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水の聖者  作者: 森川 悠梨
第三章 護送依頼
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032. ランクアップ試験

 サブギルドマスター・ニス、ギルドマスター・リアナの二人からの推薦を受け、Bランク昇格への試験を受けることになったシノン。審査員以外の人間の見学等はできないため、ルミナ達はギルドにてシノンの帰りを待つことにした。

 試験の日程は、護送依頼の話を受けた二日後の午前。シノンを推薦した本人であるリアナとニスの二人が試験監督及び審査員として同行し、王都付近にある森型のダンジョンの奥へと向かっていく。

 リアナとニスは二人ともがとても優秀な現役Aランク冒険者であるため、道中の魔物は彼らが全て倒した。シノンはこれから大事なランクアップ試験を控えている受験生であり、無駄な体力や魔力消費をさせることを避けるためだ。

 事前に伝えられている試験の内容は、この森型のダンジョンに出没するボス級の魔物、シルバーサーペントの討伐である。その魔物をたった一人で倒す実力があることを認められれば、シノンは晴れてランクアップを果たせる、とのことだ。

 シルバーサーペントは、一部地域では蛇神として祀られるほどの大蛇であり、普通の人間なら成すすべもなく丸呑みにされておしまいだ。

 街の外をよく行き来する商人の間では、こんな言葉がある。「シルバーサーペントに出会ったら、荷馬車も馬も、商品も諦めろ。それでも逃げ切れなければ、神に身を委ねるべし。」と。


「さあ、着いたよ。この扉の先がボスの部屋、そしてシルバーサーペントの縄張りさ」


 特に問題が発生することもなく、ダンジョンの最深部にあるボス部屋に到着する。蔓にまとわりつかれた重厚な扉は、この先が危険な場所であることを警告するかのようである。


「準備はいいかい? 命の危険があると判断したら、ボクが直接介入するからね」

「…はい」


 リアナは扉に手をかけ、背後に立つシノンへと声をかける。シノンが静かに返事を返すと、満足そうに頷いたリアナが扉を開ける。扉が開かれても、ダンジョンのボスはすぐには襲い掛かって来ない。

 部屋に入ってきた存在を認知すると、自身の縄張りを侵されたと判断し、命を奪うために襲い掛かってくるのだ。

 シノンは躊躇うことなくボス部屋の中へと足を踏み入れる。リアナとニスもそれに続き、三人の人間が部屋の中へ入った。背後で扉が閉まり、鍵がかけられるような音が響く。

 中は広く、非常に静かだった。地面は太い樹の根が飛び出しており、壁は通り抜けられないほどの密林のように木が密集していた。

 ボスが縄張りとしている部屋のわりには、一見、主の姿が見えないように思われる。


(…さて、彼は気づいているのかな?)


 背後から審査員として見守るリアナは、初めて拝見するシノンの戦い方に興味津々といった様子だった。

 普通の冒険者であれば、ボス部屋の中に何もいないと、審査員である二人を振り向いてしまっていることだろう。そしてその油断が大きな隙を生み、一瞬で命を奪われることになる。しかし、シノンは上を見た。

 ボス部屋の天井には、太く複雑に枝分かれした樹の枝があり、その枝に自らの長い体を絡ませ、気配を殺して獲物を見つめていた、白い大蛇の姿があった。


「シャアアアア!」


 シノンを見つめてじっとしていた大蛇――シルバーサーペントは、雄叫びを上げながらシノンを丸呑みせんと襲い掛かる。蛇特有の俊敏な動きに、普通の人間は反応することができない。しかしシノンは驚異的な反応速度と反射神経を以って、シルバーサーペントの攻撃を躱す。


「おお」


 体幹を崩さないまま着地し、剣を取り出したシノンはシルバーサーペントの首目がけて攻撃を仕掛ける。しかしシルバーサーペントは、全身に持つ敏感な神経によってそれを感じ取ると、再び上へと戻って行った。

 ここまで、たったの数秒も経っていない。あまりにも速い大蛇の動きにも、シノンが余裕を持ってついて行っていることに対し、リアナは思わず小さく感嘆の声を上げた。

 シノンは上へと戻って行ったシルバーサーペントを追い、休憩の隙など与えないとばかりに攻撃を続ける。


(蛇相手に足場のない空中へ敢えて…? どういうつもり?)


