030. ギルドマスター
アルファの使っていた剣は根から折れてしまい、修復も不可能となってしまった。もう使い物にならなくなってしまった剣の代わりに、シノンが仮パーティ結成の前に買い替え、以前まで使っていた剣をアルファに譲った。
アルファはシノンからその剣を買い取ると申し出たものの、シノンはそれを断った。剣を故意に切ったのは自分だから、使い古しで良ければ、次の武器を新調するまで使ってほしいと告げた。
使い古しとはいえ、シノンは武器の手入れを毎日怠っておらず、何年も使っていた武器とは思えないほど綺麗な状態だった。元より素材の良い剣であること以外にも、シノンがどれほどこの剣を大切に扱っていたかを感じさせる雰囲気を持っていた。
そんなにも大切な剣を譲ってくれたシノンに対し、アルファは深々と頭を下げながら礼を告げるのだった。アルファのその様子を見たシノンは、改めて彼を真面目過ぎる人間だと感じた。
シノン達はしばらくの間レラン王国に留まり、ランクを上げ実力と経験を積み重ねることに専念していた。
パーティの結成から半年ほど経ち、相も変わらず順調に依頼をこなす五人。この間に、ルミナとアルファの二人はDランクからCランクへの昇格を果たした。
皓月千里のパーティランクもCランクとなり、より難易度は上がるが、報酬条件の良い依頼を受けることができるようになった。
他にも挙げられる変化があったとすれば、アルファをリーダーとして推薦したシノンは、リーダーであるアルファの意見をしっかりと聞き入れるようになったことだ。そしてアルファもまた、シノンが自分よりも経験が豊富であることを認め、彼からの意見と知恵を取り入れることで、全体で話し合うこともするようになった。
戦闘における連携も相変わらず滞りなく、更に練度を上げて行った五人。そんな目覚ましい成績を残し続け、成長が止まらない皓月千里に対し、受付嬢を通してギルドマスターからの呼び出しがあった。
「今日もお疲れ様です! 皓月千里の皆さん、少々お時間よろしいですか?」
「はい?」
「…ギルドマスターからです。お時間が空いている際でよろしいので、大切なお話があるそうです。ご希望のお時間に、執務室へ来てほしいとのことで…」
受付嬢は、周囲の冒険者に聞こえないような小声でアルファに耳打つ。ルミナ、ユウキ、アリュスフィアの三人は、受付嬢がアルファに耳打っている言葉がわからず顔を見合わせていたが、シノンだけは優れた聴覚でそれを聞き取っていた。
「…わかりました。皆、この後は時間あるか?」
「特にないよね? 休憩してから夕食を摂るくらいで…」
「ええ。あたしも何もないわ」
「ボクも大丈夫です」
背後を振り向いたアルファが、パーティメンバーの今後の予定を確認する。皆特に何も考えていなかったため、その旨をリーダーに共有した。
「シノンは?」
「大丈夫」
アルファはシノンにも確認を取り、シノンは端的に返事を返した。それを聞いたアルファは満足そうに頷くと、受付嬢に返事を返した。
「今日で構いません。何時頃になりますか?」
「いつでも良いと聞いていますので、今すぐご案内しますね。こちらへどうぞ」
受付嬢はカウンターから出て、皓月千里の皆を二階へ案内する。
「…アルファ、どういうこと?」
「今すぐ案内されるとは思わなかったから、あとで共有しようと思ったんだけど…ギルドマスターが、大切な話があるんだってさ」
「なんでよ?」
「さあ…」
なにがなんだかよくわからなかったルミナがアルファに質問をし、真面目でごく平凡な自分たちにギルドマスターからの呼び出しなんて一体どういった風の吹き回しなのかといったばかりに反応するアリュスフィア。しかし、ギルドマスターからの呼び出しの理由などアルファにはわからず、肩を竦めるしかなかった。
「こちらです。ギルドマスター、皓月千里の皆様をお連れしました」
「はーい。入って来ていいよ~」
受付嬢が扉をノックし要件を伝えると、中から軽い印象を受ける女性の声が聞こえる。
受付嬢によって中へと通された皓月千里。執務机で書類の整理をしていたであろう女性は机に肘をつき、笑みを浮かべながら彼らを迎える。
