたことないですか? 特にダンジル王国は、女王が所在不明だとか…」
「なるほど…そんなことが…」
初めて聞いたその情報に、アルファは頷く。アリュスフィアなどはその辺りの情報に詳しいだろうし、詳細は戻ってからじっくり聞こうと決めるアルファ。女性もアルファから顔を離し、肩を竦めながら言葉を続けた。
「とにかく、それらしい人たちは、私は見てないですね。見かけていたら、きっと印象に残ってますから」
「わかった、ありがとう」
「迷子さん、無事ご両親と再会できるといいですね」
笑顔で見送ってくれた女性に手を振りながら、アルファはその場を離れた。そして何人かに聞き込みを行いつつ、ドロテアの両親を探すのだった。
「こんにちは、迷子の届け出なんですけど」
一方で、見知らぬ人に聞き込みをするのが苦手なユウキは、冒険者ギルドと警備隊の詰め所を回っていた。まずはドロテアとルミナと共に冒険者ギルドへ向かい、迷子を保護していることを報告した。
「それでは、あとは警備隊の詰め所にも行ってきますね」
「ユウキ、人が多いから、気を付けてね」
「ありがとうございます。ドロテアさん、ここで待っていてくださいね。ご両親に、必ず会えますから」
ルミナがドロテアへ、ユウキの言葉を翻訳して伝えると、ドロテアは控えめに笑みを浮かべながら頷いた。
ユウキが手を振りながら冒険者ギルドを去って行くのを見送ると、ルミナは座って待てる場所を探してドロテアと共に腰を下ろして待機する。アルファ達三人は街で聞き込みや迷子の届け出を行い、ドロテアに対し言葉が通じるルミナはドロテアの一時保護者として、付き添いで冒険者ギルドで待機することになった。
ルミナはドロテアの雑談相手になり、彼女が少しでも不安から解放されるよう、退屈を凌げるよう努めた。
『ドロテアちゃんは、どこから来たの?』
『ダンジル王国から来たの。パーパとマーマは、リリーズ王国に別邸があって、しばらくそこで過ごすことになって…』
『そうだったのね。リリーズ王国、綺麗な国だよね』
『うん! 人がいっぱいで、食べ物も宝石も、魔道具も、全部綺麗で、わたし、パーパとマーマから離れてはいけないって言われていたのに、他のものに夢中になってしまったの』
ドロテアは笑みを見せた。キラキラした目で話をしていたかと思えば、少し恥ずかしそうな様子で頬を掻きながらそう話す。
『ふふ、その気持ち、私もわかる。初めて見るものばかりで、すべてがキラキラして見えるの。でもね、それは悪いことじゃない。ドロテアちゃんも、たくさんのものを見て、学んで、大きくなってほしいな』
ルミナは優しく微笑みかけながらドロテアへそう告げた。ドロテアも嬉しそうにしながら頷き、優しい両親のことや故郷のこと、祖父母の話をたくさんしてくれた。ルミナは終始笑みを浮かべながら、ドロテアの語ってくれる話を聞いていた。
『そういえば、そのぬいぐるみは大切なものなの?』
『うん。バーにもらったの』
『そっか、可愛いね。それは…水龍のぬいぐるみ?』
『…! お姉ちゃん、知っているの?』
『うん』
ドロテアはさらに嬉しそうな笑みを浮かべる。ルミナの目をまっすぐに見ながら、純白の翼をもつ狼のような形をしたぬいぐるみを見せていた。
『音楽の神様の使いなんだって、ヂェドゥに教わったの。本物は、翼を六枚も持ってるの』
『うんうん、かっこいいよね。私も水龍は好きだよ』
『私も水龍様好き!』
ドロテアは、満面の笑みを浮かべながらぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。もふもふとした友達を心から大事にしているドロテアの姿を見て、ルミナも釣られて自然と笑みが浮かんでくる。
そうしてしばらく雑談しながら待っていると、日が暮れる時間帯になり、依頼に出ていた冒険者たちが少しずつ戻って来ていた。ルミナはドロテアとの雑談に付き合いながらも、ちらちらと周囲の様子を窺うような様子もあった。
『…ドロテアちゃん、お姉さん、少しお手洗いに行ってきてもいいかな? ギルドのお姉さんに声をかけて、傍にいてもらうようお願いしてくるから』
『わかった。行ってらっしゃい!』
ルミナは立ち上がると、急いで受付嬢に声をかけてからその場を離れた。
「…あれ、ルミナは…?」
「ルミナさんのご友人でしょうか? ルミナさんはたった今お手洗いに…」
日が暮れる時間帯になったので、アリュスフィアとユウキが一足先に戻ってきたようだ。ドロテアの傍に寄り添っていた受付嬢はそんなアリュスフィア達の疑問に答えるが、別の受付嬢によって案内されている若い貴族の男女が目に入る。
