052. 「魔術」
「ここだ」
屋外の魔法訓練場に到着した、シノンとルデアの二人。その訓練場は現在誰にも使われておらず、閑散としたその訓練場は非常に広く、頑丈で重厚な壁に囲まれた作りになっている。
「ここは魔力が強い人間が使う特別な訓練場なんだ。例えば、オレのような」
ルデアは何の恥ずかしげもなくそう言った。確かに、ルデアの持つ空色の瞳は非常に優秀な魔力を保有する証であり、シノンと戦った際の攻撃魔法の威力を考えれば、彼が訓練するにはこれほどの設備が最低限必要なのだろう。
「あの壁には特別な魔力がコーティングされている。オレや宮廷魔道具師たちが協力しながら開発した、特別製のもの。宮廷魔法使いも、ここに実践訓練しにくることもあるんだ。どうだ、すごいだろ?」
訓練場の中央へ到着すると、ルデアは空間付与の施されたポーチから、一つの水晶玉を取り出す。
「検証その一。あんたの魔力量と、適正属性を知りたい。やったことはあるか?」
「…いや、一度も」
「そうか。じゃあ、軽くここに魔力を流してほしい。あんたほどの魔力量じゃ、ここの設備は必要不可欠。だが心配はいらない。魔力による耐性には、自信があるんだ」
にっこり、といった表現がピッタリな笑みを浮かべるルデア。その笑みは自信で溢れており、何物も自身を傷つけられはしないといったオーラに満ちていた。
シノンは無言のまま、ルデアの持つ水晶に触れる。そして魔力を流すと、水晶玉はまばゆいほどの青い光を放ち、激しい水を上空に向かって噴き出し始めた。ルデアが展開した円形の防御魔法によって、二人がその大量の水に飲み込まれることはなかったものの、広い訓練場が水浸しになるほどの量だった。
「…!」
まるで丸い透明な玉の中に閉じ込められたまま、海の底に沈んでしまったかのような感覚だ。ルデアはそんな状況でも笑みを崩すことなく…いや、むしろ満面の笑みといった表情になって、声を上げた。
「っぱオレが見込んだだけあるなぁ! 安心しろ、ここには排水機能がある。じきにこの水も引く」
自身の魔力がもたらした大量の水を前に戸惑うシノンを安心させるように、ルデアはそう言葉を発した。彼の言う通り、水位は少しずつ下がってきているように見える。肩の力を抜いたシノンは、リラックスした状態でルデアに尋ねた。
「これはどういうことなんだ?」
「この水晶玉は、魔法使いが初めに検査する、適性属性と保有魔力を測るための装置だ。場合によっては、今回のようにこうして厳重な訓練場を使うこともある。あんたの場合は、エルフや妖精が持つレベルの莫大な魔力量を持ち、尚且つ水属性との親和性がかなり高い。精霊魔法使い並みの適性だ」
ルデアは水晶玉をポーチに収納し、シノンに説明をした。腰に手を当て、胸を張りながら、更に続ける。
「検証その二。今日オレの魔法を防いだのと同じ防御シールドを、オレに見せてくれ」
ルデアのその言葉に頷いたシノンは、静かに防御シールドを展開する。赤い光を放ったドーム状の防御シールドはシノンの左手の前方に掲げられており、魔法陣のような防御シールドには未知の言語と模様が刻まれている。
ルデアはにやりといった笑みでそれを見つめており、それをじっくり観察した後、シノンへ告げた。
「一つ、あんたに提案がある。学長せんせーとの契約期間中、オレと共同研究をしろ」
「…は? 共同研究…?」
「そう! 共同研究だ」
ルデアの言っていることを一瞬理解できなかったシノン。なぜ、自分が本物の学者と共同研究を? と思ったと同時に、自他ともに認められる天才魔法使いのルデアと共同で研究できる知識は、自身にはないとシノンは思っていたからだ。
「…えっと、リュケイオンの魔法科筆頭教授と共同研究できるほどの技術も知識も、俺にはないよ」
「いいや、あるはずだ。あんたが使ってた防御シールド、あれは見たことのない形状の盾だった。それに、本来あんたには使えないはずの火属性が組み込まれてた。これはオレが放った火属性に対する耐性の高いものだ」
ルデアは身振り手振りをし、ゆっくりとシノンの周囲を歩きながら、自信を持ってそう語る。
「オレは、この世のありとあらゆる魔法を研究し尽くしているという自負がある。そんなオレでも見たことがないんだ。ただ、心当たりはある。あんた、魔術は知っているか?」
「…聞いたことくらいは」
「ふっ、そうだろう。オレは、魔法研究家であると同時に、魔術研究家でもあるんだ。だが魔術は文献が少なく、使い手もほとんどないに等しい。魔法との決定的な違いは、発動条件に必要なのが「詠唱」ではなく「知識」と「術式」であること、そして適正属性がないことだ。あんたが使っていた、火属性を持つ防御シールドのような」
「…!」
シノンは、軽く目を見開く。先ほどルデアが検証していたのは、シノンの適正属性を確かめた上で、シノンが使用していたのが本当に魔法ではなく魔術だったのかを、確かめようとしていたのだろうと気づいたからだ。
あの一瞬、シノンが使っていた防御魔法の形状を観察し、尚且つそれが魔法ではなく魔術であると確信したルデア。彼は天才を自称するだけの器を、間違いなく持ち合わせている。
シノンはこれまで、自身の持つ適正属性が他より多いだけだと思っていた。しかし先ほどの検証では、シノンの持つ魔力の適性は水のみであることが判明している。
