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水の聖者  作者: 森川 悠梨
第二章 冒険者の国
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028. 和解

 王都からほど近い小さな森の中で、剣を構えて向かい合う二人の剣士がいた。

 静かにそよぐ風と、風に煽られて鳴く木々がその二人を見守る中、剣と盾を構える青髪の青年――アルファが先手を仕掛けた。シノンはアルファの剣筋がどう動くか、複数のパターンを予測しつつ、最小限の動きで攻撃を躱す。アルファはすかさず切り上げたが、シノンにはそれも軽く躱されてしまった。

 アルファが攻撃を仕掛け、シノンがそれを涼しい顔で躱しては受けることの繰り返し。そして時々剣がぶつかり合う金属音がしばらく響き渡っていた。

 傍から見れば二人の剣の打ち合いは互角のようにも見えるだろう。しかし攻防が長引くと、だんだんとアルファの息が上がってきているのがわかる。それに対してシノンは一切息を上げていないし、未だ涼しげな様子を崩さない。


「くっ…!!」


 シノンは長期戦が苦手なように見えたアルファは、わざと攻防戦を長引かせていた。アルファが、実力差が開いている相手と戦う方法を考えた時、消耗戦に持ち込むことを思いついた。いくらシノンが強くても、体力に限界はある。そしてシノンは魔法使いと見間違えるほど華奢で、消耗戦なら自分の方が優勢であると判断した。

 だが実際戦ってみれば、シノンは一切息を乱すことなく未だ余裕を保っており、アルファ自身の息が上がりかけている現状。アルファはこのまま続けていても負けてしまうと判断したため、一度引いてシノンから距離を取る。


「……」


 シノンは追いかけず、じっとアルファの出方を窺っている。アルファは油断せずシノンから目を離さないようにしつつ、乱れかけた息を整える。


(シノンの動きには一切の無駄がない。洗練された、熟練の剣士だ。それにシノンは警戒心が強くて慎重な性格をしているし、油断させる作戦は使えない…)


 アルファは呼吸を整えながらも思考を巡らせる。シノンの全身を注意深く観察しても、付け入る隙など一切見つけられない。一つ自身が優位に立てる部分があるとすれば、相手は左手を封じているのに対し、自分は盾を持っていることだ。つまり、シノンからの攻撃を誘えば、あるいは…ということだ。

 とはいえシノンから攻撃を仕掛けてくる様子はないし、挑発や煽りの類が効く相手ではない。シノンからの攻撃を誘うには、わざとらしくなく自然な動きで隙を見せるか、フェイントを仕掛けるかのどちらかしかない。

 下手な動きをすれば間違いなくシノンに警戒されてしまい、こちらが体力を削られるだけになるだろう。アルファは呼吸を整えると、すぐにシノンへ再び攻撃を仕掛ける。少しでも油断を誘うため、先ほどと同じようにひたすら消耗戦を仕掛けるように攻撃を仕掛けていた。

 何度も剣と盾が打ち合う音が響いた。この時点ですでにアルファの剣には刃こぼれがいくつもできている。それもそのはずで、アルファはいくら息が上がろうと諦める姿勢を見せなかったため、シノンはアルファの武器を集中攻撃し始めたからだ。そしてそれにより、アルファの持つ剣はほぼ根っこから折れてしまった。


「あ…!!」


 誰かが声を上げた。アルファの武器はもう使い物にならず、シノンとの決闘に勝つことは困難となった。しかし、アルファはそれでも諦めなかった。アルファは雄叫びを上げながらシノンへ攻撃を仕掛ける。

 その瞬間、それまで一切表情を崩さなかったシノンの目が軽く見開かれた。ようやくできたシノンの隙をアルファは逃すことなく、シノンに向けて突き攻撃を放つ。しかし、その攻撃は躱されてしまい、シノンの頬を掠めていった。

 シノンは飛んで後ろに下がり、アルファから距離を取った。フードの下にあるシノンの頬からは血が滴っていたが、アルファは呼吸が乱れていて、シノンを追うことはできなかった。シノンとの長い攻防戦で、アルファには疲労が蓄積し、シノンからの攻撃によって全身に傷を負ってしまったからだ。