 シルバーサーペントは天井の木々に身体を巻き付け、安定した態勢を取ったままシノンと交戦している。対して、シノンは普通の人間よりも小柄で、不安定な空中にいる。


「シャアア!!」


 シルバーサーペントは高ランクの魔物であるため、人間と同等の知能を有する。シノンが足を地面から離した瞬間、自らに軍配が上がったことを確信するかのような雄叫びを上げながら、目の前の獲物を丸呑みするべく大口を開ける。

 しかしそれは空振りだった。シルバーサーペントは一瞬だけシノンを見失ってしまうが、肌に感じる僅かな空気の揺らぎに反応してしなやかな身体を動かし、危機を回避した。


(気のせいかな? 空中で足を着いてなかった?)


 シルバサーペントの目の前にいたはずのシノンは、いつの間にかシルバサーペントの左側へと移動していた。

 リアナの目には、それは空間魔法のような瞬間移動ではなく、何もない地面を蹴って動いていたように映った。実際、シノンはシルバーサーペントに攻撃を避けられた後も空中を蹴り、何度も攻撃を仕掛けて行っていた。

 大蛇の反応速度は非常に速い。普通の人間では、到底追いつけないほどに。しかし短いスパンで何度も弱点を狙う攻撃を仕掛けられてしまえば、いくらシルバーサーペントとはいえ避けないわけにはいかず、ただでさえ最低限のエネルギー消費だけで過ごしているシルバーサーペントの体力は容易に削られてしまう。

 動きが鈍くなっていくシルバーサーペントに対し、シノンは更に速度を上げ、細い剣で太い大蛇の首を切った。シノンの持つ剣は風を纏い、本来ならば届かない大蛇の首を一薙ぎで切り落としてしまった。

 シルバーサーペントの首は鈍い音を立てながら地面に落ち、巻きつく力を失った身体も大量の血を流しながら解けて行った。


「いやあ~。ボクが一切手を出すまでもなかったね! 文句なしの合格だよ~」

「おめでとうございます。無事、Aランクの試験突破ですね」


 リアナが拍手をしながらシノンへそう声をかけると、彼女の夫でありサブギルドマスターであるニスも、記録用紙に点数を記入しながらそう告げた。


「…なぜ、黙っていたんですか?」


 本来なら、シノンはBランクの突破試験を受けるはずだった。しかしニスが告げた通り、これは明らかにBランクへのランクアップ試験ではなかったことに、シノンが疑問を投げかける。


「申し訳ございません。あなたの性格上、ご自身がもっと上のランクに行ける事実を伝えてくださるとは思えなかったため、これまでの実績等を分析させていただきました。騙し討ちのようになってしまい、大変申し訳ございません。ですが、これもあなたをギルドとして守るためです。ご理解ください」

「そもそも、飛び級なんて特例では?」

「はい、そうです。今回のことはあなたの実力を正当に評価した結果であり、皓月千里のパーティランクを、指名依頼を受けることのできるBランクに引き上げるための特例です。今回の結果は、シノンさんがBランクの試験を受け合格したのち、Aランクの試験を受け合格した…という報告をさせて頂きます」

「Aランクの試験を合格したんだから、Bランクの試験を合格したも同然だからね。キミが長い間Cランクに留まっていたのが悪いんだからね~」


 ニスは淡々としつつも、若干の申し訳なさを滲ませる話し方をしていた。しかしそれに対してリアナはいつもの明るい調子を崩さず、隣にいるニスには呆れたような視線を向けられていた。


