051. 乱入
登場人物③にて、紹介漏れがあったため修正しました。
ミネルヴァからの依頼を受けるかどうかで難色を示すシノン。指名依頼の詳細を聞く際のテンプレートくらいはあるものの、その他のコミュニケーションとなるとさすがに難しいのだろう。
なにせ、今回の依頼はシノンが得意とする肉体的労働ではなく、本物の学者に自身が持つ見聞を伝えるというものなのだから。
「…あの、なぜ俺なんですか」
シノンは、若干の戸惑いの色を含んだ声でミネルヴァに問う。世界を渡り歩く旅人や吟遊詩人などたくさんいるし、自身よりも経験豊富な冒険者や傭兵もたくさんいるはずだ。敢えて自分を選ぶ必要は、どこにもないとシノンは感じていた。
「あら、そのようにいつまでも冷静でいられる冒険者はあまりいらっしゃいません。その度胸と賢明さだけでも理由に足りますが、先ほども申し上げました通り、シノン様は十分に学者になれるほどの器量を持ち合わせておられます。冒険者という、わたくしたちにとって信頼のおける職業で、なおかつ民俗学に関して対等にお話ができる方はそういません。あなたを選ばせていただいた理由は、それだけですよ」
ミネルヴァは茶を飲みながら、穏やかに答える。
冒険者とは、身分を保証することができるメリットがある。そして、冒険者ギルド総本部のあるリリーズ王国において、冒険者は信頼のある職業といわれている。
その理由は至極単純だ。冒険者一人一人が厳重に管理され、身分の偽装や不正はほぼ許されない。それ故に冒険者は、中途半端な仕事はしないし、できない。
もし身分を保証された冒険者が市民に暴力を働いたり、嘘の報告をギルドにしたとなれば、その冒険者の信頼は崩れる。場合によっては、冒険者ギルドから永久的に追放されるか、監視の対象となる可能性がある。その場合、冒険者として美味しい仕事を受けることは、もうできなくなる可能性があるのだ。
自由に旅をする旅人や吟遊詩人と違って信頼があるというは、そういう意味でもある。
「…いろんな意味でちょうど良い立場だったということですね、俺は」
シノンは小さくため息を吐く。本来なら依頼主、まして貴族の前でそのようなことをするなど許されないのだが、シノンも仕事をするなら中途半端にはしたくないと考えていた。貴族の後ろ盾は非常に魅力的であり、指名依頼であることもありできる限り受注した方が良いことはわかっている。しかし、シノンには荷の重い仕事であることも、事実だった。
「申し訳ありませんが、この件は…」
「よう! 名前も知らない魔法使い! ここでまた会えるなんてなぁ!」
バンッ! と大きな音を立てながら、扉を開け侵入してくる者がいた。黒のローブを纏い、黒に近い紺色の髪を持つ若い青年が、乱暴な口調で声を上げていた。その青年の正体はルデアであり、学園にやってきたシノンを派手に出迎えた張本人である。
「…ジャミーラ教授、ノックはしてくださいね」
「ゴメンゴメン学長せんせー。学長せんせーに用があったんだけど、名前も知らない魔法使いがここにいるってわかったからついー」
ルデアはへらへらと笑みを浮かべながらそう答える。ミネルヴァは呆れたようにため息を吐きながら頭を抱え、ルデアに向き直ってから忠告する。
「ジャミーラ教授。ご覧のとおり、現在お客さまの接待をしております。急用でなければ、後にしていただけると…」
「オレもそいつに用がある。同席しても?」
「…はあ。申し訳ございません、シノン様。彼の同席を許していただけますか? もちろん、無理にとは申しません」
シノンは、ミネルヴァの座るソファに寄りかかるルデアをちらりと見てから、一瞬だけ迷ったものの、首を縦に振る。
「問題ありません」
「ありがとうございます」
「ありがとなー」
シノンのそんな返事を聞いたルデアはにこにこと嬉しそうな笑みを浮かべながら、ミネルヴァの隣に座る。シノンはルデアの態度に若干調子を狂わされそうになるも、なんとか堪えて平静を保っていた。
「なんの話をしていたのか少しだけ「聞こえ」たんだけど、学長せんせーの依頼さ、受けてくれない?」
「は?」
腰を下ろしながらルデアが発したその言葉に、シノンは訳が分からずそう返した。
シノンがミネルヴァからの依頼を受けるかどうかはシノン本人次第であり、ルデアに決定権などない。それでもなおそう言って来たということは、何かしら目的があるのか、あるいは別の理由なのか。
「オレは学長せんせーよりも、実はあんたに用があって来たんだ。学長せんせーとの話が終わってから、ゆっくり個人的に話したい」
「ジャミーラ教授、失礼のないようにお願いしますね」
「……」
