048. 新たな指名依頼
シノンは、特別な子供である。ロウは常々、そう思っていた。
傷を負ってもすぐに回復する肉体は死にづらく、どんな大怪我を負っても後遺症さえ残さない。それは、ロウがシノンと出会った時のことを思えば、異常であると言わざるを得ない。
あの時花畑に倒れていたシノンは、誰がどう見ても死んでいるようにしか見えなかった。それだけ悲惨な傷を負っていたし、近づいて呼吸を確認していなければ、間違いなく助からなかったことだろう。それに、シノンは異常なほど、痛みに耐性を持っている。
「…シノン、痛くないか?」
「うん」
雨でぬかるんだ地面で足を滑らせてしまい、斜面を転がり落ちたシノン。足を捻挫し、木や石に擦れた部分は切り傷や擦り傷となって腫れている。僅か十二歳の子供が、泣き声も上げずロウの手当てを静かに受けていた。
ロウはそんなシノンを少しだけ不気味な子供だと感じていた時期もあった。しかし、感情を表に出さないというのは、親による愛情不足である証でもあることを、彼は知っている。
「シノン、少し寝ていなさい」
「うん」
シノンはロウの指示通り、地面に横たわって眠りにつく。シノンが眠ったことを確認したロウは、焚火の光に照らされるシノンの背中を見つめながら、ぼうっと物思いに耽っていた。
(…この子は、賢い子だ。しかし、賢すぎる子供というのは、時に不利益も生じる…)
早熟した子供は、子供として過ごす大事な時期を逃す原因になる。子供は感情豊かに、健やかに育つべき存在であるべきなのに、シノンにはそれらが一切ない。
子供特有の想像力豊かで感情豊かな成長期は、大人になってからも大事な要素となる。シノンが子供のうちから大人びているということは、無理にでも大人にならなければならなかったか、あるいは…。
「……」
ロウは静かに考えを巡らせた。いずれにせよシノンには過去の記憶がなく、家族も友人もない。今のシノンを育てるのは自分の役割だと思い直し、ロウは一層、シノンの細かい言動まで目を光らせることにするのだった。
*
大きな仕事を終え、シノンの傷もまだ完治していないということで、皓月千里は休暇も兼ねてリリーズ王国に少し滞在することに決めた。とはいえ、シノンの回復力は医者であるマリアも驚くほど驚異的なものであり、もはや療養はあくまで名目に過ぎない。
少し療養したら、皓月千里はレラン王国への帰還を果たすつもりでいた。
「アルファさん、少しよろしいですか?」
宿の部屋の扉が叩かれ、女将の声が響いた。部屋でのんびりと過ごしていたシノンはすぐにフードを深く被り、部屋の入り口からでは見えない場所へ移動する。それを横目に見送ったアルファが、女将の声に返事をしながら扉を開ける。
「はい、どうしたんですか?」
「アルファさんに…いえ、皓月千里さんにお客さまです。冒険者ギルドの人みたいですけど…」
「…俺たちに?」
「はい。どうします?」
「…わかりました。メンバーを集めてお伺いします」
女将は会釈をしてから、その場を去った。奥で話を聞いていたシノンもいつの間にかアルファの背後に立っており、準備は出来ていると、その立ち振る舞いで示していた。
アルファはいつの間にか背後に立っていたシノンに一度驚くが、いつものことと小さく息を吐き、隣の部屋に宿泊しているルミナたちに声をかける。
「フィア、皆、いるか?」
「ん? なに?」
「俺たちに客だって。ギルドから来たらしいんだけど、みんなも会う準備をして来てくれ」
「…わかった」
まさか自分たちに客が来るだなんて微塵も思っていなかったアリュスフィア。ルミナとユウキも互いに顔を見合わせており、着替えなどの準備もあるようだったので、アルファとシノンは先に一階へ降りて行った。
女将の案内で、食堂で待つ客に会いに行く二人。その客は若い男性であり、冒険者ギルドの制服を着ていた。アルファとシノンの姿を確認したその男性は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。
「こんにちは、初めまして。私は冒険者ギルド総本部の使いの者で、クラルスと申します。本日は皓月千里の皆さま、特にAランク冒険者シノン様に、指名依頼をお届けしに参りました」
「…指名依頼? シノンに?」
テーブルには、周囲の音を遮断し、会話が関係者以外の者に聞こえないようにする魔道具が置かれていた。それを確認してからアルファとシノンは椅子に腰かけ。クラルスの話に耳を傾ける。
