058. 学者の街
時は少し遡り、シノンが単身で王立学園リュケイオンに滞在し、依頼を遂行する一週間。他の皓月千里の四人は、DからCランクの依頼を中心に仕事をしつつ、休暇を楽しんでいた。
リリーズ王国の王都ラヴェンナは、非常に美しい都市だ。乳白色を基調とした建物は規則的に並び、地図で全体を見ると綺麗な円状の都市であることがわかる。
街の中央にはコロッセオと呼ばれる巨大な建物があり、そこではリリーズ王国最大の娯楽である剣闘士や魔物などによる戦いが行われる。二日に一度、観客の盛り上がる歓声が宿にまで聞こえてくる。
ルミナ達が泊まる宿から北西に十数キロほど行くと、中流階級の人間も貴族の人間も、更には王族までもが通いやすい位置に、アカデミアガーデン地区と呼ばれる広い敷地を持つ王立学園リュケイオンがある。
北の方角に存在する山脈を背に全王が住まう宮殿はロイヤルパレス地区と呼ばれており、宮殿に近い敷地は貴族街・ノーブルストリート地区となっていて、いくつもの豪勢な屋敷が並んでいる。更に南へ行けば中流層の住宅や、貴族が利用する商会や高級宿が並ぶミドルハイツ地区、その南には中流階級が利用する商店街や宿、街の中央で堂々と構えるコロッセオや、場所によっては華やかな夜の街も存在しているコロッセウム地区がある。
ルミナ達が宿泊しているのはその更に南で、冒険者や旅人が多く利用する治安の良い街・アドベンチャータウン地区と呼ばれている。更に南の場所には、一般住民が暮らすコモンヴィレッジ地区が存在しており、この場所は物価も比較的安く、穏やかで平和な街並みが広がっている。
ラヴェンナは非常に技術と文化の発展した都市であり、非常に珍しいことにスラム街が存在していないのが大きな特徴となっている。その理由は、全王の慈愛に満ちた政策により、貧困にあえぐ人間がこの国にはほとんど存在していないからだとされる。
また、学者の都市という異名の通り、この国には学者が多い。少なくとも学者を親族に持つ人間が多い、と言われるほどだ。学問を学んでいる人間が多い国であるからこそ安定して職に就きやすく、また発展している国だからこそ失業率も少ない。それ故に、スラム街という概念さえもこの国からは消え去ったのだ。
「リリーズ王国、またの名を全王王国リリーズ。世界で最も高い権力を有する全王の国。豊かな経済と技術、そして学問の国として名を馳せるこの国の現在のトップは、五百年も王座に就いている…」
「五百年? 人族ではないのでしょうか…?」
アリュスフィアが、いつも持ち歩いている手帳に書かれているメモを読み上げる。そこには、リリーズ王国に関する概要も書かれていた。
リリーズ王国は人族の国だが、その頂点に君臨する全王の寿命は明らかに人間のものではなかった。
「王家にもいろいろあるからね。エルフの一族が王族の国だってあるのよ。全王様は才を持つ子…シァラストと呼ばれている不思議な種族の生まれとされているわ」
「才を持つ子?」
「見た目はほぼ獣人族。だけど、その寿命と優れた能力は、獣人族とは大きく違うの。人族や獣人より長く、エルフ族よりも短い寿命を持つのですって」
「あ、聞いたことがあります。どんなことをさせても、必ず才能が開花する種族だとか…」
「ええ、名前の由来はそれね。長い寿命ゆえに人間関係が希薄で、あまり多くの数は確認されていないわ。正確な数はわからないし、現在種族として存続できているのかさえよくわかっていないの」
アリュスフィアは、才を持つ子に関するメモの書かれているページをめくりながらそう語る。しかし記憶力の良いアリュスフィアは、ほとんど暗記していたようだが。
「とにかく、全王様はそんなとっても珍しい種族のお方で、その長い寿命でこの国、ひいてはこの世界の頂点に立っているの。そして、この国には四大公爵家という、全王様の手足となって動く人たちもいてね」
「ああ、それは有名な話だな」
腕を組みながら静かに聞いていたアルファが反応する。
四大公爵家は、親が子供に言い聞かせる時にも使われる言葉で、トラウマになってしまう子供も多くいるらしい。例えば、いい子にしていないと四大公爵家の当主たちに記憶を取られるぞ、といった具合に。
「ええ。ダグリス公爵家、ジャミーラ公爵家、ハインリッヒ公爵家、クシャトルダリヤ公爵家ね。どれも有力な貴族たちよ」
「…シノン、そんな貴族たちが通っている学園にいるんだよね? 大丈夫かな…?」
「シノンなら大丈夫だろ。あまり心配するな」
「そうですよ。案外、すごい人と知り合いになってしまってるかもしれません」
シノンのことを心配するルミナだったが、アルファとユウキに元気をもらい、頷く。