『ドラ…!! 無事でよかった!!』
『パーパ!』
座っていたベンチから飛び降り、父親と思われる貴族男性の胸元に飛び込むドロテア。母親と思われる女性も一緒になって娘と抱擁を交わし、涙を流して再会を喜んでいた。
「二人とも、戻ってたのか」
男女の背後から歩いてきてそう声をかけたのは、アルファだった。アリュスフィアとユウキもそんなアルファに手を振りながら迎え、ねぎらいの言葉を掛け合う。
「お兄ちゃんもお帰り。お兄ちゃんが二人を見つけたの?」
「まあ、そんなところ。迷子の娘さんがいる、北方の貴族風の男女を探してる若い男がいるって話が、コモンヴィレッジ地区で噂になったらしくて。それで、向こうから来てくれたんだ」
「なによそれ、お兄ちゃんどれだけの人に聞いて回ったのよ?」
おかしそうに笑いながらそう言うアリュスフィア。コモンヴィレッジ地区の人間関係は非常に近く、アルファが聞き込みで捜索をしているという話はあっという間に広がってしまったらしい。だが、そのおかげでこうして同日中に親子が再会できたため、彼らが取った行動は間違っていなかったと言える。
「ありがとう、君たちがいなかったら、こうして娘と再会できなかったかもしれない」
ドロテアの父親は非常に流暢な共通語で、はっきりと聞き取れる端正な言葉遣いでアルファ達に礼を述べた。母親もドロテアと手を繋ぎながら、丁寧に頭を下げていた。
「いえ、俺たちは冒険者として、やるべきことをしただけです」
「君たちには感謝してもしきれない。なにか礼をさせてほしい、何か望みはあるかな?」
「気にしないでください。無事に会えたことが何よりですから」
ドロテアの父親は、非常に嬉しそうな笑みを浮かべ、さらに続けた。
「ははは、君たちのように優秀で心優しい冒険者がいてくれると、安心してこの街に住めるよ。私の名前はドミトリー・イサーコヴィチ・トルストイ。北方諸国の一つ、ダンジル王国のトルストイ伯爵家の嫡男だ。しばらくはこの国に滞在している、何か困ったことがあればいつでも訪ねてきてくれて構わない。それと、もしダンジル王国に渡航することがあれば、私の父に話を通しておくよ。きっと、力になってくれるはずだ」
「あ、えっと、皓月千里のアルファです。とてもうれしいお話を、ありがとうございます」
ドミトリーから差し出された手を握り、握手を交わすアルファ。ドミトリーはにこやかな笑みを崩さないまま、冗談交じりに肩を竦め言葉を続けた。
「もっとも、今のダンジル王国に行くことはおすすめできないけれど。娘の恩人には、どうか安全な場所で過ごしていてほしいからね」
そう言いながら、ドミトリーは指に嵌めていた指輪を取り、アルファの手に握らせた。それと同時に、胸ポケットから取り出した金貨を四枚、追加して。
「貴族街に入るには、貴族の紋章が必要だからね。これをもらってほしい。困ったことがあれば、直接屋敷に来ると良い。これを見せれば、門番が案内してくれるだろう」
「あ、ありがとうございます。大切にします」
「はっはっは、どうかそれを金に換えるようなことはしないでくれたまえよ? まあ、君のように真面目な青年であれば、心配はいらないだろうけれども。お金はお礼の一部だ、好きに使ってくれたまえ。それでは、娘も妻も疲れていることだろうし、我々は早めに邸宅へ戻らなければ。それでは、また会おう、皓月千里のアルファ君」
「はい、気を付けて」
ドロテアは落ち着かないように周囲を見回している様子だったが、名残惜しそうにアルファ達に手を振り、冒険者ギルドの正面に停めていた馬車に乗って去って行った。
「ドロテアちゃん、もう行っちゃった?」
「ルミナ、どこに行ってたんだ?」
「ちょっとお手洗いに。少し離れてる間に、行っちゃったね」
「ま、いいんじゃない? きっと、また会えるわ。とにかくみんなお疲れ様、ご飯でも食べに行かない?」
「そうですね。お昼ご飯も抜いて走り回っていたので、流石にお腹が空きました…」
杖に寄りかかりながらそう呟くユウキの腹の虫が鳴り、皆で笑い合い、冒険者ギルドを出て食堂へ向かうのだった。
「北方諸国に伝わる月の使いの伝説」 知名度 ★★☆☆☆
「心が綺麗で純粋な人が悪夢を見た時、月から月の使いが来て、その人に幸運をもたらしてくれる。その月の使いは、白銀の毛並みに美しい六枚羽を持つ狼のような姿をしているとされている。」
※第40話より引用
音楽の神、水龍とも呼ばれる。
「パーパ、マーマ、バー、ヂェドゥ」
北方の国でいう、パパ・ママ・おばあちゃん・おじいちゃん。




