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水の聖者  作者: 森川 悠梨
第三章 護送依頼
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031. 護送依頼の詳細

 ギルドマスター・リアナからの指名依頼を受けると決めた皓月千里の一行は、彼女から依頼の詳細を聞く。

 魔物を見たことがなく、護衛をされた経験を持たない「ハマナ」という名の少年を、全王王国リリーズの全王の下へ無事送り届けるというものだった。決して死に追いやってはならず、確実に命の危険がない状態で送り届けるようにと、全国の冒険者ギルドに通達されたらしい。


「彼は、伝説に語られる「空の使い」と呼ばれる存在だと推測されているんだ。全王様は、伝説の「空の使い」は保護対象となるので、優秀な冒険者に送り届けさせるように命じられたのさ」


 全王王国リリーズは軍事、経済、土地、王族の権力全てが世界中の国々の全てを凌駕している国であり、全王という名は世界中の国々を統括していることを意味している。

 全王は平和を象徴しており、戦争を起こすことはリリーズ王国を敵に回すことを意味する。国同士で問題が起こった際は、リリーズ王国を仲裁に据えることもしばしばあるという。下手に逆らえば全王の犬と呼ばれる存在から制裁を受けることになるため、あくまで「話し合い」で解決しているという体裁を示すためだ。

 そして何よりも、リリーズ王国は冒険者ギルドの総本部が存在する国である。リリーズ王国のトップに君臨する全王の命令の遂行は、全国の冒険者ギルドにとって最優先事項となるのだ。よって、信頼と実績のある冒険者に依頼するギルドが圧倒的に多かった。


「一つ、気になることがあります。ソルマーニは世界でも活躍する冒険者が集まるギルドのはずです。なぜ、Cランクパーティでしかない俺たちに依頼を…?」

「ふふ、それはね、シノン君にあるのさ」

「…?」


 リアナはアルファの隣で静かに話を聴いていたシノンへと視線を向けながらそう答えた。

 リアナがまだ結成してから時間もなく、パーティのランクがCである皓月千里の一行に指名依頼を出した理由は、彼女が口にした通り、シノンにあった。

 夫でありサブギルドマスターであるニスに、シノンはかの有名な槍の王・ロウの息子であり、世界中を長期にわたって旅した経験と実績があるから、彼を推薦すると言われたからだった。

 槍の王・ロウは傭兵としても名を挙げており、特に護衛・護送任務に関して彼の右に出る者はいなかったとされている。そんな男に育て上げられた才ある若者に、ギルドが期待しているという意味でもあった。

 そして、シノンがランクアップ試験を受けず、Cランクでずっとくすぶっていることも知っていたニスが、今回の依頼でリアナに対し、シノンにランクアップ試験を受験するよう求めることを勧めていた。


「そして、今回のこの依頼を受けるに当たって、シノン君。キミには、ランクアップ試験を受けてもらうよ」

「嫌です」


 冒険者ギルド・ソルマーニの名は、世界中の一般人、子供から老人に至るまで知れ渡る超有名ギルドだ。そして、現役で活躍するAランク冒険者のギルドマスター、リアナの名もまた知れ渡っている。そんな人物からの、拒否権などないといった含みを込めたその言葉に対して、シノンは一切の躊躇いもなく拒否の言葉を発した。

 隣に座っていたアルファは、まさかシノンがここまで躊躇いなく彼女の要求を拒否したことに驚き、シノンの方へと思わず視線を向ける。


「あはは、即答だねぇ。サブギルドマスターからキミのことを聞いたんだよ~。Aランクに相当する実力を持って置きながら、Cランクでくすぶっているってね」


 前半はいつもの調子で話していたリアナだったが、後半にかけて声のトーンを徐々に下げて行き、口元は笑っているが、目は笑っていないといった表情へと変化していく。そんな不気味な雰囲気を放つリアナに対して、アルファたちは全身の毛が逆立つような感覚を覚えるが、シノンは一切気にせず言葉を返した。


「そういうのは、個人の自由では」


 圧をかけるつもりで放ったはずなのに、シノン本人には冷めた声音で返されたリアナ。シノン以外の人間は室内の温度が少し下がったかのような錯覚に陥ったが、リアナは一瞬でいつもの調子に戻った。


「そんなことはないよ~。冒険者ってのはフリーランスだから、ランクってのはとっても大事なものだよ。もちろん、実力に見合わないランクを与えることはできないし、ふさわしくないと判断されたらはく奪されることもある。いい仕事を受けるには、ランクと紐づけされるからね」


 リアナは足を組み、膝の上で手を組む。先ほどまでの威圧感はとうに消え、緊張感は解れていた。


「冒険者は皆ランクアップできるときにランクアップするものなのだよ。余裕をもってランクアップするために猶予を設ける者もいるけれど、キミの場合その気配が全くないときた。ダメというより、Cランクという立場はキミに相(・)応(・)し(・)く(・)な(・)い(・)。キミがランク以上の実力の持ち主だってことが、ギルドの外部に漏れたらどうする? ウチのギルドは世界一の実績を持つギルドだって言われているけれど、キミのように実力に見合わないランクの持ち主が一人いるだけで、ウチのギルドは冒険者に対して正当な評価をしていないとみなされることになるんだ。そういうのはちょっと、ギルドマスターとして困るんだよね」

