049. 王立学園リュケイオン一の天才魔法使い、降臨!
王立学園・リュケイオン。その名の通り、全王が建てた学園であり、リリーズ王国及び世界一の生徒、講師、および発表論文数を誇る学者の楽園。
リリーズ王国の別名は学者の楽園。その名に相応しい功績を持つ王立学園は百を超える学科、千人以上の現役の学者兼講師が在籍しており、全校生徒二千四百人の席は常に満席。講師のほとんどがリュケイオンの卒業生であり、優秀な学者たちである。
世界中から優秀な学生が、この学問の聖地であるリュケイオンを目指して試験を受け、試験を通して選ばれた者のみが卒業及びリュケイオン卒業生を名乗ることを許される。
そして、そんな王立学園リュケイオンのトップに君臨する学者兼学園長ミネルヴァ・ヴィストンは、現代学問における筆頭の学者と言える。彼女は数々の論文を発表し、そのうち半分以上は世界でも特別な賞を受賞しているという功績を持つ女性だ。
発表した論文の数も、その論文が何かしらの賞を受賞している数も世界一であり、五十代を迎えてもなお現役の学者である。
ミネルヴァは「軍神」マルスや「大商人」メルクリウスを兄に持ち、世界的に有名な名門ハインリッヒ家の分家であるヴィストン家の出身者だ。政界でも学会でも強い影響力を持つ彼女が学園長を務める王立学園リュケイオンは、間違いなく名実ともに世界一の学園であると言える。
「……」
荘厳で巨大なリュケイオンの門の前に一人立つシノン。現在は授業中なのか、庭には数人の生徒しか見られない。正門には門番の騎士がおり、シノンは片方の騎士に近づいて話しかけようとする。
「なんだ? ここは子供の来るところではないぞ」
「招待されて来ました。こういう者です」
シノンは成人していながら、まるで子供のような見た目だ。そのせいで危うく門前払いされそうになったものの、事前に手渡されていた招待状と冒険者カードを見せ、要件を伝える。
「し、失礼しました。お話は聞いています。ご案内します」
騎士はシノンの冒険者ランクと、学園長ミネルヴァの印のついた招待状を確認すると途端に態度を変え、緊張した面持ちでシノンを招き入れる。シノンはそんな騎士の態度を一切気に留めず、ただ黙って騎士の案内に従って歩いていた。
庭には複数人の生徒が歩いていたり、ベンチに座って本を読んでいたり、あるいは友人と雑談か議論かわからないが、会話をする者もいた。
敷地内は非常に静かだったが、聴力が異常に鋭いシノンは、周辺や各教室から聞こえてくる講師や生徒たちの声が聞こえていた。現在は授業中なのか、生徒が話している声よりも講師による講義と思われる声が多く聞こえている。
そんな多くの人間が存在し、静かに過ごしている気配が大半の中、一つだけ急速に近づいてくる気配があった。
「っ!!」
突然、静かな敷地内に轟音が鳴り響く。シノンは咄嗟に左腕を突き出し、防御シールドを展開して周囲の人間を護った。芝生は黒く焦げ、石畳はひび割れ、シノンの案内をしていた門番の騎士や周辺にいた生徒は驚きで腰を抜かしている。
シノンの魔力は最高峰のものであり、彼が展開する防御シールドはそう簡単に破れるものではない。しかしあまりに急だった上に、先ほどの攻撃魔法と思われるものの威力も並みのものではなかったため、シノンが持つ防御シールドでも、亀裂がいくつか走っていた。
「ひゅー。今の攻撃を防ぐとはなぁ」
「…なんだ、お前」
シノンは防御シールドを修復した。砂埃が舞い視界を遮る中、シノンはその声の主がいる場所を正確に捉え、言葉を返す。その人物は黒に近い紺色の髪に空色の瞳を持つ若い青年であり、短いが上質な銀の杖を持ち、黒い魔法使いのローブに身を包んでいた。
その青年は宙に座るような姿勢でいた。どう見ても足場などないのに青年の姿勢は安定しており、シノンたちを余裕の表情で見下ろしていた。
「オレはこの王立学園リュケイオン一の天才魔法使い、ルデア・リュート・フォン・ジャミーラ! 強そうな人間の気配を感じてやってきたリュケイオンの魔法科筆頭教授であり、天才魔法研究家だ!」
「ジャミーラ先生! 学園長のお客人に対してこのような無礼は困ります!」
なんとか立ち上がった騎士は、空中を漂うルデアと名乗った青年に対してそう声を上げる。周辺の生徒は怯えていたものの、好奇心旺盛な性格の者が多い。ほとんどの生徒がその場に残り、騒ぎの様子を見守っていた。
「あぁ? いいだろ別に~。強そうな奴がいたんだから、少しくらいちょっかいかけさせろよ。丁度退屈してたんだ、ちょっと相手になれ!!」
「っ!」
ルデアは一言、詠唱と思われる言葉を口にしては火力の高い攻撃魔法をシノンに向けて放ってきた。シノンはそれを防御シールドで防ぎつつ、他の生徒や門番の騎士が巻き込まれないよう、できるだけ人がいない場所へ向けて走り出す。
