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水の聖者  作者: 森川 悠梨
第三章 護送依頼
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045. ガレノス診療所

 冒険者ギルドに報告を終えた皓月千里。港の近くに王都があるということで、シノンの傷を医者に診せるためと療養も兼ねて、一行はリリーズ王国の王都・ラヴェンナを目指していた。これから、リリーズ王国には以前来たことがあると言うシノンの、知り合いの医者を訪ねる予定だ。


「なんか、長いようであっという間だったね」

「かなり駆け足だったのもあるわ。ハマナ、よくついて来れたわね」

「シノンやフィアが、旅慣れてないハマナのために楽な道を探してくれたからだと俺は思ってる。二人とも、そしてみんなも、本当にありがとう。無事に依頼を完遂出来て、俺は嬉しかったよ」


 街道を歩く道中、アルファは皆に対して改めてお礼を告げた。


「アルファだって頑張ってたじゃん。今回は皆が頑張ったし、皆が活躍してたと思うよ」

「ボクはまだまだ…あまりお役に立てなくて…」

「ユウキがいなかったらハマナは死んでたわ。それを防いでくれたのは、ユウキでしょ?」

「そう、かな。そうだと嬉しい、です」


 皆で笑い合いながら、一行は日が暮れる前に王都の手前までやってきた。傾斜のある土地に建設された巨大な都市は、よく日が当たり、上から下へ風が良く通る構図になっている。

 街の一番高いところには立派な白い大理石で建設されている宮殿が存在していた。そこは世界でも絶大な権力を誇る全王が住まう場所であり、荘厳だが美しい城は観光客の目玉ともなっている。あまりの大きさに、遠くに見えるはずの王都全体は視界に収まらないほどだった。


「わあ…! 広いわね!」

「本当に、視界の端から端まで、収まりきらないくらいなんて…」


 皓月千里は普段レラン王国の王都を拠点としているが、レラン王国とは比べ物にならないほどの巨大さに思わず息を呑む。


「よし、まずは早めに宿を探して…」


 アルファは振り向きながらそう言葉を発するが、途中で言葉を止めた。そして、ルミナ、ユウキ、アリュスフィアの三人はそんなアルファの様子を不審に思い、彼の視線の先…つまり背後を振り向いた。

 ドサ、と何かが地面に倒れる音がする。背後を振り向いた後全員が一斉に地面を見下ろすと、そこには、地面に倒れたシノンがいた。


「…えっ、シノン…!?」

「うそ、どうしたの!?」

「ユウキ、治癒魔法は使えるか!?」

「え、あ、はい…! やってみます…!!」


 真っ先にルミナがシノンを抱き起こし、力なく垂れ下がる手足や頭、乱れた呼吸、顔色は悪く触れてみるとかなり熱い。


「シノン、シノン! しっかり!!」

「シノン、聞こえるか!?」

「待って、右腕の様子はどんな感じかしら」


 シノンは何度呼びかけても一切の反応を示さなかった。一人冷静だったアリュスフィアが、シノンの袖を捲って右腕の様子を確認する。それまで全く問題がなかったはずの傷口からは出血しており、白い包帯に赤い血が滲んでいた。


「傷口が開いてる…これまで全く問題はなかったはずなのに」


 シノンの負った怪我は、下手をすれば腕が千切れるほど深いものだった。応急処置だけではどうにもできなかったので、皇都・ナビールで医者に傷を診せ、しっかりとした処置までしてもらっていた。

 本来なら熱が出てもおかしくはなかったものの、シノンの具合が悪くなる様子はなかったため、全員が安心しきっていた。


「とにかく、皆慌てないで。シノンがあらかじめ知り合いの医者の住所教えてくれてたわよね? どこ?」

「えっと、これ…」


 アリュスフィアは冷静に、アルファがシノンから渡されていたメモを受け取る。地図と照らし合わせながら現在地と目的地を確認すると、その住所を丸で囲む。


「えっと、少し離れているわね…お兄ちゃん、シノンを背負って! あたしが案内するから、皆もちゃんと着いて来て!」

「わかった!」


 アルファはシノンを背負い、全員がアリュスフィアの案内の下走り出す。ルミナは心配そうにシノンの背にずっと触れながら走っており、ユウキもそれに続く。王都は人通りが多くまっすぐ走るのは難しかったが、アリュスフィアが必死に急患だと叫びながら走っていたため、民衆が道をある程度開けてくれていた。