「……」


 リアナは世界で最も評価され、世界で最も名を馳せるギルドマスター。当然、外部からの嫉妬の対象となることも多々ある。

 ギルドに存在する粗を少しでも外部に知られれば、そこを叩かれた時、一気に崩れかねない。後ろ盾があり、いくら堅固な地位にいようとも、余分な要素は排除するべきである。そして何より、シノンという若く優秀な冒険者を、Cランクなどという枠に留めておくのは非常にもったいないことだとリアナは判断した。

 そんなリアナの立場をわかってしまっているシノンは、何も言い返すことができず、不満そうにしながら黙っていた。


「無言ってことは、受けるってことでいいね? 手続きはこちらでしておくよ。それじゃ、護衛対象との顔合わせでもしておこうか」


 にこり、と人の好い笑みを浮かべてそう告げたリアナ。シノンは面倒臭そうにため息を吐きながら肩を落とすが、リアナを説得することは難しそうだと諦めたようだった。


「入って来てくれたまえ、ハマナ君」


 執務室の出入り口とは別に、隣室に繋がっていると思われる扉に向けてそう声をかけるリアナ。子供が走っているかのような軽い足音の後、少しだけ間を置いてから扉が開かれる。

 隣室から扉を開いて入室してきたのは、不安そうな表情を浮かべている少年だった。

 非常に珍しい漆黒の髪を持つ少年は、ぺこりと頭を下げてから、リアナと反対側にある一人掛け用のソファに座った。


「彼はハマナ君。伝説に語られる、空の使いさ。キミたちは、空の使いについての伝説は聞いたことがあるかな?」

「有名な話ですよね。確か、世界の終焉が近づくと現れる救世主だとか…」

「まさか実在するなんて微塵も思っていなかったけれどね。救世主とは言うけれど、見るからに子供じゃない」


 アルファがリアナに対して相槌を打ち、アリュスフィアもすかさず反応する。

 空の使いというのは、この世界で皆が子供の頃から大人に寝物語として聞かされる伝説の一つだ。世界の終焉が近づくと現れるとされていて、漆黒の髪を持っていることが特徴とされている。


「私も聞いたことがあります。不思議な力を持っているとか、異世界からの召喚者だとか…」

「その通り。この伝説はこの世界の人間であれば皆が知っていることさ。それがたとえお国のトップの人間であろうと、スラム出身の人間であろうとね。それが事実なのかかただの寝物語なのかは、誰にも分らなかったことだ。しかしそんな存在が実際に現れた今、伝説が事実に基づいた物語である可能性が高くなったのさ。全王様はこの事実を重く受け止め、空の使いをリリーズ王国で保護することにした、ということさ」


 リアナは肘掛けに肘をつき、両手の指を絡ませながらそう語る。伝説の内容をそのまま受け取るのなら、空の使いの出現は世界の終焉が近いことになる。しかし、その場にいる全員が、世界の終焉が近いなどとは到底思えないほど、この世界には何の変化も起きていないように感じている。そのため、ほとんど危機感は持っていなかった。


「とにかく、そこのハマナ君を無事リリーズ王国の宮殿まで送り届けてくれたらそれでいいよ。でも、先ほども言ったように決して命の危険がない状態で、だ」

「あ、あの…ほ、本当に、行かなきゃいけないんですか…?」


 リアナが改めて皓月千里に向けてそう話していると、今まで黙っていたハマナが恐る恐るといった様子で声を上げた。そして、リアナは一切表情を変えずに即答した。


「うん。行かなきゃダメ」

「デンシャとか、ヒコウキみたいな…速くて遠くに、安全に行ける乗り物ってないんですか?」

「ないよ。聞いたこともないね、そんな乗り物」

「うう…」


 ハマナは相当怯えているらしい。魔物を見たことがないという話だったし、まだ小さな子供だ。外の世界に怯えてしまうのも仕方がない。


「こんにちは。自己紹介が遅れてしまったな。俺はアルファ、今回君を護衛することになったパーティ、皓月千里のリーダーだ。必ず君を、無事に目的地まで送り届けると約束しよう」

「ほんとうに…? こわくて、おっきなまものが来ても…?」

「ああ、必ず君を守ると誓おう」


 小さく肩を震わせているハマナに向けて、アルファは左胸に拳を当てる動作をしながらそう約束を口にする。


「大丈夫。ボクは人を見る目に自信があるんだ。だから、安心して任せていいよ」


 リアナも怯えるハマナを安心させるように、笑みを浮かべながら話しかけた。実際、魔物の脅威が少ない安全な街道を使って旅をすれば、時間と距離を短縮でき、命を落とす危険もなく目的地までたどり着くことができるだろう。

 この世界の外には魔物がいるから危険、とはいっても、街の外に出たらすぐに脅威に晒されるわけではない。人が多く通う付近は、常に冒険者や国の軍・騎士団などによって常に魔物の脅威が排除されているからだ。


「…わかり、ました。それじゃあ、よろしくおねがい、します」


 ハマナは、大人たちからのその言葉を受け、少しだけ安心したように微笑みを見せ、礼儀正しくぺこりと頭を下げるのだった。

「全王王国リリーズ」 知名度 ★★★★★

通称:学問の国。世界の王、全ての国のトップに立つ全王の国。

王立学園リュケイオンがある。世界で唯一、スラムが存在していない。


「空の使い」 知名度 ★★★★★

誰もが幼い頃から、寝物語として聞く御伽噺。

「古の時代より、世界の終焉が近づくと、空から神の使いが舞い降りる。

遥か上空より現れる世界の救世主を、神は空の使いと名付けた。」

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