044. 閃光の翼
「そう…大変だったのね。でも確かにあの男、かなり手強かったものね」
個室にて席に着き、机を囲み情報交換をするアンジェニーナとアルファ。そして、皓月千里の中で唯一青年と剣を交えたシノンや、同じく姉弟と戦ったシトラスとロバートも同席している。
個室はそんなに広い場所ではないので、五人が話している間、ルミナ達三人は別の場所でお茶を飲みながら待機していた。
「情けない話だけど、彼がいなかったら…本当に何もできなかったんだ。足止めも、ハマナの命を救うことも…」
「すごいのね、シノン君は! ねえねえ、ランクはいくつなの?」
「…A」
「あら! 思っていた通りだわ! やっぱり、役職は前衛かしら?」
「うん」
「そうよね? 見た目は魔法使いのようだけど、立ち振る舞い方が隠す気がないんだもの!」
アンジェニーナは頬杖をつきながら、楽しそうに言った。彼女は他人をよく見ており、一目で相手がどのような人間かを見抜く能力があるようだ。
「……」
シノンはフードをさらに深く被るような動作をしたきり、それ以上言葉を発することはなかった。自身と正反対にいる属性の人間ほど、彼が苦手なものはない。
「申し訳ない、シノンは無口な性格なんだ」
「そうみたいね。…さて、情報交換も済んだし、お互いにそろそろお暇しましょうか」
アンジェニーナは残念そうにしつつも、シノンに無理強いはせず立ち上がった。
「これも縁。また会うこともあるでしょう。その時は、一緒に仕事が出来たら嬉しいわ」
「ああ、そうだな。こちらも話が出来てよかった」
アンジェニーナに握手を求められたアルファは、しっかりそれに応じた。アンジェニーナは満面の笑みを浮かべながら、手をひらひらと振りながら個室を去って行った。
シトラスとロバートもペコリと頭を下げて、リーダーであるアンジェニーナに続いて行った。
「あ、ここは私が全部出すから! また縁があれば会いましょう!」
「え、そんな自分たちの分は自分で出すのに…!」
「いいのいいの! 珍しいものも見れたし、あなた達の情報は具体的でこっちの方がもらってばかりだったもの。遠慮しないで!」
「あ…そ、それじゃあ、お言葉に甘えて…ありがとう」
アルファは真面目だが、冒険者としての生活もそれなりに長くなってきて、冒険者同士の情報のやり取りにおける暗黙のルールをようやく理解してきた。
アンジェニーナがアルファ達に奢ろうとしているのは、自分たちが一の情報しか与えられなかったのに対して、皓月千里…特にシノンからは三か四もの情報を貰ったと感じたからだ。初対面だからこそ、貸し借りのない関係を保つ目的で、ここは自分が金を払うことでそれらを相殺することができるのだ。
「もし、いつかジガム王国に来ることがあれば、ギルドを通して連絡を頂戴。案内もするし、機会があれば一緒に仕事もしたいわ」
「わかった。レラン王国に来ることがあったら、皓月千里に連絡して欲しい。こちらも、案内も仕事も大歓迎だ」
アンジェニーナは、笑顔を崩さずそう告げ、カフェを去って行く。彼らは今夜、この港で一泊してから船に乗り、依頼完了報告のためレイスル小国へ帰還する。
本来ならば冒険者ギルドに報告をすれば、ギルド同士で冒険者の情報を共有しているため必要ないのだが、彼らはレイスル小国の王族から直接依頼を受けてここに来ている。それ故に冒険者ギルドだけでなく、依頼主である王族にも直接謁見をして報告しなければならないのだ。
「あーあ、リリーズ王国なんて仕事でもそう滅多に来ないし、のんびりしたかったなあ」
人通りの多い道を歩き、宿に向かいながらぼやくアンジェニーナ。その後ろで苦笑いを浮かべながら、シトラスが彼女に話しかける。
「仕方ないですよ。団長ものんびりしてないで帰って来いって、お怒りになると思いますし」
「はー! 団長も少しくらい休暇くれたっていいのに!」
「まあまあ、姐さん。今度、王都で流行ってるパフェ奢りますから」
「ほんと? しょーがないわねぇ~、ロバートがそこまで言うならちゃんと帰りますか~」
アンジェニーナは鼻歌を歌いながら歩く。そして馴染みの宿に到着すると、女将に笑顔を見せながら挨拶していた。
「女将さーん! こんにちは! 二部屋借りていーい?」
「おや、アンジェニーナさんじゃないか。空いてるよ、何泊する?」
「一泊。これで足りるかしら?」
アンジェニーナは、カウンターの奥で皿洗いをしていた女将に金貨一枚を渡す。女将は優しい笑みから引き攣った笑みに変化し、恐る恐るアンジェニーナに問う。
「…あ、アンジェニーナさん? いつもより随分多いようだけど…? それとも、おつりが必要かい…?」
「今日は大きな長期仕事を終えてきたの! 気にせずそのまま受け取って、女将さんにはいつもお世話になっているんだから」
アンジェニーナはリリーズ王国に立ち寄る際、必ずこの馴染みの宿・ウミネコ亭に宿泊する。その度に過剰なほど多い金額を毎回払っているため、女将はそれを断る口実を探していた。しかしアンジェニーナにとってウミネコ亭は思い入れ深い場所であり、第二の家のように感じていたため、半ば押し付けるように多めの料金を支払っていた。