「…っ、シノン、頑張って…!」


 ほとんど涙目のルミナ。シノンがこれまで、倒れるほど体調が悪かったことに気づかなかったことを、彼女は胸が締め付けられるほど後悔していた。

 二十分ほど王都を走った皓月千里。アリュスフィアは書かれている住所の大体の場所に着いたと判断し一度足を止め、メモに書かれている医者の名前を確認する。

 その場所はある程度人通りはあるものの、繁華街から少し離れた住宅街。それも一般人が住んでいるというより、中流階級くらいの人間が暮らしていそうな雰囲気のある、大きめの家々が並ぶ場所だった。


「えっと、ガレノス診療所のマリア・ガレノス。看板があって、そこに名前が書かれているのね」


 アリュスフィアは、メモの内容を読み上げて皆に共有する。全員が視線を巡らせ、アリュスフィアが呟いていた「マリア・ガレノス」の名を探す。


「あ…! あの、あれじゃないでしょうか?」


 少し歩いた先で、ユウキがそう声を上げる。全員の視線が一つの建物に向き、その看板には「ガレノス診療所、医師:マリア・ガレノス」と書かれていた。


「これだわ! 番地も一致するはず…入りましょ」


 アリュスフィアが門を開け、家の扉を叩いた。少し待ってみても返事はなく、アリュスフィアは先ほどよりも強めに扉を叩く。


「誰かいないの!? 急患なのよ!!」

「こら、小娘。中には患者がいるんだ、静かにしてくれないか。それと、もっと優しく叩いておくれ、扉が壊れてしまう」


 玄関前にいる皓月千里の背後から、威厳のある女性の声が聞こえる。振り向くとそこにいたのは、布のかかったバケットを手にかけ、白衣を着た中年の女性。グレーの髪に、コーラルピンクの瞳を持ったその女性は、きつい印象を与える目でアルファたちを睨んでいた。


「まったく…時間外なうえに、ここでは受け付けていない急患を運んでくるなんて…とんだ常識外れな人たちだ」

「知ってる場所がここ以外になかったんです。お願いします、どうか俺たちの仲間を助けてくれませんか」


 女性は扉の鍵を開けながら、淡々とそう語っていた。シノンを背負いながら頭を下げたアルファ。それに続いて、他の三人も一緒に頭を下げていた。


「連れてきてしまったものは仕方がない。あたしが診てやるから、ついてきな」

「…! はい!」

「その子はどんな様子なんだい」

「一週間ほど前に負った傷が開いていて、かなりの高熱が出て倒れてしまったんです。呼びかけても、一切反応がなくて…」


 女性は扉を開けてアルファたちを中へ招き入れると、速足で診療所の奥へ向かっていった。そして向かう途中で女性の様々な質問にアルファが答えていく。女性は淡々と質問をしているしかなり早口だったため、アルファも焦って少々詰まりながら話していた。


「そこに寝かせてやりな」

「はい」

「服は脱がせてくれ」

「あ…」


 女性にそれを言われてから、アルファ達は固まる。シノンの同意なしに、フードを外させてもいいものかと悩んだからだ。しかしアルファは一瞬で、今はそんなことを言っている場合ではないと思い直し、心の中でシノンに謝罪しながら服を脱がせた。


「…? なっ…」


 医療用具の準備をサッと済ませた女性は、シノンが寝かされているベッドを振り向いて一瞬固まる。しかしすぐに気を取り直して、シノンの血の滲む右腕の包帯を解いていった。痛々しい右腕の傷の様子を見て、苦い顔を見せる。


「…なるほどね。あんたたち、この子の仲間だと言ったね?」

「はい」

「出ていきな」

「え…?」

「出ていきなって言ってるんだ。この子にここまでの無理をさせておいて仲間だなんて、よくも言えたものだね」


 女性は、アルファ達四人を鋭く睨みつけた。しかしすぐにシノンの方を向き直り、手当てを始めてしまった。

 シノンの乱れた呼吸を補助するための酸素マスクを取り付け、開いてしまった傷を縫う準備を進める。麻酔薬を打ち、手際よく傷を縫い、ガーゼを当てて包帯を巻いた。そして助手が調合していた痛み止めと熱を下げる作用を持つ薬を飲ませ、シノンは個室の病室へと運ばれていった。


