055. 魔術研究家・ルデア
ルデア・リュート・フォン・ジャミーラは、ジャミーラ公爵家の次男坊である。ジャミーラ公爵家当主であり、現筆頭宮廷魔法使いであるマルク・セント・マニュスマギア・ジャミーラ公爵を父に持つ、生まれながらにして魔法使いになるべくして生まれた人間だ。
幼い頃から魔法使いの両親によって厳しい教育を受け、初等部から高等部まで全て首席で卒業し、王立学園リュケイオンでは特待生として在籍、更にそこでも首席で卒業した天才である。
人より多くの魔力を保有する証である空色の瞳、他者を凌駕する頭の回転と応用力を持ち、一を学ぶだけで十を知ることができた。
自他ともに認める「リュケイオン一の天才魔法使い」であり、現役の魔法科筆頭教授であり、次期筆頭宮廷魔法使い最有力候補でもある。そして、魔法及び魔術の研究家だ。
ルデアはこれまで「魔法使いはどこまで詠唱を省略できるのか?」というテーマをベースに研究を進めてきた。戦闘狂である彼にとって、最も楽で、効率的で、有利な戦闘を進めるための方法が「無詠唱魔法」の開発をすることだった。
しかし魔法使いにとっての魔法発動条件に必須なのは、エネルギーとなる魔力、魔力を通し魔法を具現化させる役割を持つ杖、そして魔法の発動と条件を確立させる詠唱。
魔力は魔石で補えるし、威力は落ちるものの杖は最悪なしでも魔法の発動はできる。それでは、詠唱は? 魔力も杖も省略できるならば、詠唱も省略、あるいはなくすことも可能なのではないかとルデアは考えた。
詠唱とはなぜ存在するのか?
言葉を声に出し、自らの魔力を声に乗せて指示を行う詠唱は、魔法学においてなくてはならない存在である。しかし詠唱とは時間のかかる作業であり、秒単位で状況が移り変わる戦闘においては邪魔でしかなかった。
詠唱を省略し、尚且つ威力をできるだけそのままの状態で保つための方法を、ルデアは模索し続けている。
リュケイオン、お呼びリリーズ王国中の本屋に図書館を巡り資料を探し、多くの学者にも意見を求めた。そうした結果、現在では、ルデアの詠唱はすべて十文字以内に抑えることに成功している。しかしそれでも、完全に詠唱をなくすことはできなかった。
研究が行き詰まったルデアが出会ったのは、古い文献の中に残されていた、古い古い「魔術」という技術の存在。
学園中にある「魔術」と名の付く本を読み漁り、様々な学者に意見を聞き、宮廷魔法使いである父や魔道具師の兄にも話を聞いてみたことがある。しかし誰に聞いて回っても、返ってくる答えはいつもよく知らない人間の曖昧な言葉ばかり。
「魔術…父さんでさえ使い方のわからない術式…魔法陣にも似ているが、より複雑で読めない部分もある。だが、数学や化学式との共通点もあるように見えるな。それなら、魔術は魔法学ではなく、数学を元に作られているのか?」
研究室で本の山に囲まれながら、一人呟くルデア。
学園中の蔵書を漁り魔術に関する文献を、全て暗記してしまうほどに読み込んだルデアがたどり着いたのは、「魔術には詠唱が存在せず」、「術式を通して自らの魔力を変換し、多くの属性を同時に操ることさえ可能である」ということ。
究極の魔法を探求していたルデアにとって、魔術という存在には強く惹かれるものがあり、誰にも負けぬ熱心さで研究を始めるようになった。
「これがただの魔法陣なら、魔法陣に魔力を注げば、そこに刻まれた魔法が発動する。これは魔道具における基礎構造であり、一般人でも目にする機会があるものだ。だが魔術は数式との共通点を持っており、ただ魔力を注ぐだけでは発動条件を満たさないらしい…そもそも魔力が入ってく感覚さえない…」
魔術書に描かれた魔法陣を模倣し描いてみても、その魔法陣が発動する兆しはなかった。
魔道具には似た形状の付与魔法陣が描かれていて、そこに魔力を直接注ぎ込むことで、それらを回路として魔道具の効果が発動するといった原理だ。だが、魔術における魔法陣とは、そんなに単純な話ではなかったらしい。
