024. 満月の夜
仮パーティのお試し期間は一ヶ月と少し。シノン達のパーティは、あと十日ほどでお試し期間が過ぎる。
そんな中でシノンが怪我を負い、数日の静養が必要になったと、アルファとアリュスフィアはルミナから報告と謝罪を受けた。
メンバーは欠けているものの、難易度を下げての依頼受注くらいはできるとのことで、しばらくの間はシノン抜きの四人で依頼をこなすことになったのだった。
皮肉なようだが、シノンがいないことでアルファもいくらか気が楽なのか、以前のようによく笑みを浮かべながら仲間と接している場面がよく見られた。
「ふう、皆お疲れ様。この後はどうする? 二人はシノンの見舞いか?」
「うん、ごめんね」
「いいわよ、ルミナが謝ることないでしょ。あたしたちに遠慮することなんかないわ」
「ありがとう」
今日の仕事を終えギルドへの報告まで済ませた四人は、ギルドの入り口前でそんな会話をしてから解散する。ルミナとユウキはシノンが入院している治療院へ、アルファとアリュスフィアは自分たちが泊まっている宿屋へとそれぞれ向かっていく。
「…ねえ、お兄ちゃん。ここ数日、ちょっと楽しそうね」
「えっ、そうか?」
「喧嘩相手がいないからね。お兄ちゃん、ちょっとあからさますぎるわよ」
「うっ…そ、そんなに分かりやすかったか…?」
アルファはシノンがいる時、ずっと仏頂面でほとんど口を開かない。シノンの意見に不満があれば、真っ先に口を出して抗議する。
シノンが人の命を再び奪うことがないように盗賊や指名手配犯の討伐・逮捕などの依頼を極力避けたり、他の冒険者とトラブルにでもなったら、それこそシノンが相手の命を奪ってしまう危険があったため、アルファが積極的に前へ出て対話での解決を図った。
仕事への影響はほとんどないものの、二人の空気が常にピリピリしている影響で、ルミナとユウキ、そしてアリュスフィアの三人はほとんど談笑もできない。もっとも、アリュスフィアだけは、あまりその空気を気にしてはいないようだが。
「あたしを誰だと思ってるの? お兄ちゃんは顔に出やすいんだから気を付けてって何回も言っているじゃない」
「う…すまない…」
「シノンはわからないけれど、ルミナもユウキも、お兄ちゃんが出してるピリピリした空気のせいでずっと気まずそうにしてるんだから。あの二人のこともちゃんと考えてあげてよね!」
アリュスフィアは兄がいかに真面目で頑固かを幼い頃からよく知っている。シノンに対してあんな態度をとり続けているのも、故郷の信仰に基づくものだということも。しかしそれが外の世界で通じるとは限らず、まして他者に強要するものではない。
自分たちの常識と他人の常識は全く異なるもので、特にこの冒険者の国では、シノンの方が正しいとされる。それをわかっていながら受け入れず、気に入らないからと失礼な態度を取ることは間違っていると、アリュスフィアは思っていた。
「お兄ちゃんの気持ちもわかるわ。あたしだって、目の前で誰かが死ぬなんて耐えられない。だけど、あたしたちは周りのルールに合わせなきゃいけない。そうやって割り切って生きていくしかないの、お兄ちゃんが一番わかっているでしょ?」
「…わかってる。わかってるよ」
「…まだ納得いってないって顔ね。ま、ゆっくりでいいわよ。お兄ちゃんはそういう思想を叩き込まれて生きてきたわけだし、仕方ないわ」
宿屋の外で夕食を済ませてから、噴水のある広場で腰を下ろし休憩している兄妹。ほんのり大通りを照らす街灯に加えて今夜は満月であり、周囲が暗くなる時間帯であるにもかかわらず、周辺の人や物がはっきり見えるほど明るい。
アルファは複雑そうな顔をしながら、妹の言うことはもっともだと、頭では理解していた。しかしやはり、シノンの考え方や、世の中の常識のすべてに納得がいくとは限らない。
「…あれ、あの目立つ髪色、ルミナじゃない?」
アルファの隣に座るアリュスフィアが、ふと広場の向こう側に見えた見覚えのある姿を見かけ、そう声を上げる。
「え? 本当だ。どうしてこんな時間に」
「ユウキもいるわ。ちょっと声かけてくるわね」
「俺も行くよ」
兄妹は立ち上がり、きょろきょろと落ち着きのない様子で周囲を見回す二人に歩み寄っていく。
「ルミナ、ユウキ! もう真っ暗の時間なのに、どうしたの?」
