025. 帰り道
「あっシノンさん…!」
「シノン…!! 良かった、無事で…」
集合場所へ戻り、南側の丘にシノンがいることを皆に伝えたアルファ。全員で移動し、アルファがその場を離れてからもずっとその場にいたシノンを見つけ、ルミナとユウキが真っ先に反応するのだった。
「せめて一言くらい声かけてから出かけてほしかった」
「…ごめん」
ルミナは地に膝を着いて口を尖らせながらそう指摘し、その言葉に対してシノンは素直に謝罪した。
(…ルミナに対しては、案外素直に謝るんだな)
シノンが無事であることを確認して安堵するルミナとユウキ。そして、背後からその様子を見守っているアルファは、意外にも素直に謝罪をしたシノンの姿を見て内心でそう呟いていた。
アリュスフィアも安堵したかのような顔で腰に手を当てながら、三人に声をかけた。
「ほんと、もう心配かけないであげてよね。それと、三人とも夕食はまだなんじゃない? お腹は空いていない?」
「あっ…本当ですね。すっかり忘れていました」
「帰ったらシノンがいなかったから、そこからずっと探していたもんね」
ルミナとユウキは今まで空腹に気づかないまま探し回っていて、アリュスフィアに言われた途端に思い出したかのように、二人の腹が鳴った。
「うーん、今の時間に開いているお店となると、酒場くらいしかないわよね。どうしたら…」
「はい」
空腹のお腹をさする二人に、シノンはどこからか取り出したサンドイッチを渡す。それはまるで出来立てのように、背後に立っているアルファとアリュスフィアにまで届くかのような、食欲を刺激する匂いが漂って来ていた。
「えっこれ…」
「二人でたべていいよ。俺はもう食べたから」
「ありがとう。じゃあもらおうかな」
「ありがとうございます、シノンさん。頂きます」
ルミナとユウキは、それがシノンからの小さなお詫びであると理解し、彼から夕食代わりのサンドイッチを受け取った。
シノンが普段から扱っている空間魔法によって収納されたサンドイッチは、出来立ての時に時間が止まったまま保存されていたため、どれだけ時間が経っていても、冷めることも劣化することもない。
もう床に入る時間だが、このような時間に出来立てのサンドイッチを頬張れるとは思っていなかったルミナとユウキ。アリュスフィアも彼らに混ざって芝生の上に座り談笑しながら、二人がサンドイッチを食べ終わるのを待っていた。
シノンは特に話に混ざることはせず、相変わらず月を見上げてじっとしていた。彼が夢中で見上げる満月はそんなにも綺麗なのかと気になったアルファも、思わず青く淡く光る満月を無言で見つめていた。
「ごちそうさまでした。美味しかったですね」
「あ、ユウキも食べ終わった? 私もご馳走様。美味しかった。ありがとう、シノン」
「うん」
「…シノン、そろそろ帰ろう?」
「わかった」
シノンの怪我の具合を心配したルミナが、彼にそっと声をかける。シノンは皆が思っていたよりも素直にルミナの言葉を聞き、ゆっくりと立ち上がった。
「あ、シノン、手繋いで帰ろう。転んじゃったら大変」
「大丈夫」
体調もまだ優れないかも知れない、と思ったルミナはシノンを支えようと声をかけたが、シノンはすぐに断りを入れる。あくまで怪我しているのは左腕であり、熱もすっかり下がってまっすぐ歩くくらいはできるまで回復していたからだ。
それでも病み上がりであることに変わりはないが、ゆっくりであればシノンも無理をせずに済むだろう。
「わかった。でも辛くなったらちゃんと言ってね」
「うん」
「この後は宿に戻るの? それとも治療院?」
「本来なら今日退院のはずだったんですが、念のため、見つけたら一度治療院に来てくださいと言われました。今日は夜番の方がいるので、時間帯によってはその方に引き継ぐそうです」
一行は帰り道をシノンに合わせてゆっくりと歩きながら、そんな会話をする。
「そう。それなら、あたしたちは途中で別れるわ。また明日からシノンも仕事には出られそうなのかしら?」
「うん。問題がなければ、仕事に出ても大丈夫だって。それでも、まだ無理はしちゃダメだけど」
先頭を歩くアリュスフィアの質問に、シノンの隣を歩くルミナがそう答えた。
シノンの回復速度は普通の人間を凌駕しており、本来なら全治一週間の怪我も二、三日で活動可能な範囲まで回復することもしばしばある。
「…そういえば、ユウキの治癒魔法で治すわけにはいかないの?」
「…あ、そっか。実はシノンさんはボクよりも魔力が多いので、難しいんです」
「え? ユウキも相当魔力がある方じゃない?」