「はあ、はあ、はあ…」


 静まり返る森の中、アルファの荒い息遣いだけがその場に響いていた。やがてアルファは肩を落とし、降参を宣言するのだった。


「…参った」


 アルファは地面に尻餅を着き、荒い呼吸をしていた。

 ベストを尽くしたものの、シノンに勝つことは叶わなかったアルファ。悔しかったが、得る物はたくさんあった。

 実力差が開いているシノンに、掠り傷とはいえ、一撃加えられたのも大きかっただろう。


「シノン、アルファ! 二人とも怪我を…!」

「アルファさんの傷はボクが治しますね。ルミナさんはシノンさんの傷を診てあげてください」


 ユウキとアリュスフィアはアルファに近づいていき、ルミナはシノンの方へ小走りで近づいて行った。ルミナがシノンへ声をかけようとしていた時、シノンは足を前へ踏み出した。


「お疲れ様」


 そう声をかけながら、シノンは座り込んでいるアルファに手を差し出した。全員が驚き、一瞬そんなシノンに反応を返せなかった。


「あ、ああ…ありがとう」


 アルファはシノンの手を取り、立ち上がる。皆シノンの意外な行動に驚きつつも、安心したかのような笑みを浮かべた。アルファも表情筋を緩め、シノンと握手を交わすように手を強めに握った。


「二人とも、傷の手当てをしよう。シノン、こっち向いてくれる?」


 シノンとアルファの様子を見守っていたルミナも安堵からか頬を緩め、背後からシノンへと声をかけた。シノンはアルファたちがいる方向と反対側にいるルミナの方へ体ごと向き直り、頬に負った掠り傷の手当てを大人しく受けた。

 ルミナはシノンのフードが外れない程度で、自分がシノンの顔を見ることができるくらいまでフードを上げて、頬の傷を濡れた布で拭き、絆創膏を張り付ける。


「他に怪我をしたところはない? あ、左腕の様子も見させて。今日は左腕は使ってなかったけど、念のため」

「うん」


 手当てが終わったと判断したシノンは、フードを深く被り直してから自身の左腕をルミナに差し出した。幸い傷口が開くなどはなく、化膿している様子もなかった。ルミナはほっと息を吐くと、水で洗った布で優しく傷口を拭いていた。


「アルファさんの治療、終わりました。他に怪我はありませんか?」

「ありがとう、大丈夫だよ」

「…大きな怪我がなくてよかったわ。それにしても、決闘なんてするとは思わなかった」


 兄を心配そうに見ていたアリュスフィアも、治療が終わると安心したように腕を組みながら笑みを浮かべていた。


「はあ、でもシノンが勝ったわけだし、パーティは解散ってことになるのかしら」

「…寂しいですが、仕方がないですね」

「でも、二人ともすごかったよ。シノンに一撃を当てたアルファも、すごく頑張ったね」

「あはは…全力で考えて、全力で勝つつもりだったんだけど…でも、学ぶことはたくさんあった。シノン、改めてありがとう」

「…? うん。なんで皆、解散前提で話しているんだ…?」

「え? だって、シノンはさっきこの関係は今日までって言っていたじゃない」


 シノンは心底疑問だとでも言うように、首を傾げながら話していた。そんなシノンの反応に、パーティは解散するのだと思っていた四人もまた頭に疑問符を浮かべた。


「えっ…シノン、アルファが負けたらパーティは解散するんじゃなかったの?」

「俺は別に、決闘に勝ったらパーティは解散だなんて一言も言ってない。それと、俺はアルファが負けたとは思ってない」


 ルミナが率直な疑問をシノンへとぶつけるが、シノンはなんてことないように平然とそう返した。そして、アルファもシノンのその言葉に反応した。


「は? 何を言っているんだ、俺の剣はもう使えないし、実力差も明らかだったじゃないか…」

「…正直、俺はアルファの諦めの悪さに降参しそうだった。降参させようとして剣を切ったのに、それでもなおこれを受けてしまった。アルファの思惑通り、油断してしまったんだ」


 シノンは頬の傷を指さす。実際、剣が折れても尚シノンへの攻撃の手を止めなかったアルファは、シノンの油断を誘い、隙を突くことができた。思い描いていた形ではなかったものの、アルファはシノンに小さくても傷を負わせたのだ。

