036. 大鎌の青年
チグアム皇国を経由してヘルガ皇国へ入国し、シノン達は山間の街道を歩いていた。周辺は森に囲まれているが、風がよく通り、日差しがよく差し込む。日差しが差し込むということは、魔物の出没が非常に少なく、自然と人通りが増えるため、盗賊などといった人間による脅威のリスクも自然と減るといった利点が存在する。
シノン達も多くの商人や旅人とすれ違いながら街道を歩いていき、やがて日が暮れる時間より少し前になると、比較的人通りが少なくなっていった。
数十分ほどぶりに出会った人は、冒険者なのか大きな武器を収納せず剥き出しで肩に担ぎ、正面から歩いてきた比較的小柄な青年だった。
ファーのついた黒いコートを纏い、フードを被りポケットに片手を入れて歩く青年を、先頭を歩くアルファとアリュスフィアは少しだけ警戒する。しかし、思っていたよりも青年はかなり友好的に、親しみのある笑みで皓月千里に話しかけてきた。
「こんにちは。ここは大きな街道だってのに、あんま人に会わなかったから不安だったけど、あんたたちに会えて良かったよ~」
そんな青年の笑みを見て肩の力を抜いたアルファとアリュスフィア。
青年が持っていた武器は巨大な大鎌だった。それを布で巻くなどせず、剥き出しの状態で担いでいるのだから、警戒心を抱くのは当然だ。しかしここは野外であり、街中ならばともかく、外部ではいつ魔物が襲い掛かってくるかがわからないため、人によっては武器を収納せずそのまま持ち歩く者もいる。だからこそ、アルファもアリュスフィアも、友好的に話しかけてきた青年に対する警戒心もほとんど薄れた。
どうやら道に迷ってしまったらしく、チグアム皇国皇都へ行くにはどうしたら良いかわからなかったらしい。アルファとアリュスフィアで地図を使いながら青年へ道を説明している間、最後尾にいたはずのシノンがルミナとユウキ、そしてハマナの前へ出てきた。
「シノン?」
「……」
シノンはルミナに名を呼ばれても答えず、ただじっと大鎌を持つ青年を見つめていた。
「ありがとう! 助かったよ~。じゃ、良い一日になりますように」
「ああ、そちらこそ」
青年は笑顔を浮かべてアルファに感謝を告げながら手を振ると、シノンの横を通って反対方向へ去って行こうとした。アルファとアリュスフィア、そして後ろにいたルミナとユウキ、ハマナの三人も歩き出そうとした時、皆の耳にハッキリと聞こえる、金属同士がぶつかる音が大きく響いた。
「え!?」
「何だ!?」
ユウキは状況を理解できず硬直し、ルミナは驚いて音の出た方向を凝視する。先頭を歩き出したアルファとアリュスフィアも振り向き、音の正体を確認した。
四人が見たのは、ハマナの首に迫る青年の大鎌の刃。そしてそれは、ハマナの首に到達する直前でシノンの剣によって食い止められていた。あまりに一瞬の出来事で、目の前に迫る刃を見つめたまま硬直しているハマナ。
その一瞬の攻撃を、シノンによっていとも簡単に受け止められてしまった青年はニタリと笑みを浮かべた。
その表情を見た者は全身の毛が逆立つような感覚を覚える不気味な笑みであり、それを見たシノンは青年の鎌を受け止めたまま、青年の鳩尾目がけて蹴りを放つ。青年はシノンのその蹴りを、背後に跳ぶことで回避した。
「アルファ! 全員を連れてここから離れろ!」
「し、しかしシノン…!!」
「後で必ず追いつくから、早く行け!!」
謎の大鎌の青年と対峙しながら、ハマナや他の仲間を連れて逃げるよう、アルファに指示を出したシノン。
想定外かつ珍しく切羽詰まったシノンの声に、アルファたちは半パニック状態に陥ったものの、先ほどハマナを襲った青年の動きも気配も見抜けなかった自分たちがいても足手まといになると判断した。
「…わかった。必ず来いよ!」
「シノン、絶対に追いついて来てね…!」
「うん、必ず」
「気をつけなさいよ! 待ってるからね!!」
「お気をつけて…!!」
ナビール方面へ、ハマナを連れて走るアルファたちを背中で見送るシノンは、青年から一切目を逸らさないまま返事を返す。
素早い判断と指示により護衛対象と仲間を逃がしたシノン。青年は不気味な笑みを浮かべたままそこに立っており、大鎌を肩に担いで口を開く。
「オレの目に狂いはなかったぜ。どちらかが死ぬまでの血沸き肉躍るサバイバルゲームの始まりだ、ヤろうぜ兄チャン!!」
青年は目を見開き、非常に興奮した状態でシノンへ襲い掛かった。青年の大鎌は非常に速く、常人の目では捉えられない速度であり、一撃が非常に重かった。青年は細身に見えるのに、数十キロを超えるであろう重さの大鎌をこれほどの速度で振るのは、並大抵のものではない。
シノンは表情を変えることなく、冷静に攻撃を躱したり受け流したりすることで対応する。のどかで静かだった山間の街道のはずが、激しい金属音の鳴り響く戦場と化してしまった。