「初めまして、皓月千里の冒険者たち。ボクはこの冒険者ギルド・ソルマーニのギルドマスター、リアナだよ。君たちの活躍は、このボクの耳にもしっかり届いているよ~。さあ、ソファに掛けてくれたまえ。お茶を出そう」
夕日のようなオレンジ色のショートカットを持つ、少女のような印象を受ける女性は、自身の自己紹介を以って迎え入れた。彼女が発する言葉に、ギルドマスターの威厳のようなものは一切感じられなかった。拍子抜けするほど緩い口調、親しみさえ覚える明るい笑みを携えた女性はれっきとした現役のAランク冒険者だ。
力でねじ伏せられそうな細い手足を持ちながらその立ち振る舞いには一切の隙がなく、ルビーのように魅惑的な赤い瞳は相手を牽制するかのような光を纏っている。
リアナは椅子から立ち上がり、受付嬢に人数分のお茶を用意するよう言いつけ、シノン達五人が腰を下ろすのを見届けてから、自身もソファに腰かけた。
「早速だけど、本題に入らせてもらおうか。キミたちを呼び出した理由について話そう。実は、君たちのパーティに、指名依頼を出したくてね」
「指名依頼…? でも、指名依頼が受けられるのは、Bランクからでは?」
冒険者たちが普段行っている依頼は、依頼板に張り出される一般依頼。冒険者たちが提供できる技術と、それに対する報酬に納得し、冒険者自身が選んで受注するものだ。
対して指名依頼とは、主に高ランク冒険者に対して出される特別な依頼である。報酬も通常の依頼より高く設定され、名のある冒険者に頼みたいと依頼者が選び、冒険者を指名する制度だ。金に余裕のある依頼者が出す傾向にあり、そのような依頼者と冒険者には繋がりができ、評価の高かった冒険者には次回からも指名依頼が出される確率が高くなるメリットもある。
しかし、皓月千里はCランクパーティ。本来指名依頼を受けられるBランクには、一つランクが足りない。
「その通り。けれど、これはれっきとした「指名依頼」なのさ。ボク直々に、キミたちに依頼したいと思っている」
「ギルドマスターから!?」
「あはは! そんなに驚かなくても大丈夫。ソルマーニはホワイト企業なので、キミたちが失敗しても罰金は取らないし、命の危険があると判断されたら撤退してもいいよ。ちゃんと前金は支払うし、交通費も別途支給しよう。ただし機密事項なので、依頼の詳細はキミたちが受けるかどうかを決めてから伝えるね」
まさか指名依頼をされるなどとは微塵も思っていなかったアルファは、こういった場合の対応方法を知らなかった。少し迷った後、シノンであれば何か知っているかもと思い、質問を投げかける。
「すまない、シノン。こういった場合はどうしたらいい?」
「…聞きたいことは三つ。一人当たりの前金と成功報酬額の詳細、依頼地への移動にはどれほど時間がかかるのか、依頼を受けるにあたって命を落とす危険があるのかどうか」
予習を行っていなかったことに対して後悔の念を抱きつつ、申し訳なさそうにシノンへ話しかけたアルファ。シノンは一切動じることなく必要な質問をリアナに投げかけ、アルファへの助け舟とした。
シノンのその質問に対し、リアナは嬉しそうな声音で反応した。
「いい質問だねお兄さん! 報酬は一人当たり前金で金貨十枚、成功報酬を別途で二十枚ずつ支給されるよ。一人当たり最大三十枚になるってことだね。依頼地への移動には、このギルドから徒歩で約二ヵ月ほど。命を落とす危険は、基本的にはないよ。ただ、キミたちが選択する道や遭遇する魔物によって左右する、とだけ言えるよ」
(随分と高額だ。要人警護か、あるいは護衛・護送依頼といったところか)
先ほどシノン達を案内した受付嬢がお茶を持って戻って来て、人数分のお茶をテーブルに置き、頭を下げて去って行った。
リアナの言葉から情報を抜き取ると、高い報酬の割に命を落とす危険はなく、あるとすれば移動中の危険のみ。基本的に冒険者の依頼では、依頼地での活動における命の危険を考慮する。しかしリアナの言葉に含まれているのは、依頼地への移動中の危険のみの言及だった。つまり、皓月千里の力が必要になるのは依頼地ではなく、移動中ということになる。
移動中に冒険者の力が必要になる依頼と言えば、人や物を外の魔物の脅威から護り、目的地へと護送する依頼に絞られる。
