029. 皓月千里
無事ギルドまでたどり着き、依頼の完了報告を終えたシノン達。受付嬢に対して完了報告の他、新たなパーティの結成申請を提出した。
ギルドの顔として受付カウンターに立ち続け、冒険者同士の関係性もよく知っている受付嬢は、当然シノンとアルファの険悪な関係も知っていたため、仮パーティは当然解散申請がされるものと思っていた。だからこそ、パーティの結成申請が提出されたことに対して、常に笑顔を貫くプロである受付嬢の顔は、驚愕で歪んでしまった。
「えっ…結成申請ですか? か、解散申請書とお間違えではないでしょうか…?」
あまりにも予想外の申請書の提出に、思わず確認まで取ってしまう受付嬢。しかし背後で事務処理をしていた先輩と思われる受付嬢は、シノン達の対応をしていた受付嬢の首根っこを掴む勢いで叱りつけた。
「失礼なことを言わない! 後輩が失礼をいたしました。正式にパーティの結成申請を受付でお間違いはないですね?」
「はい。お願いします」
先輩受付嬢が後輩と代わり、いつもの明るく優しい笑みを浮かべ対応する。アルファが代表して受付嬢の言葉に頷くと、受付嬢は慣れた手付きで申請書を処理する。
「はい、ありがとうございます。申請書を正式に受注いたしました。皆さんのパーティ名はお決まりですか?」
「シノン、パーティ名は決まってる?」
「え? 考えてない」
「えっ…パーティ名ってリーダーが考えるものじゃないのか?」
「? アルファがリーダーすると思ってた」
五人全員が静まり返る。思えば、パーティが解散するのか継続するのか決まったのが直前であり、日が暮れる前にギルドに帰らなければならなかったため急いで帰ってきた五人は、パーティリーダーが誰になるのかを決めている余裕などなかった。
パーティ名は何にするのかと聞かれたとき、そういえば何も考えていなかったと思い出した。
「え…シノンがリーダーになるんじゃないのか?」
「無理」
「無理って言っても…この中で実力も経験も一番豊富でリーダーに相応しいのは、シノンしかないじゃないか」
パーティとは、チームで活動する冒険者だ。そしてパーティには必ずパーティリーダーが存在する。パーティリーダーはチーム全体を導く存在であり、最も知識と経験がある人間が務める場合が多い。よって、五人の中で最もリーダーに相応しいと思われているのは、シノンだった。
「実力と経験がリーダーの素質になり得るとは限らない。結論から言うと、俺はパーティリーダーに向いてない。アルファならできるだろ」
「そんな適当な…俺なんかよりも、シノンの方がずっと強いじゃないか」
「…たとえば、他のパーティと合同で依頼や戦闘を行う機会があるとする。その際、他のパーティと作戦会議をしたり、コミュニケーションを取るのは全てリーダーの仕事になる。そしてリーダーの印象が、そのままパーティ全体に反映されるんだ。俺がそれをやったら、このパーティの印象はどうなると思う?」
「そ、それは…」
普段滅多に話さないし、声を発したとしても一言二言しか話さないようなシノンが、いつになく饒舌になっていることに何も言い返せなくなるアルファ。それなりに付き合いのあるルミナやユウキでさえ、そんなシノンの様子に驚いて何も言えずにいる。
「その点、アルファは初対面の人間とも積極的に話せるし、第一印象も良い。仲間の能力を正確に把握していて、司令塔として十分な経験と能力も持ってる。俺はリーダーをサポートするくらいがいい」
シノンは知識と経験、そして実力をもってリーダーをサポートすることはできるが、彼がリーダーになってしまえば、皆が意見を出しづらくなり、結局シノン一人が全てを決めてしまうことにも繋がる。そうなると、話し合い不足や連携不足が生じる原因にもなる可能性が生じるのだ。
アルファはシノンよりも経験が劣っているという自覚があるから、わからないことがあったらシノンに相談するという選択肢が生まれる。そうすることで、皆で意見を出し合うことができることに繋がる。それはリーダーがたくさんの知識と経験を持っているよりも大事なことであり、シノン自身がリーダーをしなくて済む言い訳でもあった。
(…シノン、いつもより饒舌だ…リーダーをやらなくてもいい理由を必死に説明してる…)
(あまりリーダーをやりたくないのかな…?)