「そうだね。ありがとう」
「…まあ、貴族のお話はここまでにしましょうか。えーっと、トレジャータウン地区からも足が運びやすくて、色んな商店が並んでいるコロッセウム地区。食事、土産、娯楽、装備、日用品、家や土地まで、あらゆるものが手に入るそうよ。で、おしゃれな物はあまりないけれど、物価が安くて旅の食糧を買い込むなら、一般住民の暮らすコモンヴィレッジ地区のお店がおすすめ。常連客しかもてなしていない酒場とかもあるそうよ」
話を切り替えつつ、アリュスフィアは街の説明を続ける。リリーズ王国は、商業の国・コペル王国にも負けない品揃えと物価、物と人で溢れかえる豊かな街だ。渡航費はほとんど経費で、休暇も兼ねて滞在できる場所としては最高の土地である。
ルミナたちはシノンを待つ間仕事もしつつ、基本的には王都の観光を楽しむつもりでいた。
ミドルヴィレッジ地区までであれば一般人の立ち入りも許されており、コロッセウム地区までなら乗合馬車もある。一ヶ月も時間があれば、王都を見回ることくらいはできるだろう。
「ふう。まさか仕事で色んな国を回って、観光したりお土産を買ったりできるなんて、思ってもみなかったわ。シノンがいたからよね、感謝しなきゃ」
「確かに、シノンがAランク冒険者になったってだけで驚いたのに。そうだ、彼に何か土産を買ってやらないか?」
「いいね! みんなで選ぼう!」
「それじゃ、まずはコロッセウム地区への馬車の時間を調べてくるわ。みんなちょっと待ってて!」
パタパタと走っていくアリュスフィア。その様子を見て、アルファは思わず声を上げる。
「あっフィア! 転んだり人にぶつかったりしないように…!」
「…行ってしまいましたね」
「あの子は身軽で周りもよく見てるから、大丈夫じゃないかな?」
「…そうだな」
「ねえねえ、コロッセウム地区には甘味もたくさんあるってフィアに聞いたの。皆で食べに行こうよ」
「いいですね。楽しみです」
そんな風に談笑しながら、アリュスフィアの帰りを待つ面々。
数分ほどして、アリュスフィアは体の半分ほどの大きさがあるぬいぐるみを抱いた、小さな女の子と手を繋いで戻って来た。
「おかえり、フィア…その子は?」
「たぶん迷子。でも、どうしたものか…この子、言葉が通じなくて…」
女の子は涙を目に溜めており、戸惑う様子を見せている。
日焼けしていない白い肌を持ち、白金色の髪と薄紫の瞳を持つ十歳前後の女児だった。顔立ちはリリーズ王国の人間よりも、西洋諸国寄りの雰囲気がある。着ている服もかなり質の良い生地で出来たもののようで、リリーズ王国のものではなく、西や北の国で見られそうな特徴が見られた。
「……」
ルミナは黙ってその女の子を見つめると、静かに立ち上がってから膝を着き、視線を女の子に合わせ、アリュスフィア達には聞き取れない言語で優しく話しかけた。
『こんにちは。お父さんとお母さんは一緒に来ているの?』
『…! うん、マーマとパーパと、離れちゃったの…』
「えっルミナ…?」
確証はなかったものの、言葉が通じたことに安堵を覚えるルミナ。肩の力を抜き、女の子に優しく微笑みかけながら、彼女に質問をした。
『そっか。お姉さんたちがマーマとパーパを一緒に探してあげる。私はルミナ、あなたの名前を聞かせてほしいな』
『ドロテア…』
『ドロテアちゃん、良い名前ね』
ルミナはドロテアの手を優しく握り、彼女の両親の特徴を聞き出す。きっと、両親も娘を探し回っていることだろう。広く、物と人で溢れかえったこの街で、言葉の違う外国人の小さな子供を探し出すのは至難の業だ。であれば共通語が話せる自分たちが、積極的に協力するべきだろうと、ルミナは判断した。
「アルファ、この子のご両親を探すの、手伝ってもいい?」
「もちろんだ。…にしても驚いた、ルミナは言語も達者なんだな」
「たまたまだよ。私の故郷は北方諸国なの、見たことのある装飾品が見えたから、賭けてみたら当たっただけ」
ルミナは少し照れる様子を見せ、頬を掻く。ルミナはドロテアの名前、両親の特徴と名前、どの辺りではぐれたのかなど、彼女から聞けた情報を三人に共有した。そして、手分けしてドロテアの両親を探すため散開するのだった。
「獣人族」 知名度 ★★★★★
人と獣を掛け合わせた姿をしている種族。
魔力はさほど多くはないが、身体能力が高く、非常に優れた五感を持つ。
「才を持つ子」 知名度 ★★☆☆☆
見た目はほぼ獣人族と変わらない姿をしているが、その寿命は人類を遥かに超えている。
噂では、人族よりも圧倒的に長く、エルフや竜族と同等かそれよりも短い寿命を持っているという。
優れた才能を持つとされている。




