037. 植物を操る女
彼女は純白のドレスを身にまとっていて、青年と同じ漆黒の髪を持ち、艶のある長い髪は風になびいていた。青空を彷彿とさせる空色の瞳は憎しみに満ちていながらも人を魅了する輝きを放っており、自然と惹きつける魅力に満ちていた。
そしてその女性にも、青年と同じ猫の耳と尻尾があり、顔立ちが非常に似ていた。
「まあ、サン…その傷、どうしたの?」
「姉ちゃん…いてえ、いてえよぉ…鎌も壊れちゃった……」
「大変! 早く帰って手当てをしないと。少し待っていてね、すぐに…片づけてあげる」
女性はシノンを鋭く睨み、先ほどまでの柔らかく優しい口調とは正反対の、憎悪と殺気に満ちた冷たい声を発していた。女性はとても武闘派ではなく可憐な女性のように見えるが、シノンが見る限り彼女には一切の隙が見られない。
女性と青年が会話をしている間、割って切り込む隙がなかったのだ。その理由はおそらく、女性の周囲を彼女に従うかのように動く太く長い蔓にあるだろう。
それらは生きている鞭のように動いていて、毒々しい雰囲気を纏っている。シノンは直感的にあの蔓には触れてはいけないと、全身の毛が逆立つ感覚がした。
「…あなたがこの子にこんな傷を負わせたのよね? …楽に死なせたくはないのだけれど、この子の傷の手当てが遅れたら大変だから、一瞬で命を奪ってあげる」
女性はシノンを、見るもの全てを委縮させるかの如く冷たい視線で見降ろしていた。彼女の宣言通り、彼女の背後に従えていた大量の蔓が一斉にシノンへと襲い掛かってきた。
蔓一本一本は太く長いが、それは青年が扱っていた大鎌と同じく、速くて、重い。そして青年とは違い、非常に卓越した技術の持ち主だった。シノンが避ける先を読み、更に先を読んで攻撃を仕掛けてきている。いや、あるいは、誘導されているのかもしれない。
青年との戦闘で消耗していたシノンは、回避に徹しながらも思考を巡らせる。しかし先回りされ主導権を握られているこの状態では、度々思考を妨害され続けてしまうのは明白だった。
蔓はシノンの身体を何度も掠って行った。触れる度に体力も魔力もごっそり持っていかれるかのような感覚になったため、魔力が多く込められて鍛造されている剣では切ることもできない。
ダメもとで防御シールドを展開するが、蔓は魔力をよく吸収する性質を持っているようで、青年が扱っていた鎌とは違い、触れた瞬間にシールドが溶けるように消えてしまう。下手に魔法を使えば、女性の持つ蔓に全て吸収されてしまうだろう。
「…そんなにも動き回って、まるでハエね。まずは…大人しくおすわりのできない足と、お行儀の悪い手を、封じてしまいましょう」
「っ…!」
あまりにも鋭い蔓の攻撃に、シノンが剣を握る右腕は深く抉られてしまい、右手に持っていた剣を地面に落としてしまう。それとほぼ同時に別の蔓がシノンの顔と右脚目がけて突進していたが、咄嗟に首を捻って避けたため頬を掠っていくだけで済んだ。その際、シノンのフードが外れ、白銀の髪と狼の耳、そしてシノンの顔が露わになっていた。
「足は外してしまったわね。まあ、いいわ」
女性は一切表情も声のトーンも変えることなく呟くと、複数ある蔓をシノンに向けて一斉に放出した。傷を負い、体力や魔力を文字通り奪われてしまったシノンがそれを避けることはできず、女性の蔓の攻撃をもろに食らってしまった。
「くっ…かはっ…!!」
蔓の攻撃を受け数メートルほど吹き飛ばされたシノンは、受け身をまともに取ることすらできないまま背後の木に背をぶつけ、肺の空気が吐き出される。
女性はシノンの生死を確認しに行くことはなく、動かなくなったシノンを無視して青年の方を向く。
「サン、あの空の使いは私がちゃんと処分しておいたから。帰って傷を手当てしましょう」
「姉ちゃんごめん…オレがやりたかったんだけど…」
「気にしないで。さあ、早く行きましょう」
女性は想定よりも時間がかかってしまったことに焦る様子を見せ、青年は力なく姉に謝罪していた。女性は蔓を用いて、地面に刺さっていた青年の武器である鎌を拾い持ち上げると、弟の身体を蔓で支えつつ、どこかへ去って行った。
(ルミナ…アルファ…っ)
姉弟がいなくなった後、シノンは地面に倒れた状態から起き上がる。
想定以上にあの蔓によって体力を吸われていたようで、全身の筋肉を動かすのもやっとだった。今のシノンはまるで、丸一日全速力で走っていたかのような消耗ぶりだ。
右腕から滴る血もそのままに、地面に落とした剣を左手で拾い、融通の利かない身体を奮い立たせながらルミナ達を追いかけるため、シノンは走り出した。