魔法学の基礎知識として、魔法使いの持つ適正は同時に相反する属性を有することはできないとされている。例えば、火と水、風と地のような。しかしシノンは水属性との親和性が高いながら、水属性と相反する属性の代表格である火属性の防御シールドを扱い、野営でも火属性を使い焚火を起こしていた。これは、魔法学においては非常におかしな出来事なのだ。
「思い当たるだろ? あんたは無自覚に魔術を使っている。オレの奇襲にあそこまで咄嗟に対応できたのは、あんたが詠唱を一切必要としない「魔術」を使っていたからだ。魔術くらいしか、オレの奇襲を何とかできるヤツはいないと確信してる」
ルデアはシノンの正面で足を止め、銀の杖の先にある鮮血のような赤い魔石をシノンにビシッと向けた。シノンは姿勢を崩すことなく、ルデアとただ見つめていた。
「そこでまたさっきの提案だ。あんたはあんたの使える魔術をオレに教えろ。その対価としてオレは、持っている限りの魔法と魔術の知識、そして魔力の抑え方と感知方法を教えてやる。どうだ?」
「…わかった。やるよ」
「ッシャ!! 決まりな!! 学長せんせーの依頼もあるだろうが、一日中付きっ切りってわけでもないだろ? それが終わってから、オレの研究室まで来てくれればいい。後で案内してやる」
ルデアは両手で拳を握り、ガッツポーズをした。その表情は喜びに満ちており、これ以上ないほど嬉しそうな、満面の笑みである。
「ただ、仲間とも相談したいから、契約書は少し待ってもらえると…」
「あん? ああ、そういやそんなこと言ってたな。まいいや、断られてもオレが直接頼みに行ってやる」
「それは困る」
「ハハ!! 冗談だって。良い返事待ってる」
偶然受けた指名依頼の話から、訪れた先で天才魔法学者に出会い、二つの依頼を受けることになってしまったシノン。しかし、自身が扱うものの正体が魔法ではなく魔術であることが判明し、知識と技術を蓄えるチャンスが到来したと考えていた。
ルデアの場合は依頼と言うより取引のようなものに近いが、一旦話を持ち帰って、アルファや他のメンバーと相談しなければならないことに変わりはない。
シノンはルデアに案内されて学園を出る。ルデアは大きく手を振ってシノンを見送った。
*
「すごいじゃないか、シノン!」
今回、学園を訪れて起こった出来事を仲間に共有したシノン。ミネルヴァからの依頼、ルデアとの出会いや、王立学園の魔法科筆頭教授に提案された共同研究のことなど、すべて。そしてシノン自身はそれを前向きに考えており、アルファの許可さえあればぜひ依頼を受けたいことなども話した。
「冒険者の依頼としては、あまり聞かない依頼だね」
「シノンって、王立学園の学園長にまで知られてる冒険者だったのね。なんか…すごいわ」
「本当ですね。でも、シノンさんはすごい人なので、ボクは納得です」
皆口々にそう言うが、シノンは少しだけ恥ずかしいのか、そっと目を逸らしていた。
「ふふ、新しい体験だし、行ってきなよ」
そんなシノンの様子を見逃さなかったルミナは少しだけおかしそうに笑いながら、シノンにそう言った。アルファも首を大きく縦に振りながら、高揚した声で続ける。
「俺もそう思う。パーティのことは心配しなくていい、シノンも頑張ってくれよ」
「ありがとう」
「シノンが依頼を受けることで貴族の後ろ盾までもらえるなんて、すごいじゃない。あたしも応援してるからね」
ルミナとユウキも、アリュスフィアのその言葉に共感するように頷いた。
シノンが留守する間、アルファ達はリリーズ王国でも少し依頼を受け仕事してみようなどといった話し合いも行われていた。
リリーズ王国はフリーランスである冒険者も安定して収入を得られる依頼が多く、普段よりも依頼のランクを少し下げた上で受けても宿代くらいは稼げることが分かった。そのため、護送依頼の報酬もあって余裕はあるものの、できる限り貯金をするため、あるいは体や勘が鈍らないようにする程度の仕事は行うこととなったらしい。
パーティの仲間からの了承も得られ、シノンは冒険者ギルドへ赴き、指名依頼を受注することを伝えるのだった。
「魔法」 知名度 ★★★★★
体内にある魔力や、空気中を漂う魔素を用いて発動する奇跡。
才能や適性に左右され、生活、職業、戦闘など幅広く使われている。
「魔術」 知名度 ★☆☆☆☆
魔法が才能と適性を必要とする反面、魔術は技術と知識を必要とする。
知識が非常に古く、文献も使い手も現代ではほとんど存在しない。
「適性属性診断」 知名度 ★★★★☆
主に金持ちの商人か、貴族などが行う魔力の診断。
よく使われているのは、魔力を吸収し具現化する性質を持つ水晶。これは、受け取った魔力密度と魔力の適正属性を放出する。
適性が高いほど激しく、魔力量が多いほど大量に放出する特徴がある。
「エルフ族」 知名度 ★★★★★
別名:森の民。長耳族と呼ぶ者もいる。
森に暮らす長命の種族であり、美しい顔立ちと長く尖った耳が特徴。
力はそれほど強くはないが、非常に優れた聴覚と視覚を持っており、弓や細剣の達人が多い。
「妖精族」 知名度 ★★★★★
魔法と魔力との親和性が非常に高く、魔法が非常に達者。
気に入った人間に悪戯を仕掛けることがある。
生まれ持った役職と階級があり、多くの妖精が生まれ故郷を守っている。
「精霊族」 知名度 ★★★★★
通常の人間の目には見えない、実体のない存在。
人を愛し、人を助けるための特別な存在で、原初より存在する管理者。
精霊と契約、または精霊に気に入られた人間のみが、精霊の力を借りて精霊魔法を扱うことができる。