そしてリアナが提示した報酬は、かなり高額の報酬だ。冒険者の命の危険がないにもかかわらずここまで高額の報酬が出されるとなると、大抵の場合口止め料が入っていたり、護衛対象が貴人や貴重な物品であることが多い。
一般的な四人家庭を養うには年間で金貨一枚相当が必要で、一般的なCランク冒険者が必要とする年間の生活費が金貨三枚相当であることを考えると、一人当たり最大金貨三十枚もの報酬を得られるというのは、相当条件の良いものであることがわかるだろう。それも、特に裏がある怪しい取引などではなく、ソルマーニのギルドマスターという信頼のある相手からの依頼であれば、断る理由はほとんど存在しない。
「なるほど…俺はぜひ受けたいと思ってる。皆はどうだ?」
「私はアルファに合わせるよ。報酬もいいし、興味はあるよ」
「あたしはやりたいわ。命の危険は基本的にないんでしょ?」
「ボクも皆さんに合わせます。もし受けるなら、全力で頑張りますね」
「話を聞いている感じ、人か物を守りながらの旅になると思う。準備は十分にするように」
アルファが仲間の顔を見回して意見を尋ねるが、概ね賛成派が多いと言ったところ。シノンは想定される大まかな依頼内容を皆に共有し、自身も頷きを返すことで、アルファに賛成の意を示した。
「お兄さん、わかるんだねえ? おっしゃる通りだよ~。やっぱり、ランクのわりに経験もよく積んでいるようだ」
リアナは、シノンに対し強い関心を寄せる。幼くさえ見えるシノンが、指名依頼に対してまるで何度も経験しているかのような対応をしている様子は、現役のAランク冒険者でもあるリアナには異様なものに映った。
「えっと、ボクは足が遅いので、皆さんにご迷惑をおかけしないか、少し心配です…」
「あまり心配しないで、ユウキ。砂漠を越えた経験もあるし、シノンの足について行けるんだから、きっと大丈夫。そこまで悲観しなくてもいいんだよ」
護送依頼であることを依頼者本人であるギルドマスターの口から肯定された瞬間、ユウキの顔が一瞬こわばる。しかしルミナはそんなユウキの不安を払拭するように、声をかけていた。
「ありがとうございます。そう言ってくださって、少し安心しました」
「大丈夫なようだな。よし、ギルドマスター、依頼を受けさせてください」
「いいね! 即断即決、冒険者に大事な素質だねぇ。それじゃあ、依頼の詳細について話そう」
リアナは立ち上がり、執務机の引き出しから小分けにされた巾着を取り出し、五人の前に並べる。
「まずは前金、さっき言った通り一人十枚、ちゃーんと確認してね。今後、中身が多いだの少ないだのは受け付けないからね、しっかり確認しておくれよ?」
リアナは念押しするように告げた。目の前でしっかりと報酬を確認してもらい、全員が正確な金額を確認した後、頷く。そして、アルファが代表してリアナに返事を返した。
「ありがとうございます。確認しました」
「うむ」
満足そうに頷いたリアナは、前金を受け取った皓月千里に、改めて依頼の詳細を話し始めた。
「冒険者ギルド」 知名度 ★★★★★
全王王国リリーズに総本部を構える、冒険者の管理機関。
一般人から貴族まで、様々な依頼を請け負う。
貴族や王族からは独立しており、常に中立を保っている。
「冒険者ギルド総本部」 知名度 ★★★★★
全王王国リリーズ王都・ラヴェンナに構えられる冒険者ギルドのトップ。
独立しているレラン王国のギルド以外は、この場所で冒険者の管理を統括している。
「ギルドマスター・サブギルドマスター」 知名度★★★★★
各国に配置されている冒険者ギルド本部のトップ。
Aランク冒険者並みの腕を持つ者の中から、特に人を導くことができる人物から選ばれる。
「一般依頼」 知名度 ー
冒険者が日々請け負う、依頼板に張り出されている依頼。冒険者自身が選び、受注する。
一般人から貴族・王族に至るまで、様々な人間が冒険者に報酬を支払い、依頼をする。
魔物討伐、素材の採取、護衛、調査、行方不明者捜索・遺品回収、ダンジョンの探索など、冒険者のランクに応じてギルドが報酬とランクを定めている。
「指名依頼」 知名度 ー
通常の依頼よりも難易度が高く、高い報酬が支払われる指名制の特殊依頼。
依頼者が冒険者を選び、指名する制度のこと。
指名依頼を受けることができるのはBランクから。