ルミナとユウキも、口には出さないが、シノンがここまで嫌がる姿勢を見せるのも珍しいと思い、内心でそう呟いていた。しかしそれは少し考えればわかることで、シノンは元より目立つことを極端に嫌っていた。
パーティリーダーはパーティの顔であり、最も矢面に立つ人間だ。少しでも目立つことを避けるシノンが、自らそのような立場に飛び込むはずもない。
それに、シノンが言っていることも理にかなっていることだ。実際、リーダーが常に正しいとは限らない。パーティメンバー全員がシノンの言葉をすべて正しいと錯覚することで、シノン一人にすべての負担が偏ることにも繋がるため、できるだけ全員が意見を出し合える環境は大切になる。
「あたしはどっちがリーダーでも構わないわ。でも、どちらがいいかって聞かれたら、シノンよりもお兄ちゃんの方がリーダーっぽいと思うけど」
アリュスフィアは腕を組んで、アルファに対してそう言葉を放つ。
しっかりと話し合っていなかったから深く考えていなかったものの、シノンとアルファ、どちらをリーダーに選ぶかを考えた時、知識面を考えればシノンかも知れない。しかし皆を導く存在であり、パーティの顔として相応しいのは、遊撃役として自身の立ち回りに集中するシノンよりも、前線で全体を見ながら指揮の取れるアルファの方かもしれないと、ルミナとユウキは思い直す。
シノンのような実力が最も高い存在は、時にリーダーの仕事を兼任させるよりも、自身の役割に集中させる方が良いこともある。
「そうだね。確かに、アルファにならリーダーを任せても良いと私は思うよ。シノンの言ってることも間違ってないし」
「…逆に訊くが、俺がリーダーでいいのか?」
「ボクも、アルファさんが良いと思います」
アルファは元より、仲間の能力を正確に把握し、自身がどのような役を担うのかを考えることができた。剣と盾を持ち、前線に立ってパーティを支援しつつ、戦闘の指揮を執って戦うこともできる。
一人で作戦を考えることは得意ではないが、臨機応変にパーティを指揮し、正確に自身や仲間の能力を分析し役割を配置することができる。
そして、戦闘中の仲間の行動意図…特にシノンが予想外の動きをした場合でも、信頼を寄せ任せることができる。これは予定よりも戦闘が長引いたり、アルファや他の仲間が傷を負った場合、作戦を変更するため仲間に通達する必要があるが、前線に立つアルファ一人では成せない。シノンが援護に入った時、瞬時に引くという判断できていたからこそ、五人は難しい依頼も順調に達成できたと言える。
「俺もアルファが良いと思う」
これまで、冒険者が集団で行動するうえで、本来なら常識とも言えることを知らない人間が多く、その存在に調子を狂わされていたシノン。その度に彼自身ができる限りのカバーをしていたものの、現界があり揉めることも多々あった。
アルファは確かに冒険者としても経験が浅く、実力もまだDランク冒険者という、一人前になった程度のものではあるが、少なくとも中~高ランク冒険者レベルのパーティ連携知識はある。それが自身の中で常識として溶け込み、他の冒険者と組んだ時、その常識のズレからトラブルになってしまうほどに。
「いいんじゃないの? 実際、お兄ちゃんは人の前に立って指揮する素質はあると思うわよ」
「…うん、わかった。引き受けるよ。頼りにされて嫌な気はしないし」
少し迷っていた兄の背中を押すようなアリュスフィアの言葉に、アルファも決意したらしい。
アルファは元より真面目な性格をしており、多少堅い印象もあるが、謙虚で他者から学ぶことを惜しまない。話してみれば物腰は柔らかく、老若男女問わず様々な人間に好かれる人物でもある。
シノンがアルファをリーダーに推した理由は、そういった彼に対する印象もあってのことかもしれない。
「では、リーダーはアルファさんということでお決まりですか?」
「あっ、はい! そうです」
以前のような険悪な雰囲気ではないものの、足並みの揃わない五人だったが、受付嬢は一切気にしていない様子で彼らの話し合いを見守っていた。話が纏まったタイミングを見計らって声をかけると、アルファが恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに答えた。
「承りました。改めて、パーティ名はどういたしますか?」
「えっと、どうしよう…」
パーティリーダー決めに、パーティ名決めに、次々と降りかかる難題に脳内思考が振り回されるアルファ。結局何も考えていなかったため、再び苦悩する。