「…とにかく、おめでとうございます。ギルドに戻り次第、こちらの書類を受付嬢に渡し、冒険者カードを更新してください」


 ニスに渡された二枚の審査記録紙には、試験の合否を示す文字が刻まれていた。シノンはため息を吐きながら首を横に振ると、シルバーサーペントの死体へ歩み寄り、血抜きだけ済ませて異空間へと収納した。


「これはもらってもいいんですよね?」

「はい、もちろんです」

「お疲れ様! それじゃあまた三日後、出発の日に会おう!」


 シノンはそそくさとダンジョンを出て、先に冒険者ギルドに帰っていった。


「…リアナ。何故、彼に黙ってAランクの試験を受けさせたんです?」

「さっき自分で語っていたじゃないか。あのコがBランクに上がったとして、またAランクに上がるまでに時間がかかっていたらどうなることか」


 先に帰って行ったシノンがいなくなるのを確認したのち、ニスがリアナに対して話しかける。

 リアナは笑みを崩さないまま、平然と答えた。


「どうせ、他にもあるんでしょう?」

「あはは、バレちゃったね」


 ニスにそう質問をされたリアナはあっさりと認める。まるで、彼に隠し事をする必要などないとでも言うように。


「色々あるよ。正当な評価を彼に与えたかった、指名依頼の基準を満たすため、Cランク、Bランクなどという平凡な枠に収めるにはもったいないから…それと、何故なのかはわからないのだけど、リリーズ王国の貴族が彼に関しての情報を求めてきたんだ」

「…本部から?」

「いや、リリーズ王国の貴族だよ。CランクやBランクでは、彼を守る口実を作るのが難しい。だけどAランクともなれば、ロウさんとの約束も守れるし、ボクたちが外部からの攻撃を受けるリスクも減る。一石二鳥でしょ?」

「…なるほど」


 リアナのその言葉に、ニスは納得の色を浮かべながら頷く。しかし、頭を抱えながら深いため息を吐くのだった。


 *


「Aランク…!?」

「えぇ…! すごい! おめでとうございます、シノンさん!」

「まさか、飛び級だったのか?」

「いや…Bランクの試験を突破後、すぐにAランクの試験を合格した…ことにするって」


 冒険者ギルドに戻り試験の報告を済ませると、あらかじめリアナから話を聞いていた受付嬢が対応し、冒険者カードにシノンのランクを記録した。こうすることでシノンが余計に目立ったり、変な噂がギルド内で広がらないようにすることができるという、リアナなりの配慮だった。

 シノン達はギルドから出て、人通りが多い公園で軽食を摂りながらそんな会話をしていた。

 シノンとしては、仲間とランクが離れすぎることは避けたくて敢えてランクアップ試験を受けずにいたのだが、まさかギルドマスター直々にランクアップ試験を受けるよう求められるのは予想外だった。

 しかしすでにランクは上がってしまったし、上手く適応するしかないと諦めたらしい。


「ということは、あたしたちのパーティランクはBになるのかしら?」

「どうなんでしょう? 明日、ギルドに行ったら聞いてみたほうがいいかもしれませんね」


 五人は遅めの昼食を済ませ、その後は休日としてのんびり過ごすことにした。しかし、カフェでお茶をしながら次の仕事の話し合いが行われた。

 次の仕事は重要人物の護送という大切な仕事なので、地図を広げながらルートを選定したり、戦闘時の連携について話し合ったり、旅の準備や食糧の買い出しの日程などを話し合ったりしていた。

 出発は三日後。ギルドマスター・リアナからハマナを預けられ、レラン王国の王都を発ち、リリーズ王国へと旅をすることになる。旅に慣れているシノンからのアドバイスを受けつつ、皓月千里は十分な休息を取ることにした。

「シルバーサーペント」 知名度 ★★★★★

森型のダンジョンに暮らし、一部地域では神と崇められるA+指定の大蛇型の魔物。

別名:白い悪魔。街の内外を行き来する商人の間ではかなり有名な魔物。

「シルバーサーペントに出会ったら、荷馬車も馬も、商品も諦めろ。それでも逃げ切れなければ、神に身を委ねるべし。」

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