「アンジェニーナさん、さすがにこれは受け取れないよ…」
「お願い女将さん! これは受け取ってほしい!! 女将さんたちがいなかったら私、この大きな依頼も受けれなかったから!」
「これはあんたが頑張って稼いだ金じゃないか。それにその言葉は毎回聞いてるよ、もう随分もらってるし、あんたが多めに払ってくれた料金だけでも百回は泊まれるよ」
「足りないわ! 私にとって女将さんたちは命の恩人! お金なんていくらでも稼げるから、女将さんたちのために使って!」
「…はあ…」
アンジェニーナは金貨を返そうとする女将に、頭を下げてお願いしていた。彼女の性格を知っている女将は、諦めたかのようにため息を吐いた。
「…わかったよ。でも、これは使わずにとっておく」
「またぁ?」
「バカ、そう簡単に手を出せるもんか。これはいつかあんたが困った時のための金だよ」
「受け取らないわよ、絶対に」
アンジェニーナは、腕を組んでそっぽを向く。まるで子供のように頬を膨らませていて、大人になっても愛嬌のある彼女には、女将もつい絆されてしまう。彼女には、そんな不思議な魔力がある。
「はいはい、とにかく二部屋一泊ね。夕食はうんと豪華にしてあげるから、楽しみにしてな」
「はーい! 楽しみにしてまーす!」
女将が折れたことで、アンジェニーナの明るく嬉しそうな声が宿に響く。彼女の整った容姿に惹かれ視線を向けていた者たちは、彼女の声を聞いただけで自然と笑みがこぼれる。
「女将さん、僕たちの分は自分たちで払うので、これを」
「…お願いします」
「はいはい、あんたたちも真面目だねえ」
女将はシトラスとロバートから出された一泊分の料金を受け取り、彼らに部屋の鍵を渡す。
三人はそれぞれあてがわれた部屋に入り、アンジェニーナは荷を降ろすとシトラスとロバートの部屋へ入り、椅子に腰かけた。
「はあーあ、シノン君…だったかしら? あの子、随分と警戒心が強くて…あんまり話せなかったわ」
「アンジェニーナさんの魔力も相当高いはずですが…彼は剣士でありながら、相当以上の魔力を有しているようでした。それこそ、本職の宮廷魔法使い、あるいは賢者クラスのような…」
「魔法剣士なんですかね?」
「いえ…彼の持つ剣からは、魔剣のような痕跡は見られませんでした。せいぜい、切れ味を良くする付与や、属性を纏うことくらいしかできません」
三人は向かい合って座り、今日出会った冒険者パーティ皓月千里を話題に取り上げる。特に、目立たないように振舞っていながら、Aランク冒険者である閃光の翼の目には異様に映った少年シノンの話で盛り上がる。
「心を開いてもらうには、こちらから時間をかけて近づいてあげないといけないタイプね。仲良くなりたいわ~」
アンジェニーナは、いつもの明るい笑みを崩さないまま、両肘をつき、手に顎を載せながらそう言う。顔を隠し、ほとんど口を開かないといったミステリアスな雰囲気を持つ人間が、アンジェニーナは嫌いではない。
「そうだ、もう一人興味のある子がいたの。ルミナちゃんかしら? あの子、将来有望よね」
「そうですね。フードを被っていましたが、僕も少し見えました」
「…白髪、ですか?」
「そうよ。あれは戦闘民族の末裔って呼ばれてる、レイヴァね。噂通り、とても綺麗な子だった~」
アンジェニーナはほんの少しだけ見えたルミナの美しい顔立ちを思い出し、憧憬の念を抱きながら言葉を発する。彼女も相当美人の部類に入るが、やはり自分以外の美人を見ると思うものがあるのだろう。
「姐さんは毎日綺麗な顔見てるじゃないですか。鏡で…」
「あらやだ、お口がお上手ねロバート。でもやっぱり、目の保養って大事なの!」
ロバートは堅い表情のままアンジェニーナに話しかけるが、彼女はその誉め言葉も慣れたものとばかりに、さらりと流してそう返した。自分の顔が整っている自覚はあるが、それとこれとでは話が違うのだと。
「いつかレラン王国へ遊びに行きましょう。私が団長にお願いすれば、もしかしたら休暇ももらえるかも!?」
「…あんまないと思いますけどね」
「かなりのレアケースだと思いますが…」
「なによ二人揃って! あまりに親バカが過ぎるようなら、私は家出してでも自由を貰うんだから」
ロバートとシトラスにさえそう言われてしまったアンジェニーナは、不満そうに言葉を発していた。しかしそれを聞いたシトラスとロバートも、苦笑いを浮かべながら返事をした。
「その時は、僕もあなたについて行きますよ」
「俺もです。俺は、団長じゃなく姐さんに忠誠を誓ってる」
「知ってる! 否が応でもあなた達だけは連れて行くって決めてたから関係ないけど! お腹が空いたわ! ご飯を食べに行きましょう~!」
アンジェニーナは満面の笑みを見せると、立ち上がって食堂へ向かっていった。
いつでもどんな時でも、そこまでも自由で、メンバーを引っ張る存在、アンジェニーナ。シトラスとロバートは互いに顔を見合わせて微笑むと、彼女の後をついて行くのだった。