視線を浴びながら思考を巡らせるが、何かに名前を付けた経験を持たないアルファは、いくつかの候補を浮かべては消すことを繰り返す。この五人に相応しい名前がなんなのか、さまざまな言葉は浮かぶも、パーティ名として相応しいかと言われると疑問符が浮かぶものばかりだった。
「うーん…名前なんて考えたこともないし…シノン、知恵を貸してくれないか…」
「お前たちが身に着けてる月のシンボルには、何か深い意味があるのか?」
何も言葉を発してはいなかったが、シノンにはいくつかのアイデアがあった。その複数の候補の中でも、月は最もアルファの思想に近いものであろうものだとシノンは考えた。
パーティ名は、主にリーダーの思想が含まれている場合が多い。アルファは生真面目で、全ての命を平等に扱う人間だ。
アクセサリーになどほとんど拘らないはずのアルファが、妹のアリュスフィアとお揃いの、月をシンボルにデザインされたピアスだけは毎日欠かさず身に着けていた。
「え? えっと、これは、俺たちの故郷のお守りなんだ。夜の暗闇の中でも、月光は足元を平等に照らしてくれる、大切なものなんだ」
「なら、そこから着想を得ればいいんじゃないかな。アルファの慈悲は善人にも悪人にも平等で、それはまるでお前たちが信仰する月光のよう。自分の思想をパーティ名に反映させればいい」
「…月光、平等、か…」
アルファは少しだけ考えた後、シノンからのアドバイスを得て出した答えを口にする。
「…皓月千里。故郷に伝わる古い言葉で、明るく温かな白い月の光が、遠くまで届く様を現しているんだ。俺の思想を名前に入れるなら、この言葉が良い」
「素敵じゃない。あたしもその言葉は好きよ」
「まさにアルファさんって感じの言葉ですね。ボクも気に入りました」
「綺麗な言葉だね! アルファは皆の月の光になりたいの?」
シノンの言葉通り、アルファは自身の思想を表す言葉を選んだ。
夜の暗闇の中、月光だけは全ての人に光を授ける。アルファは過ちを犯した人間にさえ平等に接し、厚生の機会さえ与える人間だ。それは暗闇を歩く人間に与えられた月の光のようで、彼らに道を示すものだ。
「うん。それと、月ほど広くはないけれど、自分の手の届く限り、困っている人々を助けたい。俺自身が月にはなれなくても、月を信仰する人間として、できる限り多くの人を救いたいんだ」
アルファは胸に手を当てながら、自身の願いと信念を語った。その言葉を聞いた四人は、彼のその言葉に共感し、彼について行くことを決める。
「とても、アルファさんらしいですね。ボクも手伝います」
「私たちもついて行くよ! ね、シノン」
「うん」
「ありがとう、みんな」
アルファは照れくさそうに後頭部を掻きながらそう答える。そして振り向き、ここまでじっと待っていてくれた受付嬢に、パーティ名を伝え登録を済ませるのだった。
「結成申請を正式に受付いたしました。「皓月千里」、リーダー名アルファさん、メンバー四人のDランクパーティとなります。パーティ登録のため、皆さんの冒険者カードをお預かりしますね」
受付嬢は普段と変わらない笑顔でそう言った。
五人は受付嬢に冒険者カードを渡し、受付嬢は預かったカードを背後にある登録用の魔道具にセットした。冒険者カードにはDランクパーティ皓月千里の名が刻まれ、パーティの詳細な情報が登録された。
「パーティ登録は以上となります。改めまして、皓月千里の皆様、パーティの結成おめでとうございます!」
受付嬢は明るい声で、皓月千里のパーティ結成を祝った。もう遅い時間で混雑の時間帯はとうに過ぎていたため、ギルドにいる冒険者の数は少なかったものの、最近話題だった彼らの様子を窺っていた他の冒険者は、シノン達が正式にパーティを結成したことに驚愕を隠せなかった。
シノンは全ての手続きを終えたと判断すると、ただアルファの背を軽く叩き、ギルドを去って行った。ルミナはこの後パーティ結成の記念に食事会をするつもりでいたので、シノンを呼び止めようとするが、シノンとアルファの二人は疲労もある可能性があったため、後日にした方が良いと判断した。
「…打ち上げをしようと思っていたんだけど、二人とも疲れているだろうから、予定を組んで後日にしない?」
「打ち上げか、いいな。それじゃ、詳細は明日に話そうか」
「お店の予約とかはあたしに任せてくれないかしら? 美味しいお店を探しておいてあげる」
「それはとても助かるよ! シノンにも予定を確認して、明日また会おう」
「了解。今日は解散かな、皆ゆっくり休んでくれ」
「お疲れ様でした。また明日!」
「ええ、また明日」
ルミナとユウキは先にギルドを出ていたシノンと合流し、アルファとアリュスフィアも自分たちの宿へと戻って行った。
シノン達は宿で夕食と風呂を済ませた後、それぞれの部屋へ戻り休息を取った。




