039. シノンの素顔
ハマナの治療は、シノンが合流したことにより順調に進み、容態も安定した。ユウキが必死に延命し続けたことも、心臓を損傷したハマナが助かった理由の大きな要因になったし、卓越した治癒魔法使いが二人もいたことが幸いした結果である。
シノンの傷もかなり重傷ではあったが、応急手当も済み、これから皆で夕食を摂るところである。
「…それにしても、驚いた。シノンもルミナと同じ、レイヴァだったなんて」
「どうりで顔を見られたくないわけだわ。あまりに綺麗な顔をしているんだもの」
軽く食事を済ませた後、皆でゆっくりしながら火を囲んでいた。
ハマナはまだ目を覚まさず、洞穴の奥側で横になって眠っている。
「…黙ってて、ごめん」
シノンの耳は若干垂れているように見える。申し訳ないと思っていた気持ちは本当で、このような形で顔を見せることになってしまったことも、シノンはまとめて謝罪した。
「いや、気にしなくていい。君が目立ちたがらない性格なのは、俺もフィアも知っている。それに、珍しい「レイヴァであること」を他人に打ち明けるのは、かなり勇気のいることだとも理解している」
「そうね。ま、口の堅さには自信があるから安心しなさいよ。あたしもお兄ちゃんも、うっかり口を漏らすこともないと保証するわ」
「…うん、ありがとう」
シノンの表情は最初よりかなり柔らかくなった。アルファやアリュスフィアもなんとなく感じていたが、シノンは普段の会話でもほとんど表情を動かさないらしい。
話していても声のトーンは常に一定で、抑揚がないわけではないものの、あまり感情を表に出す人間ではないからだ。顔を隠していた時でも唯一見えていた口角も、常に下がったまま上がることはなかった。
兄妹は今こうしてシノンの顔を初めて見たが、ルミナと同等かそれ以上に美しい顔立ちと、深海のような深く鮮やかな青い瞳、銀糸のような白銀の髪はサラサラとしていて、一見男には見えない。
あまりにも美しすぎると、冒険者ギルドではかなり目立つことだろう。注目されることを極端に避けるシノンが、これまでアルファやアリュスフィアにも顔を見せることを躊躇っていた理由も、兄妹は多いに納得していた。
「それに、シノンがなぜあんなに強いのかも少し納得した。レイヴァは戦闘民族の末裔だもんな」
アルファは岩壁に背を預け、そう言葉を口にした。
シノンは戦闘民族の末裔であり、狼の獣人のような特徴も見られる。ただでさえ五感も身体能力も非常に発達しているレイヴァが、狼の獣人の五感と身体能力と合わされば、そんな戦いのために生まれたかのような才能の塊が、強くないはずもない。
「レイヴァを一度に二人も目にする機会が訪れるなんて。しかも、ずっと近くにいたなんて、驚いて開いた口が塞がらないわ。それにしても、シノンだけは隠して、ルミナはその髪をどうして隠さなかったの?」
アリュスフィアも肩を竦め、そう呟いた。見たところ、シノンもルミナも血の繋がりはないように見えるし、姉弟というわけでもないだろうと感じたアリュスフィア。
赤の他人で、ただでさえ珍しい血筋を持つ二人が出会って、今もこうして共に過ごしている偶然、しかもそんな二人に自分たちが出会うなんて、思ってもみなかった。
普通なら二人ともが髪を隠すだろうが、ルミナはトラブルに巻き込まれても、その髪と顔を隠すようなことはなかった。
「あはは…私も、初めてシノンの顔を見た時は驚いたんだよ。自分と同じ髪の色を持ってる人は、家族とシノン以外に見たことがないんだ。今も昔も、私の髪を見た人は目の色を変えて私を見つめるの。それが嫌で、小さい頃は今のシノンみたいに全部隠してた」
ルミナは苦笑いを浮かべた後、手に持つ飲物を見つめながら話す。
