054. 共同研究
シノンが知っている限り水の神とは、様々な伝説が世界各地に点在しており、武術、知恵、学問、農業、工業、商業、魔法や呪術、予言に至るまでの様々な知識を人間に与えたとされている。
ただその詳細は国によって解釈が異なっており、水の神は現代に至るまで生きていると主張するのはラトス帝国のシャノン教を筆頭に東大陸の国々、水の神はとうの昔に死んでいるとされているのが北方諸国を筆頭に北大陸と西大陸の国々。
特にシャノン教には過激派も存在しており、水の神逝去説を堂々と主張する北方諸国とは、何度も宗教間のトラブルになっている。
「北方諸国…トカラ共和国やザン公国では、予言者であり開拓者、そして占術の祖と言われていました。特にトカラ共和国では、水の神はいずれ復活するとか」
「なるほど…似た伝説は、リリーズ王国にもございます。学問の神はすでに逝去されていますが、いずれ復活し、破滅へ向かう世界を救ってくださるという予言です」
ミネルヴァは顎に手を当てながらそう言った。
どうやら、水の神はすでに亡くなっていると解釈する国々では、水の神の復活の予言まで残っているといった共通点があるらしい。また、シノン自身は行ったことはないが、ロウから話に聞いたことのあるダンジル王国では、水の神は星の神子と呼ばれる予言者として何度も生まれ変わっているらしい。
星の神子は国内で聖女的扱いを受け、水の神を祀るための音楽の祭りと伝統を受け継ぎ、儀式を行う役割を果たすという。
「有意義なお話をお伺いしていると、時間が過ぎてしまうのはあっという間ですね。まだまだお聞きしたいのは山々ですが、もう時間がありませんね。それでは、また三日後にお会いしましょう」
「ありがとうございました」
シノンは頭を下げながら、ミネルヴァの研究室を去る。そして、ここ数日過ごして覚えた道順に沿って、今度はルデアの研究室へ赴く。
非常に忙しいが、非日常を過ごすシノンの毎日はかなり充実していると言える。三日に一度、メインの依頼仕事であるミネルヴァとの面会で民俗学の研究の手伝いをしつつ、空いている時間はルデアとの共同研究により、魔術という分野を学ぶことができているからだ。
本来ならば、ルデアの研究を教えてもらうには多額の金を支払わなければならない。だが、シノンの持つ数少ない技術である魔術をルデアに提供することもまた、同等かそれ以上の価値となる。だからこそ「共同研究」なのだ。
互いが持つ知識と技術を提供し合い、対等に話し合い、共有し、磨き合うといった関係こそ、ルデアが最も求めていたことであり、今のシノンに必要なことだった。
シノンは無自覚に魔術を扱ってきたため、珍しい無詠唱魔法を扱っているという感覚しかなかった。頭の中には魔法が発動するイメージが鮮明に見え、そのままの通りに魔法が発動する。
詠唱をしないということは、秒単位の世界である戦闘においても有利な状況を作ることができる。詠唱によってどんな魔法が飛び出してくるのかを相手に予想させないことと、咄嗟の発動もできることができるからだ。
「前にも言ったが、あんたは無自覚に魔術を使ってる。魔術に必要なのは「知識」と「技術」だ。技術に関しては問題ない、オレが見様見真似で何とかしてやる。だが問題は知識だ。なぜあんたが無自覚に魔術を使うに至ったのか、心当たりは?」
「…全くない」
「師匠などは?」
「いない。気が付いたら使えるようになってた」
「…そんなわけ」
魔術とは自己流、もしくは誰かに教わることで使いこなせるようになるはずなのだ。シノンは何故自分が魔術を扱えるのか理解しておらず、自分が扱っているそれが魔術であるという自覚さえなかった。
自分には適正属性が多いのだろうな、と思っていた程度だ。
シノンにも話したくないことがあるのかもしれないと感じたルデアは、深く踏み込むことはなく、さっさと切り替えて次の話題へ移った。
「とりあえず一通り使ってみてくれ。魔術を扱う際には魔法陣が現れるはず、オレはそれを暗記して、紙に描く」