シノンも、こんな訳の分からない人物の相手などしたくはなかった。しかしルデアは、天才魔法使いを自称するだけの実力を持っていた。シノンは剣を取り出し空中を蹴るようにしてルデアへ接近し切りつけるも、ルデアは魔法使いでありながらかなり俊敏な動きをしていたのだ。
ただでさえ習得も扱いも難しい空中浮遊魔法を、まるで自身の身体の一部のように使いこなし、シノンの攻撃を躱しながら魔法を打ち込んできていた。騒ぎを聞きつけて多くの野次馬が集まっていたが、シノンもルデアも、周囲に被害が及ばない程度に抑えつつも激しい戦闘を行っていた。
ルデアは、前衛のシノンが攻めに転じようと一切動揺せず躱し、それどころかカウンターやフェイントまで仕掛けてくる始末。目立つことを避けるため下手に無詠唱魔法を扱うことができないシノンは、この厄介な魔法使い相手に剣術のみで対応せざるを得なかった。
優れた身体能力や膂力を活かして何度も攻撃を仕掛けても、シノンの剣はルデアには届かない。かといって相手にしなければ強烈な攻撃魔法が飛んでくるため、仕方なく相手せざるを得ないのだ。
しかし、ルデアにシノンを殺す気は毛頭見られない。ただただ、剣と魔法の打ち合いを心から楽しんでいるようにも見える。
前衛役職である剣士と、後衛役職である魔法使いでは、本来圧倒的に剣士の方が有利であることが当たり前だ。しかしルデアの扱う魔法は、詠唱が省略されていて非常に短く発動も速い上に、扱い慣れていて火力が高い。被害を最小限にしつつここまでの芸当ができるルデアは、間違いなく天才だった。
「すげぇなー! ここまで動けるなんて、やっぱオレが見込んだだけあるなぁ!!」
「…ちっ」
シノンは苛立ちを隠すことなく、思わず舌打ちをした。
ここは多くの学者が集まる王立学園リュケイオン。もしこのような場所で、詠唱を一切必要としない魔法を扱ってしまえば、目立ってしまうことは明白だろう。その上で、もし無詠唱魔法に関して質問でもされてしまえば、彼は対応しきれる自信がない。
ただでさえ変な人間に絡まれて、野次馬からの注目を集めている今でさえ気にくわないのに、その魔法使いは厄介ですぐに決着をつけることができない。思い通りに行かない今を嘆くシノンの耳に、静かだが、確かに聞こえる声が聞こえた。
「ジャミーラ教授、本日のところは、その辺りにしていただけませんか」
「ん、なんだ学園長じゃん。もっとゆっくり来てくれらって良かったのに」
ルデアの猛撃の手はピタリと止まり、敷地内に静寂が訪れる。砂埃が晴れ、地に足を着いたルデアの視線の先にいたのは、老いを感じさせない洗練された姿勢で立つ中年以上の女性の姿だった。彼女の声は、決して大きくはなかった。しかし、誰の耳にもはっきりと聞こえる、よく通る声だった。
「お楽しみのところをお邪魔してしまい大変申し訳ありませんが、彼はわたくしの大切なお客様です。いきなり手合わせを乞われては、彼に対しても失礼ですよ」
その女性はにこりと柔らかく笑みを浮かべ、やんわりと言葉を発してはいたものの、そこには叱責が含まれていた。
「それと、生徒への授業を放り出してきたのではありませんか?」
「ちぇ、上司に言われたんじゃ仕方ねえ。じゃあな、名前も知らない魔法使い! また手合わせしてくれよなー」
「……」
ルデアは面白くなさそうな顔をしつつ、シノンに手を振りながら空を飛んで去ってしまった。シノンは放心して何も言えず、ただ陽気に去って行くルデアを見つめることしかできなかった。
「あらあら、大変な失礼を、剣士の方。シノン様で、お間違いないですね?」
「はい」
「この度のご無礼をどうかお許しください。彼はリュケイオンの魔法科筆頭教授であり、魔法学の研究者でもあります。少々荒いお出迎えになってしまい、申し訳ございません。お怪我などはございませんでしょうか?」
「大丈夫です」
女性は非常に丁寧な態度と言葉遣いで謝罪し、頭を下げた。シノンはいつものように淡々と答え、その返事に対して嬉しそうな笑みを浮かべた女性は更に言葉を続けた。
「それは大変安心いたしました。立ち話もなんですし、応接室までご案内いたします。どうぞ、こちらへ」
女性は丁寧な立ち振る舞いでシノンを案内し始める。広く長い廊下を歩き、窓の外で魔法によって修復される建物の壁や庭を眺めながら、女性の案内で応接室へと入って行った。
「空中浮遊魔法」 知名度 ★★★☆☆
魔法使いの中には、風魔法を用いて空を飛ぶ者がいる。
習得は難しく、慣れるまではどこに飛んで行くかわからず死ぬ可能性さえある。
一部の優秀な魔法使いの中には、自身の身体の一部のように使いこなし、空を自在に駆け回る魔法使いもいるらしい…。