「はい。そうなんですけど、ルミナさんと同じくらいかそれ以上と聞いています」
「へえ…」
シノンは普段顔を隠していることを思い出したユウキが、口数の少ないシノンに代わってアリュスフィアに説明する。
ユウキは豊富な魔力を有する証である花緑青色の瞳を持つが、ルミナはそれ以上の魔力を持つ証である空色の瞳だ。二人とも、滅多といない莫大な魔力量を持つ。それこそエルフや妖精族など、魔力に特化した種族が持つような色とされる。そして、シノンは最高峰の魔力を持つ、深海のような青色の瞳である。それも普段はフードを深く被っているのだから、シノンの顔を未だ見たことがないアルファとアリュスフィアが知らないのも仕方がない。
シノンがユウキ以上の魔力を持つというのなら、確かに治療院での静養が必要になる事実にもアリュスフィアは納得できた。なぜなら、魔力の高い人間は、自身よりも高い魔力を持つ人間からの治癒魔法でなければ受けることができないからだ。
治癒魔法とは、主に光属性の魔法だ。光属性の治癒魔法は、生物の細胞を活性化して回復力を急速に高める魔法である。しかし治癒魔法の使い手よりも高い魔力を持つ患者の治療をする際、患者自身が持つ魔力密度が高いことが原因で、治癒の効率は極端に下がる。密度の低い魔力は、密度の高い魔力に侵入する隙がないからだ。
治癒魔法の使い手の中でも、高い魔力を持つ治癒魔法使いの方が重宝される理由はそこにある。
つまりユウキは治癒魔法使いの中でも非常に優秀な魔法使いではあるが、シノンやルミナのような、更に高い魔力を持つ人間への治癒は、魔力をいつもより多く消費することになる。
魔力保有量の差が大きいほど治癒の効率は最悪になっていくため、シノンはできる限りユウキからの治癒魔法は遠慮している。魔力が枯渇してしまえば、治癒魔法使い自身の命が危うくなるからだ。
「大変ね。だったらシノンは、なおさら怪我を控えないと」
「そうそう。このあいだみたいに、私を庇って自分を犠牲にするようなことをしちゃダメだよ」
「……善処するよ」
シノンは毎回、善処する、としか言わない。
ルミナもユウキもまるで諦めとも呆れとも取れるようなため息を吐き、それ以上はあまり突っ込むことなく歩みを進める。
シノンはこれまでそうしてルミナとユウキを守ってきたし、感謝はしている。それでも、やはり自分の体を盾にすることはできるだけやめてほしかった。しかしすぐに治る癖ではないし、ゆっくりと改善されるのを待つしかないのだろうか…と、二人はそう思っていた。
もし、いつか命に関わる傷を負って、そのままシノンが命を落とすようなことがあれば、二人はどうしたらいいかわからない。
「じゃ、この辺りであたしたちは行くわね。シノン、お大事に。また明日から一緒に仕事ができることを祈ってるわ」
「うん。気を付けて」
「ほんとうに、二人ともありがとう!」
「おやすみなさい! お気をつけて!」
互いに手を振りながら別れると、シノンたちは治療院へ一度足を運ぶ。
そこでシノンは夜勤の医者から診察を受け、特に問題なしとのことなので、無事退院することができたのだった。
シノンは自分の体調をよく把握しており、どうすれば無理をしなくて済むか、どれくらいの運動なら許されるかを計算したうえで外出していたため、体調も壊さずに済んだ。とはいえ、ルミナたちに心配をかけてしまった事実は変わらないため、シノンは二人に対して改めて謝罪するのだった。
「二人とも、今日はごめん」
「いいよ。とにかく明日から復帰でしょ? 今日はもう休みましょ」
「うん」
「でも、シノンさんも本調子ではありませんし、いつもよりもレベルは低めで依頼を受けるんですよね?」
「そうだね。あまりシノンに負担がかからないもので、明日アルファとフィアにお願いしてみよっか」
そんな会話をしながら、三人は宿屋へ戻って行った。
何かあったらすぐに呼んで欲しいとシノンに告げながら、ルミナとユウキは自分たちの部屋へ戻って行った。シノンも自身の部屋へ戻り、濡れた布で軽く自身の身体を拭いてからベッドに入った。
「魔力が多いことによる回復魔法の弊害」 知名度 ★★★★☆
保有できる最大魔力量は、生まれつき決まっている。
保有魔力が多いほど魔力密度が高く、それ故に他の魔力を受け付けることができない。
つまり、自身よりも低い魔力しか持たない魔法使いによる回復魔法が効きにくい体質になる。
「魔力」 知名度 ★★★★★
生物、植物、物体、全てに宿る目に見えない力。
この世界になくてはならない、生活の糧。体内から魔力が消えると死ぬ。
食事や休息を取ることで、体内の魔力を回復できる。