「なるほど」
こうして、ルデアに自身が扱える魔術を教えるシノン。しかし、シノン自身に魔術に関する知識があるわけではないため、ルデアは見様見真似で扱ってみるしかなく、互いに苦戦した。
それでも世界一優秀な生徒が集まるリュケイオンを主席で卒業し、現役の魔法科筆頭教授でもあるルデアは、実物を目の当たりにしても行き詰まるほどの凡才ではない。
シノンの魔術を観察し始めて僅か一週間も経たないうちに、彼は完全に無詠唱且つ、彼の持つ適正属性ではない地属性の魔術を発動することに成功した。
まだ小さな小石を生み出すことしかできなかったが、理論も知識も何もない状態で、見様見真似で、短期間でそれを成し遂げたことが異常であり、彼の才能が本物であることの証明でもある。
「ッシャ!! まず第一歩!! ここから竜よりもデカい岩を作ってやる!」
やはりルデアは天才であった。シノンが扱っている魔術には知識などなく、完全に感覚や癖で使っている傾向にあった。それこそ、手足を動かすにはどうしたら良いか? といった問題に近い。
ルデアは、人間が手足を動かしている原理でいう、脳や筋肉の構造などをじっくりと観察し、傾向を掴み、自ら再現して見せた。
それらの対価としてシノンは、ルデアが持つ限りの魔法と魔術の知識と、自身が発し続けている魔力を抑える方法、そして他者の魔力を感知する方法を教わった。
ルデアが暗記するほど読み込んだ魔術の文献の情報は、他所では手に入らない貴重なものばかりで、シノンはその情報を元に研鑽を重ねて行った。
数学に関する知識はなかったものの、ルデアの話に自然とついて行けたシノンは、魔術の術式に関する考察も展開も学者並みの腕を見せた。
自分の戦闘だけでなく、話にもついて来れる人間がこの世にいたのかと驚くルデアだったが、心の底からそれを喜び、彼にとっての数少ない友人リストにシノンが追加されるのだった。
「オレの話について来れる奴がいるなんてな。兄さんや婚約者も頭はいいんだが、時々話が噛み合わないことがあるんだよ」
「そういう時は、相手の思考パターンを予測してみるといい。現在相手はどこまで理解できていて、どこから理解できていないのか、といったところかな」
話し合いを重ねる度、ルデアはシノンの非凡な能力が垣間見えてきていた。冒険者にしておくには勿体ないほど、シノンは学者としての才能も有るらしい。
数学の基礎知識を与えただけですぐに応用まで利かせてしまうシノンは、魔術の基礎知識を取り込んで、さらに研鑚を重ねることだろう。そんなシノンに対して感心と賞賛の言葉を贈ると、シノンはその意図に一切気が付いた様子もなく答えていた。
「相手の思考パターンねえ。生徒相手ならイチから説明すりゃいいだけだからいいんだけどさ、兄さんたちは生徒なんかよりずっと頭もいいし、どこから説明すりゃいいのか…かえってわからん」
「相手の話をよく聞くことだな。何度か聞いて行くうちに、相手がどこまで理解できる能力があるのかわかってくるから」
「ふうん。ちょっと面倒くさいが、考えておこう。身内には嫌われたくないからな」
ルデアは両手を後頭部で組みながらそう言った。頭が良すぎるのも、悩みどころらしい。それは一旦置いておき、二人はすぐに本題へ戻る。
「現在確認されている魔法の適正属性は十八種類。特に多く見られるのは火、水、風、地、光と闇、そして雷や氷の八種類といったところ。その他にも珍しい適正属性として、影や森、念に精、命、霊、竜、波、物理属性なんてのもあるんだ」
「へえ。あと一つは?」
「虹属性という属性だ。だが、これに関しては普通の人間に見られた例はない」
「普通の人間に見られない…?」
虹、というあまり聞かない属性名に首を傾げるシノン。噂には聞いたことがあったが、実在しているとはほとんど思っていなかったからだ。
「ああ。虹属性ってのは、強力な身体強化の魔法なんだ。虹目、というある殺戮集団が扱う魔法と言われてる」