「だけど、シノンに出会って、自分だけじゃないって、一人じゃないってわかったその日から、隠すのはやめたの。目立っちゃうのは変わらないんだけど、工夫してお洒落して、自分を飾るのが楽しくなっちゃって」
ルミナはシノンに出会ってから、アクセサリーや化粧などに敏感になった。下手に着飾らなくてもルミナは十分美しいのだが、それでもすべてを隠していた時よりもルミナが良い方向に変化したということに変わりはない。
「きっと、シノンがレイヴァじゃなくても、私は旅に出ていたと思う。でも、隠さなくてもいいんだって、一人じゃないんだって希望を与えてくれたのは、シノンがレイヴァだったからだって思うの」
ルミナはずっと一人ではなかった。しかし、ある意味では孤立もしていた。地に足を着いている気がしなかったのだ。
そんな中、ルミナにとって、地面に足を着き、手を差し伸べて共に歩んでくれる人間が、シノンだった。
「…そう。でも、それでもやっぱり、ルミナが特殊なのかしら?」
「えっ、特殊って、何が?」
アリュスフィアは始めとても暖かい笑みを浮かべ、柔らかい声を発していたが、すぐにルミナを揶揄うような笑みになる。
「レイヴァってみんな髪を隠しちゃってるからあまり見ないのかしらって思ったんだけど、仲間に出会ったから言って都会でも堂々と顔を晒してちゃ…ねえ?」
「うっ…そ、それは」
ルミナは、自身がトラブルに巻き込まれることによって仲間に何度か迷惑をかけてしまった自覚があるため、申し訳なさそうに背を丸めていた。
「ふふっ…冗談だってば。ルミナが心からお洒落を楽しんでるなら、あたしも嬉しいわ。一緒に共通の話題もできるしね。トラブルはあっても人生を楽しんでいる、そんなルミナが、あたしから見たらとてもまぶしいわ」
アリュスフィアがおかしそうに笑うと、ルミナは少しだけ頬を膨らませていた。その後に続けた言葉に対し、ユウキとアルファも同意するように頷いていた。
「変な奴に絡まれたら、あたしが守ってあげる。ルミナは安心して自分の好きなことに集中しなさい」
「…うん、ありがとう、フィア」
「ボクも知らなかったです。ルミナさんが昔は全部隠していたなんて、想像できないです」
「昔は髪も短かったんだよ? …この髪が、とても嫌いだった。泥を頭から被って、皆みたいに色のある髪にしようともしたの」
ルミナは自身の髪をいじりながら、自嘲気味に笑う。頭から被った泥をエジルやマガネスによって洗い落とされ、大声で泣き喚いたこともあったと思い出しながら。
「でもシノンの顔を見た時、こんなに綺麗な人がいるんだって思って。私が大嫌いなこの髪色で、今まで出会って来たどんな人よりも綺麗な人がいたの。それがシノンだった。ね、シノン…シノン?」
ルミナの隣に座っていたシノンは、ほとんど空になったコップを両手で握りしめながら俯いていた。そして力が抜け、ルミナの肩に頭を預けている。
「…寝ちゃったみたい。疲れたよね、シノン…」
ルミナは心配そうな声でシノンにそう声をかける。しかし、シノンから返事はない。ルミナはシノンの頭が落ちないようそっと位置を直してやると、シノンの手からコップをゆっくり抜き取る。
「ごめん、シノンの眠りが深くなるまでは動けないと思うから、これを片付けておいてくれる?」
「俺がやるよ。ルミナは新しく淹れるか?」
「うーん、お願いしようかな。ありがとう」
シノンはいつの間にか、癖なのかフードを被り直しており、さらに俯いているため顔はよく見えない。しかし覗き込むと少しだけ見える口元は、力が抜けて半分開いている。微かに聞こえる寝息に合わせて肩はわずかに上下しており、安心しきったように眠っていた。
警戒心の強いシノンも、ルミナに対してはかなりの信頼を置いていることが皆にもよくわかった。
「…さて、雑談はおしまいね。今日の見張り当番はどうする?」