「…あんたたち、まだいたのか」

「当然です。シノンは、大事な仲間なんです。…あの、シノンは…大丈夫ですか?」

「…はぁ。あの子の生命力は異常だからね。命に別状はないよ。あとは目が覚めるのを待てばいい」

「…!! よ、よかっ、たぁ…」


 数時間にも及ぶ傷の手当をしている間、四人はずっと緊張した面持ちで治療が終わるのを待っていた。ルミナは安心したからか、力が抜けたように床に座り込んでしまった。


「そこにいられると邪魔だよ、バカが。案内させるから、そこで休んでな」

「あの…さっきはどうして、俺たちを追い出そうとしていたんですか」


 アルファ達を追い出そうとするかのように手をひらひらと振っていた女性に、アルファは臆することもなく質問を投げかけた。

 女性は答える義理はないと一度断るも、シノン関連でそのような扱いを受けたことはわかっていたためアルファが食い下がった。その結果、女性はため息を吐いてから答えてくれた。


「…あんたたち、本当に気が付かなかったのかい?」

「シノンの不調に…ですか?」

「違う。あの子が自分の魔力を生命力に変換して、十日もの間、耐えていたことだよ」

「魔力を…生命力に変換…?」


 そんな話など聞いたこともなかったアルファは、一切の心当たりもなく呆然としてしまう。アリュスフィアも、ユウキも、ルミナも、皆が知らなかった。


「はあ…あの子の生命力は異常さ、あんな大怪我でも死にはしないし、一般人にとって致命傷になろうとしぶとく生きる。だが、あの子も人間だ。怪我をすれば当然熱も出るし、魔力がバカみたいに多いせいで治癒魔法も効かない。不便な肉体だが、あの子には特別な知恵がある。そのひとつが、自分の魔力を生命力に変換することだ」


 女性は、呆れたような声ながらも丁寧に教えてくれた。口調は荒いけれど、彼女は本心からシノンのことを心配しているようにも感じられる。


「あの子が約十日も、動けていたのは何故だと思う? あの子は元から頑丈な身体じゃないんだ。少しでも心配したのかい? あの子の限界を把握していたかい?」

「……」


 誰も、何も、答えられなかった。

 シノンは強く、常に平静を保って振る舞っていた。大怪我ではあったが、傷は順調に治っているのだろうと思っていたのだ。何故なら、シノンは一度として、皆に弱みを見せなかったから。


「だから言ったんだ。あんたたちに、あの子の仲間である資格はないと」


 女性は腕を組み、足を組んでそう言っていた。誰もが口をつぐむ中、ルミナは一歩前へ出て、胸を張って声を上げる。


「違います。シノンはそもそも資格がどうとかを気にする人じゃない。確かに、私はまだ弱くて、シノンにはたくさん迷惑をかけてきた。今だって、シノンが我慢していたことに気づかず、辛い思いをさせてしまったし、私たちにシノンと一緒にいる資格はないのかもしれません。けれど、私たちはシノンをもっと知る必要があると思うんです」


 女性に睨みつけられながらも、ルミナは堂々と話していた。一切臆することなく、女性の鋭いまなざしを、目を逸らすことなくまっすぐに見つめながら。


「今回は、私たち全員がシノンを過信してたことが原因だったんです。私たちは頼りすぎていました。シノンが何も言わないから、甘えてたんです」


 ルミナは、目から感情があふれ出すのを堪えながら、女性に対して言葉を発していた。握る拳も、唇も震えが止まらない。それでも、声に込められた力が失われることはなかった。


「私は、私たちは、シノンのそばから離れるつもりはありません。もう同じことを繰り返さないよう、シノンにばかり頼らないよう、改善するつもりです」

「……」


 ルミナの言葉を黙って聞いていたアルファ達も、彼女の言葉に力強くうなずく。頬杖をついて話を聞いていた女性は、再びため息を吐きながら呟く。


「甘えてたってところに気が付いたのは良い。それに、決めるのはあの子だ。個室を用意して寝かせてるから、そばにいてやりな」

「…! はい!」


 手をひらひらと振り、カルテに記録をし始めた女性。入口付近で待っていた助手の案内で、四人はシノンが眠っている部屋へ向かっていった。

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