 シノンは諦めの悪い人間が嫌いではない。剣と共に心まで折れてしまっていたら、アルファがシノンに認められることは永遠になかっただろう。


「それに、アルファは宣言通り、本気で勝負しに来ていたんだ。それだけで、十分だ。アルファ、答えは得られたのか?」

「答え…?」

「うん。アルファは何かの答えを欲しがっているように見えたから、持久戦にも応じたし、挑発にも応じた」

「…そんなにわかりやすかったか…?」

「俺が敏感なだけかもな」


 アルファは自身の作戦がすべてシノンには筒抜けだったことに多少の恥ずかしさを覚えたが、自分がまだまだ未熟であることをより自覚した。そしてシノンの言う、アルファ自身が得たかった答え。


「…うん、わかったよ。俺はただ悔しかった。自分の意見の全てが間違っていると、そう言われた気がしていたんだ」


 アルファは根元から折れてしまった剣を握りしめながら話す。実際、アルファの考えも決して間違ってはいないのだ。

 同じ命である以上、互いに尊敬し、敬い、尊重し、大切にすべきという意見もまた、人として正しい視点である。アルファはそれを理解しているからこそ、すべてを否定された気がしたとき、自分自身さえも否定されたような錯覚に陥ってしまった。

 だからこそ意地になって、自身の意見が正しいと証明したかったし、シノンと同じ土俵に立ちたかったのだろう。しかし実力の差は明確で、アルファが実力でシノンと同じ土俵には立てなかった。


「シノンは正しい。それでも、俺は受け入れることができなかった。まだシノンのことはよくわからない。だからこそもっと知りたい、シノンが強く、正しくいられる理由を」


 アルファはまっすぐにシノンを見、一切視線を逸らさなかった。アルファは、シノンと同じ土俵に立つためには、彼のことをもっと深く知る必要があると思ったのだ。

 自分とは正反対の考えを持つ人間の存在は当たり前だ。自分自身がその考えに納得できるかどうかは別として、その人物がそう考える理由や、その考えに至った経緯は知るべきだと、アルファはその考えに至った。

 自分自身が未熟であることをより一層実感したアルファは、シノンが経験してきたこと、シノンが持つ知恵と知識を、もっと貪欲に知りたいと思ったのだ。


「…うん。俺が強くて正しいかどうかはわからないけど、ガキみたいな態度を取った。ごめん」


 シノンはアルファに頭を下げた。驚いたアルファは急いでシノンに頭を上げさせるのだった。


「シノンが謝るのはやめてくれ。俺の方こそ、失礼な言動の数々を謝るよ…ごめん」

「…とにかく、パーティ継続の申請をしに行こう。暗くなる前に帰らないと」

『え?』


 誰も予想だにしていなかったシノンのその言葉に、全員が間の抜けた声を上げてしまう。シノンもそんなみんなの反応に首を傾げると、心外だとばかりに言葉を続けた。


「…解散するなんて一言も言ってないってば。アルファ、互いに譲歩する形で折り合いをつけよう。俺はアルファの言い分も許容範囲内で受け入れる」

「え…本当に?」

「うん。俺はできる限り加減して捕縛するように心がけるが、仲間が怪我もしくは命に関わるような支障をきたすと判断したら、俺は容赦なく相手の命を奪う。これでいいか?」

「わかった。そういうことなら、俺も文句はない。…ありがとう、シノン」

「…つまり、あたしたちはこれからもパーティを組んでいられるの?」

「そういうこと、みたいですね」


 静かにシノンとアルファの会話を聞いていたアリュスフィアとユウキも、このメンバーでまた冒険ができる喜びと、シノンとアルファが和解したことに対する安堵の感情が入り混じった声でそう反応している。


「よかったぁ…このまま解散するのも寂しいなって思っていたの。シノン、ありがとう。アルファ、フィア、改めてこれからもよろしくね!」

「ええ! 三人とも、よろしくね」

「俺からも、改めてよろしく頼むよ」

「よろしくお願いします。解散しなくて本当にほっとしました」


 こうして、五人の仮パーティは正式にパーティを組むことに決まった。…しかし、これは日付が変わるまでにギルドに申請しなければならない。


「ゆっくりしている暇はないと思うけど。もう日が暮れる。早く帰ろう」

「あ…!! まずい、皆、帰る準備はできているか?」

「大丈夫よ! 荷物はまとめてあるから!」

「夜までに王都に入らないと、間に合わなくなっちゃう!!」

「皆さんに身体強化魔法をかけますね。間に合うといいのですが…!」


 シノンの冷静であまりにいつも通りな声音とは対照的に、アルファたち四人の声は皆一様に焦りの色を帯びていた。

 ユウキによるサポート用魔法を受け、五人は王都へと戻って行った。

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