027. 決闘
「ねえ、シノン? わざとやってるの?」
「何が?」
ユウキがアルファとアリュスフィアの宿を尋ねてシノンとルミナの話をしている一方、ルミナはシノンと共にお茶を飲みながら二人きりで話をしていた。
先ほどまではいつも通り雑談していたが、数秒間の沈黙が広がった後、ルミナは唐突にシノンに問うた。当然、シノンは何のことを言われているのか全く分からず、即座に聞き返した。
「アルファに対しての態度のこと」
「…何故?」
「いつものシノンらしくないからだよ。別にアルファのこと嫌っているわけじゃないくせに、結構あからさまに棘のある態度を取ってるでしょ」
「……」
シノンは返事を返さなかった。否、返せなかった。
「いつもなら、争うのは面倒だからって、基本無視するか許容範囲内で相手の意見を呑むはずでしょ?」
「……」
シノンの表情はいつもと変わらないが、手に持っている紅茶を見つめたまま固まっている。シノンは嘘が下手くそであることを知っているルミナは、肘をついてさらに言葉を続ける。
「図星なんでしょ」
「…図星というほどでは」
「どうして、そんなことを?」
「アルファの甘ったるい考えに共感できないのは事実だし、向こうも、俺とは根本的に考え方が合わないと感じただろ」
ルミナに隠し事はできないことをわかっているシノンは、素直に自分の気持ちを打ち明けた。茶を一口飲み、後半の言葉も口にする。
「それなら、いっそ俺が嫌われ役になれば、面倒な話し合いもなく、向こうから離れて行くだろう」
「…私はフィアとも、アルファとも上手くやっていけると思ってるよ。確かに無理にこのまま続ける必要もないけれど、シノンが悪役になるとか、わざと嫌われる立ち回りをするのは、私が許さない」
「…そういうつもりじゃ…」
ルミナは珍しく、シノンに対して真剣な表情で話をしていた。声のトーンもいつもより低く、本気で言っているようだった。シノンの目をまっすぐに見て、自分の気持ちをそのまま伝えた。それがわかったシノンは、いつもと様子の違うルミナの姿に少し焦ったような態度を取っていた。
「今はユウキがアルファたちと話してみたいって言って、話に行ってくれているの。もしアルファがシノンともう一度ちゃんと話をしたいって思ってくれたなら、ちゃんと話し合いに応じるって約束して欲しい。その時は悪役になるんじゃなくて、ちゃんといつも通りのシノンとして」
「…わかったよ」
ルミナは、シノンが悪役のような立ち回りをすることが心底嫌だった。自分が原因でシノンを無情な殺人者に仕立て上げてしまっているかのような感覚に陥っているから、というのもあるだろう。アルファのシノンに対する誤解をそのまま放置して嫌われるような態度を取り、向こうから離れるよう仕向けていることが分かった時は、本当に嫌だった。
ルミナに気持ちを打ち明けられた時、シノンはそんな彼女の心に秘められた気持ちまで読み取れてしまった。自分のことを純粋に心配し、的確にシノンの意図を読み取ったルミナの言葉に、シノンは逆らうことができず頷くことしかできなった。
「よし。じゃ、ユウキが帰ってきたら、明日の準備をして休もうか」
「うん」
二人で茶器を片付け、ルミナはシノンに手を振って自室へ戻って行った。シノンはルミナが部屋を出た後、明かりを消して窓辺の椅子に座り、少し欠けた寝待月を見上げた。今夜はよく晴れていて、シノンのいる部屋からも月がよく見える。
「…今日は、少しだけ濁ってる…」
ぽつり、と小さく呟いたシノン。誰も聞いていないその独り言は、沈黙が広がる部屋の中に小さくこだまする。
シノンは月を眺めている時、無性に家に帰りたくなる。幼少期の記憶がない彼にとって、家など存在しないも同然であるにも関わらず、だ。
そんな気持ちをシノンに打ち明けられたロウは言った。もしかすると、故郷からは月がよく見えていたからではないか、と。しかし、そこからシノンが思い出せる記憶はなく、ただひたすら習慣のように月を眺めるだけ。
ユウキが帰ってくる気配を確認し、窓から月が見えなくなると、シノンは無言で立ち上がって仕事用の服を脱ぎ、ベッドに潜った。
*
パーティ解散予定日まで残り一日。結局、アルファからシノンへ話し合いの申し出がなされることはなく、仮メンバーと過ごす最後の日の依頼を無事終えた。
討伐した魔物の解体と、それらをギルドに持ち帰る準備も済ませて休憩をしている頃、アルファは唐突にシノンに話しかけた。