*
時は少し遡る。
「ハマナさん、頑張って…! もう少しですから…!」
シノンが囮となり、青年からハマナを引き離すため随分走ってきたアルファ達。体力が限界を迎えそうになっていたハマナにユウキが声をかけ、ルミナもハマナが遅れてしまったりしないよう、彼の背を押すようにして走っていた。
(シノン…大丈夫かな)
ルミナは振り返ることなく、前のみを見て走っていた。アルファとアリュスフィア、それにユウキは青年に対する警戒をほとんど解いてしまっていたものの、ルミナは嫌な予感が抜けず、漠然とした不安を抱えていた。
シノンが異常なだけで、ルミナも一般人より高い嗅覚や第六感を持つ人間だ。大鎌を担ぐ青年からは、隠し通せない錆びた鉄の臭いがしていた。シノンが守りの体勢に入ったように見えたため、ルミナは自身が感じていた嫌な予感が的中していることを確信したのだった。
シノンが強いことは、ルミナが一番よく知っている。しかし、シノンがどれほどの腕なのかは、彼女には計り知れない。
シノンとあの大鎌の青年が戦ったらどちらが勝つかも想像できず、漠然とした不安のせいもあってかなり動揺していた。
「ごきげんよう」
「っ…!!」
「えっ!?」
街道に沿って走っていた一行の目の前にふわりと現れたのは、白いドレスを身にまとった女性だった。艶やかな黒髪をなびかせ、猫のものと思われる耳と尻尾を持つその女性は、口元に柔らかな笑みを浮かべながら話しかけて来ていた。
「…どうやら味方ではないみたいだ」
彼女はやんわりとした声音で話していたが、背後に従えるように存在する蔓は、アルファ達に友好的な接触を試みているようには見えなかった。
「皆! ここは俺が引き受けるから、先に行け!」
「ちょ、無茶よお兄ちゃん! 一人で残ったら死ぬわ!!」
「誰かが止めなきゃいけないんだ。絶対に合流するから、早く逃げ…!」
アルファが必死に声を発している横を、太く長い蔓が横切って行った。そしてそれは、アルファとアリュスフィアの背後にいて、ルミナとユウキの隣にいるハマナの左胸を貫通していた。
「…え…?」
ハマナは口から血を垂らしながら、掠れた小さな声を発して倒れた。全員が何もすることができない間に、最も重要な護衛対象に手を出させてしまったのだ。
「私の用は済みましたので、これにて。良い一日を」
女性は礼儀正しく、白いドレスの裾を持ち上げ頭を下げると、気が付いたら四人の前から姿を消していた。しかし、それに構っている暇はない。
「ユウキ! 治癒魔法かけて! 今すぐ!!」
「もうやってます! でも心臓を貫通しているので、今のボクにできるのは、魔力が持つ限り生命維持するくらいで…!」
「安全な場所を探そう。大丈夫、シノンが帰ってくるまで持たせられればいい!!」
アリュスフィアが慌てたように声をあげ、ユウキは倒れたハマナの心臓に治癒魔法をかけ続けた。アルファは比較的冷静に、すでに暗くなり始めている周囲を見回してから、アリュスフィアに近くの安全な場所を探すよう指示を出した。
あまりに一瞬の出来事で、全員が動けなかった。比較的冷静に事に当たっているように見えるアルファも含め、全員が半分放心状態であると言える。
アリュスフィアが見つけてきた、街道の脇にある洞穴に入り、ハマナを運んでいたアルファは丁寧に彼を寝かせる。その間も、ユウキはずっとハマナに治癒魔法をかけ続けていた。
「フィア、お湯を沸かす準備と治療用の薬の準備をしておいてくれ。俺は水を、ルミナは薪を探してここに運んだら、火を起こしてもらいたい。ユウキは引き続きハマナの生命維持及び治療を、火を起こしてお湯が沸くまでに追加の薪も探しに行くぞ」
「わかりました!」
「了解よ」
「わかった」
アルファの指示に全員が頷き、それぞれが行動を開始した。アリュスフィアは慣れた手付きで荷物からお湯沸かし用の鍋と医療用具を取り出して並べ、すぐに戻ってきたルミナは運んできた薪に魔法で火をつけた。アルファも間もなく帰ってきて、アリュスフィアが用意した鍋に水を注ぐ。
追加の水と薪を運ぶため、アルファとルミナは再び外へ繰り出して行った。
「ユウキ! ハマナの容態は?」
「…! シノンさん…!!」
フードが外れ、全身に傷を負い、呼吸が乱れていながらも、シノンは匂いの痕跡を辿って洞穴へとたどり着いた。
「治癒魔法」 知名度 ★★★★★
主に水、光、命、森などの属性で扱える魔法。損傷した傷を修復する。
魔法によっては病を治すものもあるらしい。
魔力が高い者が扱う治癒魔法ほど優秀であるとされている。