「あ、フィア、アルファ…! シノンが、病室にいなくて…二人は見てない?」
二人の姿に気づいたルミナが、真っ先に発したのはこの言葉だった。いつも明るくて、周りの空気すら自分の色に染めてしまうような少女が、今は泣きそうな顔で、落ち着きがない表情で、震える声を出していた。
そんなルミナの言葉に、アリュスフィアは思わず声を荒げて反応してしまった。
「えっ!? シノン、いなくなったの!?」
「ボクたちが病室にお見舞いに行った時には、すでにいなくなっていました。それから二人でずっと探していたんですけど、全く見つからなくて…」
「わかった。あたしも探すのを手伝うわ。シノンが行きそうな場所に心当たりはあるの?」
ユウキも、怪我を負ったままのシノンのことが心配なのだろう。ルミナほどではないが、彼女もいつもより落ち着きがない。
アリュスフィアはそんな二人に対して一切の迷いを見せず、シノンの捜索に手を貸すことを告げる。その言葉を聞いたルミナとユウキは、アリュスフィアに感謝の念を抱きながら、彼女の質問に答えるべく言葉を続けた。
「わからないの。王都には来たばかりで土地勘もあまりないし、シノンは元々一人で勝手に外出するような人じゃないから…」
「…あ、そういえば、今夜は満月ですよね?」
「…? そうね。結構明るいし、そのはずよ」
「あっ…! そっか!」
何かを思い出したかのように呟いたユウキの言葉に、ルミナも強く反応した。今夜は満月であり、街灯の光がなくとも周囲の様子がよく見えるほど明るい。
「シノンさんはよく、満月の夜には決まって外出をしていました」
「もしかすると、月がよく見える場所にいるのかも。でも、それがどこなのかは…」
シノンは満月の夜、一人でよくどこかへ出かけて行った。野宿中ならば一晩中の見張りを申し出ていたし、ルミナが一度シノンについて行った時は、高台に登ってひたすら満月を見上げていたのだ。
「つまり、高いところにいる可能性があるんだな?」
それまで黙って聞いていたアルファが口を出したことで、三人は驚いたように目を見開いて、一斉にアルファの方を見た。
「う、うん。たぶんそうだと思う。立入禁止のところとかはあまり入らないと思うから、門が閉まってる城壁の外側じゃない場所で、時計台も関係者以外立入禁止だからそれもなし。この辺りで高い場所というと…」
「地図は持っているかしら?」
「はい、ここにあります」
「少し貸してちょうだい」
ルミナがシノンの行動パターンを全員に共有すると、アリュスフィアがユウキから街の地図を借りる。
「月がよく見える場所をマークしておくわね。あたしは王都全体の道路や建物をだいたい把握してるから、これは二人が持って行って。この辺りにいる可能性が高いと思うから、この順番で回ってみるといいわよ。道が複雑な他の場所は、あたしに任せて」
アリュスフィアはユウキの持っていた地図に、土地勘のない二人が迷いにくい場所をピックアップして印をつけながら、最も短時間で効率の良いルートを選定し、教えて行った。
「すごい…! さすがフィアです、ありがとうございます」
「ありがとう、フィア。フィアは一人で探すの? 大丈夫?」
「大丈夫よ。あたしだってDランク冒険者よ。危険な場所は避けて通るし心配しないで。それよりも、怪我が治りきってない患者を早急に探さないとね」
ルミナは暗い時間帯にまだ未成年者であるアリュスフィアが一人で行動することに心配の気持ちがあったが、アリュスフィアは相変わらずの自信で答えてみせた。実際、彼女は後方で後衛の援護を担当できる実力があり、街をたむろするチンピラ程度に負けることはほとんどないだろう。
「俺も探すよ。フィアがマークした場所以外にも何ヶ所か心当たりがあるから、そこを中心に探してくるよ」
「え? いいの?」
「もちろん。三人とも、自分たちの身の安全には気をつけるんだぞ。それと、二時間後には一度ここに集合しよう。何かあった場合の対処法だ」
「そうね。あたしもそれが良いと思うわ」
「二人とも、本当にありがとう…! じゃ、私とユウキはとりあえず行くね。二人も気を付けてね!」
「お気をつけて…!」
ルミナは地図を頼りに、アリュスフィアがマークしてくれた場所を探すため走り出し、ユウキも兄妹に頭を下げてからルミナを追っていった。
アルファとアリュスフィアもその場で別れ、アルファは南側にある丘を目指して歩いて行った。