「…ああ、なるほど」
虹目という単語を聞いて、シノンは納得したように頷いた。
虹目とは、非常に危険な殺戮集団だ。常に生き血を求め、人間も同族も殺し、それらを糧とする文化を持つ。彼らによって殺されてしまった人間は数知れず、討伐しようにもあまりに高い戦闘能力から何度も失敗に終わったという。
「だが、現代ではもう数も少なく、目撃例も極端に少ない。ほとんど、失われてしまった魔法と言っても過言じゃない」
ルデアは腕を組み、いつもと違い真面目なトーンで話していた。かつて、虹目は非常に脅威とされていた。異常なほどの殺人欲、高い戦闘能力、連携の取れた陣形などにより、人族は長年苦戦を強いられていたと言われている。
数百年ほど前、全王の呼びかけにより複数の大国が手を組み軍を編成し、ようやく討伐ができたと言われている。しかし、各国の犠牲も半端では済まなかったと伝えられていた。
「明日、一年の教室で虹属性に関する講義をするから、詳しい話はそん時また聞きに来るといい」
にっこりといつもの表情に戻ったルデア。シノンも興味があったため、それに対して素直に頷くのだった。
ここ一週間ほど、シノンはずっと学園に滞在している。何度か見学したルデアの担当する魔法科の講義では一番後ろの隅の席を借りており、名指しされることもないし、グループワークに混ざることもしない。ただ授業の風景を眺めながら、得られる知識を取り込むだけ。
その理由は単純である。シノンはあくまでリュケイオンの学生ではなく、客人だからだ。
ルデアや学園長が特別な許可を出しているだけであり、本来なら客人であるシノンがルデアの講義に参加する権利はない。だが、特別な許可によって講義を見学することができるといったくらいには、魔術の技術は貴重で価値ある代物だと示されているのだ。
ここ一週間で現れた、制服も着ていないローブに身を包まれた謎の人物に、生徒たちは初め慣れない様子だった。しかしルデアと対等に話をしている様子や、彼と共に研究をしているなどといった噂から、余計なちょっかいはかけられずに済んでいる。それだけ、この学園内でのルデアの立場は確固たるものとなっているのだろう。
「あーあ、あんたが生徒か講師ならどれだけ良かったことか。なあ、冒険者から学者に転身する気はないか?」
「ないよ」
「即答か~」
ルデアは心底残念そうな表情でそう言った。シノンとは共同研究の同僚であり、もはや相棒とまで呼びたくなるほど、ルデアの中でシノンはかなり気に入っているらしい。このまま学園に残って、学者として肩を並べ、互いの知識と技術を磨き合いたいと願った。
シノンも、たった一ヶ月の仲だろうとほとんどルデアに感情を向けないようにはしていたものの、自然と口数が増えてしまうほど、無意識に親しくなってしまった。
「俺に学者は向いてないよ」
「そうか? オレは学者になるべくして生まれて来た天才だと思うんだけど」
「…やめてくれ。俺は別に天才じゃない」
「ハハッ、謙遜するなって」
シノンの背を叩きながら笑うルデア。以前であれば調子が狂って苛々していたかもしれないが、今ではもう慣れてしまった。
「じゃ、また明日」
「うん」
夕食の時間も忘れて研究に没頭していた二人。日も暮れて外が暗くなってしまった時間帯になって、二人は別れた。次の日も、ルデアとの共同研究が待っている。
「魔法属性」 知名度 ★★★★★
全18種類の属性。人や生命が体内に生まれ持つ魔力の波長。
適性属性によって、使用できる魔法属性が異なる。
特に多く見られるのは火、水、風、地、光と闇、そして雷や氷の八種類。その他にも珍しい適正属性として、影や森、念に精、命、霊、竜、波、物理、虹属性がある。
「虹目」 知名度 ★★★☆☆
常に生き血を求め、人間も同族も殺し、それらを糧とする風習を持つ。
非常に高い戦闘能力と闘争本能を持ち、目の色を虹色に変化させ、自身の身体能力を10倍にも向上させて戦うとされた。