「シノン、お前はどうしてそう自己犠牲的な行動ばかりしているんだ?」
「…急になんだ」
「そんなことでは、いつか命を落とすことになるぞ」
アルファは普段よりも棘のある口調で、シノンを咎めるような言葉を発する。
アリュスフィアは静かに兄とシノンの様子を見守り、水分補給をしていたルミナは手を止め、ユウキは肩を強張らせた。穏やかな森の中に、緊張感が走った。シノンの周辺に集まり始めていた野生動物はその緊張感に耐えられず、逃げ出してしまった。
「人間だからな。いつかは死ぬだろう」
「そういうことじゃない。ルミナとユウキだけじゃない、両親に兄弟、友人を置いて死ぬってことだ」
シノンは、ルミナとの約束を守った。できる限り応答し、いつも通りの自分としての意見を淡々と述べていた。
「お前に何の関係がある?」
「あるさ。俺たちはパーティメンバーなんだ、仲間の命を大事にすることの何がおかしいんだ?」
「俺たちの関係は今日で終わる。依頼も済んだし、報告をしたら解散するんだ。今更そんなことを聞いて、お前たちに何の得がある?」
「損とか得とか、そういう問題でもない。仮にも一か月以上一緒に過ごした相手が、自分を犠牲にして死んだら寝覚めが悪いだけだ」
アルファは首を横に振りながら、少し呆れたような声で言った。シノンは言葉だけ見れば棘があるように思えるが、実際にはいつも通りの平坦な声だった。アルファの言っている言葉の意味が心底わからないといったような、純粋な疑問。
それまでアルファと会話するときはとげとげしい声だったのに、今日は随分と優しい。
「…シノン、俺と勝負してくれ」
「は?」
アルファの唐突な申し出に、解体用のナイフを手入れしていたシノンの手が止まる。
「もちろん、無理にとは言わない。お前の左腕はまだ手負いだし、依頼が終わった直後で疲労もある。それでも…俺はお前と一度戦いたい」
「…何を賭けて?」
「俺たち五人の未来を」
シノンは、アルファからのその申し出が決闘であることを察した。どちらかが死ぬまで続けるものではない簡易的なものだが、冒険者の中での決闘は、勝利した者の言うことは絶対。
アルファはシノンからの質問に即答し、更に続けた。
「俺が勝ったら、今後は悪人であろうと、人の命を奪わないと約束して欲しい」
「…俺が勝ったら?」
「シノンの言う通りにする。パーティ解散の要望にも応じるし、シノンが人の命を奪っても俺は何も言わないし、今までの謝罪もする」
アルファは迷わず言葉を紡ぐ。一晩から数日かけて考えてきたのかと感じたシノンは、少しだけ呆れというか、言葉にならない感情を胸に秘めていた。
「…それで、お前には何か得があるのか?」
少し間を置いてから、シノンはアルファに質問を返す。アルファも少しだけ考えてから、ここ最近心にかかっていた靄の正体を語った。
「…ここ数日、お前の様子をずっと見ていた。以前の俺はお前のことを、無情な人間としか思えなかった。シノンのことを、悪だとしか思えなかったんだよ」
相手に自分の正直な気持ちを打ち明けるのは、とても勇気の要ることだ。真面目なアルファは無意識に相手を傷つけまいとしているせいか、大変言いにくそうにしながらも、シノンの方をまっすぐに見ながら話した。
「けれど、その悪人は仲間のために自己犠牲的な行動を繰り返し、警戒心の強い野生動物にさえ好かれ、誰にも貫くことのできない考えと、それを通す強さと経験を持ってる」
人の命を平気で奪える者が、必ずしも悪だとは限らない。以前のアルファなら、至らなかった思考だろう。
「知りたいと思ったんだ。お前がこれまでどんな経験をしてきて、どうして今のような考えに至ったのかを」
「決闘をすること自体は構わない。左腕を封じて相手になってやる」
「なら俺も盾を…」
「必要ない。全力で来い」
シノンはアルファの決闘を受け入れる姿勢を取った。自分の実力が相手よりも上であることを理解しているシノンは、ハンデとして左腕を封じることを宣言した。
アルファも平等に勝負するため、自らも盾を封じることを申し出るも、シノンがそれを即座に切り捨てた。
「えっ? でも…」
「未来を賭けているんだろ? 本気でやれ」
「…わかった。それなら、遠慮なく行かせてもらう」
アルファのまなざしは普段の柔らかな印象から一転して鋭く、覚悟の姿勢を見せた。
シノンも剣を取り出し、左腕は腰に当てたまま構えた。