「二人ずつにしよう。ハマナを襲ったあの二人が、またいつ襲ってくるともわからない。シノンを頼ることもできないから、俺たちでしっかりやるぞ」
「そうだね。絶対に気を抜けないよね」
ルミナたちは一切気を抜くことなく見張りに臨むよう、緊張した面持ちで頷き合った。彼らはハマナを守れなかったこと、シノン一人に大きな負担をかけてしまったことを悔いていた。
大鎌の青年の時だって、シノンがハマナを庇っていなければ一瞬で護衛対象の命は奪われていたはずだ。足手まといにならないよう、あの大鎌の青年をシノンが引き受けてくれているうちに、ハマナを彼から引き離すために走ってきたのに、これでは…と、おそらく全員が思っていただろう。
全員が自分を責めていた。あれほどの実力差があっては彼らにはどうしようもなかったが、もっとやりようがあったのでは? と強く感じていたからだ。
Aランク冒険者であるシノンでさえ大怪我をして戻ってきたのだから、きっと四人が束になって戦っても勝ち目はない。しかし、勝てないからと言って、シノン一人に頼り切りになるのは、全員が納得していなかった。
「ペア組は俺とユウキ、ルミナとフィアで。まとまった睡眠を取った方がいいから、当番は半分ずつ、交代は一回のみにしよう」
アルファの選んだペア組は、できる限り前衛と後方支援の組み合わせで選んだ。積極的に前衛を務めながらも後衛をある程度守れるアルファが後衛のユウキと組み、前衛として戦闘に集中しながら後方支援を受けることのできるルミナと、その後方支援役であるアリュスフィアを組ませるといった作戦だった。
それに、深夜に起きて活動することが苦手なユウキに、しばらくは動けないルミナの関係を考えた組み合わせでもある。
「あたしもそれには賛成よ。ユウキは一番目がいい? 魔力のこともあるし、先に休まなくても大丈夫?」
「最初の方でやらせていただけると助かります。先ほどの夕食で魔力はいくらか回復しましたし、ポーションも持っていますから、大丈夫です」
ユウキはハマナの治療で多くの魔力を消費したが、後衛職である以上、魔力補充用のポーションはいくつか携帯している。最悪の場合はそれを用いれば問題ないと、アリュスフィアに頷いた。
「そうだな。ルミナ、そのままでも眠れるか?」
「大丈夫。旅慣れていないわけじゃないから、これでも眠れるよ」
アルファは、シノンが寄りかかっているためにしばらくは座った姿勢のまま動けないルミナのことを心配していた。しかしルミナとてかなり旅に慣れている人間だ。座った姿勢で睡眠を取ることにも慣れているため、問題ないと頷く。
「よし。それと、明日からの動きに関してはハマナとシノンの体調を考慮しつつ、シノンも交えて話し合いがしたい。できる限り早めに皇都に着けるようにしたいから、睡眠はできる限り取ってくれ」
「わかったわ。じゃ、早めに休むわね。おやすみ、何かあったら起こしてね」
「フィア、ルミナさん、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
少しでも睡眠時間を確保するため、アリュスフィアとルミナは先に眠りに就き、アルファとユウキは見張り当番をする。夜間特に問題もなく、見張り番を交代しながら、皓月千里は無事朝を迎えるのだった。
「レイヴァ」 知名度 ★★★★☆
白銀の髪を持つ、美しき戦闘民族の末裔。
基本的に、白銀の髪と高い戦闘能力等以外に特徴はなく、人族の姿をしている。
高い戦闘能力や五感を持ち、仲間同士の結束が固い。
奴隷狩りに遭い、今では数少ない貴族の家系や隔世遺伝などでしか見られない。
「人族」 知名度 ★★★★★
寿命:約80年。特に大きな特徴を持たない人間。
他の種族と比べて短命だが、繁殖能力や徒党を組む能力は非常に高い。