シノンは何が起こっているのか、いまいち理解できていなかった。ただ、ルデアは口こそ悪いものの、立ち振る舞いや学園長であるミネルヴァが丁重に扱っている点などから、彼自身も高い地位にいる貴族であることがわかる。
そんな人物による命令とも取れるその言葉に、一介の冒険者であるシノンが逆らえるはずもなかった。
「…わかりました。前向きに考えさせていただきます」
「あら、良いのですか?」
「はい。ただ、一度持ち帰って、パーティリーダーと相談してきます」
「心より感謝申し上げます。良いお返事を、お待ちしておりますね」
ミネルヴァが嬉しそうに笑みを浮かべながらそう口にすると、今度は自分の番だとばかりにルデアが立ち上がる。
「学長せんせー、お客様の接待は任せてくれ。それと、授業で使っていない魔法訓練場を一つ借りたい」
「わかりました。くれぐれも、失礼のないようにお願い致しますね」
「わかってるって」
ミネルヴァに念を押されるようにそう言われたルデアは、楽しそうな笑みを崩すことなくそう答える。ミネルヴァはシノンに頭を下げ、わたくしはこれで失礼しますね、と告げながら、応接室を去って行った。
ルデアはシノンを案内するため応接室の扉を開け、共に部屋を出る。彼は、背後を歩くシノンに歩調を合わせながら歩いていた。
「魔法使いさん、あんたの名前を改めて聞いても?」
「シノンです」
「シノンね、改めてオレはルデア。ルデアって呼んでくれて構わない。あと敬語も抜いてくれると嬉しいな~」
シノンを振り向いて、白い歯を見せながら笑うルデア。地位の高い貴族でありながら、一介の冒険者でしかないシノンとも対等に話すルデアの態度に、シノンは多少の親しみを覚える。
第一印象はあまり良くないものだったが、形式や立場の違いをあまり気にしない、好感の持てる人間であることが伝わる。
「わかった」
「よし! で、あんた今魔力に余裕あるか?」
「ある」
「いいね! あんたにやってもらいたいことがある。それは、オレがこれからあんたと話したい内容と深く深く関係があってな」
ルデアは銀の杖を手で弄りながら、言葉を発している。寡黙なシノンと対照的によく喋る性格のルデアは、シノンによく話しかけていた。しかし悪い印象はないと感じたシノンは、ルデアの質問にも短いながらしっかりと返していた。
そして、ずっと気になっていたことを聞くべく、シノンからルデアへ話しかけた。
「…気になることがあるんだけど」
「ん? なんだ? なんでも聞いてよ」
「何故、俺を剣士ではなく、魔法使いと呼んだ?」
「…は? あんた、見えないのか?」
ピタリ、と足を止めたルデア。シノンが何を言っているのかわからないと言った形相で、まじまじとシノンの顔を見つめている。…とはいえ、シノンはフードを深く被ったままで、身長の高いルデアはシノンの顔などほとんど見えないのだが。
「見え…? 何を?」
「はッ、おいおいしらばっくれるつもりなのか? それだけの魔力を持っておきながら、魔法なんて使えませーんだなんて言わせねえよ?」
「……」
黙り込んでしまうシノン。基本、相手がどれほどの魔力を持っているのかを測るには、目の色を見る必要がある。それでも大まかな量しかわからないのだが、青が濃ければ濃いほど魔力は多く、赤や紫に近い色は平均程度、黒や銀色などの無彩色に近い色はほぼ魔法が使えない色とされている。
一方でシノンは、深海のような透き通った深い青色の瞳を持っているものの、普段から顔を隠し、目の色など他人にはほとんど見えない。それにもかかわらず、ルデアはシノンの持つ莫大な魔力を見抜いた。
これまで一度もそんなことはなく、感情の揺らぎの少ないシノンでも、さすがに驚いたらしい。
「…本当に知らねえようだな。まあいい、詳しい話はあとでしよう。まずは、検証してからだ」
そう言ってから、ルデアは再び歩き出した。相も変わらず、シノンに対して雑談を振っては延々とルデアが話し続けるといった、ほとんど一方通行な話をしながら。
「魔力」 知名度 ★★★★★
生物、植物、物体、全てに宿る目に見えない力。
この世界になくてはならない、生活の糧。体内から魔力が消えると死ぬ。
食事や休息を取ることで、体内の魔力を回復できる。
「保有魔力量による瞳の色の変化」 知名度 ★★★★★
人や生物が体内に保有できる魔力の最大量は、生まれつき決まっている。
それ以上増えもしないし、減りもしない。
青や空色、青緑は最高峰の魔力量を持つとされ、緑や金色は上級魔法が扱える高位の魔法使いに多く、赤は平均値、紫や茶色などは簡単な魔法を扱う庶民に多い。黒や銀色などは魔道具を動かせる程度の魔力量しかなく、魔力を持たない人間がいるとすれば、理論上は透明色になるとされている。