「オレに必要なのは、この文献に描かれている魔法陣のような幾何学模様が何の役割を持っていて、この術式が示すものがなんなのかを特定すること。すこし自分で演算してみるか」
残された資料は少なく、文献も古い物ばかりで使い手も存在しない。
世界中の優秀な人間が集まるこのリュケイオンでさえ、魔術の存在を知っている者こそ数人いたものの、魔術の使い手は一人も存在していなかった。
「魔術式の中心に描かれている文様は属性の指示式なのか。これによって魔力を変換しているんだな。周辺の文字は解読不能だが、おそらく細かい指示が書かれている…これが、魔法で言うところの詠唱部分か」
ぶつぶつと独り言を呟きながら魔術書をめくるルデア。魔術書はどれも分厚く、古く、黄ばんでいる。王立学園リュケイオンの魔法学の技術をもってして、保存魔法を付与しておくことでようやく形を保っているほど埃を被ってしまった本に書かれている技術など、誰も見向きなどしないだろう。
だが、誰もが見向きもしなかったその本には、魔法にはない衝撃的な技術の数々が詰め込まれていた。もし、この魔術という技術が確立されれば、人類はさらに進歩することになるだろう。
「威力を下げずに、魔力の消費量だけを減らす方法とかあんのかよ!? ますます興味が湧いてきた。絶対に使いこなしてやる、待ってろよ魔術!!」
魔術を研究するルデアは常に興奮状態にあった。夢中で魔術を研究しているところを邪魔されようものなら、鬼の形相で怒られてしまうというのは、生徒たちの間ではかなり有名な話である。
何せ、魔術という古代の技術が存在していたこと自体、文献や御伽噺として残っている地域はあるものの、使い手が存在した記録はほとんどない。現代では魔法学が主流であり、魔法こそが正義なのだ。記録があったとしても、どこかの時代で消されていてもおかしくはない。
「魔術に必要なのは、知識と技術。知識に関しては問題ない、思っていたより学園には魔術の本が多くあるらしい。だが、問題なのは技術…使い手がいなければ、継承されないものなんだな」
ルデアは頭を掻きながら呟く。彼がいくら天才であろうと、失われた技術を再現するというのは偉業の領域であるからだ。しかし、だからと言って、ルデアはその程度の壁に当たったからと言って諦めるほどの覚悟で研究に臨んではいなかった。
何度も検証し、計算し、演算し、実験し、繰り返し読み込んで解釈を変えてみたり、他者の意見を取り込んでみたりなどした。それは長い時間をかけ、それこそ人生を捧げる覚悟で臨んでいた。
しかし、簡単に上手く行くはずがないとは言え、数年経っても、何の成果も得られなかったルデア。焦燥感にこそ駆られてはいないものの、あらゆる手段を用いてもほとんど変化らしい変化が見られない。
「数学で見るのが間違っていたのか、あるいはオレの考えが間違っているのか…いずれにせよ、魔術の発動条件は未だ満たせていない。まだまだ検証と実験が必要か…」
ルデアは、壁にぶつかるどころか、まだスタートラインにさえ立てていない感覚に陥っていた。魔術という古代の技術の発見は、考古学的観点から見れば大発見だろう。しかし、天才魔法学者は違う。それを再現して見せてこそ、真の天才魔法学者であると、ルデアは考えていた。
ルデアは自身が天才であることを自覚している。自分ならば、必ず魔術を再現できると心の底から信じている。その自信こそが、ルデアが魔術を研究し続ける糧になっているのだ。
そんな魔術研究におけるスタートラインにさえ立てていなかったルデアが出会ったのが、シノンという冒険者だった。
これまでに感じたことのない莫大な魔力を感じたルデアは、その人物に会いたいという衝動に勝つことができず、彼に奇襲を仕掛けた。
シノンが咄嗟に展開した防御結界は、ルデアがこれまでに見たことのない形状の盾であり、まさに「無詠唱」の魔法だった。
「…見つけた」
彼が真っ先に思ったのはその一言で、鳴り止まない心臓の鼓動がさらに加速するのを感じていた。あの魔法使いと…いや、魔術師と共同研究がしたい。自身が支払う代価がどれほど大きくなろうと、必ず捕まえてみせると、強く心に誓った。