「いいゼいいゼ兄チャン…!! やっぱアンタ面白いなァ! もっともっとオレを楽しませてくれよ…!!」
シノンは青年の様子を見つつ、少しずつ反撃をしていった。しばらく打ち合ってわかったことは、青年は非常に厄介な相手ではあるものの、技術面はかなり拙いということだ。
何かしら魔法付与の施された大鎌の効果で、青年にとって大鎌は軽く振り回せる棒だが、他人にとってはその数百倍もの重さで襲い掛かる代物だろう。しかしそれでも、シノンの前では足りない技術を補うことはできなかった。
冷静に青年の動きの癖を見極め、少ない力で青年の大鎌を弾くことができるようになる。青年は驚きで茫然とした表情をしており、それによってできた隙を突くように、シノンは剣を振るった。しかし、青年の口元にはニヤリと笑みが浮かぶ。
「っ…!」
空気を切り裂くような音が周辺から複数聞こえたシノンは、青年への攻撃の手を止め背後へ下がる。次の瞬間、シノンがいた場所を複数の金属片のようなものが通り過ぎて行った。
「あハハ! これもわかるんだァ? 兄チャンすごいなァ!」
青年は腹を抱えて大笑いする。そして心の底から嬉しそうに、楽しそうに、再びシノンの方へ襲い掛かってくるのだった。多数の錆びた金属片を従えるようにしながら。
「これでどう!? じゃこれは!? あれもこれも通用しないなんてどうなってんだよ兄チャン!?」
青年は先ほどと変わらない速度で大鎌を振るう。満面の笑みを浮かべながら、さまざまな角度からの攻撃、縦横無尽に振るわれる大鎌のフェイント。しかしそれと同時に、錆びた金属片はまるで意思を持っているかのように動き回り、シノンの身体を傷つけんと襲い掛かってくるのだ。先ほどのように、青年の動きにのみ集中していれば良い状況とはわけが違う。
ほぼ互角だった二人の戦いは、やがてシノンの防戦一方となった。金属片は時間が経つごとに数が増え、避け切れず体の至る所に傷ができていく。
「それじゃあ、これは受け止められるかなァ!?」
青年は今までより大きく大鎌を振りかぶり、思い切りシノン目がけて振り下ろした。多くの傷ができ、動きの鈍ったシノンは避けきれないと判断し、剣を持っていない左手を突き出して防御結界の一種であるシールドを形成する。
青年の大鎌とぶつかり合い激しい衝突音を響かせるが、自身の全力を叩き込んだにもかかわらず亀裂さえ入らない頑丈なシールドに、青年は非常に驚いたような表情を見せる。
「わア、兄チャンの防御魔法堅いなァ~」
防御魔法の強度は、シールドに込められた魔力密度に依存する。最高峰レベルの魔力量を誇るシノンが展開する防御魔法であれば、いくら重い一撃を放つことのできる青年であっても簡単に破ることはできなかった。
シノンは防御シールドを展開したまま、剣を下段に構えながら、青年に向かって走り出す。青年も応戦するため、歯を見せて笑いながら大鎌を振るった。しかしシノンの狙いは青年自身ではなく、大鎌本体だった。青年が握っている場所よりも少し上を狙い、大鎌の柄を切った。
大鎌の刃は宙を舞い、空気を切る音を鳴らして回転しながら飛んでいく。飛んで行った鎌部分は地面に深く刺さる。シノンは容赦なく、武器を失って茫然とする青年の胴体を切りつけた。
「え…?」
青年は小さく声を上げながら地面に膝を着いた。その際にフードが外れ、深紅の瞳と漆黒の髪が露わになる。青年の容姿は非常に整っており、幼さも残るが鋭い瞳は今、完全に戦意を失っていた。癖のある黒髪には猫のものと思われる耳があり、力なく垂れ下がっていた。
青年は鎌を失った柄を握りしめたまま茫然としており、先ほどまでの激しい動きはまるで嘘のようにピタリと動きを止めている。既に周囲は暗くなり始めており、体力を削ったシノンは静かに呼吸を整えていた。
ハマナを連れてこの場を去ったアルファ達を追いかけるため、動きの止まった青年にとどめを刺そうとするシノン。剣を振り上げ、その首に刃を下ろそうとしたその瞬間、太く重く、鋭い鞭のようにしなやかな何かがシノンへと突如襲い掛かった。
シノンは咄嗟にその攻撃を防ぎながら背後に向かって跳躍することで衝撃を和らげ、安定した着地をするのだった。
「随分とお行儀の悪い剣ね。わたしの愛しい子の武器を破壊するなんて、卑怯者の戦い方よ」
艶やかで、妖艶な声が聞こえると同時に、いつの間にか青年の隣には、太く長い蔓を従える女性が立っていた。
「戦闘魔法」 知名度 ★★★★★
戦闘形態の一つ。攻撃魔法、防御魔法、隠密魔法、探知魔法などがある。
主に軍人や騎士、冒険者などが扱う。
「結界魔法」 知名度 ★★★★★
防御魔法や人除けの結界など、人や物を外部の衝撃や侵入から守るもの。
戦闘から隠蔽工作など、様々な場面で利用される。