別に、シノンのことを心配しているわけではない。彼は強いし、怪我を負っていようと問題はないだろう。ただ、ルミナとユウキにあんなにも心配をかけて、妹まで捜索に駆り出されたことが心底気に入らなかった。
ルミナに聞いた話では、怪我をした当日は高熱まで出していたそうだし、まだ万全とは言えない体調のはずなのだ。それなのに、ルミナとユウキに何も告げず外出するなんて…と、アルファは思っていた。
「…考えれば考えるほど、また腹が立ってきた…」
アルファは首を横に振って、ムカムカしてきた気持ちを無理矢理振り払った。
シノンというあんなにも冷酷な人間を、ルミナとユウキはどうしてあそこまで心配するのか理解ができない。そもそも、何故あの三人は一緒にいるのだろう。シノンという優秀な冒険者がいながら、何故仮パーティシステムになど登録したのだろう。あの様子だと、シノンは普段からルミナとユウキに心労をかけているのではないか。
ルミナとユウキは、自分にも妹のアリュスフィアにも親しく接してくれている。しかしシノンは必要最低限以外の言葉を話さず、感情もほとんど表に出さないから何を考えているのか全く読めない。
気に入らないが、今はまだシノンもパーティメンバーであり、女性三人が夜中に探し回る中、自分だけが捜索しない選択肢はない。
今ある手掛かりは、今夜が満月であることのみ。月がよく見える高い場所をひたすら探し回るしかなく、探さなければならない範囲は広いのに探せる人間は四人しかいない。相手はまだ体調が万全ではない怪我人であり、何かがあっては遅いためできるだけ早く探し出さねばならない状態だ。
「ちっ、まったくもう…!」
やはりシノンのことがとことん気に入らないアルファ。つい舌打ちをしてしまったが、すぐに深く呼吸をして自身を落ち着かせ、その気持ちを紛らわせるように、小走りで目的地へと向かうのだった。
*
王都の南側にある丘は、大きな樹が植えられ、庭園に咲く花々は毎日管理人によって手入れされている。そして星空が、よく見える場所だ。風がよく通り、暑い夏でも快適に過ごすことができる。
そんな穏やかな空気の流れる庭園の一番高い丘の上に、一人の少年が座っていた。それはフードを外して一人夜空に浮かぶ月を眺めているシノンであり、青い月明りに照らされる白銀の髪は神秘的で、見る者がいれば、その美しさに真っ先に目を惹かれてしまうことだろう。
シノンはそれまで微動だにせずに夜空を見上げていたが、わずかに人の気配がしたため、フードを深く被り直した。その場から一切動かないのは、知っている気配が近づいてきていることに気が付いているからだ。
「…! シノン、か?」
背後から聞こえてきたのは、数日ぶりに聞いた現在の仮パーティの仲間の声。シノンは顔だけ振り向いたが、近づいてきた声の主に返事を返すことはなかった。
「…やっぱりシノンか。みんなが心配していたよ。どうして黙って出てきたんだ?」
アルファはシノンから返事がなかったことで一瞬人違いかとも思ったが、この見慣れた服装に特徴的な気配は本人で間違いないことを確認すると、咎めるような口調でそう声をかける。しかし、シノンは特に返事を返すことはなかった。
仲間に心配と迷惑をかけている人間の態度に見えなかったアルファは、ムッとしてシノンの肩に手を置く。
「帰ろう。ルミナたちもシノンのことを必死に探してたんだ」
「…それなら、伝言を頼めないか」
「伝言…?」
「朝には帰るから、心配しなくていいと」
「却下だ。お前は今体調が万全じゃないから、放っておくことはできない」
さすがにこの状態のシノンを放置して帰ることはできなかったアルファ。しかしせっかくシノンを見つけたのに、ここで手間取って時間を使ってしまっては、二時間後に集合する約束を果たせず、今度は自分が彼女らに迷惑をかけてしまうことになる。かといって、シノンが自分の言葉を聞くとも到底思えなかった。
仲間に迷惑をかけることだけは許容できなかったアルファは、苦渋の決定を下した。
「…それなら、ここから絶対に動かないでくれよ。すぐに戻ってくるから」
「……」
シノンは無言だった。アルファはシノンからの返事も期待していなかったため、急いでその場を離れると、集合場所である噴水の広場まで走って戻るのだった。