「依頼主のお方は、王立学園リュケイオンの講師の方です。契約期間は約一か月、報酬は金貨十枚。依頼内容に関しましては、直接学園へ足をお運び頂き、対面でお話をしたいとのことです」
「…シノン、どうする?」
「う…あまり気は乗らないけど…」
「冒険者ギルドとしては、シノン様には可能な限り、この依頼を受注して頂きたいと考えております」
依頼を受けるかどうかを躊躇するシノンに、クラルスは笑顔を浮かべたまま、淡々と要求を口にした。丁寧な口調ではあるが、そこには断るなどという選択肢を与えない圧力が存在していた。
「ちょっと、お客人だからと言って、そんなふうに圧力をかけるのはやめて下さる?」
遅れてやってきたアリュスフィア達。常人であれば耐えれないであろう圧に満ちた空気を察知したアリュスフィアが、クラルスを睨みつけながら堂々とそう口にした。
「おっと、これは失礼を」
クラルスから放たれていた圧力はスッと消え、緊張感に満ちていた空気は元の状態に戻る。
シノンに関してはそんな空気など一切気にしていなかったものの、慣れないアルファは若干緊張状態にあったため、アリュスフィアの意にも介さない堂々としたその言葉を有難く感じていた。
「と言いますのも、依頼主の方が、我々も無視のできない方でして」
「無視できない?」
「はい。ですから、話を聞くだけでもよろしいので、明日、王立学園リュケイオンへ訪問していただけますと幸いです」
「明日!?」
「はい。あの方もお忙しいので、日程の調整が難しいのです」
アルファが驚きで声を上げるが、隣に座るシノンは微動だにしない。
「それと…王立学園リュケイオンは警備等が厳しい場所です。訪問の際は、シノン様お一人で向かわれることをお勧め致します」
「シノン一人でって…」
「シノン、大丈夫?」
ただでさえ口下手で人付き合いの苦手なシノンを、ほぼ強制で、一人で向かわせることに対して不安を覚える四人。ルミナはシノンの顔を覗き込むようにして声をかけるが、シノンはそんなルミナを安心させるように頷いた。
「わかりました」
「えっいいの、シノン!?」
「無理はしなくていいんだぞ」
「……」
アリュスフィア、アルファが思わずシノンにそう声をかける中、ルミナとユウキはただ黙って、じっとシノンを見つめていた。
「ありがとうございます。それでは、依頼を受注する際は冒険者ギルド総本部にて、実行手続きをお願いします。それでは、私はこれで」
クラルスは魔道具を回収し、一礼してから、宿を去って行った。
「シノン、本当にいいのか?」
アルファはシノンに視線を向け、問う。しかし、シノンは平然と頷いた。
「指名依頼は基本、余程のことがない限りは受けた方が良い。それに、あまり心配しなくても、最低限のコミュニケーションくらいは取れる」
「…そう、か?」
皆が眉をひそめていた。しかし、ルミナは、小さく息を吐いてから笑顔になり、いつもの明るい声で話しかけた。
「シノンだもん。絶対大丈夫! 頑張ってね、私は応援してる!」
「…そうですね。シノンさんならきっと大丈夫です」
「はあ。仕方ないな。頑張れよ、シノン」
「ま、なんとかなるか。あたしも応援してるわ。良い依頼だといいわね」
皆が背中を押してくれたこともあり、シノンは自分の口角が少しだけ上がったような気がしていた。
ここはリリーズ王国。世界の中心。レラン王国ほどではないにしろ、多くの優秀な冒険者が集まる場所だ。にもかかわらず、「Aランク冒険者」ではなく「シノン」へ届いた指名依頼。普通の依頼ではないことは、シノンも察していた。
ただ、依頼主は信頼ある王立学園リュケイオンの講師ということで、裏があるような怪しい依頼ではないことも確かだろう。
冒険者として人との繋がりを作る目的も兼ねて、シノンは指名依頼の話を聞きに、王立学園リュケイオンを訪問するための準備をするのだった。
「冒険者ギルド総本部」 知名度 ★★★★★
全王王国リリーズ王都・ラヴェンナに構えられる冒険者ギルドのトップ。
独立しているレラン王国のギルド以外は、この場所で冒険者の管理を統括している。
「王立学園リュケイオン」 知名度 ★★★★★
全王王国リリーズに存在する、貴族が通う学校。世界中から優秀な学者や生徒が集まる。
世界一の生徒数、学科数、学者数などを誇る5年制大学。
幼い貴族の子が通う場合、12年間のエレベーター式となる。




